『誰も知らないレオナルド・ダ・ヴィンチ』
斎藤泰弘著『誰も知らないレオナルド・ダ・ヴィンチ』(NHK出版新書)を読んだ。
今年は、ダ・ヴィンチ没後500年の記念年なので、NHKでもいくつか特集番組があった。
レオナルドがルネサンス人として画業だけでなく、様々な研究をし、それを手稿に書き留めていたという事実は知っていたが、手稿の中身を深く考えたことはなかったし、どういう点が傑出していたのかも知らず、人体解剖図や水の流れを書いたものがある、くらいの漠然とした知識した評者にはなかった。
本書はその手稿の中身とその特徴に深く分け入りながら、その過程でレオナルドの生涯が紹介されていくものである。
275ページの新書なのだが、実に豊富なカラー図版が掲載されているので、本文の叙述が具体的に何のことを指しているのかに戸惑うことは皆無である。必要に応じて、レオナルド以外の人の絵画もこれまたカラーで掲載されているので、叙述の論理をフォローしやすい。
第1章では、レオナルドがどんな服を着ていたか、そしてそれは同時代の中でどういう意味を帯びていたか、ひいてはレオナルドは自分を誰に擬していたか、などが語られる。第2章では、レオナルドとマキャヴェッリが同時代人でどちらも軍事的な作戦として水攻めを考えたのだが、その作戦の違いが、マキャヴェッリの著作やレオナルドの手稿が引用された上で示される。第4章は、飛行する機械について。第5章では、《岩窟の聖母》がなぜロンドンとルーブルに1点ずつあるのか、この2点の関係はどうなっているのかが、同時代の慣習、注文主の問題から解き明かされる。ここにミラノ公国の実力者ロドヴィーコ・スフォルツァの姪ビアンカ・マリアと神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の結婚が絡んでいるのでは、という視点は評者には新鮮だった。また、ルーブル版の天使の身体が衣の下には獣の身体が隠されている、というのも驚きだった。
7章、8章、9章は、身体や宇宙についてレオナルドが手稿の中でどのような考えを巡らしていたと考えられるかが語られる。レオナルドは学者ではないので論文として書いているわけではない。そこにはメモ的な言葉と、図や絵が書かれている。著者は当時の科学史的水準とレオナルドの探求を比較しながら、レオナルドの斬新さを明らかにしていく。一例をあげれば、レオナルドは太陽は動かないと考えていたのではないか、と。
評者は、美術史やレオナルドに関して全く素人であるので、本書で語られていることのオリジナリティや妥当性について評価することは毛頭できない。しかし、素人として読んだ感想としては、レオナルドについて生涯や手稿について多くのことを新たに知ることができた満足感が大きかった。
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