« 2019年9月 | トップページ | 2019年12月 »

2019年11月30日 (土)

メサイア

ヘンデルのメサイアを聞いた。ウィリアム・クリスティ指揮、レザール・フロリサン(東京オペラシティ、コンサートホール)。

歌手はティム・ミード他。

クリスティは大御所的な指揮で、細かいところで攻めるというよりも、要所、要所をおさえて、手堅くまとめている感じだった。

しかし彼の音楽感はレザール・フロリサンに浸透しており、安心して聴けるものであった。

もう少しスリリングなところも欲しいと思わないではなかったが、これはこれで立派な演奏なのだとも思った。

歌手の中ではティム・ミードが抜きんでていた。彼は発声が安定していて、かつ実に適切な表情付けがなされるのだ。

| | コメント (0)

『誰も知らないレオナルド・ダ・ヴィンチ』

斎藤泰弘著『誰も知らないレオナルド・ダ・ヴィンチ』(NHK出版新書)を読んだ。

今年は、ダ・ヴィンチ没後500年の記念年なので、NHKでもいくつか特集番組があった。

レオナルドがルネサンス人として画業だけでなく、様々な研究をし、それを手稿に書き留めていたという事実は知っていたが、手稿の中身を深く考えたことはなかったし、どういう点が傑出していたのかも知らず、人体解剖図や水の流れを書いたものがある、くらいの漠然とした知識した評者にはなかった。

本書はその手稿の中身とその特徴に深く分け入りながら、その過程でレオナルドの生涯が紹介されていくものである。

275ページの新書なのだが、実に豊富なカラー図版が掲載されているので、本文の叙述が具体的に何のことを指しているのかに戸惑うことは皆無である。必要に応じて、レオナルド以外の人の絵画もこれまたカラーで掲載されているので、叙述の論理をフォローしやすい。

第1章では、レオナルドがどんな服を着ていたか、そしてそれは同時代の中でどういう意味を帯びていたか、ひいてはレオナルドは自分を誰に擬していたか、などが語られる。第2章では、レオナルドとマキャヴェッリが同時代人でどちらも軍事的な作戦として水攻めを考えたのだが、その作戦の違いが、マキャヴェッリの著作やレオナルドの手稿が引用された上で示される。第4章は、飛行する機械について。第5章では、《岩窟の聖母》がなぜロンドンとルーブルに1点ずつあるのか、この2点の関係はどうなっているのかが、同時代の慣習、注文主の問題から解き明かされる。ここにミラノ公国の実力者ロドヴィーコ・スフォルツァの姪ビアンカ・マリアと神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の結婚が絡んでいるのでは、という視点は評者には新鮮だった。また、ルーブル版の天使の身体が衣の下には獣の身体が隠されている、というのも驚きだった。

7章、8章、9章は、身体や宇宙についてレオナルドが手稿の中でどのような考えを巡らしていたと考えられるかが語られる。レオナルドは学者ではないので論文として書いているわけではない。そこにはメモ的な言葉と、図や絵が書かれている。著者は当時の科学史的水準とレオナルドの探求を比較しながら、レオナルドの斬新さを明らかにしていく。一例をあげれば、レオナルドは太陽は動かないと考えていたのではないか、と。

評者は、美術史やレオナルドに関して全く素人であるので、本書で語られていることのオリジナリティや妥当性について評価することは毛頭できない。しかし、素人として読んだ感想としては、レオナルドについて生涯や手稿について多くのことを新たに知ることができた満足感が大きかった。

 

| | コメント (0)

チェスティ《ラ・ドーリ》その4

《ラ・ドーリ》の音楽は、オケ、指揮、歌手ともに素晴らしかった。17世紀のオペラは、カヴァッリなどに見られるように、recitar cantando が続くと、メロディーの乏しさに音楽的酸欠感を覚えたりすることもあるわけだが、このオペラでは全くそういう感じがなかった。

 プログラムにはチェスティがメロディーを結晶化させた、という意味のことが書かれている。女声2人のドゥエットなども実に見事だった。舞台上で二人が大きなブランコに乗り、手前と奥で入れ違うように漕いでいるのだが、リズムやハーモニーはぴったりあう。アリアも、かなりの数があり、ヘンデルなどの先駆け的要素がここかしこに見られる。と同時に、この演奏体験の充実、満足感は、演奏レベルの高さに由来する部分も相当あるであろうと感じた。

 オッタヴィオ・ダントーネの指揮、アカデミア・ビザンティーナの演奏。ドーリはフランチェスカ・アショーティ(アルト)。オロンテはルパート・エンティクナップ(カウンターテナー)。アルタクセルセはフェデリーコ・サッキ(バス)。アルシノーエはフランチェスカ・ロンバルディ・マッツッリ(ソプラノ)。トロメオはエメーケ・バラート(ソプラノ)。アルセーテはブラッドリー・スミス(テノール)。エラストはピエトロ・ディ・ビアンコ(バスバリトン)。ディルチェはアルベルト・アッレグレッツァ(テノール)。ゴロはロッコ・カヴァルッツィ(バス)。バゴアはコンスタンティン・デッリ(カウンターテナー)。これらの歌手は、非常にデリカシーを持って、しかも生き生きとしたリズムとテンポでチェスティを現代に蘇らせてくれた。重唱や掛け合いの精度の高さから相当に練習を積んだものと察せられる。その成果は聞き手の喜びとなってしっかり実っていた。

 

| | コメント (0)

チェスティ《ラ・ドーリ》その3

前回の項目でチェスティのオペラ《ラ・ドーリ》のプレヒストリー、即ち、幕が開くまでの前史・事情を書いた。これが複雑で長い。

第一幕のあらすじ

ドーリは、アルシノエ(今お仕えしている女主人)への忠誠心と、オロンテへの愛の間で揺れ動き、身投げして死のうと決意する。彼女の家庭教師だったアルセーテが説得してやめさせる。ここでコミカルな場面が入る。オロンテの乳母ディルチェ(テノール)はゴロ(バス)を口説いている。このオペラでは、劇の内部でメタシアター的に女性が男装したり、男性が女装したりするのだが、それとは別に男性歌手が女性を演じたりして、ジェンダーの越境が頻繁に起こる。文字でずらずら書いていくとややこしいようだが、実際に見るとそこに演じる演者(歌手)が肉体を伴って現前しているのでそれぞれの二重性は一瞬で看守できる。むしろ登場人物が多いオペラを初めて見ると、この人は誰だったっけ、あるいはこの二人の関係性はといったことをフォローするのが一苦労である。

ゴロは王の道化だ。オロンテはディルチェに、ドーリへの愛を伝えてくれと頼む。ドーリは男のフリをしておりアルセーテにエジプトからの逃亡、バビロンへやって来たこと、そこでオロンテの忠実な愛、アルシノエの嘆きを知ったことを話す。

ディルチェはアルシノエに、オロンテは彼女と結婚する気はないと告げる。アルシノエはオロンテが彼女と結婚してくれたら何をしても良いと言う。エジプトの王子トロメオ(ソプラノ)は、彼女の不幸な愛に同情し、「チェリンダ」という女性に化けておそばにつかえる。アルシノエはチェリンダには恋人がいるのかと好奇心を持つ。

こんな具合にとても登場人物が多く、しかもその人物が異性に身をやつす。その異性に扮したことに気がつかず恋してしまう人が出てくる。

性の対称性、入れ替わり、惹かれあい、と戯れるストーリーだ。

 

| | コメント (0)

チェスティ《ラ・ドーリ》その2

チェスティのオペラ《ラ・ドーリ》 についてやや詳しく書くと前回述べてからえらく日が経ってしまった。生来怠け者ということもあるし、妙に雑事が集中して、疲弊していたという面もある。ご寛恕を乞う次第。

さて、《ラ・ドーリ》のあらすじ。オペラには時々、第一幕が始まる前にこういうことがあった、というプレヒストリーのあるものがあるが、このオペラもそうだ。ニケーアの王女ドーリとペルシアの王子オロンテは親同士が決めて将来結婚することになっていた。二カ国間の友好関係を確かなものにするためである。ところが、ドーリは子供の時に、海賊にさらわれて行方不明となる。結婚の約束を変更しようということになって、ドーリの妹アルシノエがオロンテと結婚することになる。結婚の前にオロンテは、エジプトに派遣されるが、オロンテはエジプトの王女ドーリに恋してしまう。

 ドーリが二人出てきてもうややこしいのだが少しの辛抱を。エジプト王テルモドンテは、ドーリが生まれるとその養育を部下のアルセーテに委ねた。しかし不注意からドーリ(エジプトの)は死んでしまう。

 アルセーテは罰せられるのを恐れエジプトを逃れ海賊の一味となる。海賊たちがニケーアの海岸を略奪していると、ドーリという名前の少女に出会う。その少女は亡くなったエジプトのドーリと同じくらいの年齢だった。そこでアルセーテは(ニケーアの)ドーリをエジプトに連れ帰った。彼の妻がニケーアのドーリを育て、成長して王の元へと連れて行った。王は、彼女を自分の子だと思っている。

 このドーリとオロンテが出会って恋に落ちるのだが、オロンテは父王に呼び戻されペルシアに戻る。戻ってみると王はすでに死んでいる。王によって摂政役を仰せつかったアルタクセルセは、オロンテに、ニケーアの王女アルシノエと結婚しなければならないと告げる。

 この間、ドーリは将軍エラスト(オロンテがドーリのためにエジプトに置いてきた)とともにエジプトから逃げるが、ドーリは男装している。逃げる途中2人は海賊に捕まり、逃げようとして海に飛び込むが離れ離れになってしまう(なんと複数の要素がシェイクスピアの「十二夜」に似ていることでしょう。シェイクスピアはイタリアの様々な物語をタネ本にしていることがよくあるので、もしかすると、このオペラとシェイクスピア作品は遠い親戚のような関係にあるのかもしれない)。

 岸にたどり着いたエラストはドーリは死んだものと思い込む。彼はオロンテの元に戻り、ドーリは死んだと報告する。アルタクセルセにアルシノエと結婚しなければいけないと言われるが、オロンテは、死んでもドーリを思い続けると宣言する。アルシノエと結婚しないと王位を失う、と脅されてもひるまない。

 実際には生き延びたドーリは、盗賊に捕らえられ、男装したままニケーアで奴隷として売られる。あることからドーリは死刑を宣告されるが、アルシノエが「彼」を救い、アリという名で自分の召使いにする。

 アルシノエはアリ(実はドーリ)に、自分のオロンテに対する報われぬ愛を語る。

 アルシノエは予定されていた結婚のためアリを連れてバビロンに赴く。ドーリ(アリ)は、オロンテの彼女に対する変わらぬ愛を知り、自分の本当の姿を明かして彼と暮らせるようにしようか、あるいはまた、アルシノエは命の恩人であるから、自分の正体を隠し、アルシノエとオロンテが結婚するのを認めようか、迷う。

 その間、エジプトの王子トロメオ(ドーリの兄ということになる)はドーリがペルシアにいると思って探しに来る。トロメオはここでアルシノエに恋してしまう。彼女のそばにいるために、彼は女装して、自らをチェリンダと名乗り、アルシノエの召使となる。

 ドーリとトロメイがエジプトを去ってから、王テルモドンテは、ドーリの教師アルセーテに行方を探させる。

 ここで第一幕が開く。

 

 

 

 

| | コメント (0)

« 2019年9月 | トップページ | 2019年12月 »