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2019年8月21日 (水)

《イドメネオ》

クルレンツィ指揮のモーツァルト作曲のオペラ《イドメネオ》を観た(ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ劇場)。

 この上演は、クルレンツィスのという冠がふさわしい《イドメネオ》であった。演出はピーター・セラーズで賛否半ば。歌手は色々な国籍の人が入り混じっている点に意味があるのかと思った。

主人公イドメネオはアメリカ出身の黒人歌手ラッセル・トマス。アルバーチェは南アフリカ出身の黒人歌手。イダマンテはポーラ・マリヒーというアイルランド出身の女性歌手。イリアはイン・ファンという中国人女性歌手といった具合。誰かが傑出しているというわけではなく、それぞれにそれなりに歌っているという感じ。

 この日のオケはフライブルク・バロック・オーケストラだったが、このオケとクルレンツィスの組み合わせが驚嘆に値するものだった。特に前半(この日の上演は休憩1回で第一部と第二部という感じに区切られている)、今までの《イドメネオ》の演奏でこれほどエクサイティングなものはあったかというほどエクサイティングであったがその理由は後述。ただし、無から有が生じるわけではなく、モーツァルトを古楽器やピリオド楽器で演奏すること自体は、30年ほど前からホグウッドやガーディナーらがやっていることで、ガーディナーの《イドメネオ》のCDは個別の歌手はともかく全体は素晴らしく大いに刺激的かつ溌剌とした演奏である。

 そういった古楽器、ピリオド楽器によるモーツァルト演奏を踏まえつつ、クルレンツィスはやはり独自性を豊かに備えていると思う。

 一つはフレーズの変わり目で一息つくのではなく、前のフレーズと次のフレーズの接続が有機的であったり、音楽的なドラマに満ちて聞こえるのだ。さらに彼の手にかかると、歌手がアリアやレチタティーヴォを歌っているときに、例えばバイオリンが音形的な伴奏をしてもそれが非常に音楽的に表情を持って訴えかけてくるのである。そのため、オーケストレーションがシンプルであってもオケがエスプレッシーヴォなので、歌手の歌がのっぺりしていると食われてしまう。決して音量的にオケが圧倒するというのではない。そうではなくて、音楽的表情がメロディー的なフレーズでなくても豊かに繰り出せるので、声の方もうかうかしてられないのだ。逆に言えば、観客はこのアリアが表出した表情はこういうものだとオーケストラの表情・表現から如実に理解してしまうので、それに歌手がふさわしく歌っているか、という聴き方になってくる。そういう意味で通常の指揮者とやるよりは歌手にとってずっと怖い指揮者だと思うが、やりがいがあるのも疑い無いところ。

論争的な問題を引き起こしそうなのは第二部で、2つ上げておく。1つは、第二部の冒頭に、モーツァルトの作品ではあるが全然別の作品を、登場人物でない歌手に歌わせたこと。《エジプトの王、タモス》k .345からで、バス歌手が

2階の脇のバルコニー状の部分で歌うのだが、これはドイツ語の歌詞なのだ。

作曲時期は近いとは言え、《イドメネオ》は全てイタリア語なので、言語的な違和感、なぜこの曲を挿入するのか、という疑問をクルレンツィスが聴衆に投げかけているのだと言えよう。

  さらにこれはこちらが無知であったのだが、劇の進行が終わって(エレットラが死ぬ)舞台上に倒れているのだが、そこで終わりではなくそこから延々バレエ音楽が流れる。調べてみれば、これはオリジナルにあるのだ。ただし、今回踊っていたのは、東洋風というか手旗信号とからくり人形と太極拳を足して3で割ったようなビミョーな踊りをLemi Ponifasio というコレオグラファー兼ダンサーが演じていたが、モーツァルトのオペラの舞台が古代ギリシアであることを考慮に入れても、全然似つかわしいとは感じられなかった。出演者の出身地がさらにワールドワイドになるという点には貢献していたのだろうけれど。Ponifasio のバレエは足の動きが全くエレガントではなく、こまたでチョコチョコと進むのだ。ふう。ピーター・セラーズにブーを飛ばす人もいますわな。

 全体としては、《イドメネオ》が実によくできた部分、ドラマティックな部分を持った作品であり、また他のオペラ作品にはない過激な要素を持ったオペラなのだということを理解させてくれた。レチタティーヴォはかなりカットされていたようだが、それでも、あるいはそれゆえに第一部は濃密な音楽世界の連続で圧倒された。この濃密な音楽世界はまごうことなくクルレンツィス主導のもので、クネクネとした動きとともにくせになりそうである。

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