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2019年8月23日 (金)

マクシミリアン1世時代の音楽

Maximilians Lieb und Leid と題されたマクシミリアン1世の宮廷あるいはその時代に活躍した作曲家の音楽を聴いた(宮廷教会および民族博物館の中庭)。

マクシミリアン(時代の)愛と悲しみ、とでもいうのが音楽界のタイトルなのだろうが、当然、Lieb Leid で頭韻を踏んでいるし、Leid の文字を並べ替えればLied (リート、歌曲) となるので、言葉遊びが仕掛けられているタイトルであると思う。

扱われる作曲家は

Heinrich Isaac(1450-1517)

Paul Hofhaimer (1459-1537)

Ludwig Senfl(1486-1543)

Costanzo Festa(1490-1545)

Josquin Des prez (um1455-1521)

Francesco da Milano(1497-1543)

Mabriano de Orto (1460-1529) などなど。

ジョスカン・デプレ以外は、ああこの人、とか前に聞いたことがあるといった記憶がない。たまたまFMなどの放送で聞いたことはあったかもしれないが、この人というくっきりとした形を帯びていない。実際、曲を聴いてみても、この時代の曲だなあ、ということはあるのだが、特定化してこの曲という記憶が蘇ってきた曲はなかった。

音楽会は一部と二部に分かれていて(間に小休憩、そこでワインとパンが振舞われていた)第一部は宮廷教会の内部、第二部は、宮廷教会に隣接した今は民族博物館となっている建物の中庭(寒かったです、夜9時過ぎていたので)に場所を移した。筆者はぼうっとしていて薄着で出かけてしまったのだが、周りの人はしっかりパーカーなどの防寒具を用意して着込んでいた。服装としてはこちらとしてはありがたいことに、かなりカジュアルである。

演奏会場が移った意味はあって、第一部は聖母マリアに祈る歌だったり宗教曲が多く、それに対し第二部は世俗曲がほとんどだったように思う(断言できなくて恐縮です)。

演奏団体はEnsemble Vivanteといい、ホームページを見てみると、メンバーは6人なのだが、この日の演奏会ではその内5人と他のゲストが2人の7人で演奏していた。特徴的なのは、オリジナルの6人の場合であれ、この日の演奏会であれ、テノールが2人いること。彼らのホームページによれば、テノール2人という形は、17世紀イタリアで流行って、宗教曲・世俗曲双方に用いられたとのことだが、今回のプログラムは16世紀のドイツ語圏でさらに早い時期からこの形が用いられていたことを示すことになるうのだろうか。この日のプログラム時たま楽器だけの曲もあったが、ほとんどがテノール1人または2人と楽器であった。テノールはErik Leidal Tore Tom Denys. リュートがDavid Bergmuller(uウムラウトです)、チェンバロとオルガンがAnne Marie Dragosits で彼女がこのグループの音楽監督でもある。ヴィオラ・ダ・ガンバとギターがDaniel Pilz, ハープとフルートがReinhild Waldek, ツィンク(角笛のような形)とフルートがMatthijs Lunenburg で彼はゲスト奏者。

作曲家で言えばHeinrich Isaac はオランダ出身だがフィレンツェに長くおり、のちにマクシミリアンに雇われている。

Paul Hofhaimer はザルツブルク近郊で生まれ、オルガニスト・作曲家として有名で、当時、ドイツ語圏以外にまで知られた作曲家はIsaac Hofhaimer のみであったという。彼もまたマクシミリアンに雇われた。

Ludwig Senfl の場合なかなか複雑な生涯だ。おそらくはバーゼルに生まれ、チューリヒに育ち、Isaac の弟子となり、やはりマクシミリアンに雇われる。Isaacの死とともに宮廷作曲家となるが、マクシミリアンの死により失職する。その後、求職活動をするが、彼は公的にプロテスタントにはならなかったが、シンパシーを抱いており、ルターとも書簡をやりとりしたのだった。やがて、プロテスタント的傾向を持った人間にも寛容だったミュンヘンで職を得る。

Costanzo Festaは名前から推測されるようにイタリアの作曲家。

Josquin Desprezはフランスの作曲家だが、カスティリオーネやルター が言及しているのは興味深い。

Francesco da Milano はミラノの近郊モンツァで生まれ、ローマ教皇の宮廷に仕えた作曲家。

この時代、思えば、宗教改革をはじめとして激動の時代であったわけで、音楽的にどんな形でそれが反映していたり、それを読み込むことが可能なのか、興味をかきたてられた。しかし、そういうことを抜きにしても、この時代の音楽を6人や7人の演奏家が奏でるのを聞くと、古楽器の繊細な響きと声とで実に精妙な音楽の綾が目の前で編まれていく。また、宮廷教会のオルガンは、ストップを変えると、他の教会のオルガン以上に劇的に音色が変わる(ように思えた)のもまことに印象的であった。

 

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