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2019年5月 3日 (金)

『カプリ島のレボリューション』

マリオ・マルトーネ監督の『カプリ島のレボリューション』を見た(イタリア映画祭・有楽町朝日ホール)。

1914年第一次大戦前夜のカプリ島が舞台である。ここに生きる羊飼いの少女ルチア(マリアンナ・フォンターナ)が主人公だ。彼女は今年の映画祭のカタログの表紙にもなっているが、エラが張っており、まっすぐな眼差しを持ち、観客に昔の羊飼いの少女がこんな雰囲気をもっていたであろうというオーラ、存在感を感じさせる。彼女の一家は、兄が2人、病気にふせる父と控えめな母からなる。兄二人は、妹が自分たちの言うことをきくことを当然のように期待しているのだが、少女は次々にその期待を裏切る。

カプリ島の反対側には、芸術家のコミュニティがあって、彼らは不思議な共同生活をしている。ヌードになって太陽光線をあび、ヨガのようなポーズや踊りをおどったりしている。菜食主義でもある。メンバーの間ではイタリア語ではなく主として英語が交わされている。1910年代あるいはそれ以前のアイルランドやイギリスでは、キリスト教の信仰への危機(ダーウィニズムが広まって、教会の教えを素朴に信じることができなくなった人々が少なからずいた)があり、インド哲学や仏教に対する関心がインテリの間に広がっていた。また、霊魂の不滅を「証明」するために降霊術をおこなう秘密結社も数多くあった。人智学や神智学が起こってきたのもこの頃であるし、マダム・ブラヴァツキーが活躍したのもこの頃である。この映画の芸術家たちも多分にこういった運動の影響が見られ、キリスト教の代替物を追求している面がある。

少女は、ふとしたきっかけで彼らの活動を見て、次第に心ひかれていく。家族は当然それを警戒し、反対するのだが、彼女は反対をものともしない。軋轢は強まっていき。。。という話である。

少女は、あくまで自由に生きようとするが、それは苦難に満ちた道だった。

感慨深い映画であった。

 

 

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