« 《アルチーナ》 | トップページ | ドイツ・ヘンデル・ゾリステン室内コンサート »

2019年3月 2日 (土)

マスターコース 

インターナショナル・ヘンデル・アカデミーのマスターコースを聴講した(カールスルーエ)。2日間に渡る受講だったが、同一講師によるものは1つにまとめて記述している。

いくつかのコースを聴講したが、まずはバロック・ヴァイオリンとチェンバロのデュオから。
ヴァイオリンは日本人女性で、《アルチーナ》の劇場で偶然お目にかかった。曲目はバッハのヴァイオリン・ソナタ6番、BWV1019。この教室の先生はチェンバロが専門で、チェンバロを中心に指導するとはいうものの、曲作りという点でヴァイオリンにもアドバイスはする。旋律の受け渡しがあって、ここではヴァイオリンの音量を控えめにとか、チェンバロが和音をつけながら伴奏しているのだが、通奏低音の骨格の例えばドソドというラインをきちんと出すようにと言った具合。メロディの美しさだけでなく、楽曲が展開していくときに、音が一見駆け回るがそれがどういうベースのラインを持っているかを表現させようとする。メロディと同時に曲の構造的美しさの表現を重視していた。
そのあと、アンナ・ボニタティブス氏の声楽の部屋へ。この日はすべての声域の生徒がヘンデルの《ジュリオ・チェーザレ》から自分の声域の曲を選んで歌っていたが、印象的であり、我が意を得たりと思ったのは、ボニタティブス氏がアリアもさることながら、レチタティーヴォ・アコンパニャートの部分を非常に丁寧に指導していたことだ。1つは発音、例えば affetto (アッフェット)のように f が二重子音である、tが二重子音であること、それは生徒だって見ればわかるわけだが、それが聴衆に伝わるように明晰に発音されねばならないのである。あるいは、bella (ベッラ)というごくごくありふれた単語をアポッジャトゥーラでベーーーーー-ーラとなるときの発音もその手前の節回しまで含めて何度も何度も指導して、最後にこれでよしとなったとき、ベッラという言葉の伝わりやすさ、分かりやすさ、響きの美しさが向上していることに心底驚いた。
 彼女の指導は無論、アリアの部分でも、例えばアジリタの多いアリアを歌うとき、あなたは歌い始めるときに緊張して口を閉じてしまっている。そこを直した方が良いなどど極めて具体的だ。さらには、装飾音に関しても、こういうやり方と別のこういうやり方があるけど、どっちがいいかと尋ね、それを決めたら変えちゃいけないわよ、という具合に実践的である。マスタークラスの学生は最後にクリストス教会で発表会があるのだが、その時はアリアを歌う場合、女性が少年の役だったり、お母さんの役だったり、男子学生が音楽教師の役だったりするのだが、少年だったら髪の後ろ側はこうしてとか、プレーンなシャツを着てとか、音楽教師の男の子には髪をもしゃもしゃになるべくベートーヴェン的にしてとか(D.スカルラッティのファルスの登場人物)、オペラを演じる(と言っても一場面ではあるが)ことが初めてと思われる学生に実に手とり足取り親切にアドバイスをしていた。
 ボニタティブス氏は学生が準備してこないと叱るし、でもフォローもして、褒める際も、あなたは今日は疲れてたけど、それをテクニックでよくカバーしていて良かったとか、今日は新しい試みをやってテクニック的にはすべてがうまく行っていたわけではないが、そういうチャレンジするところはすごくいい、とか一人一人に的確な褒め言葉、励ましを与えていて、見事だった。
 ボニタティブス氏のマスタークラスは翌日も長時間見たので2日分を合わせて書いてしまうが、テンポについても的確な指導がある。叙情的な曲で思いを込めて歌うとテンポが落ちがちだ、彼女はそんな時、腕を体の前で手前から向こうに何回か回転させテンポを上げるよう促す。また、カデンツァで遅くなった場合に、元に戻ったらa tempo で、すなわち元のテンポに戻してということも注意していた。この感情を込めたときに遅くない過ぎないで、という注意は、ボニタティブス氏の部屋にヴィオラ・ダ・ガンバ(あるいはバロック・チェロ)の学生と先生が来て、チェンバロ、ヴィオラ・ダ・ガンバの伴奏で、アリアを歌っているとき、やはりチェロの先生もテンポを上げるようにという仕草を一曲のうち2度していた。歌のメロディに溺れてしまうと
楽曲の構造的美しさ、推進力が弱くなってしまう。 
 その後、バロック・バイオリンの部屋で、最初は、ヘンデルのアリア、学生と先生1対1でボウイングやフレーズの細かい指導を見た。次は、ジャン・マリ・ルクレールのコンチェルトだったが、細かく指導を受けるというよりは、その楽譜を持ってきた学生に2人の学生と先生の4人でコンチェルトを弾いて行った。
とりわけ第3楽章が印象的で後でうかがうとジャン・マリ・ルクレールのヴィオリン協奏曲でop7の第一番である。ジャン・マリ・ルクレール(1697-1764)はルイ15世時代のフランス宮廷やハーグの宮廷でヘンデルの弟子だったオラニエ公妃に仕えたりしているが、最後は惨殺されている。同じ教室の中で、4人のヴァイオリン奏者にメロディーが受け渡され、ソロが超絶技巧を示すカデンツァなどがあり、単に技巧だけでなく音楽全体として圧倒された。ジャン・マリ・ルクレールという作曲家をFMやCDで漠然と聞いたことはあったのかもしれないが、この日初めてルクレールと出会った。この曲は心に刻まれた。4人のヴァイオリニストに感謝の他はない。

|

« 《アルチーナ》 | トップページ | ドイツ・ヘンデル・ゾリステン室内コンサート »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: マスターコース :

« 《アルチーナ》 | トップページ | ドイツ・ヘンデル・ゾリステン室内コンサート »