« ドイツ・ヘンデル・ゾリステン室内コンサート | トップページ | ツェンチッチ・リサイタル »

2019年3月 2日 (土)

ドイツ・ヘンデル・ゾリステン・コンサート

ドイツ・ヘンデル・ゾリステンのコンサートを聴いた(カールスルーエ、州立劇場第ホール)。

先日の室内コンサートは10人以下であったが、今日はフル・オーケストラかつ特殊な編成である。この日の中心部分はヘンデルのConcerto a due cori の第1番、第2番、第3番であり、これは直訳すると2つのコーラスの協奏曲となるのだが、合唱が登場するわけではない。オケの配置が左右対称になっていて、左側にオーボエ2、ファゴット2、ホルン2で右にも全く同じ人数。チェンバロも真ん中に左右1台ずつ。
つまりcori というのはこの場合、合唱ではなくアンサンブルなのだ。司会者によると、こういう形式はヴェネツィアのサンマルコ大聖堂で、合唱席のあっちとこっちで呼びかわす曲をガブリエーリらが作っていたのだという。
というわけで、この日は全体としてはファゴット4本、オーボエ4本、ホルン4本の大編成となっていた。呼びかわす場面もあるが、同時に吹くときもあり、相当な迫力(バロック時代の4管編成?!だ、と思ったりした)、音圧を感じた。
最初の曲はシャルパンティエ(1643-1704)作曲2つのトランペットとオーケストラのための3つのマーチ。3番目の曲はよくきく曲だ。ティンパニーなどが出てきて、祝祭的である。
次は マラン・マレ(1656ー1728)のセメレからのダンス組曲。ヘンデルだけでなくセメレを題材として様々な曲が作られたわけだ。この組曲は、華やかな中に哀感が漂う瞬間もあり、明らかにドイツのバロックとは違う雅びな魅力を持っている。
ここで指揮者エルヴェ・ニケについて。この人はどことなく井上道義的なオーラを持っていて、非常に明晰な指揮なのだが、単に明晰なだけでなく、パーフォマンスが派手なのだ。入ってくるときも入って歩いている間に、一拍目が始まったり、曲が終わったときも、拍手より前にグート!とか自ら言うのだ。オケを賞賛しているのではあろうが。さらに思ったのは、指揮者というのは、オケに対して、テンポや表情の指示をしているわけだが、身振りによっていま演奏している楽曲の性格を示すこともできるのだということを強く思った。攻撃的な曲なのか、穏やかな曲なのか、愛情を吐露する曲なのか、などなど。この人の指揮を見てると、ここが肝心なポイントだ、この楽器に注目といったことがすごくよく伝わってくる。こういうパフォーマー要素の強い指揮者もこれからより求め られるのだろうと思った。しかもマラン・マレの演奏は
オーボエ、ファゴットの響きも豊かで感銘を受けた。
三曲目は、ヘンデルのConcerto a due Coriの第2番。ホルンも4本(左右に2本ずつ)いて、豊饒なる世界だった。
ここで休憩。
後半はConcerto a due cori の第一番。これはホルンがない。マラン・マレのセメレからのシャコンヌ。最後は Concerto a due cori の第三番。
アンコールはなし。
Concerto a due cori はやはり生でオーケストラを見ながら聴かないと醍醐味がわかりにくいだろうと思った。その意味で今回これを聞けたのはラッキーだった。さらにマラン・マレーのフランス・バロックの魅力は(マラン・マレをFMやCDで聞いたことはあったが)初めての別次元の邂逅であった。マスタークラスでのルクレールと並び今日はフランス・バロックと出会う日出会った。
りにくいだろうと思った。その意味で今回これを聞けたのはラッキーだった。さらにマラン・マレのフランス・バロックの魅力は(マラン・マレをFMやCDで聞いたことはあったが)初めての別次元の邂逅であった。マスタークラスでのルクレールと並び今日はフランス・バロックと出会う日であった。

|

« ドイツ・ヘンデル・ゾリステン室内コンサート | トップページ | ツェンチッチ・リサイタル »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ドイツ・ヘンデル・ゾリステン・コンサート:

« ドイツ・ヘンデル・ゾリステン室内コンサート | トップページ | ツェンチッチ・リサイタル »