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2019年2月23日 (土)

宗教改革と廃仏毀釈

たまたまなのだが、何年か前にでた宗教改革についての新書と、新刊の廃仏毀釈についての新書を並行して読んでいて、気になったことがあるので記す。

宗教改革は500年前のマルチン・ルターのあれである。永田諒一氏の書いた講談社現代新書。廃仏毀釈の方は、『仏教抹殺』というややセンセーショナルなタイトルで著者は鵜飼秀徳氏。文春新書。まだ読み終わってない段階なのだが気になることがあるので記すということをお断りしておきます。
この2冊、永田氏は廃仏毀釈には触れていないし、鵜飼氏は宗教改革に触れていない。しかし、両者にはいくつかの共通点があり、それは単なる偶然なのか、ということ。1.両者とも、それが生じた時点では、宗教の純化をめざしている 2.その結果、宗教改革ではカトリック教会からプロテスタント(永田氏は宗教改革派と呼んでいる)が分離し、廃仏毀釈では、仏教と神道が分離する。3.宗教改革がある程度進行してドイツの諸都市では一都市一宗派となる。プロテスタントを選択した都市ではもともとカトリック教会にあった聖人像や絵画を、市当局の指示をはるかに越えた形で民衆が打ち壊した。廃仏毀釈では、神仏分離を指示した政府の指示をはるかに越えた形で民衆が仏像などを打ち壊した。4.ルターらは修道院の存在を敵視(罪悪視)し、そこから修道士や修道女を連れ出し、結婚させた(ルターの妻も、元修道女である)。神仏分離令の際は、政府が仏教の僧侶の結婚を認めた。
 私が疑問に思ったのは、こうした共通点はすべて偶然の一致なのか、それとも明治政府が神仏分離令を出すにあたっては欧米の宗教事情が頭にあって、神仏習合の状態を解消すべきだと考え、宗教組織の根本的な改革という点からヨーロッパの宗教改革を参照したか、したとすればどの程度したのか、どの点を参照した可能性があるのか、ということだ。
 神仏習合の解消にこだわったのには、欧米の一神教との出会いが影響をしているのではないか、と考えている。しかしそれ以上の細部の点については、単なる偶然の一致なのかどうか判然としないわけだ。

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