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2019年2月28日 (木)

《セルセ》その5

ヘンデルのオペラ《セルセ》の演出について。

これまでの項目で、筆者の思うところを書いてきたが、演出家のツェンチッチのインタビューを読んで、筆者とは全く違ったことを重視していたのだと衝撃を受けたので報告します。
少しばかり言い訳をさせてもらえば、芸術の解釈は、作った本人がこうと思った通りだけが正解な訳ではなく、ある表象が複数の異なった印象を受け手に与えることは、むしろ芸術家自身が望んでいる場合が多いので、筆者としてはツェンチッチの演出に受けた印象というのは、前に書いた通りです。
では、ツェンチッチはインタビューでどんなことを言っているのか。お断りしておかねばならないが、ツェンチッチのインタビューはプログラムに掲載されているのだが、ドイツ語で、筆者はグーグル翻訳で英語にして解読した。グーグル翻訳には不十分なところがあり、sister と訳すべきところがfiance' となっていたりして完全ではないのだが、ともかくあらましを紹介することが目的なので、ご了承いただきたい。
まず、ツェンチッチは、このオペラのテーマは運命だという。第一子に生まれたセルセは王となり権力も富もほしいままにするが、弟のアルサメーネは兄の臣下である。ロミルダとアタランタの姉妹もロミルダはセルセからもアルサメーネからも言い寄られるが、アタランタは単にアルサメーネに思いを寄せるのみだ。さらにその上で、限りのない貪欲さというのも重大なテーマだという。セルセは権力も富も持っているのだが、それで十分満足せずに、他者(弟)の恋人を、我がものにしようとする。しかも彼女(ロミルダ)が拒絶しているのに。
さらに筆者が驚いたのは、台本に関すること。《セルセ》の台本はカヴァッリ作曲の《セルセ》の台本が大元で、それをボノンチーニの《セルセ》が変更しつつ踏襲し、さらにヘンデルの台本は無名の台本作者がそれを元に書いているのだが、登場人物は7人になっている。筆者が驚いたのは、ツェンチッチは7人にしたのは、その登場人物が7つの大罪を表象しているからだという点だ。ツェンチッチは誰がどの罪に相当するということをいちいちは挙げていないのだが、例えば、セルセは貪欲ということかとか、アタランタは羨望かとか思わないでもない。しかし、《セルセ》を一種のアレゴリー(寓意劇)と解釈するのは斬新な考えだと思う。
ツェンチッチが舞台をラスベガスに持ってきているのは、現代の資本主義社会での限りのない欲望、貪欲さを象徴させる舞台にもってこいだからとのことで、それはうなづけると思った。

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2019年2月27日 (水)

《セルセ》その4

ヘンデルのオペラ《セルセ》を再々度観た(カールスルーエ)。

今回は、音楽を聴きながらも、やや劇として楽しむ方向で観た。オペラの場合、音楽劇だから、音楽も劇も楽しむわけだが、指揮者やオーケストラを注意深く観察していると、劇の演出の細部を見逃したりしがちだ(両方、同時に細かくできる人がいるかもしれないし、そういう人の存在を否定するわけではありません)。
前回と前々回は、座席が2、3列目だが、やや端の席で、今回は7列目だが、指揮者のまっすぐ後ろという位置。1階の座席は結構傾斜している。指揮者の指揮ぶりは意外ことに斜めからの方が、正面からよりもずっとわかるのだった。また、オケの団員の仕草、表情も(単純に列が前の方が距離が近いということもあるだろうが)前回の方がよくわかった。
逆に、劇の進行、演出を観る点からは、正面でやや引いたところからの方が全体を見渡すのには便利だ。
最終日のせいか、指揮が、2幕で早いところは猛然と早いのがさらに輪をかけて早くなりちょっと音が荒くなっていた(縦の線が乱れるのと、弦楽器の音自体が荒くなっていた)が、3幕になるとすっと軌道修正していたのはさすがである。ペトルゥの指揮は、アクセントのつけ方が明快で、フレーズもノンレガートはノンレガート、フレーズの最初の音も曲想によって弓を弦に叩きつけるような音だったり、滑らかな音だったりそのコントラストがとても大きい。シュペリングの《アルチーナ》でもメリハリはきいているのだが、そのコントラストの強さ、大きさがペトルゥの方が強烈なのだ。2幕の幕開けや3幕の幕開け、あるいはカーテンコールの拍手から判断するにペトルゥの指揮ぶりはカールスルーエの聴衆に強く支持されているようだ。
彼が疾走するときにそれについていくオケも立派だと思うし(純粋に音楽的にエクサイティングだ)、それにのってスイングしながらノリノリの歌を聴かせるファジョーリやアリアナ・ルーカス(ファジョーリと比較すると気の毒だが、アジリタがうまくいく時と苦しそうな時があるーこのテンポでは無理からぬところかとも思う)ら歌手陣も大活躍だ。かと思うと、そのせいもあってのどかな曲想をたっぷりと歌わせるとこれはこれで映えるし、ファジョーリもツェンチッチもロミルダ役のスナファーも感情過多になりすぎずに、叙情性を表現していた。
バスの2人、アリオダーテのパヴェル・クディノフやアルサメーネの従者エルヴィーロのヤン・シューは、オペラ・ブッファにおけるバッソ・ブッフォの先駆者のような感じで、アリオダーテ(将軍だが、今回の演出ではレコード会社の宣伝部長あるいは営業部長?)は大スター歌手セルセの言うことをきかねばならず、エルヴィーロはアルサメーネの命令をきく。彼らの歌には特徴があって、音程が低いだけでなく、歌の最初の部分はレチタティーヴォ的でメロディ的でない。まるで、親分に命令されて、ボソボソと呟く、ぼやく部下のように始まり、徐々にメロディが出てくる。そこで何度か同じメロディを繰り返す時に、さっとヘンデルがひと刷毛伴奏音型を変えると、実に素敵な曲に聞こえる。これは指揮者のコントラスト重視の賜物でもあるし、2人の歌手の歌唱力も十分それに応えていた。興味深いのは、彼らの曲はダ・カーポ・アリアにならずその前にプツンと終わることだ。身分制の社会で生まれた芸術たるオペラは、身分によって声質の高低も決まってくるし、アリアやアリオーソの形にも差があるということか。
今回のツェンチッチの演出は、一貫してコミカルなのだが、ドラッグや売春といったダークサイドも描きこまれている。現代の愛ということを問う時に、異性間の愛も、同性愛もある。また美しい若者(男女とも)の身体は、商業化されやすいこと。ロマンティック・ラブというと美形の男女(あるいはそういう雰囲気を漂わせる男女)間のものというバイアスが19世紀のオペラにはかかりがちだが、アタランタやアマストレをわざと不恰好な女性として表象しているのは、コミカルな効果を狙っている面が第一にあると思うが、理屈を言えば、ロマンティックな愛は「美しげな」男女の独占物ではない、という主張もあるのかもしれない。売春宿の飾り窓のうちと外にはスタイル抜群の女性がいるのだがお茶をひいていて、その隣のドラッグが取り引きされていそうな怪しげな店の前には男性カップルが睦みあっているのも象徴的な光景だったかもしれない。単純な女性呪詛ではないし、女性賛歌でもない。単純な同性愛賛歌でもない。単純なストーリーに回収されず、しかし細部には徹底的にこだわって笑わせてくれる。
ジョークと音楽の進行も綿密で、例えば序曲のところで、ファジョーリが女性に抱きつくシーンは曲想が遅めからダッシュして早くなるちょうどそこで抱きつくといった具合に音楽の進行と、所作のすり合わせは綿密だし、だからポンと弾けるような可笑しさが生まれてくるし、リズムにのっている分、下卑た感じが薄れるのだ。飾り窓の女性(モック役)の前で男装したアマストレが嘆きの歌を歌う場面でも、窓の前に立たれては営業妨害というので女性がアマストレにしっしっあっちいけ、という仕草をする。アマストレは気付かずに歌い続けるが、曲想が変化するところで、女性はガラスをドンドンと叩き、アマストレは驚いて、脇にのく。きわどいと言えばきわどい情景、舞台背景が単にセンセーショナルなのではなく、音楽の進行と合わせたコントが組み合わされ笑いをもたらすし、原作にない電話や玄関チャイムの音などの使い方も秀逸。
決して説教くさい演出ではないのだが、見終わってみれば愉快な笑いは、単なる笑いではなくなっているかもしれない。

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インターナショナル・ヘンデル・アカデミー

インターナショナル・ヘンデル・アカデミーのレクチャーを聞いた(カールスルーエ、音楽大学)

インターナショナル・ヘンデル・アカデミーは1986年にインターナショナル・ヘンデル・フェスティヴァルに増設する形で発足した。マスタークラスとアカデミックなシンポジウム、若手の養成を目的としている。去年は気がつかなかったなあ、と思ったら、パンフレットによると、2018年は財政的な理由のため中止せざるを得なかったとのこと。
2019年は、再開できるようになった。シンポジウムの代わりにランチタイム音楽トークがある(ランチタイムというものの2時から3時である。もっともドイツ語ではMittagsgespra¨che, とある、ウムラウトの位置がずれてしまいます、ご了承ください)。その他に歌やヴィオリン、チェロ、チェンバロのマスタークラスがある。マスタークラスも聴講したいところだが、体力、集中力の限界があるのでパスしている。
今日のレクチャーは音楽なしだったのでなかなか辛かった。明日からは、演奏家も参加のレクチャーとなるので、話がより具体的となるし、筆者のようにドイツ語理解力のごくごく低い人間にとってはヒントが増えると期待している。

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2019年2月26日 (火)

ドイツ・ヘンデル・ゾリステン室内コンサート

ドイツ・ヘンデル・ゾリステンの室内コンサートを聴いた(州立劇場小ホール、カールスルーエ)。

ドイツ・ヘンデル・ゾリステンの中の7人が演奏。オーボエ1、バイオリン1、ヴィオラ2、ヴィオラ・ダ・ガンバ1、テオルボ1、ファゴット1。ファゴットのローダ・パトリックがリーダー格で、進行も担当。《セルセ》の時は30数人、《アルチーナ》の時でも20数人で演奏しているので、7人になると音の厚みは薄くなるが、その分、響きの透明感が増す。何より、奏者との距離も近いので、対位法的な受け渡しが耳だけでなく、目でも見て取れるのが素晴らしい。音の、奏者同士の駆け引き、目配せ、息を合わせる調整が見える。音楽の呼吸を間近に感じることができるのは、オペラの時とは別種の魅力である。
最初はリュリのアルミードの組曲。リュリ(1632ー1687)はフィレンツェ生まれで1646年にフランスにつれていかれ、やがてフランスに帰化した。
次はヴィヴァルディのオーボエとファゴットのための二重協奏曲からラルゴ。
その次にヨハン・カスパー・フェルディナント・フィッシャー(1656-1746)の'Le Journal du Printemps' (春の日)第7組曲。ここで演奏者の奥の一段高くなった舞台にダンサーが2人登場。音楽に合わせてバロック・ダンスを披露した。これが本来の姿なのだろうと思う。すなわち、娯楽の要素として考えた時に、音楽を受け身で聞いているだけではなく、ダンスを見たり自分も踊ってみるという積極的なエンターテイメントだったのだろう。それを垣間見せてくれたダンサーの登場であった。フィッシャーはボヘミア出身だが、1695年にはバーデン・バーデン辺境伯の宮廷楽長となっている。カールスルーエから見ると地元のバロック作曲家ということになる。彼の音楽史的な位置付けはリュリによるフランス音楽をドイツにもたらしたということらしいが、確かに並べて聞くと類似は明白だった。バッハやヘンデルもフィッシャーの作品は知っていたとのことである。
ここで休憩。
後半は、まずヨハン・メルヒオール・モルター(1696-1765) の序曲ハ短調MWV3.9. ,モルターはさらにカールスルーエと縁が深い。バッハの生地アイゼナッハの近郊で生まれ、アイゼナッハのギムナジウムで教育を受け、1717年にはカールスルーエのバーデン=ドゥルラハ辺境伯の宮廷のヴァイオリニストになる。ここで結婚し8人の子をもうけている。1719−21年イタリアで作曲を学びヴィヴァルディ、アルビノーニ、A.スカルラッティらの影響を受けている。1722年から33年はカールスルーエの宮廷楽長を勤めて、晩年にはカールスルーエのギムナジウムで教えて、当地で亡くなった。まさにカールスルーエの作曲家なのである。ドイツ後期バロックから前古典派に至る過渡期の作曲家と言われれば確かにそんな感じのフレージングがある。旋律が対位法に受け渡されるのでなく、和音でジャジャジャジャと弾いてて受けたりするのだ(独特の面白さではあるのだが)。当然だが、過渡期の作曲家には独特の作風、興趣のあることもある。
最後はジャン・フィリップ・ラモー(1683-1764)のバレーオペラ《優雅なインドの国々》からの組曲。短い10数曲が演奏されたが、後半からバロックダンスの2人が加わった。たしかに、フランスのバロックは舞踊と強く結びついているし、一緒に演じた時に目と耳が同時に刺激されリズムの弾みに対してある相乗効果を感じるのだった。
以前にも触れたことがあるが、ヘンデル音楽祭は、単にヘンデルのオペラを上演する(それだけでも、このプロデュースのレベルは賛嘆に値いすると思うが)のみならず、ヘンデルを中心に時代の前後、地域的な隣接地域の同時代人に目配りがなされ、バロック音楽全般に対する理解、感性が深められるように構成されていることに気づく。ドイツの音楽文化の厚みに敬意を表したい。こういうプログラムによってより耳の開かれた聴衆が育つのだと思う。クラシックといえばウィーン古典派からロマン派という傾向が日本ではいまだに顕著である(日本でも小さめのグループの活躍は目をみはるものがあるのではあるが)が、そこから1歩、2歩、耳を開いてみれば、聞こえてくる音の風景は、異なる香り、異なる味わいに満ち、ワクワクするものだと思うのだが。

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「3人の天才」

ヘンデル音楽祭周辺のコンサートを聴いた(クリストス教会、カールスルーエ)。曲目は

ドメニコ・スカルラッティのカンタータ’Di Fille vendicarmi vorrei'
バッハのヴァイオリン・ソナタ ト長調、BWV 1021
スカルラッティ チェンバロのためのソナタ K132, K133, K87, K175
バッハ 無伴奏チェロ組曲 ニ短調 BWV1008
ヘンデル 9つのドイツ語のアリア集から HWV208
こういうコンサートは、演奏家の名人技を聞くというよりは、ヘンデルとその同時代人、その産出された作品群の多様性、豊かさに耳を傾け、身を委ねるべきものなのだろう。
三者三様の明るさ、暗さ、楽しさ、思索性など思うところ、感ずるところはあった。
1つだけあげれば、バッハの無伴奏チェロは、延々と独り言を(内容は濃いのかもしれないが)つぶやいているような感じがあり、ヘンデルの歌曲は、暗い墓穴から、というタイトルにも関わらず明るい雰囲気なのだ。宗教曲だからこう、とかいう問題ではなく、根本的に作曲家のキャラクターの問題なのかもしれない、といったら安易にすぎるだろうか。

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《セルセ》その3

ヘンデルの《セルセ》の演奏について(カールスルーエ、ヘンデル音楽祭)。

歌手で見事なのはファジョーリとツェンチッチ。この2人はまことに対照的で、あえて言えばファジョーリがマリア・カラス的でツェンチッチはレナータ・テバルディ的と言えるかもしれない。ファジョーリは、どこで劇的に音楽を盛り上げるかをプロフェッショナルに心得ていて決してはずさないし、超絶技巧にも乱れがない。一般的に言って、カデンツァのようなところでアジリタの超絶技巧をひけらかす部分は、音楽の進行が止まってしまうので下手をすれば音楽的には退屈になってしまったり、だれてしまったりするのだが、ファジョーリの場合そういうことは決して起らないのだ。
 一方、ツェンチッチの歌唱は、叙情的な部分の歌い回しに美点がある。彼が歌うと、一音か二音の単純な旋律に、これほどの情感が込められるものかと不思議な気分になる。それでいてクサくない。それは彼が徹底して様式美を心得ているから、ギリギリのところで形を崩さない、崩すところまで行ってしまわないからだ。その意味で、彼が兄である王のセルセに恋人ロミルダを奪われかけるアルサメーネを歌うのはうってつけだ。アルサメーネの歌は、情けない自分の立場を嘆いた女々しいものが多いのである。その嘆き節を繰り返した挙句、ついに王に挑戦的な態度を取る、という劇的展開がある。そこでの変化も聴かせどころだ。
 しかし、こうしたアリアごとの重唱ごとの歌手による歌い回しの変化もさることながら、この上演ではペトルゥの指揮による、伴奏の表情の変化が実に多彩で、聞いていて飽きないのだった。ヘンデルに駄曲なし、ということがしみじみ分かるのだ。彼の伴奏では、アリオダーテやエルヴィーロといった男性の低声のための曲も、ヘンデルが前半と後半で一筆伴奏の表情を入れ替えるとガラッと音色・表情が変わりアリア全体の振り幅が大きくなり、曲の魅力が大いに増すことが実感できた。指揮者、それに応えるオケがいいと、作曲家の偉大さがよく分かる。オペラを聴く楽しみが、歌手の美声、技巧を楽しむことであっても、劇のストーリーを楽しむことであっても、演出を楽しむことであっても良いが、作曲家の創意工夫を味わい、その天才にうたれることであっても良いではないか。
 今回の指揮は、フレーズのアクセントの明快さによって、対位法や曲の構造がよりくっきりと浮かび上がり、旋律だけでなく、曲全体として伴奏も含めての美しさ、ダイナミズムがよく分かる演奏で、ヘンデルの無限の才能を味わうことができた。

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《セルセ》その2

ヘンデルのオペラ《セルセ》を再び観た(カールスルーエ、ヘンデル音楽祭)。

ツェンチッチの演出について再び。原作のリブレットで設定された時代を現代に移したり、王である登場人物を卑俗な人物に変えてしまうような読み替え演出は今や少しも珍しくはない。問題は読み替えが何をもたらすがである。読み替えが単に思いつきの範囲を出なければ、作品の新たな魅力は浮び上らず、小芝居がうるさく、音楽を味わう妨げになることさえ、残念ながらしばしば経験するところだ。
 今回のツェンチッチの《セルセ》演出は、こういう解釈もあるのか、とこちらにいくつもの気づきを与えてくれる点で画期的だったし、オペラに対する深い理解や愛のない演出家の凡百の読み替え演出とは似て非なるものなのだった。
 僕の考えでは《セルセ》という作品は性格がつかまえにくい。冒頭の'ombra mai fu' からして、楽曲としては魅了的だが、セルセはなぜプラタナスの木陰にこうも惹かれているのか。また、それをからかうロミルダも大胆と言えば大胆だ。無論、そのやりとりからロミルダとアルサメーネの仲にセルセが割って入るキッカケができるわけで、深く考える必要はないのかもしれないのだが、この2曲は妙に心に染み入る曲なのでなぜこういう曲なのかと考えさせられてしまうのだ。
 ツェンチッチの場合は、一貫して喜劇的なトーンで通している。オンブラ・マイ・フは、弾き語りの売れっ子歌手がピアノを弾きながら歌うのだ。ロミルダの曲の時は綺麗どころの女性たちが7人ほどダンスを踊っている。バーというかキャバレーのようなところで客が見ているのだが、その客たちは男のカップル、女のカップル、男女のカップルがそれぞれいる。愛には様々な形があるというコンテクストがさりげなく与えられている中で、セメレとロミルダの本気とも戯れともつかぬ愛の駆け引きが始まる。
 前回にも述べたがロミルダと妹アタランタ、セルセの婚約者アマストレという3人の女性の描きわけがこれほど分かりやすい演出は珍しいだろう。おまけに、身体的特徴も大きく変えているのだ。ロミルダ役のローレン・スヌッファーは小柄で細身。翌日たまたま《アルチーナ》の上演時に2人隣に彼女が座っていたのだが、その華奢なことに驚いた。妹アタランタ役のキャサリーン・マンリーは事あるごとに、姉および姉のお取り巻きから侮蔑的な扱いを受ける。アルサメーネからの手紙の宛名をロミルダではなく、私(アタランタ)だという策略には、彼女がアルサメーネに横恋慕しているということもあるが、今回の演出では姉ロミルダに対する積もるコンプレックスと恨みという点に説得力がある(この演出方法だけが正しいと言いたいわけではない)。アタランタが、人形を取り出し、五寸釘ではないが、針のようなものを突き刺すシーンもあり、ブラックな笑いを誘っていた。アタランタ役の女性は、おそらく体に詰め物をし、わざとスタイルを崩し、身のこなし、ダンスなどもミスタービーンの彼女を思わせる仕草で、ギクシャクとした動き、妙な歩き方で、醜女ぶり(彼女が本当に醜女だというわけではありません)を発揮していた。その一方、セルセの元々の婚約者アマストレは渡辺直美風に豊満で、原作では王家の王女ということなのだが、この演出では庶民的な雰囲気をプンプンと発揮し、お掃除人なのだ。しかし、妙に肉感的な色気は所々で発揮する。アタランタの屈折して男に迫っても不発に終わるお色気と対照的である。
 今回の《セルセ》演出では現代における様々な愛の形の可能性(背景としてモック役の人物が演じている)と並行してセルセやロミルダやアルサメーネ、アタランタ、アマストレがそれぞれに愛を求めて彷徨う様が、コミカルな形で描かれる。
 その視点が一貫しており、こういう解釈も1つ成り立ちうるのだと納得させられるのである。
(長くなったので演奏については別項で)。
 
 
 

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2019年2月25日 (月)

《アルチーナ》

ヘンデルのオペラ《アルチーナ》を観た(カールスルーエ、ヘンデル音楽祭)。

去年のプロダクションの再演なので基本的な変更はない。演出も基本的には同じ(人と人との絡むアクションが少し激しくなっていたが、それはコンセプトが変わったというほどではなく、タイトル・ロールのアルチーナ役の歌手が去年は妊娠していることが誰の目にも判る状態だったが、今年は別の歌手で普通の状態だったせいなのかもしれない)。歌手もルッジェーロのデイヴィッド・ハンセンは同じで、彼のルッジェーロを1年前に観たことをまざまざと思い出した。しかし、その後で、ハンセンはどうでしたかと尋ねられた時にほとんど思い出せなかった理由もわかった。去年の段階でも、今年の段階でも、ああ、一生懸命歌っているけど、いくつかの点、いくつかの箇所でもの足りないなあ、こちらに十分な満足を与えてくれないなあ、というものであった。そういう歌手の場合、印象から消えてしまうのだ(画像や再演で見れば思い出すけれど)。
去年、ここで《アルチーナ》を観た時にはアンドレアス・シュペリングの指揮、ドイツ・バッハ・ゾリステンの演奏と、特別な大スターはいないもののカウンターテナーも古楽唱法に乗っ取った歌手もいて、様式的にととのった(バラバラでない)ヘンデル上演の素晴らしさを満喫したのだった。
 しかし人間の贅沢は我ながらおそろしい。去年のヘンデル音楽のトリはファジョーリとポモドーロ(演奏団体の名前です)によるヘンデルのアリア公演で、何曲かの出入りはあったけれど、これが日本にもやってきて、ただしオケはヴェニス・バロック・オーケストラになったわけだ。ポモドーロは人数も少ないのだが、これほど柔軟で俊敏なオケがありうるのかとその音楽性も含め舌を巻いた。
 同じドイツ・ヘンデル・ゾリステンでも去年は英語オペラ《セメレ》が再演で、そちらの指揮者はかなりもっさりしていた(音楽づくりが)ので、《アルチーナ》を振るシュペリングが颯爽として見えた(外見でなく、音楽がです)。ところが今年は、ペトルゥの指揮の後では、フツーに聞こえてしまう。おそらくシュペリングは、ケレン味を重視しているのではなく、自分の音楽的感性に忠実に指揮しているのだろうし、明らかにここぞという燃え上がるようなアリアでは髪を揺らせて(カーリーヘアのせいか振り乱してではなく、頭の揺れとシンクロして髪も揺れるのです)テンポを上げ、弦のアタック音もガツンと来るようにしていた。そういった激しい表情のアリアの場合、歌手も強い声、表情が求められるのだが、どこまで行けるかは歌手の力量あるいはコンディション次第なのだろう。ハンセンやブラダマンテ役のマッツカートは、かなり健闘していたと思うし、第2幕は相当にオケ、指揮者、歌手の表情の方向性が一体となる稀有な瞬間を顕現していたのだが、パワーが足りないというかもう一歩と感じるところも率直に言えばあるのだった。
モルガーナ役の歌手は第一幕ではアジリタのたびに相当テンポが遅くなり曲の形が崩れ聞き苦しかった。こういった歌手のコントロールは指揮者との力関係によるのか、あるいは練習時間がどれくらい確保されているのかによるのか。
1つ発見。この日の席は1階の階段状の座席の一番後ろの壁際だった。2幕が終わったところで、ドイツ人の婦人が終演後急いで帰りたいので席を代わってくれないかと頼まれ、4列ほど前に出た。音が全然違うのである。理由は簡単で、壁際の奥は、2階席が屋根上にせり出しているのだが、4列ほど前に出るとほぼその影響がなくなるのだ。やはり音がずっとスッキリ聞こえる。特に、弦楽器(テオルボも含め)のアタック音、こする音の表情のニュアンス、歌手の発声のニュアンスがより手に取るように聞き取れるのだった。あらためて、音にこだわる場合には、座席は重要である。

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2019年2月24日 (日)

《セルセ》

ヘンデルのオペラ《セルセ》を観た(カールスルーエ、ヘンデル音楽祭)。

フランコ・ファジョーリのタイトル・ロール(セルセ役)、マックス・エマヌエル・ツェンチッチがセルセの弟アルサメーネ、彼らとCD録音などでおなじみのジョージ(ゲオルギオス?)・ペトルゥ(Petrou だが、日本語表記は様々、どれが正しいのやら、それとも本人が放任しているのだろうか.アテネ生まれのギリシア人 )の指揮。ペトルゥは、2020年よりゲッティンゲンのヘンデル音楽祭の音楽監督に就任が予定されているようだ。
オケはこの音楽祭でおなじみのドイツ・ヘンデル・ゾリステン。見覚えのある顔も何人もいる。驚いたのはペトルゥの指揮で音のダイナミズムやリズム感や楽器のアタック音がガラッと変わったこと。翌日の《アルチーナ》でこの変化はオケのメンバーの入れ替えなどによるのではなく、やはり指揮者の求めるものが異なり、オケがそれに反応しているのだと確認。通常のオケでも、楽器はそのままで奏法を変えると印象が変わることがあるが、バロック・オケで楽器はそのままでこれほど表情が変わることに感銘を受けた。
 ペトルゥの指揮は、非常にメリハリが利いていて、かつ、絶対にセンティメンタリズムに陥らない。叙情的なフレーズ、パッセージもインテンポで進めていく。個人的にはインテンポでテンポを落とさず、楽曲の流れが明快なままに、そこからこぼれ落ちる抒情が好ましいと思う。ロマン派以前の抒情は、基本的にはそうあるべきなのではないかとすら考えている。つまり、様式美がまずあって、それを確保した上でないと、抒情性になだれ込んだ場合には、型が崩れ、見苦しい、聞き苦しいと感じるのだ。
 ペトルゥの指揮は、総じて早めのテンポで、所々で大きく腕を振り下ろしアインザッツをとる。つまり、早めのテンポで縦の線が楽器群同士でずれかけた時に、そこでバーンと調整する仕組みなのだ。だから、オケは決してバラバラに崩壊したり、ハラハラすることはない。
 演出はツェンチッチ。この人は本当に多角的な才人で、歌も巧みだが、演出も、いやそれどころかオペラ全体のプロデュースのようなこともやっているようだ。ツェンチッチのアルバムを見てもわかるのだが、例えばナポリ楽派のアリア集はほとんどが世界初レコーディングである。売れ筋の曲をちりばめて売り上げを伸ばそうという方針は微塵も見えない。むしろ彼の野心は、音楽演奏の歴史に確かな足跡を刻み、我々一般聴衆の音楽的嗜好・認識に革新をもたらすことではないかと思う。
 今回の彼の《セルセ》の演出は、かなりキンキラで派手なもの、1970年代くらいのラスベガスが舞台。ご存知の通り、セルセは元々はクセルクセスで古代メソポタミアの話なのだが、元の話も史実に忠実であるわけではない。ツェンチッチは思い切ってセルセをラスベガスで弾き語りをする歌手に仕立てた。ファジョーリもノリノリでスパンコールの輝くジャケット、さらに孔雀のような大きな羽飾り(宝塚のよう)を背負って登場、冒頭の’オンブラ・マイ・フ’はファジョーリがピアノで弾き語りをするのだ。
 そもそも《セルセ》は不思議な作品で、コミカルな要素に事欠かない。セルセはいきなりプラタナスの木への愛情を吐露するし、それに対しロミルダがあなたは木にしかご興味がないのね、と粉をかけたところから、セルセがロミルダに興味を示し、ロミルダとアルサメーネの仲が引き裂かれることになるのだ。このオペラもお約束のように2組のカップルが出てくるが、それと2組の兄弟、姉妹が交錯している。
 兄弟なのは、王セルセと王弟のアルサメーネ。姉妹はロミルダとアタランタ。ロミルダとアルサメーネは元々相思相愛なのに、セルセが割り込んでくる。妹のアタランタはアルサメーネに目をつけていて、姉ロミルダがセルセの王妃になれば自分がアルサメーネと結ばれるチャンスが生まれるのではと虎視眈々と狙っている。自分の美貌にも自信があって、顔や笑顔でイチコロよ、という歌詞がある。しかし、今回の演出では、アタランタ役のキャサリーン・マンリーは、わざと不細工な仕立て。体にも詰め物を入れわざとスタイルを悪くみせ、メガネをかけ、ミスター・ビーンの彼女を彷彿とさせるギクシャクとした動き、ダサい感じを巧みに出しており、笑いを誘っていた(観客に受けていた)。これまでの典型的なアタランタ役の役作りとは全く異なっており、新しい画期的なアタランタ像ではないか。
 一方、実はセルセには婚約者アマストレがいる。アマストレは、王族の娘でロミルダより王妃にふさわしい血筋という設定なのだが、今回の演出では、掃除婦となって、下働きをしている。序曲の時に、セルセと舞台の袖部分でかなり露骨にイチャイチャしている女性がいるのだが、それが彼女なのだ。かなり豊満な身体つきで、ロミルダ、アタランタ、アマストレの3人の描き分けを、ツェンチッチはこれ以上ないほど明快に色分けしている。キャラが全く被らないのである。舞台はプールサイドだったり、セックスショップのある通りであったりするが、そこにバニーガールが出てくるかと思えば、バニーボーイも出てくるし、アルサメーネの部下エルヴィーロ(Yang Xu)が花売りとなる場面も、花というのは、様々なドラッグ(麻薬)なのだった。男女のカップルもいれば同性カップルもいるというLGBT的に配慮された?演出だ。
 《セルセ》の世界には虚々実々というか虚と見えたものが実、あるいは実と見えたものが虚ということが次々と現れ、さらに逆転していくことの連続で見ていて飽きない。
 価値や秩序の転倒、倒錯を楽しむ音楽劇となっている。
 ある意味でおふざけのオンパレードなのだが、アリアや二重唱、合唱の音楽的な緊密性はこの上なく高い。音楽的にダレるところが皆無。ヘンデルの手腕、指揮者の音楽的な把握、歌手およびオケの技量の高さに脱帽である!
この演出について、youtube に trailer がアップされています。
https://www.youtube.com/watch?v=WVS9lsmAGJQ&start_radio=1&list=RDWVS9lsmAGJQ

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2019年2月23日 (土)

ロミーナ・バッソ演奏会

アルト歌手ロミーナ・バッソの演奏会を聞いた(カールスルーエ、クリスト教会)。ロミーナ・バッソをメゾ・ソプラノとする記述もよくあるが、カールスルーエのヘンデル音楽祭の公式プログラムにはAlt (アルト歌手)と記されている。考えてみれば、近年、ソプラノではない女性歌手はあまりにメゾソプラノばかりで、アルト歌手と呼ばれる歌手が少なくなっていると思う。何かコマーシャリズム的な理由でもあるのだろうか。低い声がよく響く歌手には、独自の魅力があると思うのだが。

珍しい曲目(といってもロミーナ・バッソはすでにこれらの曲を録音しているようだ)で、バロック期のラメント(嘆きの曲)を4曲。
伴奏は、マルケロス・クリシコスのチェンバロとオルガン。テオドロス・キトソスのテオルボ(リュートの大型のもの)、アンドレアス・リノスのヴィオラ・ダ・ガンバ(プログラムにはBassgambeとある。調べてみると、ヴィオラ・ダ・ガンバはドイツ語では単にgambeともいうのだがそれをtenorgambe とbassgambeに分けることもあるらしい。このあたり、多分ということで、認識が違っていたらご指摘いただければ幸いです)。
プログラムは、4曲。ジャーコモ・カリッシミ(1605ー1674)作曲の ’Lamento in morte di Maria Stuarda' (メアリー・スチュアートの死を嘆いて)、ルイジ・ロッシ(1598ー1653)作曲の’Lamento della Regina di Svezia’(スウェーデン女王の嘆き)、バルバラ・ストロッツィ(1619-1677, この時期珍しい女性作曲家)の'Lamento aus Diporti di Euterpe'(「エウテルペの気晴らし」から’嘆き’)エウテルペは9人の女神ミューズ(ムーサ)の1人。最後がフランチェスコ・プロヴェンツァーレ(1624ー1704)の’Squarciato appena havea' . 最後の曲はルイジ・ロッシの曲のパロディであるとのこと。ロッシのものはスウェーデン女王が夫の死の知らせを聞いての嘆きの曲。プロヴェンツァーレの曲も最初は厳粛な雰囲気をたたえているのだがやがてナポリの舞踊風の音楽が混じってくる。ついには、演奏者たちも踊りの掛け声(合いの手)をかける。
4人ともモンテヴェルディやカヴァッリと同時代人なわけだが、ロミナ・バッソと伴奏者のおかげで、相当に劇的な表情をたたえていた。一曲も10分を超え、聞き応えがある。
カリッシミの曲の題材が生々しい ので調べてみると、スコットランドの女王(元女王)のメアリー・スチュアートがイングランドの女王エリザベスにより死刑に処せられたのは、ヨーロッパ中を駆け巡るニュースで、スコットランドは、プロテスタントによるカトリックの処刑の地、殉教の地として捉える物語、詩、楽曲が大量に産み出されたのだという。カリッシミの曲もその一曲だと考えられる。
今までラメントをまとめて聞いたことがなかったので、その表情の深さ、幅に触れる良い機会だった。表情の豊かさは、おそらく演奏者の貢献も大なのであろうと推察する。
なおこれらの楽曲はyou tube などで聴くことができます。

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宗教改革と廃仏毀釈

たまたまなのだが、何年か前にでた宗教改革についての新書と、新刊の廃仏毀釈についての新書を並行して読んでいて、気になったことがあるので記す。

宗教改革は500年前のマルチン・ルターのあれである。永田諒一氏の書いた講談社現代新書。廃仏毀釈の方は、『仏教抹殺』というややセンセーショナルなタイトルで著者は鵜飼秀徳氏。文春新書。まだ読み終わってない段階なのだが気になることがあるので記すということをお断りしておきます。
この2冊、永田氏は廃仏毀釈には触れていないし、鵜飼氏は宗教改革に触れていない。しかし、両者にはいくつかの共通点があり、それは単なる偶然なのか、ということ。1.両者とも、それが生じた時点では、宗教の純化をめざしている 2.その結果、宗教改革ではカトリック教会からプロテスタント(永田氏は宗教改革派と呼んでいる)が分離し、廃仏毀釈では、仏教と神道が分離する。3.宗教改革がある程度進行してドイツの諸都市では一都市一宗派となる。プロテスタントを選択した都市ではもともとカトリック教会にあった聖人像や絵画を、市当局の指示をはるかに越えた形で民衆が打ち壊した。廃仏毀釈では、神仏分離を指示した政府の指示をはるかに越えた形で民衆が仏像などを打ち壊した。4.ルターらは修道院の存在を敵視(罪悪視)し、そこから修道士や修道女を連れ出し、結婚させた(ルターの妻も、元修道女である)。神仏分離令の際は、政府が仏教の僧侶の結婚を認めた。
 私が疑問に思ったのは、こうした共通点はすべて偶然の一致なのか、それとも明治政府が神仏分離令を出すにあたっては欧米の宗教事情が頭にあって、神仏習合の状態を解消すべきだと考え、宗教組織の根本的な改革という点からヨーロッパの宗教改革を参照したか、したとすればどの程度したのか、どの点を参照した可能性があるのか、ということだ。
 神仏習合の解消にこだわったのには、欧米の一神教との出会いが影響をしているのではないか、と考えている。しかしそれ以上の細部の点については、単なる偶然の一致なのかどうか判然としないわけだ。

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2019年2月19日 (火)

《紫苑物語》その4

オペラ《紫苑物語》は、第一幕と第二幕が、対照的に出来ていて、第一幕はうつろ姫が活躍するわけだが、第二幕の冒頭は宗頼と千草のむつみあう様が技巧的な歌唱とともに描き出される。エロティシズムの違った様相が、異なった様相の音楽と演技で表現されるわけで、宗頼の高田智宏、うつろ姫の清水華澄、千草の臼木あいは三者三様の輝きがあり称賛のほかない。清水は、明るいオーラがあって、一見卑猥な歌詞でも下品にならず明るいエネルギーを発散するのだ。臼木あいは、それと好対照で、高田と睦みあう場面は妖艶であった。

 エロティックな台詞も、その意味で表現幅の自由を作曲家に与えたと考えられる。佐々木氏の台本は、そういう意味で言葉の表情の振り幅、色数が多く、作曲家にとって大いにプラスに作用していると想像される。

 監修者であり、原作を選んだ仕掛け人である長木氏は、「小説の論理からオペラの論理へ」という一文を寄せ、彼の日本語オペラに寄せる思いが語られている。その際の論点は3つで、1.ことばと音楽の関係、2.レシ(物語)のあり方と音楽の関係、3.オペラの論理への転換の仕方、である。長木氏がこれまでの日本オペラに満足できず、こういうものが作りたかったという話で、「原作に強く惹かれた大野和士さんとは、オペラの論理の点でも意気投合」とある点が注目で、このオペラの製作は、どういうオペラを、どういう日本語オペラを作ろうか、作らねばならないのか、という自分たちの置かれた歴史的な役割も含めて、入念に関係者の間で話し合いがなされている。座談会でも、実際の狐の鳴き声がシェーンシェーンとかキューンキューンだったというのを大野氏が見つけたのか西村氏が見つけたのかが判然とせず、佐々木氏が「2年間一緒にやっていると誰が言い出したのかわからない。共同作業ということはそういうことです。プライオリティなんて関係ない」という発言があり、心を打たれる。彼らは、そこまで2年間、練り上げ、練り上げてきたのである。

 大野氏が特に注文を出したのは、2重唱、3重唱、4重唱を入れることだった。実際、第二幕第三場には4重唱があり、音楽のスタイルは全く異なるが、ヴェルディの《リゴレット》を想起させられるのだった。

 長木氏が指摘しておられるように、仏の世界は必ずしも善なるものと一元的に解釈する必要はない。原作においても、仏像の首がなんども取れて、取れるたびに異様な表情となり、元の位置に戻ると穏やかな表情に戻るとある。漂ってくる鬼の歌もあり、解釈の余地を十分に残していると言えるだろう。

 一度観ただけでは、一度聞いただけではくみ尽くせぬ豊饒な音楽世界、音楽劇世界を堪能した。ぜひ、もう一度観てみたいと思った。

 なお、字幕は日本語字幕と英語字幕が同時に表示されていた。このオペラが海外でも上演されることを願わずにはいられない。

 

 

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《紫苑物語》その3

《紫苑物語》は、世界初演であり、原作者の石川淳は別として、作曲家も台本作者も演出家も指揮者も監修者も存命であり、その方々がプログラムに寄稿しているのは実にありがたい。筆者が、モーツァルトやロッシーニやドニゼッティやヴェルディ、プッチーニの初演状況を調べようとしても、彼らの創作プロセスを窺い知ることは困難なことが多い。

演出家の笈田ヨシ氏は、インタビューをまとめたものを寄稿していて、その冒頭で「大野芸術監督にお声がけいただき『紫苑物語』の演出を担当。。。」とあり、演出家の決定に大野氏が決定的役割を果たしたことがわかる。そして、あらためて大野氏がこのオペラの創作において、単に指揮者というばかりでなく、新国立劇場のオペラ芸術監督として、正当に深く関与したということを示しているだろう。
 笈田氏の演出は、第一幕を血と暴力、第二幕を見えないものへの憧れ(第二幕に出てくる平太は、ある意味で宗頼の分身で、仏師である)で青が支配と、メリハリが効いておりわかりやすくなおかつ迫力を持ってせまるところ、エロスが支配するところ、彼岸的なるものへのベクトルが説得力を持って提示されていた。
 プログラムでさらに興味深いのは、佐々木、西村、大野、笈田の4氏の座談会が掲載されていることだ。その中で西村氏は「台本から喚起されることが非常に多く、ライトモティーフとかいろいろなものを使いながら、スコアを書き上げました」と述べている。氏の作曲ノートには、ライトモティーフとして「紫苑の主題」、「宗頼の主題」、「魔の矢の主題」が譜例としてあげられている。
 座談会で一同が盛り上がっているのが、佐々木氏がうつろ姫のセリフとしてかなりきわどいエロティックな言葉が出てくることで、西村氏はそれが嬉しかったと言い、さらに笈田氏の演出がそれをパワーアップしていたとのこと。非常に図式的に行ってしまえば、プッチーニあたりまでのイタリア・オペラでは恋愛が語られることは多いというかほぼ常にあるのだが、性愛となるとすっと避けている感じがある。それに対し、ワーグナー以降のドイツオペラでは、もっと濃密にエロスの問題が取り上げられている。《紫苑物語》の場合は、エロスや性愛の問題にがっぷり取り組んだのは、作品の魅力となっていると思う。僕は個人的には、リブレットにない強姦シーンや登場人物を裸にするというのは好まない。そういう表現が必要だという説得力がなくセンセーショナルな場面を作らんがためにそうしているのではと(これは悪い意味で)疑いを持つ演出にも昨今は事欠かないからだ。本作の場合は、そもそも原作において、主人公宗頼に関わる女性2人が、対照的で、うつろ姫は人間であるが醜く(リブレットでは美しい姫と変更されている)色情狂なのであり、千草は可憐ではあるが、聖愛の秘術を尽くし宗頼とむつみあう、という設定なのだ。であるから、台本に相当どぎついというかきわどい言葉が出てくるのも必定のことであり、またその言葉を受けとめて音楽や演出がどう応えるかがむしろ問題だと思うが、これは見事に応えていたし、宗頼の高田智宏、うつろ姫の清水華澄、千草の臼木あい、それぞれに見事にエロティックな歌唱、演技を披露してくれた。賞賛のほかはない。断っておけば、濃密にエロティックであるが、全くポルノチックではない。ドラマトゥルギーの上でも、エロスや暴力(矢で動物のみならず、人を殺める)は、そこが終着なのではなく、第2幕で崖に仏の像を彫る平太との対峙へと繋がっていくのだ。
 《紫苑物語》は、座談会で佐々木氏が示唆しているように(彼は宗頼は私だ、という極論を開陳している)、芸術家小説なのだ。宗頼は元々は勅撰和歌集の選者を父にもち、歌の道に励むはずだったのだが、そこから逸脱し、弓道しかも妖しげな弓の名人である叔父に教えを受ける。平太は宗頼のアルター・エゴ(もう一人の自分)である。こういう物語は、例えば、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を思い出してみると良いだろう。19世紀のロマン主義で芸術家の自我は肥大化していき(ワグナーが良い例だ)、芸術至上主義も生まれてくる。石川淳の小説世界は、そういった19世紀、世紀末の自家中毒的な世界が、第一次、第二次大戦によってご破算となった焼け跡から蘇るように出てきたものであり、共通する面もあるが、異なっている面もある。つまり、宗頼は、歌を捨て、弓という運動の究極のような世界を極めることで、さらにそこから一歩、精神世界(崖の仏像、鬼の歌)へと歩みを進めたところで話は終わっているのだ。
(続く)

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《紫苑物語》その2

西村朗氏は続いて、「演出を笈田ヨシ氏にお引き受けいただき、創作が本格的に始動」。いかにも現代らしいと思われるところだが、リブレッティスタ(台本家)がリブレットを書いてテクスト(歌詞)が確定する前に創作が本格的に始動している。演出家が重視されている点も現代的である。 

 さらに「16年12月頃より詩人佐々木幹郎氏により台本作成に入った。台本完成を受けての作曲の期間は2017年10月初旬から2018年12月初旬までの14カ月間」とある。こうした作曲の経緯を、作曲家自らが開示してくれるのは大変珍しいことであり、極めて興味深い。可能であるなら、長木氏や西村氏にうかがってお尋ねしたい疑問がいくつもある。しつこいようだが、疑問があるというのは、疑義を呈するという抗議的なニュアンスは皆無で、現代のオペラ創作の過程を知りたいという純然たる好奇心・探究心からです。
 管弦楽は3管編成にピアノ1打楽器6。
 合唱が(初演時はということわりが付いているが)女声30人、男声30人の60人。
 前奏曲が弦楽のみで、内的緊張を高めて行くのだが、その後の1幕1場は婚礼の場。合唱団のパワーが炸裂する。婚礼の場であるのだが、花嫁のうつろ姫(メゾソプラノ、清水華澄)は狂気を孕んだ様子。歌詞も「とうとうたらりたらり」と呪文のような歌詞が実に効果的である。実はこの婚礼の場は原作にはない。しかし呪文のような歌詞を繰り返し、それに合わせて音楽も同じリズム、同じ音型で半音ずつ上がっていったりするのがピッタリはまる。
 そもそも石川淳の原作を選んだのは、長木氏の慧眼であると高く評価したいが、前述のように、オペラの台本はかなり原作とは異なっており、オペラ台本としての独立性、独自性をどのように、どのようなプロセスを通じて獲得したのか興味をそそられる。後述するが、プログラムの座談会によると、オペラを構想して行く途中で、作曲家、台本作者、演出家、指揮者(あるいは監修者も?)の間で様々なやりとりが交わされているようなのだ。最終的な言葉遣いは佐々木氏によるものと思われるが、場面の組み立てなどについては、上記の人が様々な段階で意見を述べて修正、改変がなされたのかもしれない。
 石川淳の『紫苑物語』は中編小説あるいは長めの短編小説で、時代は平安後期か。主人公の宗頼は、歌道の家の跡取りだが、父(勅撰和歌集の選者)との対立から地方の国司として追いやられる。そこで権勢の一族の娘うつろ姫との結婚話が持ち上がるのだが、その娘には目もくれず、そのため娘は宗頼の家来との情事にふける。ある偶然から宗頼は、小狐の変身した千草と出会い、この娘に惚れ込む。
 石川淳の小説世界は、濃密な文体を駆使してリアリズムを超越する。現実描写をずらしながら、ふっと魔術的世界に入っていく。彼の世界に入ってしまえば、宗頼の放つ矢の威力が現実場慣れしていたり、千草が実は小狐であることに違和感を抱かなくなる。問題は、その小説世界をオペラのリブレットとしてどう成立させるかだっただろう。しかもこの小説には案外、会話、対話の部分は少ないのだ。
 だから小説では、狩の場面から始まるものを、婚礼の祝宴の場面から始まるよう変更したのは、見事な転換だと言えよう。まず、祝祭的で華やかで、その点では《椿姫》の冒頭を思い起こさせなくもないのだが、《紫苑物語》の方がまがまがしく、妖しい雰囲気を醸し出しているのだ。この場面では、合唱とうつろ姫のやりとり、あるいは合唱をバックにしてのうつろ姫の歌(作曲家は、独唱カデンツァと呼んでいる)が見事で、冒頭からこのオペラの世界にぐっと引き込まれる。
 前述の通り、ここでは「とうとうたらりたらり」と呪文のような言葉が繰り返されるのだが、この言葉は原作にはない。調べてみると、能の翁に使われる言葉でやはり詳細な意味は不明とのこと。見事な工夫である。石川淳の妖術的、呪術的な世界を、オペラ化(リブレット化)するにあたり、散文的な言葉だけは不十分との判断からだろう。
(続く)

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2019年2月18日 (月)

《紫苑物語》その1

西村朗作曲、佐々木幹郎台本のオペラ《紫苑物語》を観た(東京・初台・新国立劇場、世界初演)。

 
石川淳の短編小説が原作である。このオペラは日本のオペラに革命を起こすという意気込みで指揮の大野和士氏が取り組んだものらしいが、確かに、練り上げ方の手間と時間が尋常ではない。
プログラム(新国立劇場のプログラムはいつも充実しているのだが、今回のものは桁外れに充実している。何しろ世界初演で、作曲家の作曲ノートと、台本家、作曲家、指揮者、演出家の座談会、監修者の一文もあり、この《紫苑物語》を将来論じる人間にとって決定的な一次文献になることは疑いがない)の作曲ノートには、驚くべきことが記されている。
即ち、「2010年頃、監修者の長木誠司氏より西村朗に新作オペラ創作の提案があり、題材として石川淳『紫苑物語』が示された」というのである。ここから伺えるのは、
1.新作オペラを作ろうという発議は作曲からなされたのではない。
2.原作を選ぶのも、作曲家もしくは作曲家と台本家(リブレッティスタ)の話しあいで決められたのでもない。
ということだ。誤解を招かぬように断っておくが、私は以上の2点を非難したいのではない。自分が知る19世紀から20世紀前半のイタリア・オペラの製作過程との相違に驚いているのだ。
 考えてみれば、現代において、オペラは新作オペラの上演が中心ではない。19世紀のイタリアでは、現代の映画やテレビドラマがそうであるように新作が中心であった。そして商業ベースでシーズンごとに次々と新作が作られていった。
 だから、オペラ上演をめぐる状況が19世紀のイタリアと、現代の日本(のみならず欧米でも)では全く異なっている。それゆえ、新作はある程度経済的基盤のしっかりとした劇場(例えばニューヨークのメトロポリタン歌劇場)あるいは経済的基盤のしっかりとした音楽祭(例えばザルツブルク音楽祭)あるいは現代音楽に対し意欲的な音楽祭、あるいは劇場支配人のいる歌劇場からの委嘱という形を取ることになるのだろう。
 続いて西村氏は「以来構想を練り続け、16年頃よりは大野和士氏の大きな支援を受けることとなった」と書いている。長木氏が2010年に提案したのだから約6年構想を練り続けたことになる。これも驚くべき長さでプッチーニの《ラ・ボエーム》と並ぶほどである。
(以下続く)

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