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2018年12月 3日 (月)

『音楽祭の社会史ーザルツブルク・フェスティヴァル』

スティーヴン・ギャラップ著城戸朋子・小木曾俊夫訳『音楽祭の社会史ーザルツブルク・フェスティヴァル』(法政大学出版局)を読んだ。

新刊ではない。1993年に出た本だから25年ほど前の本ということになる。原著は A History of the Salzburg Festival  で1987年に出たもの。日本版のために終章とエピローグが書き加えられた。
だから、この本で扱っているのは、ザルツブルク音楽祭(これは通称であって、Salzburger Festspiele は、音楽だけでなく、演劇も盛んに上演されている)が1920年に誕生するまでの経緯から、1989年にザルツブルク音楽祭を取り仕切っていたカラヤンが死んで、ジェラール・モルティエに受け継がれるところまでを扱っている。
社会史というタイトルだが、実際に読んだ印象としては、個人的には伝記を読んだ感じに近い。対象が個人ではなくて、フェスティヴァルであるということ、また、そのフェスティヴァルは一生を終えたわけではなくて、現在進行中というところが大きく異なってはいるけれども。
ザルツブルク音楽祭は、創設者に演出家のマックス・ラインハルトや劇作家のフーゴー・フォン・ホフマンスタールがいることからわかるように最初から演劇と音楽の両方を上演・演奏することを考えて創設されたのである。また、実際に始まった1920年を考えて見ると想像できようが、オーストリアが第一次大戦によって帝国ではなくなり相対的に小さな領土となったが文化的な誇りを示す狙いがあった。
実際面では、この音楽祭だけではないのだが、ヴィーンとザルツブルクの主導権争いがしばしば事態を複雑化させる。
初期の音楽祭では、ヴィーン国立歌劇場の出し物を持ってくることはあったし、オケはヴィーンフィルであった。初期の頃から課題はいくつかあった。
演劇も重要な柱なのだが、外国からくる観客には言葉の壁がある。言葉がわからなくても受けるような演出にすると地元の評論家には不評となる。1920年代から、すでにアメリカの金持ちが重要なお客であったのだ。
オペラや管弦楽のコンサートにおいても課題はあった。モーツァルトのポピュラーなオペラはすぐにチケットが売り切れとなるが、20世紀オペラは切符が売れ残り、赤字となる。ザルツブルクの観客の保守性である。
1930年代になると、隣国ドイツのナチの脅威が迫ってきて、ザルツブルク音楽祭がオーストリア独立のシンボル、自由のシンボルとみなされ、逆にナチから目の敵視される。
その対立は、1938年のアンシュロス、オーストリア併合で終わる。オーストリアは併合された訳だが、ナチ歓迎派も驚くほど多かった。ザルツブルクで併合に関する住民投票が実施された時、反対票は1%に満たなかったのだ。
このあたり、オーストリアの政党事情や、州知事がどう振る舞ったかなど詳細な叙述があり興味深い。州知事レールはこのフェスティバルにずっと大いに貢献してきたのだが、併合後は逮捕され、終戦時、ベルリンの監獄から出てきたのである。
現在とは違ってこの時代は、指揮者が音楽祭で君臨している。
トスカニーニが君臨した時期、フルトヴェングラーが君臨した時期、カラヤンが君臨した時代、それぞれの専制君主ぶりがどのようなもので、ライバル関係がどうなっていたかも詳述され、なるほどなるほどである。
理論的な本としてではなく、英米人が得意な伝記の対象がフェスティヴァルになったと思って読むと、興味深いところが尽きない、というか読む人の興味によって面白い部分が変わってくるだろう。昔は、どこのバール、レストランが劇場関係者の溜まり場であったとか、誰々の屋敷が社交の場であったといったことも具体的かつ詳しく書かれている。
ずっと読んでいくと、ドイツ人とオーストリア人の気質というか振る舞い方の違いもうかがえてくる。ドイツ人は良くも悪くも徹底的で、オーストリア人は対立を解決するときに、臭いものには蓋的なパターンもありなのだ。
最近でもなぜ『イェーダーマン』というお芝居を毎年上演するかがわかった。創設者ゆかりの作品であったのだ。
オペラ上演に関しても、興味深い情報は沢山あったが、1つだけあげると、1951年の『ヴォツェック』上演が物議をかもした点だ。州議会でも激しい論争が爆発したというのである。『ヴォツェック』の初演が1925年であったことを思うと実に意外であったが、結局4回の上演がなされ、評論家の支持は受けたが、座席は40%の売れ行きで大赤字だったという。ベームの指揮だったにもかかわらず、である。

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