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2018年11月12日 (月)

ナタリア・ギンズブルグ著『小さな徳』

ナタリア・ギンズブルグ著白崎容子訳『小さな徳』(河出書房新社)を読んだ。

この本は「須賀敦子の本棚」(池澤夏樹監修)の1冊だ。つまり須賀敦子にとって、とても重要な本であったということ。
それは一旦置いておくとして、この本は1部と2部に分かれているのだが、1部は無条件に面白い。冒頭の「アブルッツォの冬」ではファシズム時代に一家が流刑にあい、流刑者の家族の日常が淡々と描かれ、しかし流刑の実情を知らなかった評者は、流刑というのは普通に家族で暮らしていること、それどころかお手伝いさんを雇ったりもしていることに驚いた。無論、トリノという大都会からアブルッツォの小さな村にやってくればかつてあったもので無いものだらけになって不自由もするのだが、住めば都で土地の人の風習や料理にも慣れて行く。それが描かれたあとで、「あの頃こそが、私の人生の、何ものにも代えがたい最高の時だったのだ」とくる。アブルッツォからローマに出た夫はレジスタンス活動で逮捕され獄死してしまうからだ。淡々とした筆致が逆に、読者に迫ってくる。
ギンズブルク独特のユーモアというかアイロニーもふんだんにあり、それは彼女のイギリス人観察に現れている。
イギリスの民度の高さ、隣人への敬意を讃えながら、女性店員は Can I help you? と言っても口先だけで、「客が買いたいものを探すために、視線を鼻先2センチ以上先には伸ばそうともしないのだ」といった調子。
パヴェーゼがいつまでも大きな子どもだったという愛情に満ちた苦言も味わい深い。
第二部は、複雑な味わいである。ギンズブルグは自分の価値観、世界観を明らかにして親の世代を否定し、独特の金銭感覚や、文筆業という仕事についての考え、経験を開陳する。貴重な証言であるが、その考え、感覚は、極めてリアリズムに傾斜しており、たとえば19世紀のオペラのような大言壮語的レトリックは大嫌いなのだ。多分そのストイックな感じが須賀敦子のエッセイにも通じる気がする。
訳者と池澤夏樹の解説付き。丁寧な訳注が付されており、時代背景やギンズブルグの家族関係を理解する助けになる。

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