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2018年8月28日 (火)

ヘンツェ《The Bassarids》その3

ヘンツェのオペラ《The Bassarids》の続きである。

前回と前々回に書きそびれたインテルメッツォについて記しておこう。インテルメッツォの直前には、王ペンテウスと身をやつしたディオニソスが会話を交わしている。会話の中身に入る前にインテルメッツォの位置について説明しておこう。このオペラは通常のようにAct (Atto、幕)という区切りではなく、4つのmovement (楽章)を持った交響曲のような形式を持っている。インテルメッツォは3つ目の楽章の後半に置かれている。
3つ目の楽章の前半では、前述のようにディオニソスと若き王ペンテウスが会話をし、ディオニソスの狂乱の踊りを踊るときに淫らなものも貞淑なものもいるという話になって、ペンテウスは母アガヴェはどうなのかときにする。二人はアガヴェの手鏡を持ってこさせそれを覗き見る。この場面、今回の演出(ポーランド出身のクリストフ・ワリコフスキ)では、二人は左端の空間に行き、壁に映し出された映像(それが鏡に映った像ということなのだろう)を見ている。映し出されるのは、右端で展開される行為なのだ。つまり右端の行為をヴィデオ中継して左端の壁に映し出している。左端の映像はアップになったりするので、実物大よりも大きい。
そこで展開されるのは、カリオペの審判という劇なのだった。
カリオペの審判というのは、ギリシア神話の1つのエピソードである。ヴィーナスとプロセルピナが美少年アドニスを争い、どちらのものかをゼウスに問うと、ゼウスはその審判をカリオペに命じる。カリオペは1年の3分の1はヴィーナスともう3分の1はプロセルピナと残りの3分の1は自由にとと言う。その判定・審判にヴィーナスは不満という内容だ。この場面では、劇中劇としてアガヴェがヴィーナスに、アガヴェの妹アウトノエがプロセルピナ、隊長がアドニスを演じる。ヴィーナスとプロセルピナがアドニスを奪い合う。それを離れた箇所で身をやつしたディオニソスとペンテウスが見ているわけだ。アガヴェとアウトノエはそれぞれ裸の若者を四つん這いにさせ首輪をつけて犬のように従えている。これは解説にもあるが、パゾリーニの映画「ソドムの市」の引用だ。サディスティックかつグロテスクなエロスの世界を母は生きている、それをペンテウスは見てしまう、という構図だ。
この後、3楽章の第2部でペンテウスは女装し、バッコスの信女たちの間に入っていくが見つかって殺される。殺される場面は今回の上演では右端の空間、アガヴェの寝室でアガヴェとアウトノエが斧を持ち、ベッドの上のペンテウスに斧を振り下ろすのだった。
場に恐怖やエロスはあるのだが、ロマン主義的なそれとは異なる描かれ方をしている。演劇として極めて興味深く刺激的だし、音楽がそれに相関性を持っており説得力に満ちていた。
20世紀後半の数少ない傑作オペラの1つだと思った。

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