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2018年8月17日 (金)

《アディーナ》

ロッシーニのオペラ《アディーナ》を観た(ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)。一幕もののファルサで上演時間も約80分と短めである。

《アディーナ》の成立には不思議なところが多い。詳細はロッシーニ協会の水谷彰良氏よる綿密な作品解説・作品の成立・特色を見ていただくのが良い(この解説はデッラ・セータによるクリティカル・エディション及び彼の解説を踏まえたもので実に素晴らしい)が、かいつまんで言うと、作曲の依頼者が直接にではなく、第三者を介してロッシーニに作曲を依頼したらしい。ロッシーニはこのリスボンからの依頼にかなりの手抜きで応え、9曲のうちオリジナルは4曲で、旧作《シジスモンド》からの転用が3曲、何人かいる協力者の手になる曲も2曲あるという。
そのせいか、作曲が完成してから初演まで8年が経過しており、それも異例のことだ。
そういった事情で評価は高くないし、上演されることも稀なオペラだ。
が、今回、直前にメルカダンテを聞いていたせいか、メルカダンテにロッシーニ的要素があるなあと何度も思って聞いていたのだが、《アディーナ》を聞くと、まさにロッシーニの世界(当然といえば当然だが)と思った。
ストーリーは、カリフ(カリーフォ)の元にいてカリフから結婚を迫られているアディーナだが別に恋人がいて、最後には実はアディーナはカリフの娘だったことが判明しメデタシ、メデタシという話である。このリブレットはアルドブランディーニという男の手になるものなのだが、ここにもフェリーチェ・ロマーニのリブレットとの不思議な関係がある。アルドブランディーニがロマーニから影響を受けたらしいのだが、成立がロマーニのものの方が後なのだ。
舞台の演出は建物が大きなデコレーション・ケーキのような形でファンタジーに満ちたもの。ストーリの点からふさわしいと思う。
大傑作ではないかもしれないが、大いに楽しめた。メルカダンテはメルカダンテでチャーミングなところも多々あるのだが、ロッシーニはロッシーニで純度の高い音楽、と感じたことであった。(観劇の日程の関係上、特殊なバイアスのかかった感想で恐縮です)。

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