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2018年8月23日 (木)

《さまよえるオランダ人》

ヴァーグナーのオペラ《さまよえるオランダ人》を見た(バイロイト)。

この作品は初期のオペラなので、のちのヴァーグナーのダラダラ節(アリアでもレチタティーヴォでもない部分)がほとんどなく、集中して聞いていられる。ヴァーグナーはダラダラ節の発明によって、ナンバーオペラと決裂して進化したぞーと主張し、当時の人は皆その主張にひれ伏してしまったが、それによって失ったものの大きさを改めて認識した次第である。
別の言い方で言えば、《さまよえるオランダ人》はヴァーグナーのオペラの中では、最もイタリアオペラの伝統、あるいは保守本流のオペラの伝統の良さを持っているオペラだと言えよう。
独自性というのは、メリットのみのはずはなく、デメリットを抱え込むリスクを常に伴うわけだ。ダラダラ節のデメリットを堪えるものだけが、ヴァーグナーの陶酔に至ることができるのだろう。
指揮は、アクセル・コバー。要所要所を抑えた指揮で、だれるところがなかった。ダーラント(ゼンタの父)はピーター・ローズ。コミカルな味も出していた。ゼンタはリカルダ・メルべート。彼女はゼンタを演じるギリギリのところかと思った。年齢や容姿がどうという話ではなく、声のフレッシュさがゼンタには求められると思うからで、ややヴィヴラートが多く重めの声になっているからだ。しかし最後まで聴くと、なるほどさすがと思わせる力がある。ゼンタの婚約者エリクはトミスラフ・ムチェク(発音がよくわかりません)。こちらの敵役がテノールでオランダ人のグリア・グリムズリーが低声なのが面白い。
エリクは野暮ったいが誠実な人、オランダ人は007を思わせる格好よさで渋い。ただし登場、退場の際に、ゴロゴロ転がすスーツケースを持っている。全く現代の感じ。一方、糸を紡いでいる二幕の乙女たちの場面は、なぜか3枚羽の扇風機組み立て工場である。扇風機の感じは1960年代?くらいかと見えたが。
ゼンタは謎の像(石か木の塊)を持っていて、黒と金色が混じっている。女性工員たちもその像に触りたがったりする。何かご利益がある像なのか。どうもお金に関係するのではないかという感じ。一方、オランダ人はやたらに札束をばらまく。それに対し、劇が進行した時点で、天使の羽のようなものをゼンタが背負う。オランダ人(の魂)を救済するゼンタは、天使のような存在に変わったということなのだろう。
ヴァーグナーはキリスト教を真正面からではなく、しかし魂の救済という問題を繰り返し扱っているのは、極めてキリスト教的ともいえよう。つまり、アレゴリカルな形で扱っているわけで、聖母マリアは出てこないのだが、それに相当する役割を現世の女性が担うストーリ仕立てだと考えることもできるだろう。
いろいろ変わったところのある演出だが、案外楽しめた。
音楽がダレないで2時間10分くらいで終わるのも良い。これなら、座りごこちがよくはない椅子に座っていても許容範囲内である。

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