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2018年8月13日 (月)

メルカダンテ《捨てられたディドーネ》その1

メルカダンテ作曲の《捨てられたディドー》を見た(インスブルック、古楽音楽祭)。

 

冬のオリンピックの開催地とて名のみ知っていたが、今回初めて来るので地理を確かめるとザルツブルクからイタリアへ抜ける道筋にあり、交通の要所だ。モーツァルト父子やゲーテが泊まった宿がある。僕のホテルはモーツァルト父子の泊まった宿で率直に嬉しい。

 

ここはチロルなのだが、ハプスブルク家の歴代の人物がいろいろな形で街の発展に関わっている。

 

日本から来て翌日なので時差はきつい。日曜日のせいか、午後4時に開演、7時に終演で助かったがそれでも日本時間にすれば、午後11時から夜中の2時ということになる。カフェイン剤やエスプレッソの助けを借りるのだがそれでも何度か眠気が襲ってくる。

 

メルカダンテの曲は概ねロッシーニのオペラ・セリアを想起させる曲想があちこちにあり、テンポがゆったりしたところではベッリーニ風に歌ったり、さらにまたドニゼッティを思い起させるところもある。いずれにせよ初めて見る・聞くオペラなのであるが、ベルカント・オペラに慣れ親しんでいれば、すぐに耳に馴染む音・メロディーの世界である。

 

ちなみにパーセル作曲のオペラは《ディドー(ダイドー)とエネアス》でリブレットを書いたのはネイアム・テイトで大筋は似ているにせよ、リブレットが英語であるし、別の登場人物ベリンダや魔女的存在が出てくる。別作品である。

 

メルカダンテの《捨てられたディドーネ》は、メタスタジオのリブレットがまずあって、それに何十人もの人が作曲した、その一連のオペラの終わりの方の1作。メタスタジオに最初に曲をつけたのはドメニコ・サッロで1724年(ナポリ)だが、同年ローマではドメニコ・スカルラッティが作曲し、同年ヴェネツィアではアルビノーニが曲をつけている。1726年にはレオナルド・ヴィンチが作曲し、ロンドンではヘンデルが1736年に作曲している。メルカダンテのものは1823年トリノ初演なので99年が経過しているわけだ。さらに、リブレットはメタスタジオのものをそのままではなく、Andrea Leone Tottola が手を入れたものを用いている。 トットラは生まれた年も場所もわからないのだが、ある時からナポリでバルバイアの元で働いており、ロッシーニの《モーゼ》、《湖上の美人》、《エルミオーネ》、《ゼルミーラ》のリブレットを書き、ついでドニゼッティのリブレットも書いている。


トットラとメタスタジオのリブレットの違いは細かく見れば色々あるだろうが、最も目立つのは合唱の有無だ。第一幕の冒頭、メタスタジオではエネアがセレーネ(ディドーネの妹)に、カルタゴを去らねばならぬ理由を説明するところ。トットラ版では、合唱がいきなり登場する。男声合唱団はカルタゴの兵隊であったり、トロイの兵であったり、ムーアの兵であったりと、いろんな役割で、しかもしばしば登場する。今回の演出でも、主要登場人物が歌でレチタティーヴォで会話している際も、兵たちが目立たぬところで作業を続ける様子を見せていた。



 

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