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2018年8月29日 (水)

モンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》

モンテヴェルディ作曲のオペラ《ポッペアの戴冠》を観た(ザルツブルク、モーツァルト劇場)。

以前にも書いた気がするが、モーツァルト劇場というのは、モーツァルトハウスというのだが、ザルツブルクにはモーツァルトの生家とその後引っ越して住んだ家があり、どちらも博物館として公開されている。それとは別にモーツァルトハウスという劇場があるのだ。説明なしではあまりに紛らわしいと考えモーツァルト劇場としておく次第です。
指揮はウィリアム・クリスティーで管弦楽はレ・ザール・フロリサン。周知のごとく、小規模で古楽器を使用している。
一言で言えば非常にレベルの高い、かつ興味深い演出の上演でモンテヴェルディの作品の力に改めて感銘を受けた。
歌手については、考えさせられることがいくつかあった。歌手の歌唱法や様式感はどこまで統一すべきかということ。究極のところを言ってしまえば、モンテヴェルディの時代にどんな風に歌っていたのかは録音がない。モンテヴェルディだけでなく、ロッシーニの時代でもないわけだ。ロッシーニの時代に関しては、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルおよびそこでの若手歌手向けのアカデミーで、今は亡きゼッダが徹底的に指導して、ロッシーニはこう歌うべきという指針を示し、それを反映してROFでのロッシーニ演奏は概して、様式感の統一がとれた演奏になっている。
この日のモンテヴェルディでは比較的緩やかな統一感であり、個々の歌手の歌いぶりには単に声質や声量の問題ではなく、違いが見られた。
ポッペアを歌い演じたのはヨンチェヴァ。彼女の存在感は絶大だった。ポッペアがネロを夢中にさせる魅惑を持つということを声でも演技でも説得力を持って示していた。彼女の歌いぶりは様式感があるのだが、時にロマンティックな歌唱法に傾く。傾いてギリギリのところでまた戻ってくるという感じで、どういう歌い方もできるし、劇の展開に応じてその場面の求める表情・表現に最適の歌唱法を使い分ける感じである。
ネロのケイト・リンゼイはメゾでややくぐもった声は魅力的なのだが、ところどころ発音がはっきりしない。それに対し、発音が最も綺麗で、よく聞き取れたのはオットーネを演じたカルロ・ヴィストーリ(カウンターテナー)。感心してプログラムを見たらマテウッツィやソニア・プリナに習っているのだった。なるほど。以前、マテウッツィに習った日本人歌手にお話をうかがったことがあるのだが、マテウッツィは発音の細かい点まで念入りに指導するという。イタリア語の母音はアエイオウなのだが、エとオには開口音と閉口音がある。地域差や個人差があって、この区別をする人としない人がいるが、若い知人でも(トスカナ出身)する人はするのだった。
そこまでの細かさは原則イタリア人歌手にしか求めないとしても、普通に歌詞は聞き取れるのが良いのは言うまでもない。セネカのレナート・ドルチーニはバリトンだが、歌唱、発音ともに安心して聞いていられる。
この日の演出では、バレエ・ダンサー(沢山いる)が入れ替わり、立ち替わり、歌手の周りにいたり、舞台奥で絡み合っていたり、あるいは舞台中央少し奥で1人のダンサー(入れ替わる)がずっとクルクル回っている。登場人物が歌っていようが退場しようがクルクル回っているので、時や運命の輪を表象しているのかとも思う。
大勢のダンサーにより、身体性を前景化するのは優れた試みであると思うが、女装したオットーネが(オッタヴィアの命令を受け)ポッペアを殺害しようとし失敗する場面では、ポッペアが眠っている(庭で昼寝をしている)のを彼女が立ったまま目をつむり、周りに何人ものダンサーがいてこれまた眠っているという状況なのだが、オットーネが女装しないのと殺害の試みおよび失敗は演劇的にはっきりしなかった。
乳母やアルナルタといった役はマルセル・ビークマンやベテランのドミニク・ヴィスが女装して演じ、演劇的にも達者でユーモラスなシーンを見せ、聞かせていた。
《ポッペアの戴冠》は周知のように、《オルフェオ》とは異なり、残された楽譜がメロディーと通奏低音しか示しておらず、どうオーケストレーションするかは版によって異なるし、リブレットの異動に関しても最終曲を含め様々な問題を抱えている。作曲も、モンテヴェルディ単独ではなく、1人あるいは複数の作曲家が手伝ったのではないかと言われている。しかしながら、実際の上演に接してみると、劇的に盛り上がったところでの半音階の使い方の絶妙さを含め、凡庸なところがない。他の作曲家が作ったものも仕上げはモンテヴェルディが一筆加えたのではないかと考えたくなる。俳句の添削などでもそうだが、宗匠が一筆加えると、俄然生き生きとする、ということがある。
最終曲' Pur ti miro'は、非常にゆっくりとしたテンポで嫋嫋と歌われた。そのポッペアとネロの2人をオケの男性奏者が呆然と陶然として見ているのが印象的だった。何度でもモンテヴェルディ(少なくとも最終監修はモンテヴェルディだと信じる)の二重唱に感動できる、しかも技術の高い演奏家。そういう愛すべき演奏家を間近に聞けた幸せな一夜であった。
なおこの上演は筆者が見た日とは異なりますが、8月29日現在you tubeで見ることが可能です。今、確認したところ、最終曲はyoutube の日の方がごく普通、つまり筆者が見た日よりもずっと早いテンポで歌っています。個人的には早い方が好みであったけれど、きっと楽日なので歌手の歌いように歌わせたのではないかと想像します。

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行きあたりばったりのオルガン・コンサート

予定外のオルガン・コンサートを聴いた(ザルツブルク大聖堂)。

ザルツブルクはさほど大きな町ではないので、旧市街の見所は2、3日もあれば一通りは見られるだろう。音楽祭の合間に街をぶらぶらして、モーツァルトの住居(住んだ家と生家と両方がザルツブルクにはある)を何度も訪れたりしている。
今回気が付いたのだが、メインのザルツブルク音楽祭とは別に地元の教会やミラベル公園や宮殿で音楽会が催されている。
なんという目的もなく大聖堂へ歩いていくとお昼のオルガンコンサートをやるというので入った。料金は5ユーロ。12時5分開始というのが中途半端だなと思っていたら、12時には教会の鐘が鳴るので鳴り止んでからという意味だとわかった。
曲目は3つ。最初の1曲と後半の2曲では弾くオルガンを使い分けていた。
1曲目は教会の中央に近い壁についたHoforgel で演奏され Franz Xaver Schnitzer (1740-1785)のSonata V ロ長調、作品1、5。マイナーでローカルな作曲家だが、年代的にもモーツァルトに少し先立つ世代。ソネチネ・アルバム風の曲。それがオルガンで弾かれると、音がかぶって聞こえるがご愛嬌。
2曲目と3曲目は教会の出入り口の上方に聳えるようにある大オルガン(Grossen Orgel).2局目は、ヨハン・セバスティアン・バッハ(大バッハ)のイギリス組曲第三番、BWV808。この日の演奏者・オルガニストのマティアス・ロートによる編曲。
3局目はメンデルスゾーンのソナタ第四番、ロ長調。作品65、4。最終楽章はアレグロ・マエストーゾ・エ・ヴィヴァーチェとあったが、大オルガンの重層的な音響に圧倒された。
今回、ニュルンベルクの聖ロレンツ教会でもたまたまオルガンを聞く機会に恵まれた(オルガニストが練習していたのかもしれない)が、教会のお堂の空気全体が振動しているのは体感しなければ経験できない音だ。方向性も曖昧になるし、低音は、花火などは別として、楽器の楽音としてこんな低い音はないだろう。オーディオ装置での再生は、いくら大画面と言っても建築物の大きさは実際に見上げたり、その建物の中に入らないと実感できないのと同様だ。
何度も教会の音を経験した上で、オーディオ装置の音から実際はこう響いているだろうと逆算するしかない。人間イコライザーだ。
音響はともかく、バッハからバッハの末息子より5つ年下のシュニッツァー、そしてロマン派のメンデルスゾーンと面白いプログラムだった。
こういうものを気軽に聞ける環境も豊かだと思った。明らかに観光客たちが気軽に入って聞いていた。

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2018年8月28日 (火)

ヘンツェ《The Bassarids》その3

ヘンツェのオペラ《The Bassarids》の続きである。

前回と前々回に書きそびれたインテルメッツォについて記しておこう。インテルメッツォの直前には、王ペンテウスと身をやつしたディオニソスが会話を交わしている。会話の中身に入る前にインテルメッツォの位置について説明しておこう。このオペラは通常のようにAct (Atto、幕)という区切りではなく、4つのmovement (楽章)を持った交響曲のような形式を持っている。インテルメッツォは3つ目の楽章の後半に置かれている。
3つ目の楽章の前半では、前述のようにディオニソスと若き王ペンテウスが会話をし、ディオニソスの狂乱の踊りを踊るときに淫らなものも貞淑なものもいるという話になって、ペンテウスは母アガヴェはどうなのかときにする。二人はアガヴェの手鏡を持ってこさせそれを覗き見る。この場面、今回の演出(ポーランド出身のクリストフ・ワリコフスキ)では、二人は左端の空間に行き、壁に映し出された映像(それが鏡に映った像ということなのだろう)を見ている。映し出されるのは、右端で展開される行為なのだ。つまり右端の行為をヴィデオ中継して左端の壁に映し出している。左端の映像はアップになったりするので、実物大よりも大きい。
そこで展開されるのは、カリオペの審判という劇なのだった。
カリオペの審判というのは、ギリシア神話の1つのエピソードである。ヴィーナスとプロセルピナが美少年アドニスを争い、どちらのものかをゼウスに問うと、ゼウスはその審判をカリオペに命じる。カリオペは1年の3分の1はヴィーナスともう3分の1はプロセルピナと残りの3分の1は自由にとと言う。その判定・審判にヴィーナスは不満という内容だ。この場面では、劇中劇としてアガヴェがヴィーナスに、アガヴェの妹アウトノエがプロセルピナ、隊長がアドニスを演じる。ヴィーナスとプロセルピナがアドニスを奪い合う。それを離れた箇所で身をやつしたディオニソスとペンテウスが見ているわけだ。アガヴェとアウトノエはそれぞれ裸の若者を四つん這いにさせ首輪をつけて犬のように従えている。これは解説にもあるが、パゾリーニの映画「ソドムの市」の引用だ。サディスティックかつグロテスクなエロスの世界を母は生きている、それをペンテウスは見てしまう、という構図だ。
この後、3楽章の第2部でペンテウスは女装し、バッコスの信女たちの間に入っていくが見つかって殺される。殺される場面は今回の上演では右端の空間、アガヴェの寝室でアガヴェとアウトノエが斧を持ち、ベッドの上のペンテウスに斧を振り下ろすのだった。
場に恐怖やエロスはあるのだが、ロマン主義的なそれとは異なる描かれ方をしている。演劇として極めて興味深く刺激的だし、音楽がそれに相関性を持っており説得力に満ちていた。
20世紀後半の数少ない傑作オペラの1つだと思った。

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ペトレンコ指揮ベルリンフィル演奏会

キリル・ペトレンコ指揮ベルリンフィルの演奏会を聴いた(ザルツブルク祝祭大劇場)。

曲目は前半がポール・デュカスの「ラ・ペリ」というバレー音楽とユジャで・ワンを独奏者に迎えてプロコフィエフのピアノ協奏曲3番。後半はフランツ・シュミットの交響曲第4番。
デュカスの曲は彼晩年の曲。官能的なところを指揮ぶりでは出していたが、ベルリンフィルの表情はやや真面目な感じで、あくまで美しいのだが。。。
次のプロコフィエフでは、独奏者がユジャ・ワンという人のトレードマークらしいがミニスカートとピンヒールで出てきてものすごい速さでお辞儀をする。普通の人の倍速ではないだろうか。
で、バリバリ弾く。彼女のケレン味たっぷりで切れ味の良いピアニズムはプロコフィエフにぴったりだと思う。プロコフィエフの曲自体がケレン味の塊、スリリングにピアノを弾かせ、オケを鳴らすように書かれている。生で聞くとピチカートの多さに改めて気がつく。また、コントラバスの出番の多さにも気がつかされた。座席が左右の中央で前の方であったためピアノが運び込まれると指揮者がすっかり隠れてしまい指揮ぶりは見えなかった。
しかし曲がいたるところにスリリングでエキサイティングなフレーズを持っており、外見に照応した華やかなピアニズムを持った独奏者であるから弾き終わると嵐のような拍手。プロコフィエフの非ロマン主義的な叙情に心打たれた。ユジャ・ワンは小品をアンコールした。
後半は、フランツ・シュミットの交響曲4番。後期ロマン派の曲で、フランク的に同じような旋律がぐるぐると繰り返されたり、楽器間を受け渡されるうちに不思議なうねりが生まれたり、ある種の陶酔感も生まれてくる。最初こそ金管がソロで出てくるが、メインの部分は弦楽器の内声の充実したやり取りが中心。渋いがなかなか良い曲かもしれない。
ベルリンフィルの指揮者が何を演奏するかの曲目選びは難しいのだろうと思った。このオケだから何でも弾けるには違いないのだが、ペトレンコは常任になることが決まっているわけでこれからベルリンフィルをどういう方向にリードしていくのかが問われることになると思うからだ。
ペトレンコの指揮は柔軟性に富んでいる。曲のうねりを捉えるのが見事で、そこでもりもりとテンポを上げて、結節点でバーンと決める。曲の構造に沿っているから、アッチェレランドも決めも自然な流れにのっている。でなければ、シュミットの曲など、かなり退屈な演奏をすることも十分可能な曲だと見た。音楽、曲に内在する喜び、ダンス的な活力を見出して、形にするのがとても上手なのである。
これからベルリンフィルがどう変容していくのか楽しみだ。

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ヘンツェ《The Bassarids》その2

ヘンツェ作曲のオペラ《The Bassarids》を再度観た(ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ劇場)。

2度見ることで、演出クリシュトフ・ワルリスキの意図がよりよく理解できたし、音楽についてもより細部まで確認できたが、それによってより感銘を受けた。2度見ることで理解が進むのは映画でもオペラでもあることだが、それで感銘が深まるとは限らない。

この劇場はそもそも奥行きは狭く、左右が長い舞台なのだが、ワルリスキはこの舞台を柱によって4つの空間に区切っていた。空間と空間の間にドアのようなものがある場合もある。1度めに見たときには、向かって右側の前列かぶりつきのような席だったので、眼前のものはすごい迫力なのだが、左側の空間で同時に何かが進行している場合、そこが認識しにくいのだった。全体を俯瞰しにくい位置にある座席だった。しかし、歌手の俳優・女優としての存在感、ダンサーのダンスに圧倒されるという演劇の体験にとっては絶好の場所であったとも言える。

二回目の座席はこの会場が大きく二段に分かれている上の段でしかも舞台向かって左よりだったので、前回よりは全体が俯瞰でき、左側で進行する事象がより理解できた。頭での理解がより促進される位置で、両方の座席を経験できてラッキーであった。

今回の上演では、オーデン&カールマンのリブレットにないプロローグがあった。オケが演奏をする前に、ディオニソス役の歌手が、モノローグで、私はディオニソスで自分の母はセメレ、父はゼウスなのだが、セメレの姉妹は自分の出自を認めていない、という状況説明をする。最初、これは演出家が創作したのかと思った(何故なら、出版されているオーデンのリブレット集にはプロローグがなかったから)が、現地で買ったプログラムの註によると、これはヘンツェが1968年のアメリカ及びイギリス初演に際して付け加えたものだった。筆者も、エウリピデスの『バッコスの信女』とオーデン&カールマンのリブレットを読み比べ、後者の方が状況説明が足りなくて(モダニズム以降の文学者にありがちなのだが、古典を既知のものとして知っていることを読者に要求し、状況説明的セリフ、叙述をカットしてしまう)不親切な面があると思った。むしろエウリピデスの方が説明的セリフが結構あるのだ。ヘンツェはプロローグを付加することにより、観客に登場人物の基本的人間関係と状況説明をしている。プロローグがあった方がはるかに観客に親切だ。そうでなくても20世紀後半のオペラは一般になじみがうすく音楽も「難解」と受け止めている人も少なくない。入り口はオープンである方が良いと思う。劇が進行するにつれ、音楽も劇も、エウリピデスの創り出したそしてそれを20世紀にヘンツェとオーデン・カールマンが再生したとてつもない世界に入っていくことに違いはないのだ。周知のように、古代ギリシアものとオペラは切っても切り離せないが、エウリピデスのこの作品は極北的なところがあるし、ヘンツェはそれにふさわしい音楽を作り出したと言ってよいのではないか。

このプロローグの後で、オーケストラが鳴り、合唱がペンテウスが王になった、と歌い始める。(なお、分かりやすさを優先して本項ではゼウスやディオニソスと表記しているが、英語台本のためゼウスはズュース、ディオニソスはダイオニサスと英語訛りで発音されている)。

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2018年8月27日 (月)

《スペードの女王》

チャイコフスキーのオペラ《スペードの女王》を観た(ザルツブルク祝祭大劇場)。

この作品の原作はプーシキンの短編で、それをもとにチャイコフスキーの弟モデストがリブレットを書いた。ウィキペディアによると、チャイコフスキーは作曲しながら、リブレットに自らも随分手を入れたようだ。また、最終場のヘルマンのアリアにも調性の異なる2つの版を用意したという。
主人公のヘルマン(ゲルマン)を歌ったのはブランドン・ジョヴァノヴィッチだが、強靭な声(喉)の持ち主で、3幕(7場)の間、ほぼ出づっぱりなのだが、常に伸びやかに表情豊かな声を聞かせる。
ストーリーも音楽も、遅れてきたロマン派という感じで、マリス・ヤンソンス指揮のヴィーン・フィルだと鳴りすぎるくらいよく鳴るのであった。もっともそれは僕の席が右手の壁際のボックス(と言ってもほとんど天井がない)のようなところで、平土間より高い位置にあってオケの音がダイレクトにやってくる座席であったことも影響はしているだろう。それを考慮に入れてもやはり、チャイコフスキーも、プッチーニと同様、メロディーがヴァイオリンでくっきり奏でられるなどオーケストレーションが厚塗りの油絵という感じで響きが濃く分厚いのも確かだ。
ストーリーはロマンティックな人の病理が盛りだくさんに出てくる。主人公ヘルマン(ゲルマン)は平民なのだが、貴族の令嬢リーザに憧れている。しかしリーザにはエレツキーという婚約者がいる。リーサの祖母はその昔パリで多くの男に言い寄られた美女であったのだがカードで絶対に勝てる秘密を知っているという。ヘルマンはリサを口説きその関係から祖母と二人きりになる機会を得て、カードに勝つ秘密を得ようとするが、祖母は沈黙を守ったまま息をひきとる。リーザはヘルマンに心を寄せるが、究極のところヘルマンはカードの秘密が大事なのだとわかり絶望する(のち自殺)。ヘルマンはカードで全財産をかけ2枚目までは成功するが3枚目で失敗、リサの祖母の復讐なのだと悟り、死を選ぶ。
リーザのエフゲニア・ムラヴェヴァはフレッシュな声。エレツキーには「貴方を愛します」というこのオペラで最も魅力的なメロディを持ったアリアがあり、イゴル・ゴロバテンコが素直に聞かせていた。
ヤンソンスの指揮は手慣れた音楽を無駄な動きなくまとめているという印象であったが、会場からは大きな拍手を浴びていた。

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2018年8月26日 (日)

ヘンツェ「トリスタン」他

ヘンツェの「トリスタン」という管弦楽曲を聴いた(ザルツブルク大劇場)。 ヴィーンフィルの演奏会で、前半がヘンツェの「トリスタン」、後半はヴァーグナーの《神々の黄昏》の抜粋。指輪4部作の最終篇が《神々の黄昏》なわけだが、その中の管弦楽だけの部分で抜粋しており、歌手は登場しない。 前半、楽団員入場の前に、指揮者のヴェルザーメストがやってきてマイクを持ち、ドイツ語と英語を交互に駆使してヘンツェの曲の解説をした。

この曲が書かれた1970年代にヘンツェは、コレオグラファーのジョン・クランコや詩人のオーデンといった仕事上の仲間を失っている。その追悼、親密な語りかけがピアノに反映されているという。ピアノとオーケストラとテープ音楽からなる曲で6部からなるのだが、通常のピアノ協奏曲のように華やかではなく、むしろ、死者に想いを馳せつつ、時に感情が爆発するといった感じか。決して穏やか一方の音楽ではなく、特に打楽器は多彩に展開し、打楽器奏者によっては何度も楽器を持ちかえていた。
休憩をはさんで後半はヴァーグナーの《神々の黄昏》から管弦楽部分の抜粋。指揮者のヴェルザーメストは非常に熱い指揮ぶりであった。2年前にフィデリオの序曲でも感心したのだが、この人は一皮、二皮むけて自分のやりたい音楽を大胆に表現するようになったのではないか。オーケストラが一糸乱れず進むことよりも、場面によっては攻めの表現を取ることに躊躇しなくなったと言ってもいいだろう。終演後は徐々に拍手たかまりスタンディングオベーションに。この人の指揮ぶりもそうなのだが、最初からエクサイティングなのではなく、体の芯からじわじわと熱くなっていく感じなのだ。表情は優秀な官僚やビジネスマンのようにクールなのだが、熱いハートを抱えているというか。
普段、クリーブランドを振っていて、ヴィーンフィルの音、音響を奏でる喜びに満ちているように見えた。

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《魔笛》

モーツァルトのオペラ《魔笛》を観た(ザルツブルク大劇場)。

指揮はコンスタンティノス・カリディス。ギリシア人で、非常にメリハリのはっきりした指揮。極端なまでに早いところは早い。ハーディングが《ドン・ジョヴァンニ》演奏にもたらした変化と最近評判のクルレンツィスを思い起こさせないでもない。指揮する姿はどこかショルティにも似ていなくはないのだった。
演出はリディア・スタイア。劇全体をおじいさんが3人の孫に聞かせる物語という枠組みを設定し、おじいさんと孫たちのやりとりを新たに加えている点が独自であり、解釈としてのポイントだろう。だから、最初のタミーノ登場も、子供達の寝室でおじいさんが読み聞かせをしているところに窓からタミーノが逃げ込んでくるのだ。
歌手はそれぞれに健闘していた。オケも良い。この解釈が最上かどうかはともかく1つの解決法であり、楽しめるものにはなっていた。タミーノとパミーナの結婚式の場面で一面に第一次対戦の戦闘シーンや負傷兵の姿が次々に映し出されたのは印象的で、そういえば第一次大戦終結100周年である。

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ヘンツェ 《The Bassarids》

ヘンツェのオペラ《The Bassarids》を観た(ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ劇場)。

素晴らしい演奏であり上演であった。久しぶりに現代のオペラに心揺さぶられる思いをしたし、演出というものの意義を深く感じる上演であった。
英語のタイトル The Bassarids というのは馴染みのない単語だが、つづめて言えばバッコスの信女のことだ。The Bassarids というと女性限定でなく、男女を含むのだという。バッコスはバッカスでディオニソスである。この信者たちは、狂乱状態で踊りを踊ったりするという。
このオペラの大元の原作はエウリピデスの『バッコスの信女』である。
それを原作として W.H.オーデンとカールマンがリブレットを書き、ヘンツェが作曲をした。ただし、オーデンらが書き上げたリブレットに曲がつけられる際に、歌詞が省略された(別の言い方をすれば、曲がつけられなかった)部分が細々とあちこちにあり、また、長いセリフが短めに書き換えられたものもいくつもある。これはよくあることだ。作曲家の作曲技法上の都合の場合もあるし、彼の演劇観から省略したほうが良いという判断をする場合もあるだろう。
このオペラの実演を観るのは初めてだが、大規模なオーケストラでフェルゼンライトシューレのオーケストラボックスには収まりきれず、打楽器が右上の側面に鎮座していた。
ヘンツェの音楽は12音技法やセリエの特定の技法に縛られず、調性音楽的な部分、アリア的部分が自由に入れ替え可能になっていて、聞いていて覚えてしまうフレーズ、感覚的喜びにあふれる曲が多い。
指揮はケント・ナガノ。大規模オケをうまくさばいていたと思う。ディオニソスはSean Panikkar.
若い王ペンテウスはRussell Braun.  彼が女装してバッコスの信女に紛れ込むのだが見つけ出されてしまうというストーリーなのだが、その場面はなぜか 寝室で展開された。おそらくは母息子の近親相姦的関係が示唆されているのだと思うが、ペンテウスが恰幅の良い男性なので、彼の女装姿は妙な迫力を持って舞台を支配した。ペンテウスの祖父で引退した王カドモスはWillard White. カドモスとディオニソスが黒人であるのが配置の妙で、ペンテウスもカドモスの孫だが、ディオニソス信仰を禁じる。しかし、ディオニソスは、カドモスの娘セメレがゼウスの種を宿して産んだ子なのだ。ティレシアスは、Nikolai Szemeredy. ペンテウスの母アガヴェはTanja Ariane Baumgartner. この人は歌もだが、演技に存在感があり、その肢体の美しさが息子ペンテウスとの間の近親愛を説得力高いものにしていた。狂乱の場面での表情も見事でオペラ歌手で演技の重要性を久しぶりに認識した。アガヴェの妹はVera-Lotte Bocker.
セメレの侍女ベロエがAnna Maria Dur.
劇全体としては中間にインテルメッツォが入るのでそれについても書くべきだろうが、とりあえずこのへんで。

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2018年8月24日 (金)

バイロイト祝祭劇場の音

バイロイト祝祭劇場の音について考えたことを簡単にまとめておく。 

周知のように、バイロイト祝祭劇場は、オーケストラピットの構造が独特で、観客席からは指揮者の姿もオーケストラ員の姿も全く見えない。演劇的に言えば、指揮者の棒さばきに気をとられることなく舞台に集中させる効果があるだろう。音響的に言えば、オーケストラボックスに蓋がかぶさっているような形なので、オーケストラの楽器の発するアタック音がほとんど聴こえず、弦であれ、木管であれ、金管であれ、フォルティッシモで演奏している場合でも演奏会場の空気をつんざくような鋭い音にはならず、ソフトで力強い音になる。

前に書いたが、そういうソフトでかつ力強い音のサポートにのって歌手の声は遮るものなく直接音が響く。高音の輝かしいソノリティもこちらはダイレクトに聴衆の耳に届く。ヴァーグナーのオーケストレーションは大人数であるからこれくらいの工夫があってちょうどよいだろうと思う。さらに、祝祭劇場は木をふんだんに使用しており、それもまろやかな響きの醸成に一役買っているかと思われる。

劇場が木が多い方が良いかと言われれば、それはレパートリーやオケの編成によるだろう。ザルツブルクのフェルゼンライトシューレは岩山をくりぬいたような劇場で岩というか石の一面だが、ここでバロックオーケストラの演奏が素晴らしく美しく響くし、また現代曲も良い。

バイロイトはヴァーグナー自身が自分の曲を上演するため専用に建てたのだからヴァーグナーのオペラに向いているのは当たり前と言えば当たり前かもしれないが、どういう意味で向いているのか、という点を少し考察してみました。


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2018年8月23日 (木)

《さまよえるオランダ人》

ヴァーグナーのオペラ《さまよえるオランダ人》を見た(バイロイト)。

この作品は初期のオペラなので、のちのヴァーグナーのダラダラ節(アリアでもレチタティーヴォでもない部分)がほとんどなく、集中して聞いていられる。ヴァーグナーはダラダラ節の発明によって、ナンバーオペラと決裂して進化したぞーと主張し、当時の人は皆その主張にひれ伏してしまったが、それによって失ったものの大きさを改めて認識した次第である。
別の言い方で言えば、《さまよえるオランダ人》はヴァーグナーのオペラの中では、最もイタリアオペラの伝統、あるいは保守本流のオペラの伝統の良さを持っているオペラだと言えよう。
独自性というのは、メリットのみのはずはなく、デメリットを抱え込むリスクを常に伴うわけだ。ダラダラ節のデメリットを堪えるものだけが、ヴァーグナーの陶酔に至ることができるのだろう。
指揮は、アクセル・コバー。要所要所を抑えた指揮で、だれるところがなかった。ダーラント(ゼンタの父)はピーター・ローズ。コミカルな味も出していた。ゼンタはリカルダ・メルべート。彼女はゼンタを演じるギリギリのところかと思った。年齢や容姿がどうという話ではなく、声のフレッシュさがゼンタには求められると思うからで、ややヴィヴラートが多く重めの声になっているからだ。しかし最後まで聴くと、なるほどさすがと思わせる力がある。ゼンタの婚約者エリクはトミスラフ・ムチェク(発音がよくわかりません)。こちらの敵役がテノールでオランダ人のグリア・グリムズリーが低声なのが面白い。
エリクは野暮ったいが誠実な人、オランダ人は007を思わせる格好よさで渋い。ただし登場、退場の際に、ゴロゴロ転がすスーツケースを持っている。全く現代の感じ。一方、糸を紡いでいる二幕の乙女たちの場面は、なぜか3枚羽の扇風機組み立て工場である。扇風機の感じは1960年代?くらいかと見えたが。
ゼンタは謎の像(石か木の塊)を持っていて、黒と金色が混じっている。女性工員たちもその像に触りたがったりする。何かご利益がある像なのか。どうもお金に関係するのではないかという感じ。一方、オランダ人はやたらに札束をばらまく。それに対し、劇が進行した時点で、天使の羽のようなものをゼンタが背負う。オランダ人(の魂)を救済するゼンタは、天使のような存在に変わったということなのだろう。
ヴァーグナーはキリスト教を真正面からではなく、しかし魂の救済という問題を繰り返し扱っているのは、極めてキリスト教的ともいえよう。つまり、アレゴリカルな形で扱っているわけで、聖母マリアは出てこないのだが、それに相当する役割を現世の女性が担うストーリ仕立てだと考えることもできるだろう。
いろいろ変わったところのある演出だが、案外楽しめた。
音楽がダレないで2時間10分くらいで終わるのも良い。これなら、座りごこちがよくはない椅子に座っていても許容範囲内である。

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2018年8月21日 (火)

《トリスタンとイゾルデ》

ヴァーグナーのオペラ《トリスタンとイゾルデ》を観た(バイロイト)。

カテリーナ・ヴァーグナーの新演出になって確か4年目なので切符が入手できたのかもしれない。2年前に観た《指輪》の独善的な演出に比べれば、まっとうな演出だったと言えよう。が媚薬を飲まないで二人で媚薬の瓶を持ち二人の手にかけてしまうことの意味は、納得がいかなかった。
指揮はティーレマン。オケの統率は取れていて、うねる感じも見事なのだが、軽みに欠けるところがある。あるいはここでもっとテンポが上がってきてほしいというところでじっくり構えてくるところがあり、筆者個人との相性(全く個人的な好みについて申し上げているのは言うまでもないことですが)は微妙なところだ。
トリスタンはヘルデン・テノールのステファン・グールド。アメリカ人。この人とイゾルデのペトラ・ラングには唖然とさせられた。どこまで声が出るのか。澄んだ声で、力みなく、どこまでも出る感じだ。筆者は数日前までロッシーニを聴いていたため、大きな落差を感じる。
歌手に関して言えば、絶対的な音量の差である。ヴァーグナーにはアジリタはないが、ともかく長時間、大音量を生成することを要求されるわけで、歌手にとって過酷だなあと思う。だから、バイロイト祝祭劇場はオケに蓋がしてあるわけだ。蓋がしてあっても、相当な音量の楽音が会場に満ち渡る。ただし、オケの音が一番鋭い部分がブレンドで打ち消しあって柔らかくなっている。歌手の声は直接音なので、そこが唯一歌手への配慮と言えよう。
この日の演出ではリブレットから大きく逸脱した点が2つある。
1つは媚薬。前述のように、トリスタンとイゾルデが会って、仇の関係を認識し、イゾルデが毒を飲んで死のうと持ちかけるが、イゾルデの侍女ブランゲーネ(クリスタ・マイヤー:堂々たる歌唱で喝采を浴びていた)の機転で媚薬を渡して飲むことになっているわけだが、今回の演出では飲まずに二人の手にかけてしまう。だから二人の愛と媚薬は無関係なのだ。さらに二人が会って媚薬の場面の前に抱擁するのもその点からは筋が通っている。
さらにもう1つは、瀕死のトリスタンはイゾルデに会わないことだ。次々にイゾルデの幻想が現れ、消えていく、という設定。トリスタンが息絶えた後でイゾルデがやってくるが、最後の最後の場面(もうこの演出も4年目だから書いてしまって良いと思うが)で、イゾルデは死なず、マルケ王にそっとうながされて、二人で舞台奥へ歩み去るのだ。
決定的にアンチ・ロマンティックで、決定的にアンチ・クライマックスなのである。そのせいか、イゾルデの第二幕、第三幕の歌唱も通常のリブレット設定から期待されるような溺れる愛と言うよりは覚めた要素の感じられる歌だったと思うが、その歌唱がラングの個性なのか、演出の解釈に沿った歌い方なのかは、僕には判断できない。
少なくとも新しいイゾルデ像が提出されていることを強く感じた。
バイロイトの祝祭歌劇場では、席は平土間のうんと後ろの方で28番という劇場の左右の中心に近い位置だった(右から30人、左から30人で1列が構成されている)。2年前にも感じたが、この劇場はヴァーグナーの意図で観客をぎゅうぎゅう詰めにしている。ヴァーグナーの時代より西欧人そして我々も大きくなっているから悲劇である。左右が体格の良い男性だと腕周りがリラックスできず肩がこるし、なおかつ劇場の中央は一種の酸欠状態になって、幕の初めに必ず猛烈な眠気に襲われる(演奏が退屈なためではないのです)。酸欠状態に慣れると観客として復活し、また普通に観られる。酸欠状態に耐性がどの程度あるかは個人差が大きいだろうと想像する。僕は弱いのだと思う。
演奏は4時に始まり、2回の休憩を挟み終演は10時を回っていた。ヴァーグナーは歌手も指揮者も観客も体力勝負である。

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2018年8月20日 (月)

《Rossinimania Cabaret Rossini》

《Rossinimania Cabaret Rossini》という一風変わったコンサートを観た(ペドロッティ講堂、ペーザロ)。

プログラムにも最初に監督(演出)フィリッポ・クリヴェッリ、ドラマ構成エミリオ・サーラと書いてあり、一体どういうものなのだろうと思って行ったのだが、主としてオペラ作曲引退後パリ生活のロッシーニの人生をナレーションで語ったり、Peches de vieiless (Peches はアクサンがつきます)というピアノ曲集、歌曲の中からいくつか紹介し、さらに歌い手の中には、ボニタティブスやムケドリシュヴィリのようなオペラ歌手に混じって、マッシモ・ラニエーリという俳優が混じっているのだがキャバレたる所以なのだろう。
曲目もロッシーニの作のみでなく、ロッシーニに捧げられた曲や、例の猫の掛け合いの曲、雑多な感じをわざと作っているのだと思う。
ピアノはアントニオ・バッリスタで彼の弾き語りが、個人的には 一番興味深かった。
全体から浮かび上がるのは、ナレーションでロッシーニや妻の書簡が引用されていたのだが、ロッシーニは10年以上にわたる鬱、抑うつ状態に苦しんでおり、その抑うつ状態の底から浮かび上がるため(その過程で)これらの自己アイロニーに満ちた楽曲を作曲したということだ。ロマン派全盛の時代にあって、全く感情に埋没せず、自分及び人生を突き放して、音階練習のような乾いた明快な響きの連続。
独自の世界である。

解説のナレーションの際や演奏の際に、舞台の壁にヴィデオ(内容は例えばロッシーニの書簡だったりする)が投影される。

これからのコンサートの形態の模索の1つなのかと思う。

なお、このコンサートは街の広場にスキリーンを設営してライブで実況中継された。

 

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《アディーナ》

ロッシーニのオペラ《アディーナ》を観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。

上演開始の直前に、客席から「マエストロ、ジェノヴァの犠牲者に1分の黙祷をお願いします」という声がかかった。指揮者は背中が見えているだけなのでじっとしているように見えたが、オーケストラ員が立ち上がり、客席の人々も立ち上がり、1分の黙祷がなされた。
ジェノヴァで橋が崩落し、多くの死者が出た悲劇的事故は、今日大統領を迎えて合同の葬儀がなされたようだ。連日、なぜこのような事故が起きたのか、高速道路の管理責任はどこにあるのか、補修が必要な橋・道路は他にも多くあることなどが連日報道されている。
《アディーナ》の内容は前にも記したように、カリフが自分の娘と知らずにアディーナと結婚しようとし、アディーナと恋人のセリーモが駆け落ちしようとするところを捕まえる。アディーナは恋人の命乞いをするが拒絶され、気絶する。ふとロケットを見るとカリフはアディーナが自分の娘であることに気づくという話だ。
今回は、ロッシーニを連続して聞いた後で、《アディーナ》を見たわけだが、佳品であるという印象を得た。歌手は、カリーフォがバリトンのヴィート・プリアンティ。品もあり、立派な歌いぶりで良かった。アディーナはリゼッテ・オロペーザ。歌手としては華奢な感じで、大音量ではないがこの劇場では丁度いい感じである。セリモのテノールのLevy Sekgapane はセクガペインとでも読むのだろうか。南アフリカ出身。声質としてはフローレス的な方向性の声で、素直な声質である。指揮はディエゴ・マティウス。オーケストラは、ロッシーニ交響楽団。誰かが飛び抜けているというわけではないが、粒が揃っていて、聞いていて見ていて楽しいオペラだった。一幕もので上演時間も1時間半ほどであるが、これくらいの軽いものも良いものである。

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2018年8月19日 (日)

《リッチャルドとゾライデ》

ロッシーニのオペラ《リッチャルドとゾライデ》を見た(ペーザロ、アドリアティック・アレーナ)。

このオペラは一般的には決してポピュラーなオペラとは言えないだろうが、ペーザロでは何回が上演している。僕は初めて見て、大変観がいのあるオペラだと思った。

ただし、登場人物が多く、主な人物だけで8人くらいいるし、たとえば有力なテノールが3人も必要なので、上演するのは興行としてはとても難しいのではないかと思う。

例によってあらすじは、日本ロッシーニ協会の水谷彰良氏によるものが詳しい。さらにこの作品に関しては、オペラ御殿に解説だけでなくリブレットのイタリア語と日本語の対訳が掲載されている。この対訳はわざと文学的な色付けのない直訳調になっているので、この単語はこんな意味か、とか、イタリア語の構文がここではこうなっている、と言ったことが実によくわかるようになっている啓蒙的な対訳で、予習や勉強するのにとても便利です。さらには、直訳しても、日本語として意味が通じにくいところでは、かっこに入れて平たく言えばこんな意味と示してくれている。ありがたいです。感謝。

あらすじとしては、リッチャルド(フローレス)とゾライデ(プリティ・イェンデ)が恋人どうし。リッチャルドの友人でキリスト教陣営の大使エルネスト(ハビエル・アンドゥアーガ)。ヌビアの王アゴランテ(セルゲイ・ロマノフスキ)はゾミーラ(ヴィクトリア・ヤロヴァーナ)という妻があるのだが、アジア=中近東の王子イルカーノ(ニコラ・ウリヴィエーリ)の娘ゾライデを見染め、迫る。リッチャルドは身をやつしてゾライデの身近に潜入して、二人で逃げ出そうとする。妻ゾミーラはゾライデとリッチャルドの逃避行を助けるフリをして逮捕させる。イルカーノとリッチャルドは死刑を宣告されるが、そこに十字軍がやってきてヌビアを制圧、救出されたリッチャルドとアゴランテの立場が逆転する。リッチャルドはアゴランテと妻ゾミーラを許し、ゾライデと結ばれてメデタシ、メデタシ。

初めて聞いたらこれでも込み入っていると思うが、実は上記のあらすじではアゴランテの友人ザモッレやゾミーラの友人エルミーラ、ゾライデの友人ファーティマを省略している。

有力なテノールだけでも3人いるという贅沢な構成だ。プログラムでフィリップ・ゴセットのエッセイが掲載されていて、そこにも記されていることだが、ロッシーニは1815−1822年にかけてナポリのサン・カルロ劇場のために次々とオペラ・セリアを書いている。1815年はナポレオンが倒れ、ウィーン会議によって旧体制が復活した時期であることを確認しておこう。つまり、復活したばかりのアンシャン・レジームは政治風刺的なものには過敏に反応し、検閲に引っかかる可能性が高かったであろう。また、ゴセットが指摘しているのは、この時期にロッシーニが書いたオペラ・セリアは原作に相当するものは、16世紀のイタリアの騎士物語詩であったり、フランスの古典悲劇であったり、聖書であったり実にバラエティーに富んでいるのだが、構造的には非常に似ていて、ヒロインがいて相思相愛のヒーローがいる。しかしライバルがいて、ライバルの方をヒロインの父が応援しているという図式。《リッチャルドとゾライデ》ではライバルが王でさらに彼には妻がいるという点がヴァリエーションとなっている。歌手の構成はおそらく当時ナポリの歌劇場で使うことのできる歌手に当て書きしているのだろう。ゾライデの初演はイザベル・コルブランである。

今年は初演から200周年にあたる。フローレスは言葉が明快で横や後ろを向いたときでさえ一語、一語がはっきり聞き取れるし、言葉のニュアンスもレチタティーヴォにおいても、アリアにおいても丁寧に的確に表出していた。さすがというほかはない。高音域にも何の不安もなく安心して聞いていられる。言葉が明快だったのはゾミーラを歌ったヤロヴァナ。声が(口の形が)決まり、声の姿が端正で美しい。ゾライデを歌ったイェンデはむしろ柔らかい声で、ふわっと行くところがあり、そこがチャーミングであると同時に、言葉の発音が時たま聞きとりにくいところがある。しかし、高音は輝かしく、背が高くてスタイルも良く、フローレス との二重唱においても存在感で負けていなかった。

若手でもう一人驚くべきは、エルネストを歌ったハビエル・アンドゥアーガでとてつもない声量なのだ。表情やニュアンスの豊かさではフローレスが王者の風格であったかもしれないが、単純な声量ではこの若者はこの日の誰よりもやすやすと会場に響きわたる声を発していた。いかにも大声を張り上げるという感じではなく、ごく普通の声の表情のまま音量が溢れるように大きい。もう1人のテノール、ロマノフスキも悪くなかった。特に二幕では表情豊かに歌を聞かせていた。イルカーノのウリヴィエーリも品格のあるバスで、実に贅沢な声の布陣だった。

知人の話では以前のペーザロでのこの演目の上演では、ヌビア側の人物の顔を黒く塗ったりしていたらしい。今回は、戦いの場面でキリスト教側の端が赤十字になってはいたが、ことさらにイスラム対キリスト教の対立を強調する場面は見当たらなかった。政治的なメッセージを前景化するというよりも、バレエ団を巧みに用いて、このオペラの豊かな世界にいざなうという感じ。二重唱、三重唱が実に充実しているのも音楽的充実に大いに貢献していたと思う。

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2018年8月18日 (土)

8月15日前後の移動

ヨーロッパにおける8月15日前後の移動について、何回か困難な状況に陥ったのでメモ代わりに書いておく。この時期に旅行する人の参考になれば幸いである。というか、注意すべきことを、のど元過ぎると忘れてしまう自分へのメモでもある。

この時期は、イタリアならフェラゴスタ(聖母昇天日)で、日本で言えばお盆休み的な時期だ。この時期でよくあるのは鉄道の保守点検のために、ある区間電車が走らず、バスで振り替えになる。バスで振り替えられて、到着時間がずれて、本来自分が乗るはずの電車に乗れなくなった場合が問題だ。国境を越える場合、オーストリアなりドイツで発券された切符はイタリアにはいってしまうと次の便に書き換えてもらえない。
今回、インスブルックに長距離列車が工事のせいで泊まらないのでイェンバッハから乗るという予定だったのだが、さらにブレンネル峠の工事が延びて、トレントまでずっとバスに乗ることになった。バス自体は快適なバスでした。
イタリアで発券してイタリアの列車の乗り継ぎがうまくいかなかった場合は駅のアシスタントに言えば、無料で次の列車の券に替えてくれます。
ただし、本来、ボローニャ行きだった列車が、こういう混乱している状況ではヴェローナ行きになってしまうといった変更も起こりがちである。
というわけで、移動時間が例えば5時間くらいだったはずのものが、8時間とか10時間かかってしまうこともある。
そうすると、移動日に移った先でコンサートやオペラに行く、ということがかなり難しくなるし、間に合っても、相当に消耗することになる。
体力や気力は個人差が大きいのは言うまでもないが、筆者の場合、来年からはもっとゆとりある日程の組み方にしようと思った次第である。

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2018年8月17日 (金)

《セビリアの理髪師》

ロッシーニのオペラ《セビリアの理髪師》を観た(ペーザロ、アドリアティック・アレーナ)。

演出・舞台監督・衣装はピエル・ルイジ・ピッツィ。彼の演出はいつもそうなのだが、色の処理がエレガントで、今回は白(と黒)を基調にしたシンプルなものなのだが、登場人物の人間関係を混乱させない処理が見事。ピッツィの演出を見ていると、そんなことはわけもないことのように見えてしまうのだが、実はそうではないことが残念な多くの演出家によって嫌という程経験済み。
エレガントで人物の区別、関係性がわかりやすいだけでなく、ピッツィの主張はさりげなく盛り込まれていると見た。脇園彩演じるロジーナはとても積極的に動くし、バルトロを侮蔑したりする。お手伝いのベルタが歌う人は歳を取っても恋は免れないという歌では、ベルタが別の従僕の上半身を裸にして彼をあわてふためかせる。女性が受け身一方ではない(それはよく読めば元々のリブレットの段階でそうであるわけだが)ことを極めて明快に可視化した演出と言えよう。
歌手も充実していてタイトルロールのダヴィデ・ルチャーノは芸達者でかつ引き締まった体躯で張りのある声。今回はオケの周りに花道のようなものが設えられているのだが、フィガロとミロノフのリンドーロの二重唱では花道の右端と左端に二人がいるのだがぴったり息があう。オペラではアリアもいいが、重 唱の醍醐味もそれに劣らず楽しい。今回の重唱(二重唱のみならず三重唱、それ以上のも)は音楽的にとても充実していた。重唱の際に必要に応じて、歌手をオケの前(花道)に出して歌わせるのは巧みな処理である。オケが厚くなると、この広い会場では歌手への負担がとても大きいと思われるからだ。
バルトロのピエトロ・スパニョーリも演技も歌も実に達者。バジリオのペルトゥージもさすがの貫禄で満場の拍手を浴びていた。
脇園彩のロジーナは常に発声が丁寧で荒れることがなく転がるところでは実に滑らかに転がる。演技でロジーナのオキャンな面を見せており見事だった。
指揮のアベルも楽曲の終わりをテンポを上げて引き締めるタイプで、弛緩するところがなく良かった。
また、今回の上演では、通常は省略されるレチタティーヴォのセリフをフルに言っているようで、状況説明のセリフが本当はこれだけあったのだと感心した。
従来は、セビリアはみんな知ってるでしょう、だからいらない説明は省いて音楽中心でどんどん進めましょう、という劇場の慣習があったわけだ。一長一短であるが、フルのレチタテイーヴォもたまにはいいなと思った。
演目としては、新味はないのだけれど、演出や歌手、指揮、オケが良ければ歓びは尽きないというところか。

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ニコラ・アライモ:Gran Scene Rossiniane

バリトン歌手ニコラ・アライモのリサイタルを聴いた(ペーザロ)。

このリサイタルは極めてテーマ性の高いリサイタルでグラン・シェーネ・ロッシ二アーネ(ロッシーニの複数のグラン・シェーナ)と題されている。グラン・シェーナについては当ブログの前項を参照していただければ幸いであるが、単なるアリアではなく、相当に大掛かりなアリアの特殊形態である。前奏、レチタティーヴォの後、カヴァティーナ(短い歌唱)があり、そこでいったんまたレチタティーヴォや合唱で遮られたのち、アリアに入る。この一連の要素があるのでかなり長大な拡大アリアになるわけだ。これをグラン・シェーナ、複数はグラン・シェーネと呼んでいる。
今回のリサイタルでは主に男性合唱とニコラ・アライモの組み合わせで4曲のグラン・シェーナの演奏が披露された。このプログラムは、先のレクチャーの概念と密接に関連しているわけで、ニコラ・アライモや合唱団の声の妙技を味わうことと、グラン・シェーナとはどういうものであるかを知らしめる啓蒙的な演奏会であるとが同時に成立しているわけだ。
演奏されたのは
《トルヴァルドとドルリスカ》の序曲
ドゥーカのアリア(グラン・シェーナ)’Cedi...Indietoro,Ah qual voce d'intorno rimbomba'
《マホメット2世》から合唱’Dal ferro dal foco' とマホメットのカヴァティーナ’Sorgete, sorreggete'
《ランスへの旅》ミロードのアリア’Invan strappar dal core' この曲の場合は、アリアの途中で女性合唱が入る。
《セミラーミデ》序曲
シェーナ’Il di gia cade' 合唱’Ah! La sorte ci tardi' アッスールのアリア’Deh...ti ferma...ti placa'
各曲の前に司会者レーモ・ジローネがそれぞれのアリアがどういうオペラのどんな場面かという簡潔な説明と、ロッシーニ自身の音楽観(音楽はatomosfera moraleを表現するもの)を紹介していた 。
アンコールは3曲演奏されたが、グラン・シェーナではないもので、《ギヨーム・テル》で
息子を思う切々たる歌や。対照的に《チェネレントラ》の父のコミカルな歌が披露され、アライモの芸域の広さをたっぷりと堪能することができた。

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ロッシーニのグラン・シェーナ

ロッシーニのグラン・シェーナについての講演を聞いた(ペーザロ)。

講演者はアンドレア・マルナーティという若い研究者で、ディ・セータ教授のもとで、このテーマで博士論文を書き、最近それをもとに著書 La Gran Scena nell'opera italiana (1790-1840) を出した。タイトルからわかるように、Gran Scena (グラン・シェーナ)というものが、いかにこの時期にイタリア・オペラで盛んに用いられ、ついで次第にあまり用いられなくなったかということで130以上の実例 を調べたという。
グラン・シェーナという言葉には2つの用法があって、うんとつづめて言えば彼はアリアの1つの特殊な形態をグラン・シェーナと呼んでいる。この形式を用いたのはロッシーニだけではなく、ドニゼッティやその師マイール、メルカダンテなど同時代の何十人もの人が用いているのだが、この日のレクチャー(洒落てConversazioneと題されているのだが、内容は極めて高度)では、ロッシーニの《タンクレディ》の’Dove sono io? (私はどこにいるのだ?)’を例にとって、説明がなされた。通常のアリアならレチタティーヴォがあってアリアとなるものが多いわけだが、グラン・シェーナの場合、長めのオケによるプレリュードがあり、シェーナがある(1)。カヴァティーナ(短めの歌)がある(2)ここでアリアに行かずにレチタティーヴォや合唱によって一種の中断・介入がある(3)そうしてアリアに入る(しかもこのタンクレディの例の場合、アリアの部分がさらに3部構成となる大掛かりなもの(4)。こうした4つの要素からなるひと続きの楽曲(拡大アリアとでも言えようか)をグラン・シェーナと呼んでいるわけだ。むろん、これには上記の4つの要素が少しずつ異なるヴァリエーションが存在する。
マルナーティの調査によれば、グラン・シェーナは圧倒的にオペラ・セリアで用いられており、
彼の調査した130以上の実例の中で、セミセリエが13、オペラ・コミコはわずか4例に過ぎない。
また、やや話が専門的になるが、この4つの要素が入れ替わるところでは韻律も変化する。つまりそれまで1行が11音節詩行だったものが、7音節や別の音節の詩行になったりするので音楽の表情だけでなく、リブレット上も変化がはっきりと生じているわけだ。ここからは筆者の感想。この言わば拡大アリアはアリアの表情がのっぺりと単調になってしまうことが避けられるのだと思う。しかしながら、変化の中に統率力がなければ、曲がバラバラになってしまう危険性もあるわけで、ここが作曲家の腕の見せ所と言えよう。
以前にも書いたことがあるが、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルは、オペラ上演をする興行という面を持っているが、それと同時に車の両輪のようにロッシーニに関する学術的研究が並行して行われて、生かされて、聴衆に還元されているところに大きな特色がある。上演も、必ず最新のクリティカル・エディション(批評校訂版)に基づいて演奏されている。ペーザロにあるロッシーニ財団がロッシーニのスコアの校訂版、リブレットの校訂版、書簡集、さらに年報(論文集)を出版して、世界のロッシーニ研究の推進力になっているわけである。
(訂正)
マルナーティ氏の著書は8月17日現在まだ購入することはできません。講演の際に本が示された(見本ずりの段階だったのかもしれません)ので勘違いしてしまいました。失礼しました。なおいつ、入手可能になるのかは、ロッシーニ財団の人の話では未定とのことです。

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《アディーナ》

ロッシーニのオペラ《アディーナ》を観た(ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)。一幕もののファルサで上演時間も約80分と短めである。

《アディーナ》の成立には不思議なところが多い。詳細はロッシーニ協会の水谷彰良氏よる綿密な作品解説・作品の成立・特色を見ていただくのが良い(この解説はデッラ・セータによるクリティカル・エディション及び彼の解説を踏まえたもので実に素晴らしい)が、かいつまんで言うと、作曲の依頼者が直接にではなく、第三者を介してロッシーニに作曲を依頼したらしい。ロッシーニはこのリスボンからの依頼にかなりの手抜きで応え、9曲のうちオリジナルは4曲で、旧作《シジスモンド》からの転用が3曲、何人かいる協力者の手になる曲も2曲あるという。
そのせいか、作曲が完成してから初演まで8年が経過しており、それも異例のことだ。
そういった事情で評価は高くないし、上演されることも稀なオペラだ。
が、今回、直前にメルカダンテを聞いていたせいか、メルカダンテにロッシーニ的要素があるなあと何度も思って聞いていたのだが、《アディーナ》を聞くと、まさにロッシーニの世界(当然といえば当然だが)と思った。
ストーリーは、カリフ(カリーフォ)の元にいてカリフから結婚を迫られているアディーナだが別に恋人がいて、最後には実はアディーナはカリフの娘だったことが判明しメデタシ、メデタシという話である。このリブレットはアルドブランディーニという男の手になるものなのだが、ここにもフェリーチェ・ロマーニのリブレットとの不思議な関係がある。アルドブランディーニがロマーニから影響を受けたらしいのだが、成立がロマーニのものの方が後なのだ。
舞台の演出は建物が大きなデコレーション・ケーキのような形でファンタジーに満ちたもの。ストーリの点からふさわしいと思う。
大傑作ではないかもしれないが、大いに楽しめた。メルカダンテはメルカダンテでチャーミングなところも多々あるのだが、ロッシーニはロッシーニで純度の高い音楽、と感じたことであった。(観劇の日程の関係上、特殊なバイアスのかかった感想で恐縮です)。

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《捨てられたディドーネ》

メルカダンテの《捨てられたディドーネ》をもう一度見た(インスブルック、州立劇場)。

ここはおそらく歌劇場ではないので、オーケストラピットが平土間に対し、浅くしか沈んでいない。平土間の席によっては指揮者の姿が丸見えである(僕にとっては指揮振りがわかるので好ましいが)。また観客席とピットの間は壁でなく、U字型の金属がいくつかさしてある感じで、演目によってこの空間はオケピではなくなるのだろう。そのせいか楽団員の出入りもピットの奥からではなく、観客席の通路を通ってであり、指揮者も平土間の横のドアから入ってくる。
 前回は桟敷の1階(平土間より高い位置にある)で、今回は平土間の6列目で聞いたのだが、オーケストラの響きはかなり違って聞こえる。全体がフォルテで演奏すると、平土間では楽器が固まって聞こえ、分離しにくい。まあ、これも気になるのは序曲の時だけで、ドラマが始まると舞台に近い方が舞台の動きの細かいところがよく見えるし、歌手も近いので別の良さがある。
 また、言うまでもないことだが、桟敷席ならカップルや家族で取る人も少なくないだろう。前回は4時開始で今回は7時開始ということもあるのか、地元の知人同士が挨拶を交わしている様子がより頻繁に見られたし、女性も少しドレスアップしている人が多かった気がする。といっても男性で一番多いのは、シャツ(ノーネクタイ)で上着、というスタイル。たまに、ネクタイをしている人もいる。タキシード類のかしこまったものは皆無である。
 指揮者も、黒いシャツとズボンだが、明らかに礼服のズボンというようなものではない。夏ということもあるのか、通常もこうなのかは判別できないが、服装のカジュアル化は進んでいると思う。もっとも女性によってはワンピースのドレス的要素が千差万別で、一口にくくるのは問題があるかもしれない。
  前回と今回で演出が異なっているのに驚いた。前回は途中からヤルバ(ムーアの王)が途中から上着を脱いで情欲を象徴するかのようなくねくねした踊りを踊りながら歌っていたのだが、今回はかなり最後までフロック風の上着を着ていた。また、最後の場面、ディドーネの妹は椅子に座るのではなく、よろよろと起き上がってまたすぐに倒れてしまい幕となるのだった。
幕切れの違いは、かなり作品の解釈の違いに関わってくると思うので、こんなにすぐに変えてしまうのかという驚きを禁じえなかった。
 善意に解釈すれば、作品の意味を不断に追求しているのだということになろうし、悪意に解釈すれば、作品とじっくりと向き合った上での解釈ではないからコロコロと変わるのではないか、ということになろう。難しいところだ。
 

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2018年8月14日 (火)

《ミサ・クリオッラ》

インスブルック音楽祭で《ミサ・クリオッラ》を聴いた(イェズイット教会)。

ペルーやボリビアの18世紀や17世紀の宗教音楽(作曲者不明のもの)とCodex Martinez Companonや Codex Zuola からのもの、1959年生まれのエドアルド・エゲスによるもの、そして最後にアリエル・ラミレス(1921−2010)のミサ・クリオッラ(1963)。
南米におけるカルミナ・ブラーナ的なものといえば良いのだろうか。南米の民族音楽及びその楽器とヨーロッパの教会音楽の混交。実に不思議な音楽であった。
途中にアカペラの曲が1つあって、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア(イタリアの北部)合唱団の声が壮麗に響いた。教会の音響は、音響的には今更ではあるが、アカペラにふさわしいのを痛感した。反響音・ 残響音が長いので、楽器で早いパッセージにはあまり向かないわけだ。
 このところ、バロック音楽に沈潜している時間が長いせいか、対位法的な要素がないと音楽的に物足りなくなっているのを感じ、苦笑を禁じえなかった。
 しかし会場は大いに盛り上がり、拍手に包まれていた。

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ランチ・コンサート

インスブルック音楽祭のランチ・コンサートを聴いた(インスブルック)。

今回の滞在で聞く曲目の中ではこのコンサートが一番古楽らしいものが揃っている。
ダリオ・カステッロ(ー1630)のソナタ7、8番。
G.B.フォンターナ(1571−1630)。
ビアジョ・マリーニ(1594−1663)。
モンテヴェルディ。
ジョヴァンニ・ピッキ(1572−1643)。
生没年からわかるように、モンテヴェルディの同時代人及び少し後輩にあたる人たちだ。
当然といえば当然だが、著名な作曲家や文学者が出る時に、1人だけ彗星のごとく現れることは稀で、その同時代や前後に多くの同業者がいるものだ。
音楽祭の良いところ、あるいはよく考えられたプログラムの良いところは
既知の作曲家(あるいは曲)と多くの人にとって未知の作曲家(あるいは曲)を
結びつけて、聞くものの音楽世界を一回り広げてくれることだ。
このコンサートの奏者は3人で、チェンバロとリコーダーとドゥルツィアン(ファゴットの前身)。
ドゥルツィアンは小さめのものに持ち替えることもあった。
リコーダーがビルギット・ピルヒャー。チェンバロがマルコ・ヴィンチェンツィ。ドゥルツィアンが
パオロ・トニョン。
2人で演奏する曲もあったがほとんどは3人での演奏。
演奏会場は、王宮公園のパヴィリオンで入場は無料。パヴィリオン自体が開け放たれた空間なので、建物の中に椅子がならべられているが、近くにいれば音楽が聞こえてきたことだろう。
無料なので市民に開かれているわけだが、内容は凝ったものなので、時間前に立ち見まで出ることに驚きを感じた。
ドゥルツィアンを生で聴いたのは初めてだったが、飄々として味わいに富む。リコーダーの澄み切った音色とは対照的であり、チェンバロと3者が組むと、単調に陥らずに音楽の表情に変化があり、大いに楽しめた。

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2018年8月13日 (月)

メルカダンテ《捨てられたディドーネ》その2

このオペラの会場はインスブルックの歴史的旧市街から100メートルほど行ったところにあり便利で、歩いてやってくる人がほとんどのように見えた。小規模な街の良さである。

さて、オペラに話を戻すと、男声合唱が思いがけずたびたび活躍するので、なるほどやはりロッシーニのオペラ・セリアに似ているし、ヴェルディの《ナブッコ》が登場するまで20年弱なのだと思ったり。メタスタジオが18世紀前半にリブレットを書いてから、メルカダンテの初演までに、約100年が経過して、音楽のスタイルも変わったし、フランス革命を経て、民衆をどう捉えるかも変わったということが、このオペラにも反映されていると言って良いのだろう。
作曲家やリブレッティスタだけでなく、この日の指揮者アレッサンドロ・デ・マルキもさらにその延長上で考えているらしく、上演後のカーテンコールで2度ほど歌手たちが1人ずつ拍手を浴びたあとオケが演奏を始め、男性合唱が歌ったのである!オペラにもアンコールあるのか!
同じ曲をもう一度歌うビスは経験したことがあるが、カーテンコールに入ってからのは初めてでビックリ。なじみのない曲だからこれもオーケーと思うが、わざわざ合唱曲というのが興味深くもあった。主要登場人物が歌うコンチェルタートではない。
舞台というか演出は、やたらと回転する舞台だった。時代は第二次大戦前の北アフリカがヨーロッパの植民地だった時代なのかと思われた。
兵隊達は石炭だか何かを採掘しているようで採掘物をぐるぐる回るドラムに入れていた。
今回の上演はメルカダンテとトットラのスコアにさらに手を入れて編集しているようで最終場面が違う。この日の上演ではイアルバがディドーネに迫ると、ディドーネは隠し持った刃物でイアルバを刺し、ディドーネも刺されて相打ち、二人とも死んでしまう。女王の椅子に妹のセレーネが座って幕。
第二幕の開始部分もこの日の上演では、客席の間から兵隊たちが登場し、男性合唱を聞かせるのだがトットラのリブレットにそのような場面は見当たらない。
演出家と指揮者が話し合って?決めたのだろうか。
ディドーネ:ヴィクトリア・ミシュクナイテ(発音に自信はない)
エネア:カトリン・ヴントザム
ヤルバ:カルロ・ヴィンチェンツォ・アッレマーノ
オスミーダ:ピエトロ・ディ・ビアンコ
アラスペ:ディエゴ・ゴドイ
セレーネ:エミリエ・レナール
ディドーネは声は通るがアジリタなど様式的な部分はまあまあ。エネアは
それと対照的で、声は大きくはないのだが、様式感は良い。カーテンコールでの
拍手はディドーネがタイトルロールであったにもかかわらず、エネアにも随分の拍手が
贈られた。オケは一部ピリオド楽器を使用していたと思う。管楽器(金管も木管も)の表情で
味わいが違うことを実感した。当たり前だがオケも技量が高い方が満足度は高いし、指揮者がここぞと思うところで緊張感を高めたり、リラックスしたりの幅も広がる。
今日の上演、全体としては大いに満足であった。

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メルカダンテ《捨てられたディドーネ》その1

メルカダンテ作曲の《捨てられたディドー》を見た(インスブルック、古楽音楽祭)。

 

冬のオリンピックの開催地とて名のみ知っていたが、今回初めて来るので地理を確かめるとザルツブルクからイタリアへ抜ける道筋にあり、交通の要所だ。モーツァルト父子やゲーテが泊まった宿がある。僕のホテルはモーツァルト父子の泊まった宿で率直に嬉しい。

 

ここはチロルなのだが、ハプスブルク家の歴代の人物がいろいろな形で街の発展に関わっている。

 

日本から来て翌日なので時差はきつい。日曜日のせいか、午後4時に開演、7時に終演で助かったがそれでも日本時間にすれば、午後11時から夜中の2時ということになる。カフェイン剤やエスプレッソの助けを借りるのだがそれでも何度か眠気が襲ってくる。

 

メルカダンテの曲は概ねロッシーニのオペラ・セリアを想起させる曲想があちこちにあり、テンポがゆったりしたところではベッリーニ風に歌ったり、さらにまたドニゼッティを思い起させるところもある。いずれにせよ初めて見る・聞くオペラなのであるが、ベルカント・オペラに慣れ親しんでいれば、すぐに耳に馴染む音・メロディーの世界である。

 

ちなみにパーセル作曲のオペラは《ディドー(ダイドー)とエネアス》でリブレットを書いたのはネイアム・テイトで大筋は似ているにせよ、リブレットが英語であるし、別の登場人物ベリンダや魔女的存在が出てくる。別作品である。

 

メルカダンテの《捨てられたディドーネ》は、メタスタジオのリブレットがまずあって、それに何十人もの人が作曲した、その一連のオペラの終わりの方の1作。メタスタジオに最初に曲をつけたのはドメニコ・サッロで1724年(ナポリ)だが、同年ローマではドメニコ・スカルラッティが作曲し、同年ヴェネツィアではアルビノーニが曲をつけている。1726年にはレオナルド・ヴィンチが作曲し、ロンドンではヘンデルが1736年に作曲している。メルカダンテのものは1823年トリノ初演なので99年が経過しているわけだ。さらに、リブレットはメタスタジオのものをそのままではなく、Andrea Leone Tottola が手を入れたものを用いている。 トットラは生まれた年も場所もわからないのだが、ある時からナポリでバルバイアの元で働いており、ロッシーニの《モーゼ》、《湖上の美人》、《エルミオーネ》、《ゼルミーラ》のリブレットを書き、ついでドニゼッティのリブレットも書いている。


トットラとメタスタジオのリブレットの違いは細かく見れば色々あるだろうが、最も目立つのは合唱の有無だ。第一幕の冒頭、メタスタジオではエネアがセレーネ(ディドーネの妹)に、カルタゴを去らねばならぬ理由を説明するところ。トットラ版では、合唱がいきなり登場する。男声合唱団はカルタゴの兵隊であったり、トロイの兵であったり、ムーアの兵であったりと、いろんな役割で、しかもしばしば登場する。今回の演出でも、主要登場人物が歌でレチタティーヴォで会話している際も、兵たちが目立たぬところで作業を続ける様子を見せていた。



 

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2018年8月 7日 (火)

『ヘンデルが駆け抜けた時代』

三ヶ尻正著『ヘンデルが駆け抜けた時代ー政治・外交・音楽ビジネス』(春秋社)を読んだ。大変興味深い本だ。興味深いでは足りず、衝撃的とも言える本で、人によってはヘンデルに対する見方ががらっと変わるかもしれない。 


評者の場合は、ヘンデル協会での三ヶ尻氏のレクチャーを数回聴いたことがあり、また、ヘンデル協会主催のオペラ講演会を観て、彼の主張のあらましというか、方向性をすでに知っていたため、衝撃というのとは異なるが、あらためてインパクトを感じる本であった。

著者の主張はきわめて明快で、

1.ヘンデルのオペラはすべて政治がらみである。その時の政治問題を、寓意的に論じているわけだが、観客はそれを敏感に感じ取ってオペラを享受していた

2.ヘンデルのイタリアでの修行時代は、スペイン継承戦争でオーストリアにつくかフランスにつくかがイタリア半島の諸国の抱えた問題で、ヘンデルはオラトリオであれ、オペラであれ、こちらにつくべきだという主張をストーリーに盛り込んでいる

3.イギリスに渡ってからは、ジョージ1世(周知の如くドイツのハノーファーから来た)が正統な王なのか、それとも先代の王家に血縁的には近い人達こそが正統な王となるべきなのか(ジャコバイト派の主張)が大きな政治問題だったが、ヘンデルは現王家を正統とするオペラも、ジャコバイト的オペラも両方作っており、今で言えば電通のような広告会社的にイベントを企画・製作する作曲家だったのだ。

 

三ヶ尻氏が言うようにオペラはそもそも王族・貴族が自分の子供の結婚祝賀のために製作を依頼するなど、政治・外交と切り離せないイベントだった。その政治性は、形を変えながらも脈々と続いたというわけだ。

 

作品を1つ1つ切り離して、いわば唯美主義的に作品を独立した存在として捉えると見えてこない構図があるものだと強く感じる。

 

個々のオペラの解釈について、どの人物がどの国を表象しているかなどは、別の解釈が可能な場合もあるかもしれない。しかし、そもそもこういう政治的なコンテクストと作品を重ねて見る見方が、当時は当然だったのだという点を徹底しているところに三ヶ尻氏の主張の一貫性がある。

《メサイア》は初演はダブリンでロンドンではなく、歌詞を書いたジェニングズはジャコバイト派なのだが、その連関についても本書では明快に述べられている。

曲の政治的意味の解釈については先に述べたとおり、三ヶ尻氏の解釈と異なる解釈が可能な場合もあるだろうし、どうしてそう解釈するのかについては当時の政治情勢を含めさらに詳細な記述がほしいところもあるが、そうなると183ページというコンパクトなサイズではなく数百ページの大部なものとなるだろう。そういうものを書いて欲しいと強く思った。

ヘンデルのオペラを考える際にパラダイムの転換を迫る本であった。

 

 

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