ルスティオーニ・マスタークラス その1
指揮者のダニエーレ・ルスティオーニのマスタークラスを聴いた(新百合ヶ丘・テアトロ・ジーリオ・ショウワ)。
ルスティオーニ(敬称略・以下同様) はペーザロで《ブルスキーノ》を観て以来、真に傑出した指揮者だと直感し、バッティストーニと並んでこれからのイタリアのオペラ界は指揮者に関しては大い希望が持てると思い当ブログに書いたし、その考えは日本で《マダム・バタフライ》と《トスカ》を観て確信に変わった。
今回のマスタークラスを見て、聴いて、ルスティオーニの才能に唖然・呆然とした。徹底的にプロフェッショナルなのである。レッスンを受ける歌手たちは、カルメン・サントーロ(彼女はペーザロやレコード録音なのでルスティオーニのサポートをしていた)がオーディションしレッスンをつけている。だから、すっと聞けば皆きちんと歌えている。
今回のマスタークラスでは二重唱が4つと九重唱が選ばれている。
まず、1.ドニゼッティの《愛の妙薬》からネモリーノとベルコーレの二重唱。ネモリーノは工藤翔陽、ベルコーレは市川宥一郎。二人がピアノ伴奏で歌っている間、ルスティオーニはまったく楽譜を見る様子がなく、会場を眺め回したりしているので、どういうつもりなのかと訝しく思っていたが、レッスンが始まって謎はとけた。彼はこのオペラの楽譜、歌詞がすっかり頭にはいっているのである。ペーザロで《ブルスキーノ氏》の上演の際にも、彼が歌手と共に歌ったり、歌いはじめのキューを歌詞を口を大きく開けて示しているのを何度も目撃した。実際、レッスンの最中にも、歌手の歌詞の覚え違い perde を preda と言ったのを聞き逃さなかった。無論、彼がイタリア人であるから歌詞が覚えやすいということは考慮するにしても、彼の場合は、単に歌詞を暗記しているというのではなく、このフレーズはこういう意味だからこういうニュアンスを持って歌われるべきということまでセットになって(おそらくはそれがスコアともセットになって)頭にはいっているようだ。
さらに驚くべきなのは、彼はフレーズをどう歌うべきかを実際に実に巧みに歌ってみせるのである。君が歌ったのはこんな感じだけど、ここをこうしてこういう風に歌ったほうがいいというのを歌いわけてみせるのだ。だから指示はきわめて具体的でわかりやすい。リズムの刻み方に関してもそうだ。彼は、流れるように甘くいくところと、カッチリとあるいはギクシャクするくらいにリズムの刻みを目立たせるところを峻別する。それによって、音楽の表情の変化が明確になる。そこにテンポの変化も付け加わる。ここはちょっとアッチェレランドして、しかし終わりのところは急ぎすぎないで、っといった具合だ。
ネモリーノとベルコーレに関しては、2人のキャラクターの区別を強調していた。また、ベルコーレの場面で符点音符のところで、ベルコーレは軍人なのだから軍隊調を出して符点を強調して歌うように指導し、なるほどと思った。たしかにベルコーレはきざったらしい男だが軍人なのであるからそのキャラクターは音楽的にも書き込まれているはずでそれは歌の中で表現すべきことなのだった。
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