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2018年6月 4日 (月)

ルスティオーニ・マスタークラス その2

ルスティオーニ・マスタークラスの続きだが、2曲めはメルカダンテの《フランチェスカ・ダ・リミニ》のフランチェスカとパオロの二重唱。フランチェスカは中井奈穂(敬称略、以下同様)、パオロは杉山沙織。この曲はメルカダンテが作曲してそのまま演奏されることなく眠っていたものを2016年に世界初演されたもので、脇園彩がパオロを歌いブルーレイも発売されたのでご覧になったかたも少なくないかと思う。

ルスティオーニも初演のことはもちろん知っていて、この曲を選んだことを勇気ある選択と述べていた。たしかにメルカダンテの曲は上品と言えば上品なのだが、ベッリーニのある種の曲と同様に劇的盛り上がりを作りにくいのである。ルスティオーニもそのことを指摘し、まず長く伸ばす音でディミニュエンドにして客の注意を惹き付けるようにと指示し、曲の後半ではアッチェレランドを指示する箇所があり、リズムの刻みを強調するようにとも言っていた。マルカートだがレガート、レガートだが音を区切ってはっきりさせるという微妙な感じを歌いながら教えていた。こうすることで、すべてがなめらかだが真っ平らな感じではなく、緩急と微妙な起伏のある情景に変化した。メルカダンテの場合、なじみの薄い作曲家なだけに様式感をつかむのも容易ではないということだと思う。
3曲めはロッシーニの《ブルスキーノ氏》のソフィアとガウデンツィオの二重唱。ソフィアが來崎寛未、ガウデンツィオが市川宥一郎。この曲はルスティオーニは知り尽くしておりお手の物であるはずだが、このあたりから彼は時間を気にしだす。このマスタークラスの企画は素晴らしいもので、来てよかったと思うが、唯一の難点(ないものねだりだが)は時間が足りないということだった。チケット代金が上がっても、諸般の事情が許すのであれば、倍くらいの時間が欲しかった感じだ。ここではレチタティーヴォでmの音をはっきり出すようにという注意があった。ルスティオーニによれば、l, m, n は呪われた音、つまり厄介な子音で、歌手本人は正確に出しているつもりでも観客に届きにくい、伝わりにくい音なのだ。だから場合によっては強調して発音する必要がある。この指摘は鋭いもので、イタリア人の観客と話すと、単語が聞き取れない、聞き取りにくい歌手に対しては大変に厳しい評価がくだされるのが常である。
声楽の先生は母音を大事にせよと教えるだろうが、子音も大事だとルスティオーニ。オペラは音楽劇であり、劇として言葉(レチタティーヴォであれ、アリアであれ)が伝わらねばならないという観点からは子音をはっきり出さねばならないのだ。
4番目はヴェルディの《ファルスタッフ》のアリーチェとファルスタッフの二重唱。アリーチェは石岡幸恵、ファルスタッフは程音聡(中国出身の研究生)。この曲はルスティオーニお気に入りの一曲とのこと。ここでは指導はファルスタッフが中心で、フレーズのおしまいでeeee となったときに、一音一音区切って歌うことと、sottile, sottile の二重子音を明確にし、かつリズムをはずませることの注意があった。
最後は《ファルスタッフ》1幕2場の9重唱で、ルスティオーニは指揮者なしで良く歌ったねと感心し呆れていたが、たまには指揮者が必要だということがわかって安心したというジョークもあった。アリーチェの石岡の発声はしっかりしており褒められていたが、一箇所、フレーズの頭からフォルテで歌っていたが、その部分オケはクレッシェンドなので、歌もクレッシェンドさせて歌うようにという指示があった。
締めくくりに司会者から歌手をめざす人へのアドバイスを求められ、声のコントロール、レパートリーのコントロール、自分が本当に信頼できる人をいつも持っているように(声楽教師やマネージメントのことかと思われる)と言っていた。
彼が歌手を指導するときには、どこをどう直すべきかを理由も示し、こう歌うのだと歌ってみせ、ピアノ、フォルテを示すために背をかがめたり立ち上がったり指揮をしてみせる。セラフィンやグイの時代、大指揮者がピアノを弾きつつ歌手に稽古をつけている写真を見るが、こういうことを(細部は異なるにもせよ)やっていたのだなと思った次第である。
大変に充実した時間で、時間があっという間に経過した。もっと時間があればよかったのに。。。とはいえ、この企画に感謝、ルスティオーニに感謝である。

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