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2018年2月28日 (水)

《アルチーナ》その2

ヘンデルのオペラ《アルチーナ》を観た(カールスルーエ)。

今回は前から2列目で指揮者のすぐ斜め後ろという感じ。ピットがあまり深くないので、演奏者の動きや視線まで見える。筆者は指揮者やオーケストラの演奏が気になるたちなので、この日はかなり贅沢に、指揮者とオケ団員の動きが観察でき、それがいかに音楽に反映されているかを如実に知ることができて幸せだった。この演奏に限ったことではないが、カールスルーエでのヘンデルの演奏会ではPAがなく、純粋に古楽器の音色を心ゆくまで堪能できるのも大きな美点である。大都市の大劇場では叶わぬ贅沢である。
この位置になるとテオルボ、リュートやチェンバロの音は一層よく聞き取れる。周知のように、弦楽器が複数で鳴らした場合、チェンバロの音はやや小さく、テオルボやリュートは一層小さい。しかし、ニュアンスに富んだ音であり、古楽器の合奏であると一味違うと思う。
ヘンデルのオーケストレーションは《アルチーナ》では実に多彩であり、かつドラマの進行していく中で登場人物の置かれた状況や感情を雄弁に物語るものとなっている。多くの楽器が鳴っている時もあれば、同じアリアの中でヴァイオリンのソロが出てくる場面があったり、また別のアリアでは、曲の途中でチェロとテオルボ、チェンバロといった通奏低音グループだけになったりする。それが実演で聴いているとその変化が実に効果的なのである。ヘンデルを聴いているとダ・カーポ・アリアには無限の可能性があると思える。それはつまり、俳句や和歌が5・7・5や5・7・5・7・7を原則としながら無限の可能性があるのにも通じるかもしれない。
また、指揮者シュペリングは、楽員への指示が実に音楽的に納得のいくもので、彼の手にかかると、歌の伴奏で同じ音型が繰り返されるところでもそれが音楽的に聞こえるし、音型が変わるとニュアンスが変わることにまた新たな音楽的喜びを見出す。つまり、彼の指揮とそれに応えるヘンデル・ゾリステンの演奏からはヘンデルの音楽の持つ変幻自在の表情の豊かさが音楽的喜びをもって次から次へと開示されるのである。筆者は、何種類かのDVD、CDでこの曲を何度も聞いているのだが、音楽的なニュアンスを教えられることが多く、発見の喜びに満ちている演奏だ。
細かい点では、チェロの第一奏者は通奏低音の場面で柱となることが多いが、彼は要所要所で指揮者を見る。シュペリングはオケ全体が鳴っている時に、すごく細かく指揮をする時もあれば、流れに任せる時もあって、オケ全体が呼吸するような指揮でとても好ましい。オケも乗ってきて、自然に頭や体の揺れが楽員間で揃っていることがままあり、こちらも心がスイングする。
面白かったのは、テオルボの奏者は指揮を見ることもあれば、チェンバロ(とオルガンを弾き分ける)奏者と目で合図しながら、打音点を合わせていることもしばしばあったことだ。
今回は、歌手はアルチーナ役のレイラ・クレアがとても良かった。過剰でなく感情を込め、声が実によく響いていた。モルガーナ役のクバスークルックも同様。二人の魔女が声の存在感では他を圧倒していた。
オロンテのテノールも歌のスタイル、発声、イタリア語の発音ともに良かったが、オロンテにはあまりいいアリアがないのが残念だった。
ブラダマンテには強力なここぞというアリアがあって(例えば第一幕の嫉妬のアリア)オケも雄弁に盛り上げてくれるのだが、マッツカートは、歌の姿は整っていて好ましいのだが、そういう場面でのパンチの効いた声量がない。
メリッソのニコラス・ブラウンリーは反対に、声量は溢れるほどあるのだが、リズム感や歌のスタイルにおいて優雅さに欠けるのだった。
オベルト(父を探す少年)のカリーナ・シュミーガは各要素バランス良く、文句はない。
忘れてはいけない、カウンターテナーのデイヴィッド・ハンセン(ルッジェーロ役)。彼には強力なアリアがいくつもある。第三幕の虎のアリア(ヒルカニアの岩穴に怒りに燃えたメス虎がいる。。。というアレゴリカルなアリア)はオケがここではホルンも加わり最も演奏者の数も多く、テオルボも弾き振りがバンジョーのようになってアタック音を激しく聞かせるところだが、ハンセンも輝かしい高音を張り上げ、炎の点いた剣を振りかざして熱演だった。ハンセンの良いところは、音楽的なライン(単に息継ぎの問題ではなく)が長く、曲の流れが見通せる歌い振りであることだ。残念なのはイタリア語の発音が悪く、言葉がほとんど聞き取れない(たまに聞き取れる程度)ことだ。
オケと指揮があまりに素晴らしいので、歌手に求める水準もついつい高くなってしまう。
こんなに批判的なことも書いてしまったが、筆者の満足度は極度に高く、こんな演奏・上演には数年に一度遭遇すれば幸運だと思えるほどであった。感謝。感謝。

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