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2017年9月 2日 (土)

《ルクレツィア・ボルジア》

ドニゼッティ作曲のオペラ《ルクレツィア・ボルジア》を演奏会形式で聞いた(ザルツブルク、祝祭大劇場)。

演奏自体は大変充実したものだったので、せめてセミステージで最小限の装置と衣装付きであればと思わずにはいられなかった。
なんども毒殺とか解毒剤とかが出てきたり、反ボルジアの集団が全部ドアを閉めて逃げ出せぬようにするなど、舞台効果のありそうな場面には事欠かない。
ここからはプログラムに掲載されたフランチェスコ・イッツォ氏の解説を適宜要約していく。リブレット(台本)はフェリーチェ・ロマーニによるもの。原作はユゴーなので、ついヴェルディの《リゴレット》と比較したくなるわけだが、リゴレットの原作『王はお楽しみ』の初演がコメディ・フランセーズで1832年11月、ヴェルディの《リゴレット》は1851年初演。それに対し、ユゴーの『リュクレース・ボルジア』の初演がポルト・サン・マルタン劇場で1 833年2月2日、それから1年経たぬうちにフェリーチェ・ロマーニとガエターノ・ドニゼッティは1833年の12月26日にミラノでカーニバルシーズンの幕開けでの初演に間に合わせた。
フェリーチェ・ロマーニがフランスの劇場で上演される作品に注目していたのは確かだが、この作品の場合はどうもフランスのソプラノ歌手アンリエット・メリク=ラランドに促されたらしい。彼女は1820年代にベッリーニの作品を創唱(初演)し、ドラマティックな歌唱でスターになった。彼女はミラノ・スカラ座の1833・34年のオープニングを歌うことになっていたが、当初予定されていたメルカダンテの《サッフォー》がお気に召さなかったらしい。彼女は当時、影響力が強く、ギャラも作曲家の10倍近かったという。
ロマーニとドニゼッティは《愛の妙薬》と同じカップルだが、この時もロマーニがよりクラシコな趣味で、ドニゼッティがよりロマンティックな傾向を持っていた。ドニゼッティはより激しい愛の物語を求めていたが、ロマーニは検閲に引っかからないか気にかけているといった具合である。
 実際、この物語には当時の検閲に触れそうなところがあるのだ。ルクレツィア・
ボルジアには隠し子がいて、幼い時にナポリの漁師に里子に出した。それがジェンナーロという若者なのだが、母子と知らずに出会って二人は恋に落ちる。
 ジェンナーロの友人、仲間たちは、ボルジアに親族を殺されたりして恨み骨髄である。ルクレツィアは、侮辱された仕返しにジェンナーロの友人たちを一網打尽に毒殺しようとするが、あろうことかジェンナーロもそこに加わっていた。ユゴーの原作では死にゆくジェンナーロがルクレツィアを殺したらしい。しかしロマーニはその部分を修正した。死にかけたジェンナーロがルクレツィアを殺そうとすると、ルクレツィアが私はあなたの母であなたもボルジアなのよと明かす。ジェンナーロは死に、ルクレツィアは彼の死体の上にくずおれる
 母殺しは王殺しと並んで検閲に引っかかるであろう。また、ルクレツィアは領主の妻でもあるからその点でも反逆の要素が強く、なかなかすんなりとはいかなそうな内容である(その分、今見ると面白いとも言えるのだが)。
 音楽は《ルチア》に似ている。ただし、ジェンナーロの友人たちが歌う場面がかなりあって彼らの重唱、合唱団の歌などなかなか重厚な響きを楽しめる。ジェンナーロのフローレスは様式感も歌唱も素晴らしい。ジェンナーロの友人オルシー二はズボン役でテレーサ・イェルヴォリーノがふくよかな声、すっきりとした歌唱スタイルでよかった。友人たちの中では、ガゼッラを歌ったバスのGleb Peryazev  に注目したい。声に張りがあり、体格も良く、リズム感も良く期待したい。タイトルロールのストヤノヴァはややロマンティックに過ぎると感じるところもあったが情感に溢れる歌を聴かせた。

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