《アリオダンテ》
ヘンデルの《アリオダンテ》を観た(ザルツブルク音楽際、モーツァルト・ホール)
タイトル・ロールはチェチリア・バルトリ。指揮はジャンルーカ・カプアーノで、彼はバルトリと《ノルマ》でもザルツブルクで共演している。ハッセ、ヘンデル、グルック、ヴィンチなど意欲的なレパートリーを持つ指揮者である。具体的には、テンポの速いところはものすごく速い、ゆったりしたところは歌手にお任せなのか、こんなにたっぷり歌わせていいのかしらと思わせるくらいゆっくり。全体はキビキビとメリハリの効いた指揮である。
この上演ではバレエがかなり重要な役割を果たす(それはヘンデルの意図した通り)のだがここはバレエ音楽なのだとはっきり分かる感じで打楽器、特にタンバリンが強調される。従来のCDなどではこれほど打楽器が強調されていないのだが目の前でバレエダンサーたちがステップを踏んでいると説得力がある。バレエはバロック調であり、ダンサーたちは宮廷人としてカツラを被っている時もあり、主人公たちの会話を立ち聞きしていたりとバレエ音楽の場面以外でも活躍する。
ストーリーは騎士アリオダンテ(バルトリ)と王女ジネーヴラ(キャスリン・リーウェク)が父王(ネイサン・バーグ)にも祝福され明日にも祝宴をあげようというところ、オールバニー公ポリネッソ(クリストフ・デュモー)が悪だくみを計画する。ポリネッソに恋する侍女ダリンダ(サンドリーヌ・ピオー)を言い含めて、彼女にジネーヴラの服を着せ、ポリネッソと逢いびきする様をアリオダンテに見せ、ジネーヴラがふしだらな女性と思い込ませる。アリオダンテはショックのあまり自殺しようとするが弟ルルカニオ(ロランド・ビラゾン)がくい止める。このルルカニオが一途にダリンダに恋をしているからややこしい(バロックオペラではこの程度のややこしさはありがちですが)。
以下詳細は略すがハッピーエンドになる。
このオペラの原作はアリオスト作の長篇物語詩『狂えるオルランド』(詩というより平家物語みたいなものをイメージしてもらった方がいいです)のエピソードなのだがアリオストのこの長篇詩が元になったバロックオペラは非常に多い。平家と歌舞伎の関係にも似ているかもしれない。それはさて置き、オルランドという名前にちなんでか、演出家は20世紀の小説『オルランド』(ヴァージニア・ウルフ作)をプログラムに引用している。ウルフのオルランドは16世紀から現在まで生きている不思議な詩人で、しかも途中で男性から女性に変身してしまう。今回の上演では一幕と三幕の前に原作にはないナレーションが入り、三幕では彼は彼女であるという意味のフレーズがある。バルトリ扮する騎士アリオダンテは最初は男性の騎士なのだが、二幕でジネーヴラに裏切られたところで彼女の服を身につけ、第三幕ではドレスを着て、胸の谷間をあらわにし、ヒゲも取ってしまうので見た目もすっかり女性になってしまう。これは原作にはない設定だが、面白いといえば面白い工夫だ。
歌はバルトリが圧巻で、装飾音と演技を掛け合わせて戯れ会場の笑いを誘うし、ほろっとさせる音楽(これがヘンデルはまた巧い)はじっくり聞かせる。スローなメロディーは第二幕のジネーヴラにもあるのだが、あまりにロマンティックに嫋嫋と歌われると他の場面との様式感が崩れる寸前でハラハラせずにはいられなかった。ルルカニオにもややその傾向が見られた。ダリンダはその点安心してアクロバティックな歌唱を楽しめた。ポリネッソも後半調子を上げた。
全体としては傑出した演奏だった。オーケストラはモナコ公音楽団というのかモナコのモンテカルロ歌劇場のためにバルトリの肝いりで2016年にできたバロックアンサンブルとのことで生きのいい、はずむリズムの音楽を聴かせてくれた。大満足です。時代の先端を行くのは、時代順的には逆行するのだが、バロックオペラかもしれないと再確認した一夜であった。
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