« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »

2017年4月23日 (日)

『バッハ・古楽・チェローアンナー・ビルスマは語る』その4

まだまだ続くがこれで最後です。

ビルスマはボウイングの重要性を説いた上で(そのこと自体は弦楽器を演奏する人にとっては当然のことかもしれないが)、バッハのチェロ無伴奏曲集について綿密な考察を加える。
考察は決して観念的ではなく、演奏に即している。
まずはボウイングの原則11か条が提示される。
さらに、ここがこの本の白眉かもしれないが、この曲集のアンナ・マグダレーナ(バッハの二番目の妻)による自筆稿の読み解き方が示される。従来、アンナの自筆稿には写し間違いが多いとされていたが、ビルスマは異なった観点から高く評価している。
バッハは同じフレーズを何度も繰り返すことがしばしばあるのだが、そこでアンナの楽譜ではスラーがかかっている箇所が異なるのだ。それはわざわざそうしているというのがビルスマの解釈である。
それには、歴史的前提があって、イタリアとフランスではボウイングの流儀が異なっていた。イタリアではかなり自由で創意工夫にとむボウイングを各名人が繰り広げていたが、フランスではオーケストラの演奏が揃うことを主眼にがっちりとしたボウイングの規則を作っていた。
バッハはイタリア式のボウイングに通じていたというのだ。それを元に、ビルスマは、バッハは同じフレーズを繰り返す時に、異なるボウイングで弾くよう求めていたはずだと考える。その考えがアンナの自筆稿に反映されているというのだ。ボウイングやスラーに関しては評者は全くの素人であり、その当否を云々する資格はないのだが、それを断った上であえて言えば、自分たちに理解できない楽譜の書き方をアンナのミスのせいだとして来たこれまでの学説には再考の余地があると思えてくるのだった。ビルスマのバッハそしてアンナ・マグダレーナへの素朴な愛情が、読者にも伝染するのかもしれない。
バッハの無伴奏はただCDを聞いていても充実しているが、ビルスマの解説を読みながら、あるいは読んでから聞くとさらに色々な可能性に気がつき、違った聞こえ方をするようになるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『バッハ・古楽・チェローアンナー・ビルスマは語る』その3

まだ続きです。

現代のチェロとバロックチェロは何が違うのだろうか?
ビルスマによると、「ふつうの寸法のチェロはね、ストラディヴァリが1710年頃に開発したんだ。それまでのチェロは、。。。一回り大きくて『バセット』と呼ばれていた。『ヴィオローネ』と呼ばれることもあったらしい」
アメリカのスミソニアン博物館にあるセルヴェと呼ばれるストラディヴァリウスもこの一回り大きなチェロだ(1701年に製作)。こういう古いタイプの大型チェロはほとんどが改造されてしまいオリジナルの大きさをとどめているのは極めて稀であるとのこと。
楽譜屋に関する話も興味深い。
1960年代に付加価値税が導入されると、2年経過したことには
中古楽譜屋が消えてしまった。付加価値税に伴う煩雑な事務手続きに
たえられなかったらしい。
バロックチェロからモダンチェロの変化についてはかなり詳しく叙述されている。
エンドピンの付加。
スティール弦の採用。
トゥルト・モデルの弓の登場。
ピッチの上昇。
演奏法としては
ヴィブラートの使用
開放弦の使用を避けること
弓の返しを聞こえないようにすること。
がある。
ガット弦はスティール弦よりも切れやすい。だから
演奏がより慎重になるし、ボウイングの技術を
必要とする。
渡邊(敬称略)によれば、チェンバロも同様でチェンバロの弦を
はじく爪(プレクトラム)には鳥の羽軸(クイル)が使われていたが
現代はプラスティックの爪がほとんどで
学生に彼の楽器を弾かせるとすぐに爪を壊してしまうという。
バッハ時代と現代では弓も変化した。
バッハの時代は木材が堅く、毛は緩いものだった。
現代は毛をピンと張る代わり木材は弾力性のあるものになっている。
ボウイングについても詳しい。
ダウン(弓元から弓先)とアップ(弓先から弓元へ)があり、
ダウンは開始で重く、重い音から柔らかい音へとデクレッシェンドする。
アップの場合は柔らかい音で、次第に大きな音になって行く。
つまり、一定の音量で、均一に弾くものではない。
それが現代の弦楽器は、弓の返しがなるべく目立たないようにして
音も均質に弾くことが良いとされている。
古楽器やピリオド楽器を聴き慣れてくると気がつく違いが
どこから来ているのか実によくわかるのだが、こういった具体的説明が
まだまだある(オクターブや3度で共振するか、ほとんどしないか、など)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『バッハ・古楽・チェローアンナー・ビルスマは語る』その2

続きです。

こうして、ブリュッヘン、レオンハルト、ビルスマのトリオが結成された。レオンハルトがリーダー格だったが、どうしても納得がいかないとあえて指示を無視した。するとレオンハルトは「そう、それが僕のやってほしかったことだよ!」
レオンハルトはセンスもよく知識も豊富だったが、ベートヴェンやロマン派の音楽は嫌いだった。この点は後にはロマン派も指揮したブリュッヘンと好対照である。
この当時ビルスマは17世紀イタリア・チェロ音楽が大好きだった。3人で行う演奏会でビルスマはしばしばドメニコ・ガブリエッリやヤッキーニを選んだのだが、ブリュッヘンとレオンハルトは嫌いで「また、そういう曲やるの?つまんないよ」と言われたとのこと。ここで爆笑してしまったのだが、それは僕が以前にビルスマの17世紀チェロ音楽のCDを買って何度か聞いたことがあるからだ。その時には、まさにブリュッヘンやレオンハルトと同じであんまり面白くないなあと思ったのだった。しかし今回聞き直してみると案外面白いのである。おそらくは評者(私)が近年バロックオペラを熱心に聞くようになり、最も日常的に聞く音楽が19世紀から18世紀にシフトしたことと関係するのかもしれない。つまり、音楽的感性は、変わりうるのだ、当然といえば当然だが。時代によって音楽語法が変遷するので、自分が親しんでいる時代から遠い音楽は、耳馴染みがない(いわゆる現代音楽は最大の例外で、同時代なのに多くの聴衆にとって耳に馴染んでいないという状況があるわけだが)。しかしある時代の音楽を集中的に聞き込めば、その前後の時代の音楽は聴きやすくなる。
レオンハルトは、ビルスマがガブリエッレなどを弾いているときに、ほんの数分なのに椅子をガタガタさせたり、咳をして演奏の邪魔をしたという。
まあ、こうしたエピソードが次々に語られる。
夫人(ヴァイオリニストのフェラ・ベッツ)との出会いもアイロニーに満ちている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『バッハ・古楽・チェローアンナー・ビルスマは語る』その1

アンナー・ビルスマ、渡邊順生著、加藤拓未編・訳『バッハ・古楽・チェロ〜〜アンナー・ブルスマは語る』(アルテス・パブリッシング、3800円)を読んだ。愉快な楽しさと、引き込まれるような興味深い話に満ちた本だった。

オリジナル楽器の名手ビルスマ(敬称略、以下同様)とチェンバロ奏者渡邊の対談がメインなのだが、ビルスマという人は話しぶりが、実に豪放磊落、構えず思ったことを率直に、しかもユーモアを交えて語る人なので、こちらもその場に居合わせたかのように声をあげて笑うこと1度ならずあった。

ビルスマは、学校秀才の反対で、むしろ先生の言うことを聞かず退学にもなって、夜間学校に通ったりしている。そう言う気質が彼にはずっと生きている、息づいている。音楽学校の教師が、通説を教えようとしても、彼は疑問を持てば、通説に従わず疑問を持ち続ける。

彼は音楽院卒業後、ネーデルランド歌劇場管弦楽団にチェリストとして就職。そこでもしょっちゅう遅刻し、『ローエングリン』上演の時など、劇場に行って見たら誰もいない、その日の公演はいつものアムステルダムではなくてユトレヒトだった!

翌年カザルスコンクールで優勝するが、チェリストを続けるかどうか悩む。そこへフランス・ブリュッヘンから電話がかかり、グスタフ・レオンハルトとも知り合う。

ビルスマはその後、オランダの名門コンセルトヘボウ管弦楽団に入団するが3年で辞めてしまう。その理由がふるっていて、ずっと「12人」や「18人」で同じ音を弾いているのは苦痛だから。

彼の好きな指揮者はフルトヴェングラー。フルトヴェングラーがコンセルトヘボウの指揮者だったらコンセルトヘボウの指揮者だったら彼はコンセルトヘボウを辞めなかったろうと。当時のドイツ人指揮者はオットー・クレンペラーだったと言うからちょっと驚き。しかもビルスマは、クレンペラーの指揮するベートーヴェンの交響曲は「つまんなくてね」。

他にはブーレーズはフランスものは良かったが、彼の振るシューベルトは何がやりたいのか今もさっぱりわからない、とのこと。

ビルスマがバロックチェロを弾き始めたのは1960年代半ばで、モダンチェロでブリュッヘンのリコーダと合わせるといつもピアニッシモで弾かねばならなかったが、バロックチェロでは普通に弾けるようになったと言う話もモダン楽器とピリオド楽器の音量の違いを考える上でなるほど納得のエピソード。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月 8日 (土)

『名曲の真相』

佐伯茂樹著『名曲の真相』(アカデミア・ミュージック、1800円)を読んでいる。

この本は副題に「管楽器で読み解く音楽の素顔」とあるように、管楽器からみた各時代の名曲の姿を解説したものである。
そのうち評者は、バロック・オペラ及び古楽器に関心を持ちつつ読んだ。フルートのところでは著者は、バロック時代にはなぜベーム式のトーンホールのメカニズムを持たないか(つまりモダン楽器では転調や半音が楽に出せる)に関して、バロック時代には「調性ごとに異なるキャラクターを持つ」という「調性格論」というものがあったからだとする。バロック時代のフルートで演奏した場合、半音はクロスフィンガリングやフォークフィンガリングで穴をふさぐのでくぐもった音が多くなる。ニ長調やト長調は明るくなり、変ホ長調はこもった音の暗い色調となるのを踏まえてバッハらは調性を選択していたというわけだ。
バッハの時代のトランペットの解説も興味深い。低いところでは自然倍音だからドとソしか出ないのだが、クラリーノ音域と言われる高音域になると音階らしきものが演奏できるようになり、その部分を活用した。
楽器の格式の話もまた面白い。トランペットは古くから格が高く、例えばクラリネットは庶民的な出自で、パリの宮廷ではなかなか使用されなかったなど。
通奏低音に関しては、通奏低音を担当する楽器はチェンバロ、チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、テオルボ(リュートの大きいやつ)など色々あるが、その共通点は最低音がCだということ(細かい例外は本書にあたってください)。
古典派時代に起こったホルンという楽器の変化、変革も実に興味深い。
古楽器・ピリオド楽器からモダン楽器への変化は、 概ね転調の多い楽曲の演奏に関して、便利で演奏しやすくなるのだが、そこで失われるものが皆無なわけではなく、その最大のものは音色であろうと古楽器・ピリオド楽器をしばしば聞くようになると思う。本書はバロックから20世紀まで扱っているので、興味のある部分から読み進めれば良いのかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月 4日 (火)

『ラフカディオ・ハーン』

工藤美代子著『ラフカディオ・ハーン』(NHKライブラリー)を読んだ。奥付を見ると1995年の出版である。

放送が元になっているせいか、平明な文章でスラスラ読めた。分量の制約もあるので、個々の章でここはもっと知りたいという点も出てくるが、詳しいことが知りたくなったら、例えば工藤氏の書いたハーンの伝記(3巻本である)を読めば良いのだろう。
この本はバランス良く、ハーンの生い立ち(ギリシア人の母、アイルランド人の父)、アメリカ時代、マルチニークでの転機、日本(14年間)を描いている。著者によれば、ハーンには漂白の魂というべきものがあって、一箇所にとどまっていることはできない。アメリカでもシンシナティでジャーナリストとしてデビューするが、そこで黒人女性と結婚し、その結婚が破綻してニューオリンズに行く。
若き日のハーンは、とりわけ人間関係において不器用で、周りと軋轢を起こしてしまう。強烈な自負心と他者の評価にギャップがありすぎたのも一因。
アメリカ時代に知り合ったエリザベス・ビスランドという女性ジャーナリストとの淡い恋愛感情や文通も興味深いし、日本に来てからも松江、熊本、神戸、東京と移り住んでいる。ただし、日本では松江で小泉せつという良き伴侶をえて、子供及び使用人も連れての引っ越しとなる。経済的にも恵まれたものとなり、何よりハーンは日本文化に共感し、全体として幸せな晩年であったことがわかる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »