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2017年3月20日 (月)

寺西肇著『古楽再入門』

寺西肇著『古楽再入門』(春秋社、2800円)を読んでいる。

個人的に、ここ数年来、バロックオペラを熱心に観たり、聴いたりするようになって、その時のオーケストラは古楽器が比較的多く、しかし時にはモダン楽器のこともあって、自分の中の感性の何かが変わった気がする。
1980年代にアーノンクールやピノックやホグウッドをCDで聞いた時は器楽曲中心で、バロックの演奏法も昔と変わったし、音の感じもシャカシャカ軽いなあという受け止めであった。
しかし、バロックオペラを聴き出して、まずは歌手の唱法がヴェルディ、プッチーニを歌う人たちの典型的な歌い方と、ヘンデルやヴィヴァルディの歌う人たちの典型的な歌い方では異なることに気がつく。無論、中にはレパートリーが広い人もいて、両方歌っている歌手もいるわけだが、概ね住み分けがあって、一方のレパートリーに他方を専門とする人が混じっていると違和感を生じる場合もある。カウンターテナーでバロックレパートリーをメインとする歌手にヴェルディ、プッチーニを歌う女性歌手が唱法を調整しないで混じった場合には、様式感が合わない。歌舞伎に新劇の役者がたとえ衣装だけ身につけても溶け込めないのと同様だ。
やがて声だけでなく、楽器の音の響き方やフレージングの違いも気になってくる。古楽器やピリオド楽器とモダン楽器が違うというのは昔から知っていたのだが、細かいところは判らない。例えば、ストラディバリウスは何百年も前に製作されたのだから古楽器なのになんでモダン楽器として演奏されているのか?この本はそんな疑問に明快に答えてくれる。ヴァイオリンはバロック時代と現代ではネック(棹)の角度が浅く、魂柱は華奢にできている。それは演奏会場が貴族の館などであり、聴衆の数は少なく、大音量が必要とされていなかったからだ。また、標準ピッチも低かった。それが時代が下るにつれて、ガット弦に遅い銀線が巻かれ(知らなかった!)ついにはスチール弦も使われるようになった。大きな弦の張力に耐えられるように本体も改造された。ストラディヴァリやグァルネリも大抵の場合、改造されて表いたと裏板が別の楽器のものになってしまったケースもあるとのこと。
さらにはバロックヴァイオリンといっても地域差があって、バッハ時代のライプツィヒはネックの角度が浅いが、ヴィヴァルディ時代のヴェネツィアのピエタ修道院で使われていた楽器はネックの角度がモダン楽器と大差がなかったというのだ。
このほか弦に関してガット(羊の腸)弦では、地域によって羊が食する資料や生育環境の違いで腸の品質に影響し、音が変わるという。
弓についての記述も極めて興味深い。単に聞いているだけでもモダン楽器の奏者は均質さを重視し、どこで弓がかえったかわからないような弾き方をするが、バロックではダウンボウでは重みがかかり多く圧がかかり、アップボウでは解放されて軽くなり、両者の対比が明確、呼吸するようなフレージングとなる。
モダン楽器は、音の均質さを追求していることがわかりやすいのはピアノだろう。鍵盤楽器の中でもそれまでは撥弦楽器だったのに、打楽器的性格になってしまったわけで、これは楽器だけの問題ではなく、西洋近代というのが目指した方向性を象徴的に現れていると思う。
本書はもちろん、ヴァイオリン系列とヴィオラ系列の違いも明快に説明してくれるし、フォルテピアノやチェンバロについての話もある。
最初に楽器についての章を紹介したが、実は第1章はメンデルスゾーン以降の古楽復興の歴史であり、第2章は概ね20世紀以降の各国での古楽復興に際して活躍した人・団体の紹介である。
それぞれの章に「読む・聞く・観る」という参考文献・ディスクのコーナーが註釈つきであるのも大変親切だ。

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