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2017年1月26日 (木)

『近代ヨーロッパとキリスト教 カトリシズムの社会史』

『近代ヨーロッパとキリスト教  カトリシズムの社会史』(勁草書房、4500円)を読んでいる。

編者が中野智世、前田更子、渡邊千秋、尾崎修治(敬称略)の4人。この本は、序で中野氏が書いているように、日本では、西欧近代というと宗教の役割は大きく後退したと思いがちであるが、実際に各国でどのように機能したのかを、極めて具体的な事例に即して論述した本である。
特にカトリック信仰が中心に据えられている。つまり、日本では、プロテスタンティズムの誕生とともに、カトリック教会やカトリシズムへの関心が薄れてしまいがちなのだ。
最近の研究では、カトリシズムをナショナル・アイデンティティーを妨げる敵とみなす見方は19世紀的なものであるという見直しが進んでいるとのこと。
つまりカトリックと近代の関わりは無視できないほど重要なのだ。
例えば第1章、前田更子氏の「神のいる学校 19世紀フランスにおける女性教師の養成」では
○1880年代に一連の政策で公教育が世俗化されるまで、宗教的雰囲気に満ちていた
○3共和制以前は、公立校でも「道徳・宗教」は初等学校の筆頭科目で公教要理に加え、聖史や聖歌を習った。
○フランス革命期に閉鎖に追い込まれた女性修道会を復活させたのはナポレオンである。
○1800〜20年にフランスでは二十の女子修道会が認可されている。1820年〜60年には年平均6団体というペースで女子修道会の認可ラッシュが起こる
こういった具体的なデータに基づき公教育の教員のなり手は女子修道会出身者出会ったことが明らかにされるし、またそれは何故だったかが論じられる。
第7章、尾崎修治氏の「世紀転換期ドイツの赤い司祭 H.ブラウンスとカトリック労働運動」では、第一次大戦後のヴァイマル共和国では、労働者の保護、生活保障、権利の拡大が実施されたが、その時の労働大臣ハインリヒ・ブラウンスはカトリックの司祭だった!彼は8年に渡って社会保障制度の確立に取り組んだのである。
 その背景には、ドイツの西部の工業地帯では、工場労働者を支援する赤い司祭が誕生したこと。その誕生の理由として、工場労働者が信仰を喪失するのではという危機感があったことなどが説明される。つまり労働運動を牽引したのは社会民主党だけではなく、カトリック労働運動もあったということなのだ。
 本の中ではブラウンスの生い立ちから丁寧に説き明かされている。
第10章、村上信一郎氏の「マフィアとカトリック 犯罪と悔悛」も興味深い。20世紀半ばのマフィアの活動の性質の変化、1980年代まではカトリック教会の高位聖職者がマフィアの実態を把握しておらず、シチリア的心性と捉えていたことなどが語られる。
 マフィアの基本的な性格が説明され、マフィアのボスが信心深いことが数々の具体例を伴って明らかにされる。シチリアの司祭がマフィアに対する強い指導力を発揮できなかった理由の1つとして村上氏はスペイン・ブルボン朝支配下のシチリア王国やナポリ王国の教会制度をあげている。イタリア語で chiesa ricettizia と呼ばれるが適当な訳語がなく、氏は在地世襲聖職者任命権を受託された教会としており、その本質は私有教会で、地域の有力家族や地域共同体が教会を建立する一方、その家族ないし共同体が司祭の地位を世襲するものだった。
 ここにとりあげたのは、ほんの一部にすぎないが近代以降の西欧社会とカトリック教会・信仰との関係を、さまざまなトピックをとりあげて論じた本であり、貴重な視座を与えてくれるものと思う。

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2017年1月23日 (月)

《ヴェルディのプリマ・ドンナたち》

小畑恒夫著《ヴェルディのプリマ・ドンナたち》(水曜社、3200円)を読んでいる。小畑氏はすでにヴェルディの伝記も書いておられるし、訳書で《評伝ヴェルディ》もあり、また、日本ヴェルディ協会の会報には、もう何年にもわたってヴェルディの手紙を紹介する論考を執筆中である。

今回の《ヴェルディのプリマ・ドンナたち》は、ある意味では、ヴェルディのオペラ全作品の解説集なのだ。改作ものは別として、全26作品が時代順に1章ずつ紹介されている。各作品の紹介は3つのパートからなっている。
1.ヒロインからみたあらすじ紹介。通常のあらすじ紹介とちょっと視点をずらして、厳密にではないが、概ね女主人公の立場からのあらすじになっている。
2.第二のパートでは、作品の背景や原作や、ポイントとなるアリア、二重唱が歌詞つきで紹介される。歌詞は通常のアリアの紹介では冒頭の一行ということが多いが、この本では、6行とか8行とか時には10行以上に渡って日本語訳の歌詞(つまりはリブレットの一部)が数カ所引用され、その見所、聴きどころが、ドラマの展開上の役割と音楽的にどんなことが生じているかが、明快に説明される。
 例えば、《イル・トロヴァトーレ》のレオノーラの「これを信じるべきなの?信じてもいいの。(中略)。。。あなたは天国から下りていらっしゃったの?それとも私が天国のあなたのそばにいるの?」に対し、「レオノーラの口からはひと言ずつ確かめるように言葉が漏れ、やがてそれは躍動するフレーズになり、ついには最後の2行で大きな跳躍をを伴う力づよいメロディへ発展する。レオノーラのこの歌から始まる5重唱は、形式としては『大きな驚きの後に来る静止した重唱」の系譜を引くが。。。」といった具合である。
3。第三のパートは、初演の時ヒロインのパートを歌った(創唱した)女性歌手についてだ。彼女がどんな履歴を持っているのか、ヴェルディとどういう関わりがあり、ヴェルディはその歌手のどんな特質を評価していたのか、などなど。
3つのパートから作品を立体的に捉えることが出来る構成となっているが、作品の勘どころの解説は音楽とストーリー展開がどう絡むのかを実に的確に教えてくれる。
ちなみにヴェルディのオペラ全作品の解説本は、永竹由幸氏によるものと、高崎保男氏によるものがある。ヴェルディの演奏を様々な歌手、様々な指揮者で楽しむのと同様に、ヴェルディのオペラを3者3様の解説で楽しむことをおすすめしたい。
 
 

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