ジャパン・オルフェオ
《ジャパン・オルフェオ》を観た(池袋・東京芸術劇場)。
これは不思議な作品である。モンテヴェルディのオペラ《オルフェオ》が本体なのだが、途中のところどころに雅楽や日本舞踊や能楽が挿入される。通常のオペラでこの類のことをやったならキッチュな感じはまぬがれないだろうが、このオペラではかなりの説得力を持っていたと思う。
というのも《オルフェオ》は、妻エウリディーチェが死んだのを嘆き悲しんだオルフェオが冥府を訪ねていく物語であるからだ。この世とあの世の中間地帯に行くときに雅楽が出てくるとこれまでの地上の音楽とがらっと変わるわけだが、この場合は地上の世界から異界(冥府)に赴く中間段階を表すしているのでまさに異界への入り口という説得力を持ちうるのだ。
日本舞踊や能役者の存在も同様で、通常の西洋的な人物の隣に着物姿の人物が出てきたら相当に違和感があると思うが、異界に赴いた人物として、あるいはバッコスの巫女としてならばそもそも通常の人物とは異なるわけだから、受け入れられるのだ。
歌手はオルフェオがバリトンのヴィットリオ・プラート。エウリディーチェは阿部早希子。音楽、希望はジェンマ・ベルタニョッリ。《オルフェオ》には登場人物として音楽や希望といったイデア的な人物が登場するのである。カロンテおよびプルトーネはウーゴ・グァリアルド。使者およびプロセスピナは、フランチェスカ・ロンバルディ・マッズッリで、女性陣は実に見事であった。ないものねだりだが、彼女らのような女性歌手が《エリオガバロ》においても歌ってくれたならと思わずにはいられなかった。
オルフェオは結局、冥府からの帰り道に振り向いてエウリディーチェを見てしまったために地上に一人寂しく帰ってくるのだが、ギリシア神話では彼は巫女たちに引き裂かれ死ぬ。オルフェオのリブレットにもそうあるのだが、その最後の部分にはモンテヴェルディは曲をつけていない。今回はそこに沼尻竜典氏が曲を付して女性合唱(アカペラ)で演奏された。これも興味深い試みであった。
アーロン・カルペネ指揮のオケも少人数だがレベルが高く、音楽的満足度の高い上演だった。休憩後から皇后様御来席であった。
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