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2016年8月21日 (日)

《ラインの黄金》

ヴァーグナーのオペラ《ラインの黄金》を観た(バイロイト祝祭歌劇場)。

《ラインの黄金》はニーベルングの指環という長い長いオペラの序である。序だけで2時間半もあるのだから、通常のオペラの一作分である。
今回の演出は同じプロダクションの4年目であるらしい。昨年までは指揮者がペトレンコであったのが今年からヤノフスキーになった。ヤノフスキーは日本でもヴァーグナーを振った人である。
テンポがキビキビとしていて、もたつくところがない。今回、感心したのは、この祝祭劇場の響きである。ヴァーグナーのオーケストレーションが柔らかく響く。どれだけ強奏になっても、金管が炸裂する場面になっても、耳に痛くない。どこまでも心地よい音なのだ。それと直接聞こえる人の声のバランスが絶妙である。今まで、ヴァーグナーのこの劇場の良さを理解できなかったが、実際に音を聞いてみて、考えが大きく変わった。
今回の演出は、カストルフによるもので、賛否両論が激しい。演奏後にも、ブーイングとブラボーが交錯していた。
演出に関する予習はせずに観たところでは、舞台がアメリカのホテル(モーテル)になっており、金塊をギャングのボスが奪いあう。女神たちはボスの妻や愛人に見える。ローゲはヴォータンというギャングのボスの参謀でとてもズル賢い。
出てくる人物は、いわばロクでもない人物ばかりなのだが、この演出は案外気に入った。1つには、僕自身がヴァーグナー作品には神々といえどロクでもない人物ばかり出てくるなあと前から思っていたからだからだが、気に入ったのにはもう1つ理由がある。
舞台の上にかなり大きいスクリーンがあって、最初は舞台で起こっていることを部分を拡大して写している感じだったのだが、だんだんと今歌っていない人がどういう状況にいるか、悪だくみをしているか、あるいは過去の情景などが映る。観客としては、今眼前で歌っている人も気になるし、画面も気になる。スクリーンによって、ここのキャラクターの裏面や側面も理解できるシステムになっていた。
また、細かいことだが、巨人族の兄弟が一人は普通のメークでもう一人は髭面を越して顔下半分がノリをつけたように真っ黒だったのも良い。同じようなメークでは区別がつかなくなるからだ。大胆な読み替え演出なのだが、ストーリーの展開はこうして(少なくとも僕には)納得がいった。
後から調べてみると、演出家は石油利権のことなどを考えていたらしい。まあ、そういう意図があってもよいが、その意図は観客に自明とは言えなかったと思う。モーテルの裏側はガソリンスタンドになっていたので、石油と関わりはあるけれども。
最初にも書いたが、劇場の音響が素晴らしいので、アリア的でない通常退屈に聞こえるレチタティーヴォ的な部分が気にならないというか冗長に聞こえなかった。指揮の運びの良さもあるが、オケと声のバランスの良さも大いに効果を上げていると思ったし、舞台での動きとスクリーンに気をとられるのも、レチタティーヴォ的なところで退屈しないためには良いのかもしれない。むろん、こんな演出では音楽に集中できないという不満を持つ方がいるのもよく理解できるが。
 さらに言えば、ヴェルディでは読み替え演出は感心しないことが多いのだが、ヴァーグナーの指環はもともとが神話で登場人物も神だったり地底人?だったりリアリティーはなく、寓意的である。寓意的なものの方が、一般的に言えば、読み替え演出には向いていると思う。
 

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