« カッチーニ作曲《エウリディーチェ》 | トップページ | イェスティン・デイヴィス、マスタークラス »

2016年2月 3日 (水)

イェスティン・デイヴィス、マスタークラス

カウンター・テナーのイェスティン・デイヴィスのマスタークラスを聴いた。マスタークラスというのは要するに公開レッスンである(武蔵野市市民文化会館小ホール)。

小ホールとはいえ、正面にはパイプオルガンが据え付けられ、客席の両側は大理石で堂々たるものだ。
生徒役は、2人いて、両者とも若手のカウンター・テナー。 最初に歌ったのは新田壮人さん。国立音大修士の2年である。ヘンデルのオペラ 《ロデリンダ》(HWV19)からベルタリードのレチタティーヴォ「死の空虚な壮麗さよ(Pompe vane di morte)」と続くアリア「愛しい人よ、あなたはどこへ(Dove sei, amato bene)」を歌った。ピアノ伴奏は伊藤眞祐子さん。新田さんの歌は、声量もあるし、きれいな声で、叙情的な表情づけもある。
この歌は《ロデリンダ》の第1幕6場で比較的始まって間も無い頃に出てくる。ロデリンダというのは王妃で、ここで歌うのはベルタリードという彼女の夫。本来は王で、ロデリンダの夫だったのだが、戦いに敗れ、逃走し、死んだと考えられていた。身をやつしてベルタリードは帰国する。すると、驚いたことに、自分の死を告げるモニュメントを発見するというのがこの場面。デーヴィスは新田さんのアリアの歌唱を褒めた上で、まずレチタティーヴォがどういう場面であるかを彼と聴衆に説明する。そしてレチタティーヴォ「死の空虚な壮麗さよ」に入る前のピアノ伴奏(本来、小編成のオケ)を解析し、堂々たる伴奏は、ベルタリードが大きなモニュメント(そこには自分が死んだことが書かれている)に気づき、見上げる様子を表出しており、もう一つの可憐なメロディーは妻ロデリンダを慕う感情が出ているという。そこから第一声の「死の空虚な壮麗さよ」が来るわけだ。だから、デイヴィスは、Pompe vane di morte の部分は朗々と歌うのではなくて、驚いて、とくに最後の死(morte)は吐き捨てるように、語るように発声したほうがよいというアドバイス。
読者もここでうっすらお気づきかもしれないが、18世紀やそれ以前の文学では、最初にかなり抽象的な表現で言っておいて、だんだん具体的な話になる、ああそういうことか、となるパターンがある。ここもそうで、いきなり「死の空虚な壮麗さ」と言われても理解しにくいが、堂々としたモニュメントに反発している、そういう状況を仕草、顔の表情、発声の仕方で聴衆にわからせる必要性を強調していた。
この場面ではまず驚いて、その後、墓碑の文章を読み上げ、そのあとでアリアになって、妻ロデリンダに君はどこにいるんだい?と切々とうったえるわけだ。デイヴィスはレチタティーヴォでも、アリアにおいても、手を動かすことは最小限に(先述の観客の理解を助けるために必要な場合は別として)するよう求めていた。ヴェルディやプッチーニではないとも。
また、自分の墓碑銘を読むところも、歌うように朗々とではなく、淡々と(つまり今、初めてベルタリードは読むわけだから)読むようにレチターレしなさいと言っていた。
アリアの出だしは前のところと気分・感情が変化するので一呼吸おいて、と。
新田さんは熱をこめてまず最初の単語のDove をドーーーーーーヴェと長く歌っていたが、もっと短くでよいと。全体にデイヴィスのアドバイスは、バロック的な過剰さ(音楽的にもジェスチャーも)を抑制し、むしろ知的で、すっきりとした表現を求めていた。たしかに、そのほうがヘンデルの音楽はよく伝わる。
デイヴィスも熱がこもってくると、通訳の方を待たずにどんどん喋ってしまうのだが、歌の場合は、こんな風にと本人が歌いながら(ソット・ヴォーチェでですが)言っているので大体はわかるのだった。
アリアは、ヘンデルの通例でダ・カーポアリアなのだが、ABA’でA'のときに装飾音符を付加するが、デイヴィスはどういう気持ちで付加するかを考えろと言う。つまり二回目だから装飾するというだけでは不十分で、気持ちが高ぶっているのか、情熱を表現したいのか、それとも諦めの気分なのかによって、つけるべき装飾音がかわってくる、あるいは歌い方が変わってくるからである。なるほど。
オペラを演じるときに、リブレットをきちんと読み込み、このレチタティーヴォがどういう状況で言われるのか、またそのセリフの進展のなかで、これこれのジェスチャーは必要といった具合にきわめて知的な読解作業が行われたうえで、情感がこめられるという納得のいくレッスンでした(続く)。

|

« カッチーニ作曲《エウリディーチェ》 | トップページ | イェスティン・デイヴィス、マスタークラス »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144339/63157442

この記事へのトラックバック一覧です: イェスティン・デイヴィス、マスタークラス:

« カッチーニ作曲《エウリディーチェ》 | トップページ | イェスティン・デイヴィス、マスタークラス »