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2016年2月 3日 (水)

イェスティン・デイヴィス、マスタークラス

デイヴィスのマスター・クラスの続きです。

実際のレッスンでも新田さんのあと休憩が入った。
後半の生徒は村松稔之さん。ピアノ伴奏は伊藤明子さん。こちらはカンタータの「心はときめく(Mi palpita il cor)」(HWV132c)。レチタティーヴォ、アリア、レチタティーヴォ、アリアという構成。2つのアリアは歌詞もメロディーも別。
このカンタータのレチタティーヴォはレチティーヴォといっても相当にメロディー的でなおかつアジリタ(コロラトゥーラ)の部分まである。新田さんの場合もそうだったが、まず最初は通して全曲を歌った。アジリタの部分をとりあげ、今はのどのところで音程をコントロールしているが、それだと10年後には喉を痛める可能性が高い。そうならないために、まず、その早いフレーズを練習の時にはゆっくり歌ってお腹でコントロールする。横隔膜をうまく使う。横隔膜は力をいれっぱなしでなく柔軟にする。練習の方法を具体的に示してくれた。まず全部スタッカートで。次に2音ずつレガートにして。つぎには3音ずつレガートで。つぎには付点をつけて。さらに付点の位置を逆にして。そして音と音の間をポルタメントをつけて音程を連続させて歌う。つまり同じフレーズをさまざまな方法で歌って、のどで音程をコントロールしなくても歌えるようにする。
別のところでは、フレーズの出だしで、直前に息を吸うのではなく、自然な呼吸で吐くときに歌い始めるようにと。たしかにそのほうが自然に聞こえる。
村松さんも O Nume (ああ神よ)のところで、ヌーーーーーメーーと歌っているのをもっと短くてよいと言われていた。デイヴィスは誇張的な表現は最小限にという方針なのだ。
また、村松さんが他の歌手の録音を聞いたか?と尋ね、ジャルスキーとショルを聞いたと答えると、ジャルスキーはいい歌手だけど、彼のように音程を揺らすと、彼の真似、影響を受けているとすぐわかる、君らしさが大事だと。ショルに関してはのどで音程を調整するかしないかの指摘があった。
また、歌詞をメロディーをつけずに朗読する練習もあった。内容に即して歌うための練習である。
アジリタでアアアアアアアと歌っている場合でもなんという単語の途中であるのか、たとえばティランノ(暴君)のラがのびてアアアと言っている場合、その暴君という思いをこめて歌うべきて気楽にアアアと歌ってはいけないとの指摘。
2番目のアリアは、もしつれないあの人が僕のことを好きになってくれるなら、今ぼくが抱えている苦悩は去って、心は満足だ、というような内容の歌詞。このアリアは小節のあたまに8分休符があり、ンタタタというリズムになるのだが、ンの部分の休符をくっきり出すように、つまり歌い手の切迫した衝動が伝わるようにと言っていた。たしかにリズムをくっきりすると、音楽の表情が立つのだった。
誤解はないと思うが新田さんも村松さんも最初聞いた時点では十分上手に聞こえたのであり、デイヴィスも歌唱の美しさをほめたうえで様々な注意、アドバイスを与えている。ここでは注意をうけた点を詳しく書いているので、決して彼らの歌唱が問題点だらけだったと言いたいのではない。デイヴィスの指摘をうけると、たしかにその通りで、そこを修正をくわえると場面がいきいきとしてくる。立体的になる。せっかくの美声をさらに活かすためのアドバイスである。また、解釈でも、デイヴィスは場所によっては、ここは大きくわーと歌ってもいいし、自分の内面的に語りかけるように歌っても良いと、チョイスを与える場面もあった。決して、自分の一方的解釈を押し付けているのではなかった。場所によって、こうなるのが自然という場所と、選択肢がある箇所があるわけである。
とても有意義な公開レッスンだった。司会者の話では、デイヴィスのほうからもちかけた話であったようだ。

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