《アルタセルセ》
東京音大の公開講座で、中川さつき氏のレクチャー、「《アルタセルセ》と十八世紀ローマの劇場」を聞いた(10月28日)。
中川さんの話は、とてもわかりやすく比喩が卓抜で、例えばヘンデルのオペラはイギリスで上演されていたため、観客があまりリブレットを理解しないので、アリアを次々と歌う曲に仕上げたというときに三波春夫歌謡ショーみたいなものです、と言った表現が出てくるのである。うまいなあ。
我々は、というと語弊があるかもしれないが、少なくとも僕はつい最近までバロック・オペラやオペラ・セリアは面白くないものと決めつけていた傾向があったのだが、実際に聴いてみるとバロック・オペラは音楽的にもストーリー的にも面白いものが数多くある。
このレクチャーで取り上げられたのはウィーンの宮廷詩人メタスタジオであり、彼の書いたリブレットに作曲された《アルタセルセ》である。メタスタジオのリブレットの常としてこのリブレットにも多くの作曲家が曲をつけた。が、ここで特筆したいのはレオナルド・ヴィンチの《アルタセルセ》だ。個人的には、今年一番の音楽的出会いであった。《アルタセルセ》はDVDもCDも大変優れた演奏のものが出ており、レクチャーで説明があった通り、1730年当時のローマでは女性歌手が認められていなかったので、すべての登場人物がカウンターテノールとテノールによって歌われているのだ。つまり、歌舞伎に女形がいるように、このオペラでは王女や貴族の女性がカウンターテノールによって歌われている。
レオナルド・ヴィンチは、無論、あの有名な画家とは別人である。ヘンデルやヴィヴァルディと同時代に大活躍していたわけだが、僕は今年になって遅ればせながらはじめてそのオペラに親しんだ(残念ながらライブではなく、DVDとCDである)。CDでは《ウティカのカトーネ》もあるのだが、《アルタセルセ》が一層素晴らしく、この曲はオペラの歴史の中でも傑出した大傑作ではないかと僕は思う。講演の会場には中川さんだけでなく、《アルタセルセ》の上演をヨーロッパで実際にご覧になった方が複数いらして羨望の念を禁じえなかった。とはいえ、このレクチャーを契機にレオナルド・ヴィンチの《アルタセルセ》のDVD、CDを知ることができたのは大きな収穫だった。この演奏は、オケや指揮も素晴らしいが、カウンターテノールのフランコ・ファジョーリの歌が圧巻である。Youtubeでも見ることはできる(ただし字幕がない)。市販のDVDにも日本語字幕がないのは残念だが、ストーリーは比較的わかりやすく、演出も素直でストーリーを追うのにさほどの困難は感じないと思う。
レクチャーの中では、同じリブレットに対してヨハン・クリスチャン・バッハが作曲したアリアも紹介された。メタスタジオのリブレットに作曲されたオペラの魅力を解き明かしてくれ、レオナルド・ヴィンチとの出会いの契機をいただいた中川さんに深く感謝。
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