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2015年10月 8日 (木)

ペルゴレージ 《オリンピーアデ》

ペルゴレージ作曲のオペラ 《オリンピーアデ》を観た(紀尾井ホール)。

 オリンピーアデのリブレット(台本)を書いたのはメタスタジオである。この時代は、リブレッティスタ、とりわけメタスタジオはウィーンの宮廷詩人として君臨していたので、彼のリブレットに何十人もの作曲家が曲をつけた。

プログラムに山田高誌(敬称略、以下同様)が紹介しているが、このオペラはもともとはウィーンの皇帝カール6世がお妃の誕生日のために、メタスタジオにリブレットを書かせ、カルダーラが曲をつけ上演した(1733年8月)。しかし翌1734年には、ヴィヴァルディも作曲してヴェネツィアで上演し、さらにその翌年にはペルゴレージが曲を付してローマで上演している。

リブレットは同一で作曲家はさまざまなため、実は、歌詞にもヴァリエーションが出てくる。つまり、メタスタジオがここはアリアと指定したところに素直にアリアを書く作曲家もいれば、そうしない作曲家もいるし、アリアがないはずだったところにアリアを挿入してしまう場合もあるからだ。これは何もメタスタジオの時代に限ったことではなく、1つのリブレットに1人の作曲家が曲をつけるようになったプッチーニの場合でも、出来上がったリブレットのすべての台詞に曲をふしているとは限らず、数行とばしたりしている箇所はしばしば見受けられるのである。

ペルゴレージの頃のローマは教皇(庁)が支配する教皇国家であり、女性が歌うことは舞台でも教会でも禁じられていた。そのため、ペルゴレージの《オリンピーアデ》の初演では全員が男性歌手で、女性の役はカストラートが演じている。

この日の演奏では、彌勒忠史がカウンターテナーとしてアルカンドロを歌っていたが、王子たちは女性歌手が歌っている。《オリンピーアデ》は2組のカップルをめぐる話なのだが、古代ギリシアの話なので、オリンピアの競技会が絡んでくるのだ。

リーチダ(クレタの王子、澤畑恵美)とアルジェーネ(林美智子)がカップルなのだが、リーチダの父王が反対し、王はアルジェーネにメガークレと結婚せよと命じたため(この場面は劇中では間接的に説明されるだけ)それを拒み、羊飼いに身をやつす。オペラは、特に古い時代のオペラは牧歌劇と親和性が高く、羊飼い(男であれ女であれ)が登場することはままある。

ここで名前が出たメガークレ(向野由美子)はアテネの青年でアリステーア(幸田浩子)と恋仲だったのだが、アリステーアの父クリステーネ(吉田浩之)に反対される。クリステーネはオリンピック競技の優勝者に与えると宣言してしまう。

この二組のカップルは激しく交差する。劇中にその場面はないが、メガークレは追い剥ぎに教われたところをリーチダに救われたためリーチダが無二の友人であると同時に命の恩人であるのだ。ところが、あろうことか、リーチダは、アルジェーネと一緒になれないと思うと、オリンピック競技の賞品としてさしだされたアリステーアに一目惚れしてしまう。自分は競技が苦手なので、メガークレに代理で出場してくれと頼む。メガークレの苦悩は深い。友人で命の恩人の頼みは断れない。しかし、アリステーアは自分の恋人である。

こうして、友人への信義(fede)か恋人への愛かで悩む、きわめて高貴な物語が展開する。ここに登場する人物はみな言葉づかいも含めて高貴であり、美徳をそなえた人物である。ペルゴレージの音楽は、まことにそれにふさわしいノーブルなもの。たとえばリーチダが歌う Mentre dormi などシンプルなメロディで、オーケストラの伴奏も込み入ったものではないが、たとえばヘンデルの ombra mai fu に勝るとも劣らぬ名曲であると強く思う。

ペルゴレージの音楽は、しみじみとした旋律も美しいが、ところどころに不規則なリズムがまざってスイングするところも楽しい。はずむところは、はずむのだ。そういう意味では曲想に応じて、どれくらい軽く歌うか、あるいはテンポをどの程度ゆったりさせるか、それとも早めにかけぬけていくかは重要な選択となると思う。

この日の歌手は、みなイタリア語の発音も丁寧で正確で、立派であり、表情づけも豊かであったが、ここでは向野由美子のメガークレをとりあげたい。彼女の歌のスタイル、ノンレガートの歌唱は、ペルゴレージの音楽の様式にぴったり寄り添っていた。アジリタにおいても声の透明感が維持されていて、ラ・ヴェネクシアーナの《ポッペアの戴冠》で超絶的な技巧かつ透明な歌声でわれわれを魅惑したマメリを想起したほどだ。

演出は、ストーリーを理解しやすくする自然なもので、衣装の色で登場人物が区別しやすくなっていた。音楽やリブレットにふさわしく様式的な所作、動きも決まっていた。歌手たちは、歌として見事な歌唱を聴かせただけでなく、各人の演技・所作も高いレベルであって様式美を味わえる素晴らしい舞台だった。ペルゴレージの《オリンピーアデ》の上演場所として紀尾井ホールはうってつけのホールだったと思う。会場20年というが、もともとが高品質な建物で美しく響きもよい。パラディオを思わせる二本ずつの円柱もあしらわれていて木をふんだんに用いた小規模ホールでの上演はバロックオペラにまことにふさわしいと感じた。ぜひ、ペルゴレージの他のオペラ作品も観てみたいものだ。

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