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2015年10月12日 (月)

《フィガロの結婚》

モーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》を観た(新百合ケ丘、テアトロ・ジーリオ・ショウワ)。ご存知の方も多いかもしれないが、昭和音大の中にあるホールで、大学のホールとは思えないほど立派なもの。平土間の他に、二階席、三階席もある。関係者のお話では

イギリスのグラインドボーン劇場の人がきてほぼ同じくらいの大きさだと言ったそうだ。
昭和音大が主催しているので、オーケストラは昭和音大管弦楽団で、学部生や研究員、講師などで構成されている。チェンバロは星和代(敬称略、以下同様)。チェンバロは、音量的には目立たない存在であるが、レチタティーヴォ・セッコのところで表情づけを担当するわけで、単に和音をアルペッジョで弾くわけでなく星のチェンバロは実にチャーミングな表情を与えていたと思う。
僕が観たのは日曜日の公演でそちらは、昭和音大出身者と上海音楽学院出身者が混じった構成になっていた。この公演自体が昭和音大と上海音楽学院の交流プロジェクトであり、後から気がついたのだが、文化庁の「大学を活用した文化芸術推進事業」になっていた。これは何かというと、この公演の準備の過程で、アートマネジメント人材育成事業をやっているのだ。劇場、地方公共団体関係者などが、オペラ制作の過程を、舞台稽古や講座を通じて学ぶという実践である。だから、この上演に関わる昭和音大の学生や研究生や卒業生が学ぶだけでなく、劇場(公演)関係者がアートマネジメントを実践的に学ぶ機会となっているわけだ。
指揮はムーハイ・タンでこの人も上海音楽学院出身で、チューリヒ室内管弦楽団や中国国立交響楽団を振っている。この日のフィガロは非常にきびきびとしたテンポで、アリアからレチタティーヴォへの切り替えなどでもまったり休むことはなく、どんどんと進んでいく。そのおかげで第四幕まで聞き手も集中力を保つことができたように思う。《フィガロの結婚》は、非常にすぐれたリブレット(台本)、楽曲であることは今さらいうまでもないが、しいていうと、第一幕、第二幕、第三幕にくらべて、第四幕でだれることが多い、という印象がある。長めのオペラだからと言ってしまえばそれまでかもしれないが、それだけではないように思う。
1つには、ボーマルシェの原作の段階で、最後の森の幕は、1つ1つの場面が短く、場面数は多いという細切れ傾向がある。第2幕での騒動と異なり、登場人物が1つの部屋に集中せずに、暗い庭のあちこちを移動してしまうので話が集中しないのだ。しかし、それでも、モーツァルトのおそるべき技量によって、伯爵がフィガロをつかまえて成敗しようという場面とその直後に(スザンナに扮した)伯爵夫人がその正体を明らかにして登場するところ、そして許しの場面は、比類なき美しさをもった音楽なので、ここの前でだれてしまうのはもったいないところだ。当日の演奏では、運びが早め、早めなのでこの場まで一気に音楽が進んでいったのはよかった。学生主体の管弦楽団は苦労が見える(聞こえる)ところもあったけれども。
歌手はフィガロの王立夫、伯爵夫人の石岡幸恵がとくに印象的だった。王はフィガロのキャラクターを把握し、かつ伸びやかに歌いあげていた。石岡は、舞台上での立ち居振る舞いに伯爵夫人らしい気品があり、かつ歌唱も安定し、第三幕の「楽しかった時はどこへ」のアリアでは会場を魅了した。スザンナの中桐かなえと、立ち居振る舞いのコントラスト(伯爵夫人と侍女ということが衣装だけでなく、動きのなかにも表現されている)、声の表情のコントラストにもあって、それを二人での描きわけ方が秀逸だった。
モーツァルトは、伯爵や伯爵夫人の歌と、フィガロ、スザンナの歌は、明らかに書き分けている。もっと言えば、ダ・ポンテのリブレットのレベルでも当然言葉づかいが書き分けられているわけだ。それは、当然、歌としても、演技としても描きわけるのが望ましい(意図的に、階級差をぼかして演出しようという場合には話が別になってくるが、それはあくまで例外的事態である)。
マルコ・ガンディ−ニの演出は、おそらくこういった立ち居振る舞いにもおよんでいるのであろうが、舞台はすっきりとしていて、なおかつ品のよいもの。壁が降りてきて、部屋となり、奥が壁となっている場合と、奥の壁がなくなってヴェランダになったり、そとの風景が見えたりするといった具合になっていた。
すぐれた歌唱、演出のおかげで、モーツァルトの音楽の充実をこころゆくまで味わえた公演であった。

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