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2015年8月19日 (水)

《ダイドーとエネアス》

パーセルのオペラ《ダイドーとエネアス》を観た(ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ)。

コンサート形式であるが、簡単ながら衣装はつけているし、向かって左に木組みの櫓じみたものがあり、舞台の奥で最後の場面には、器に油があったらしく、それにベリンダが火をつけ、4つの炎が燃え上がり、そのなかでダイドーが Remenber me と嘆きの歌を歌うのは、きわめて効果的であった。
この上演では指揮者が単に指揮をするだけでなく作品を再構成しているようで、役柄のところにも、Konzept, Regie und musikalische Leitung と書かれている。トマス・ヘンゲルブロックである。
パーセルの原作にはないドイツ語による語り(レチタティーヴォではなく、内容は文学的だがナレーションである)が最初にかなり長く、おしまいにはやや短くはいる。この部分はヘンゲルブロックによるものと思われる。
パーセル本来の部分になると、バルタザール・ノイマン・アンサンブルは大変すぐれたバロック合奏団であることがわかる。この合奏団は1995年にヘンゲルブロックが創設したいわば手兵の楽団で、実に生き生きとパーセルが現代によみがえる。
ダイドーはケイト・リンゼイ。ビブラートはかかるが、声を無理やりはりあげず、しみいるような表現でダイドーの悲しみを歌った。エネアスはベネディクト・ネルソン。ベリンダはカティア・ステューバ。そのほかに魔女が3人。
今回の上演で、パーセルの作品は17世紀後半のものだが、実にダイナミックな響きを持っていること、下降音階による悲しみの表現は他の部分と実に調和していることがわかった。英語は相当にむつかしい。17世紀の英語は、われわれにとって決してやさしくはないが、これも取り組みがいのあるものと思った.
歌詞のほとんどで押韻し、詩の形を持っていることは言うまでもない。

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