« 2015年7月 | トップページ | 2015年10月 »

2015年8月20日 (木)

《トリドのイフィジェニア》

Hiresiphigenie_en_tauride_s_2015_10 グルック作曲のオペラ《トリドのイフィジェニー》を観た(ザルツブルク、モーツァルトハウス)。

原作は古代ギリシアのエウリピデスの戯曲。オペラは1779年にグルック作曲、ニコラ=フランソワ・ギヤールのリブレットで作られた。グルックはオペラ改革をやった人で、このオペラではレチタティーヴォがアコンパニャート(オーケストラの伴奏つき)となっており、バレエのシーンがほぼ無くなっている。
ストーリは幕があがる前までに起こったできごとを踏まえておく必要がある。トロイ戦争のあと勇将アガメムノンは妻クリタイムネストラに殺されてしまう。しかしクリタイムネストラは息子オレステに殺される。イフィジェニー(イフィゲニア)は父アガメムノンによって月の女神ディアナ(アルテミス)の生贄にされそうになるが、ぎりぎりのところでトリドに流され巫女となる。
幕があがるとイフィジェニーは家族の暗い悲劇を夢にみてうなされている。しかしこの島では難破した人間を神の生贄として殺すことになっている。そこへ2人のギリシア人が難破してやってくる。住民は生贄にするよう求める。しかしこの2人はオレストとその友人ピラデスであったのだ。
第二幕ではオレストとピラデスは囚われの身。そこへイフィジェニーがやってきて、二人は姉弟とは知らぬものの似た人があるものだと思う。イフィジェニーは故郷の様子をオレステに尋ね、オレステは父母の惨劇を伝えオレステも死んだという。イフィジェニーは悲しみ葬式をする。
第三幕、イフィジェニーはスキタイの王トアスを説得してせめて一人は救おうという。オレステと友人ピラデスは互いに自分が死ぬと言う。結局、ピラデスが故郷に手紙を届ける(助かる側)ことになる。
第4幕では、オレステは生贄にされる覚悟を決めている。イフィジェニーが刀をといでいるときに、オレステが最後にイフィジェニーの名を呼び、二人は姉弟であることを認識する。そこへ王がやってきて、一人を逃したことを怒り二人(姉弟)とも処刑すると告げる。そこへピラデスがギリシアの軍勢をひきいてやってきて王を倒し、めでたしめでたしとなる。
この日の演出では古代ギリシアには見えず、病院とか難民収容所のような場所に見えた。イフィジェニア(チェチリア・バルトリ)は、巫女のはずだが、髪を短くして、服装も作業着かなにかに見え、色も地味。スキタイの暴君トアス(ミヒャエル・クラウス)は、背広でメガネをかけて登場。オレステ(クロストファー・マルトマン)が処刑寸前までいくときには全裸であった。1対1で対応させる意図があるかどうかは不明だが、現代の難民の問題や、ISにおける処刑の問題が連想されるような舞台であった。そのせいか、カーテンコールで歌手や指揮者には惜しみない拍手がおくられたが、演出家が登場するとブーイングと拍手が激しく交錯した。
オレステとのあつい友情を示すピラデはロランド・ヴィラソンで、ところどころで歌い回しのうまさをみせつつ、全体としては様式感を保つ抑制的な歌い方をしていたのに好感が持てた。バルトリは言うまでもなく上手いのではあるが、彼女のアジリタの技巧のきかせどころがグルックにはない、グルックが拒否している、のが残念な気もした。バロック・オペラが復権してきてその華やかな技巧に聞き慣れてくると、そういうアジリタの聞かせどころがないことに一抹のさみしさを感じるものだということを経験した。
オーケストラの方は、変化に富んでいるのだから、声も平らかに歌うところばかりでなく、駆け巡るところがあってもいいのになあ、という思いである。ないものねだりか。
グルックのバロック的なところと、ウィーン古典派的なところの入り混じった独特の魅力は十分感じることができた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月19日 (水)

《ウェルテル》

マスネ作曲のオペラ《ウェルテル》を聴いた(ザルツブルク祝祭大劇場)。

こちらは本格的なコンサート形式で、主人公のウェルテルを歌うピョートル・ベチャワはタキシードで出てくる。シャルロッテ役のゲオルギュは第1幕、第2幕と、休憩をはさんだ第3幕、第4幕ではドレスを変えていたけれども、それとて役中のシェルロッテが着ていそうな衣装というよりは、華やかなロングドレスである。また、そもそも舞台の上にオーケストラがのっていて、その前に譜面台を立てて歌っているのだ。
同日に別の会場で演じられた《ダイドーとエネアス》の場合、オーケストラはオーケストラピットにおり、舞台の上には歌手と合唱団しかいないし、歌手もシンプルだが、舞台衣装で、合唱団もプリーツのついた大きな布をまとっていて(それには何色かあって人によって色が違う)場面によってその布を頭からかぶったり、鳥の羽のように広げたりして様々な動きを表していたし、舞台上を演技をしながら動いていたので、コンサート形式というよりは大変シンプルな舞台装置のオペラ上演ということかと思う。しかしながら、どちらもコンサート形式という名称でくくられている。日本での上演でもそうだが、コンサート形式という言葉は意味する幅が少し広すぎる気がする。簡易な舞台装置だけれど、歌手も演技をしながら歌う場合の適切な言葉があるとよいのだが。切符を買う側としては、区別をしてもらったほうがありがたい。
オーケストラはモーツァルテウムオーケストラで、指揮はアレホ・ペレス。この日の演奏ではマスネがふわっとした柔らかい響きにつつまれるのではなく、イタリアオペラ的にくっきりと、管楽器やティンパニーが鳴るところでは激しくなっていた。正直やや変わったマスネだと思って聴いていたのだが、こういう風にくっきりメリハリをつけて演奏するとマスネの管弦楽法がプッチーニとよく似ていることに気がついた。マスネは1842年生まれでプッチーニは1858年生まれ、ウェルテルの初演は1892年だから、無論プッチーニがマスネの影響を受けたのだ。この二人、小説『マノン・レスコー』をどちらもオペラ化しているし、プッチーニが相当にマスネを意識していたのは間違いないだろう。しかし通常の演奏ではマスネがふんわりとした柔らかい響きにつつまれるためプッチーニの管弦楽法との類似性に気がつきにくいのである。この日の演奏ではメロディーを弦が一斉に奏でるところなどよく似ているところが多々あった。
ベチャワは調子がよかったし熱演だった。ゲオルギュも一時期のように演技をしすぎることがなく(コンサート形式だからできないが)そのせいか声の表情もくどすぎることがなくよかった。脇の人々も好演で、こういう風に演技や演奏スタイルによるベールにつつまれない演奏に接すると、音楽やリブレットの強み、弱みがはっきりでる、特徴がはっきりわかると感じた。
そういう意味でアレホ・ペレスの一味変わったマスネを堪能した。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《ダイドーとエネアス》

パーセルのオペラ《ダイドーとエネアス》を観た(ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ)。

コンサート形式であるが、簡単ながら衣装はつけているし、向かって左に木組みの櫓じみたものがあり、舞台の奥で最後の場面には、器に油があったらしく、それにベリンダが火をつけ、4つの炎が燃え上がり、そのなかでダイドーが Remenber me と嘆きの歌を歌うのは、きわめて効果的であった。
この上演では指揮者が単に指揮をするだけでなく作品を再構成しているようで、役柄のところにも、Konzept, Regie und musikalische Leitung と書かれている。トマス・ヘンゲルブロックである。
パーセルの原作にはないドイツ語による語り(レチタティーヴォではなく、内容は文学的だがナレーションである)が最初にかなり長く、おしまいにはやや短くはいる。この部分はヘンゲルブロックによるものと思われる。
パーセル本来の部分になると、バルタザール・ノイマン・アンサンブルは大変すぐれたバロック合奏団であることがわかる。この合奏団は1995年にヘンゲルブロックが創設したいわば手兵の楽団で、実に生き生きとパーセルが現代によみがえる。
ダイドーはケイト・リンゼイ。ビブラートはかかるが、声を無理やりはりあげず、しみいるような表現でダイドーの悲しみを歌った。エネアスはベネディクト・ネルソン。ベリンダはカティア・ステューバ。そのほかに魔女が3人。
今回の上演で、パーセルの作品は17世紀後半のものだが、実にダイナミックな響きを持っていること、下降音階による悲しみの表現は他の部分と実に調和していることがわかった。英語は相当にむつかしい。17世紀の英語は、われわれにとって決してやさしくはないが、これも取り組みがいのあるものと思った.
歌詞のほとんどで押韻し、詩の形を持っていることは言うまでもない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月18日 (火)

《イル・トロヴァトーレ》

イメージ 1ヴェルディのオペラ《イル・トロヴァトーレ》を観た(ザルツブルク祝祭大劇場)。

指揮ジャナンドレア・ノセダ。吟遊詩人マンリーコがフランチェスコ・ネーリ。その恋人レオノーラがネトレプコ。恋敵(で実はマンリーコの兄)ルーナ伯爵がアルトゥール・ルチンスキー。ジプシーのアズチェーナがエカテリーナ・セメンチュク。フェッランドがアドリアン・サンペトレアン。

超一流の歌手と指揮者とオーケストラであるが、人間というのは贅沢なもので、不満がないわけではないのだ。
2幕が終わったところで休憩がはいったのだが、前半、ノセダの指揮はところどころテンポが遅い。ルチンスキーも俺の声を聞けといわんばかりに音をのばしすぎるところがあった。ヴェルディの楽曲は、歌手にすべてをドラマに尽くせと要求している。歌手はその役柄になりきれば、声を誇示しなくても、観客は十二分に声を堪能するように、曲想もオーケストレーションもできているのだ。
3幕からはノセダが盛り上がるところでは多いにテンポをあげた。オケはついてくる、しかし合唱がその盛り上がりについてこない。ほんのすこし遅れ気味で水を差すのだ。
これは普通の曲なら十分ゆるされると思うが、マンリーコのディ・クェッラ・ピーラでは致命的にネガティブだった。残念である。オケのノリも《フィデリオ》の時に比べると、一段階魅力を減じていた。無論、美しく、合奏能力もきわめて高いのではあるが。その差がノセダとウィーンフィルの付き合いと ヴェルザーメストとウイーンフィルとの付き合いの差からうまれるのか、ウィーンフィルのベートーヴェンとヴェルディへの共感力の差から生じるのかはわからない。両方かもしれない。ウィーンフィルの粘りというか腰のある響きが、ベートーヴェンやモーツァルトには理想的に響くのだが、ヴェルディではもっとパーンとドライにふっきれる響きのほうがぴったりくる面があるのも否定できないところではある。
歌手はサペトレアン、メーリが良かった。ネトレプコもさすが。ルチンスキーもテンポが早いところはよかった。
演出は、美術館の中で、学芸員や解説者が登場人物に変身したり、絵のなかの人物が登場人物になったりするもの。これでもかと聖母子像がでてきてウフフではあっtが。悪くはない演出でヴェルディ演出の可能性の一つではあると感じた。
現代における最高の歌手・指揮者・オケのそろった上演に、ヴェルディのドラマの深さを感じると同時に、せっかくこれだけのメンバーがそろったのだから、21世紀の新たなヴェルディ像の方向を、音楽的に示唆してくれるかという期待もなくはなかったが、ぼくにはそういう方向性は見出せなかったーーないものねだりかもしれないけれど。
字幕はドイツ語と英語がでていて、原語はイタリア語である。英語字幕を追ってみていたが、意味としては正しいものの、言い回しの格調の高さはまったく消え失せている。字幕の役割を考えればいたしかなたいとは思うが、カンマラーノの原文とじっくりつきあってみたいという気持ちがわいた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月17日 (月)

《フィデリオ》

ベートーヴェンのオペラ《フィデリオ》を観た(ザルツブルク祝祭大劇場)。


指揮はヴェルザーメスト。オーケストラはヴィーンフィル。これまで放送などでヴェルザーメストの演奏を聴くことはあったが、実演ではじめてその真価を知ったように思う。
ヴェルザーメストは外見にせよ、指揮ぶりにせよ、いわゆるカリスマ性を振りまいているわけではない。むしろオーソドックスである意味では地味に見える。しかし、実際に音をきくと実に純度が高い。ヴィーンフィルの持ち味はそのままで純度が高くなった気がする。
彼の指揮棒から繰り出される音は、まるでたしかな腕前の修復士によってオリジナルの色合いを蘇らせた絵画のような面持ちを持っている。積年の習慣・慣習をきれいに洗い流し楽譜のオリジナルな響きを聞かせているという印象を持つ。楽譜の細部を聴かせる演奏というと、とかくテンポが遅くていかがなものかというタイプや、演奏の力点が縦のラインがそろうことに行ってしまって楽曲の自然な流れが不十分にしか感じられない演奏に出会うことが多い。しかしヴェルザーメストの場合はまったくそういう懸念とは無縁で、装飾音や三連音符などをくっきり聞かせたりする一方で、テンポは必要に応じすっと早まったり、またリラックスして遅くなったり、オケが自然に呼吸するようだ。必要に応じてはどんどん突っ込んでいき、オケが一糸乱れずとはならないところまで行くのを彼はおそれない。いやむしろ盛り上がって高揚したときに、乱れるあるいは乱れる寸前までいって、また統一感が回復するところにも音楽の醍醐味があるということを自然に教えてくれる。
言って見れば音楽のダイナミズム(テンポや強弱や音色の変化)の積極性を犠牲にすることなく、音楽のテクスチャーが細密に描かれていく。だから分析的な演奏でもないし、細密なだけでテンポが止まってしまうかといういら立ちや退屈さとはまったく無縁のフレッシュな演奏になっている。
ヴィーンフィルの音がこうして純化されていってるのだと思う。フィルティッシモでも 音が強いだけでなく、実に調和にみちた倍音の響く音色で、迫力がありながら少しもうるさくない。それどころか、これがヴィーンの純正な音、基準となるべき音なのだと思わせるオーセンティックな響きを持っている。
演出は独特で、舞台中央に大きな直方体の石があるのはともかく、このジュングシュピール(アリアとオケなしのセリフからなる)形式のオペラにおいて、セリフ部分をとってしまったのだ。アリア的な部分のあと、默劇があり、またアリアになる。默劇の部分ではため息が聞こえたりもする。
さらに、レオノーラは男装しているわけだが、その女性性をあらわすもう一人のレオノーラがだんまり役で出てくる。出てくるだけではなく、手話をする。フロレスタンが救出されてめでたしも部分でも、本来のレオノーラではなく、分身レオノーラが一番前にでて、激しく早い身振りで手話(と思われるものを)やっているのだが、何が主張したいのか不明だった。
また、この演出では、カウフマン演じるフロレスタンはいっかんして怯えており、勇者ではない。ヒロイックであるどころか、頭を抱え、ぶるぶる震えている。牢獄から解放された後でも、喜びに満ちているというよりはPTSなのかうずくまってしまうといった具合。
劇の途中で最初にレオノーラがやってきたときも、レオノーラとの再会を喜ぶというよりは差し入れの酒瓶との再会を喜んでいるようだった。無実の罪で長年牢獄に閉じ込められていれば、そうなる可能性も十分あるのかもしれないが、このひねりが感動的ということもないし、作品からの新発見という感じも個人的にはうけなかった。
しかしながら、自分でも意外なことに、台詞を抜いてしまっても劇として成り立つんだと思った。それだけ、リブレットが弱いのだろうか。ジングシュピールという形式だからそれが可能なのか、軽々に判断はくだせないが、こちらは多いに衝撃、刺激を受けた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《Messa di Gloria》、ほか

ロッシーニの宗教曲とカンタータ2曲を聞いた(ペーザロ・アドリアティック・アレーナ)。

この上演はもともとはロッシーニ劇場での上演が予定されていたが、同日の夜《幸福な間違い》を上演する準備との都合で会場がアドリアティック・アレーナへと変更になった。今回のROFでフローレスが歌うのはこの演目だけなので、切符の需要が高くそれに応じるために会場が変更になったのだという人もいた。
1曲目は《Messa di Gloria》(グローリア・ミサ)。指揮はレンツェッティ。ロッシーニの場合、ミサ曲でも心はずむ曲想のところ、オペラ的なところが出てくるのだが、レンツェッティのテンポはやや遅め。合唱はボローニャ歌劇場の合唱団。しかしオーケストラはフィラールモニカ・ジョアキーノ・ロッシーニである。
独唱者は豪華で、ソプラノがジェシカ・プラット。メゾがヴィクトリア・ヤロヴァヤ。テノールは二人いて、フローレスとデンプシー・リヴェラ。バスはミルコ・パラッツィ。途中で異音がし、空調がこわれたかと思ったが、雨と雷の音であった。会場はもともと体育館なので屋根がうすく、雨の音が響きやすいのだという。
2曲目は《La morte di Didone》(ディドーネの死)。ディドーネ(ディドー、ダイドー)はカルタゴの女王で、トロイから来たエネアスと恋仲になるのだが、彼が使命にめざめてイタリアに旅立つ(建国するのだ)と、自らの運命をなげき死を選ぶ。悲劇の女王であり、歌曲やオペラにも繰り返し描かれてきた。ジェシカ・プラットの独唱。
3曲目は《Il pianto d'Armonia sulla morte d'Orfeo》(オルフェオの死に際してのアルモニアの涙)。これは16歳のロッシーニが音楽学校で最優秀生徒に委嘱される曲として書かれたものだ。独唱者はフローレス。
カンタータはオペラセリア的な響きも聞かれ興味深かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《新聞》

ロッシーニのオペラ《新聞》を観た(ペーザロ・ロッシーニ劇場)
めったに上演されることのない《新聞》であるが、隠れた傑作ではないか、と思った。初演は1816年で、《セビリアの理髪師》と《チェネレントラ》の間にはさまれ、ロッシーニのオペラブッファ(《チェネレントラ》はオペラセミセリアとも言えるが)の腕前が油が乗り切った時期に書かれている。このオペラが両者にくらべて人気がないのは、ストーリーと音楽的な構築が複雑で、作品全体を理解するのがむつかしい面があるからではないかと思った。それは逆に言えば優れた上演をするのもむつかしいし、演出にも指揮者にも歌手にも大きな負荷がかかる作品だということだが、同時に、すぐれた上演に出会ったときの充実感もひときわ大きいということで、今回の上演はそういう類のものだったと言ってよいかと思う。
ストーリーは面白いのだが、登場人物が多いのだ。 そもそもの話のはじまりはアルベルト(マクシム・ミロノフ)が世界中を探し求めたが理想の女性はいなかったという嘆きからはじまる。そこへある新聞の広告が飛び込んできて、ドン・ポンポーニオ(ニコラ・アライモ)という男が自分の娘リゼッタ(ハスミク・トロージャン)の婿募集をしていることがわかる。しかしリゼッタはすでにフィリッポ(ヴィート・プリアンテ)と恋仲である。これだけならよいのだが、もう一組父・娘がいる。アンセルモ(ダリオ・シクミリ)とドラリーチェ(ラファエッラ・ルピナッチ)だ。アルベルトが広告にそそられて、リゼッタに迫ろうとすると、フィリッポがこれは私の妻だと言うので、アルベルトはドラリーチェが広告の対象の女性かと思い込む。こうした虚実ないまぜの人違い、取り違え、さらにはフィリッポが金持ちのクウェーカー教徒に扮して登場するなど、人間関係が混乱して、 最後は2組のカップルに対しそれぞれの父親がしぶしぶ承認してめでたしめでたしとなる。
カップルが2組いるし、父親も2人いるので、筋立ての点で複雑さが2倍、3倍になっている。
ロッシーニはそれに見合った形で普段聞いたことのない曲想、メロディーやリズムを駆使して、自分のパレットにある色を総動員して人物や場面を描き分けている。
指揮のエンリケ・マッツォーラは、たまに強引なところもあるものの、とにかく構築的な指揮。でなければ、この作品の構造が観客に伝わりきれないことを深く認識している。個々の歌手は、その描き分け、音楽的特徴を明らかにするという(おそらくは指揮者からの)要求に非常に高いレベルで応えていた。
演出はマルコ・カルニーティ。シンプルな装置なのだが、複雑なストーリーの交通整理にうまく機能していたし、色や形もオシャレだった。
ドン・ポンポーニオはナポリ方言を次々と繰り出してその見栄っ張りで滑稽なキャラクターをきわだたせていたのだが、なかなか細かいニュアンスが把握できなかったのがはがゆい。ナポリ方言を少し勉強しなくてはと思った次第。
実は観がいのあるオペラだということを理解した一夜だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月15日 (土)

《ランスへの旅》

ロッシーニのオペラ《ランスへの旅》を観た(ペーザロ・ロッシーニ劇場)。

毎年若手の公演として上演している演目である。今年の歌手のレベルは高かったと思う。と同時に、歌手の国籍・人種が例年より一層多様になっていた。ベルフィオーレを歌った南アフリカ出身の黒人テノール、サニーボーイ・ドラドラやリーベンスコフのXiang Xu (中国系と思われる)、ドン・ブルデンツィオのShi Zong(同じく中国系か).
14日にはモデスティーナで17日はフォルヴィル伯爵夫人を歌う日本人のなかまちかおり。男性のバスにはカザフスタン出身のものもいて多彩である。彼ら、彼女らが歌の様式をあわせて歌い上げるのは不思議といえば不思議だ。
指揮者はマヌエル・ロベス・ゴメス。カラカス(ベネズエラ)の出身。やや硬いというか、強引にひっぱるところがあった。
ドン・プロフォンドのアリアでフランス人やドイツ人、イギリス人などの発音をカリカチャライズする有名な曲があるが、パブロ・ルイスはロシア人のところで歌詞がふっとんでしまいしばらく無言で手をあおいだりしていたが、イギリス人を飛ばして再開した。この公演にプロンプターはいないことがわかったが、さぞ恐ろしい体験であったろう。歌い終わると暖かい拍手につつまれ一安心だった。
いまさらながら《ランスへの旅》は曲がいい。コンチェルタートで歌い上げ、歌の装飾音符が音楽の全体と渾然一体化して浮くことがない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《泥棒かささぎ》

ロッシーニのオペラ《泥棒かささぎ》を観た(ROF, ペーザロ、アドリアティック・アレーナ)。
ストーリーは、裕福な農家の息子ジャンネットとそこで働いているニネッタは恋仲。ジェンネットが兵役を終えて帰ってくる。ジェンネットの父ファブリツィオはニネッタに好意的だが、母ルチアは何かとあら探しをしたがる。そこで銀のフォーク、スプーンが紛失し、ニネッタが疑われる。なんと、盗みは死罪なのだ。むろん、無実の罪なのだが、そこには2つの要素が絡んでいる。1つは、ニネッタの父が戦争に行って、あることから脱走兵となり身をやつして帰郷したこと。もう1つはタイトルにあるように、この盗みを実行したのは、かささぎだったということだ。光ものが好きな鳥である。
この日の上演は2007年のプロダクションの再演。
演出はミキエレットで、劇全体がある少女の夢という枠組みを与え、彼女が夢のなかでかささぎとなり飛び回る。その後の舞台でも口はきかないがしばしば登場してくる。
少女が寝る前に遊んでいたレゴのような筒状のものが夢のなかで巨大化し、舞台装置となっている。
ジャンネットはルネ・バルベラ。父ファブリツィオはシモーネ・アルベルギーニ。母ルチーアはテレーサ・イェルヴォリーノ(メゾ)。ニネッタはニーノ・マチャイゼでこの人は広いレパートリーで世界的に活躍している。ニネッタの父フェルナンドがアレックス・エスポジトで歌よし、レチタティーヴォよしである。悪代官(代官かどうかしらないが悪役)ゴッタルドはマルコ・ミミカ。ピッポ(ズボン役)がレーナ・ベルキーナ。
このオペラはなかなか変わったオペラで、若い二人が最終的に結ばれるし、盗みの犯人がかささぎという点ではオペラブッファ的な要素があるのだが、実際に見ると、最後の最後までニネッタやその父は苦境が続き、ニネッタは実際に死罪を言い渡され、牢屋に入れられてしまい、悪代官から迫られたりして、運命がまったく彼女の見方をしないのだ。その点でオペラセリアとも違うのだが、変わった味わいのオペラである。
指揮はドナート・レンツェッティ。ベテランなのだが、アッチェレランドをかけるタイミングが独特で、端的にいって遅い。さんざんじらされてやっと加速するわけで、評価の分かれるところかと思う。オーケストラ・合唱団はボローニャ歌劇場。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月14日 (金)

《幸福な間違い》

ロッシーニ・オペラ・フェスティバルでロッシーニのオペラ《幸福な間違い》を観た(ロッシーニ劇場)。
このオペラはストーリーとしてはやや複雑で、幕が開く前に生じた出来事を知らないといけない。10年前に公爵夫人イザベッラは臣下のオルモンドにせまられ、拒絶すると、彼女が不貞をはたらいたと無実の罪をきせられる。彼女は船にのせられ海に流される。公爵および公爵の周囲ではイザベッラは死んだことになっていたが、実は彼女は
漂着して炭鉱長のタラボットにひろわれ、彼の姪として扱われていた。
幕があくと、イザベッラは公爵の肖像画のはいったロケットを見つめている。タラボットが訳を訊ねると、彼女は公爵に書いた手紙を見せ、なぜ自分がここに来るにいたったかを明らかにする。公爵と部下たちがやってきて、バトーネはイザベッラ(今はニーサという名を名乗っている)が公爵夫人ではないかと見抜く。イザベッラも彼が自分を陥れた男だと見抜く。
どうやって公爵夫妻がもとの鞘におさまってめでたしめでたしとなるかがストーリーの展開である。
演出はグレアム・ヴィックで20年前のものの再演とのこと。
タラボットとニーサがえらくみすぼらしい服を着ているのに対し、公爵やその部下たちは軍人としてりりしい服を着ているというコントラストはあるが、あとはごくオーソドックスな演出である。
指揮はデニス・ヴラセンコ。若手でやや力みがちだった。イザベッラはマリアンジェラ・シチリア。この役はとてもむつかしいと思う。というのも、このオペラがセミセリアでシリアスな部分とオペラ・ブッフォ的な部分がないまぜになっていて、自分の境遇を嘆いたりする叙情的な部分ではロマン派的な半音があったりするのだtが、タラボットとの絡みではオペラブッファ的な軽妙なリズム、アジリタも要求されるからだ。マリアンジェラ・シチリアは前者の部分により応えており、後者の部分においてやや不十分なところがあったかもしれない。公爵ベルトランドはヴァシリス・カヴァヤスというアテネ生まれのテノールだが、高音がややかたく、軽快感をもうすこし出せればよいのにと思うところがあった。悪役のオルモンドはジュリオ・マストロトターロはバリトンだが調子が悪かったのか声が伸びていなかった。タラボットのカルロ・レポーレはナポリ生まれのバス。レチタティーヴォにおいてもアリアでも二重唱でも、言葉も節回しもきわめて安定しているし、かつリズム感もよく安心してロッシーニの音楽世界につれていってくれる ベテランである。バトーネはダヴィデ・ルチャーノ。2012年には若手の《ランスへの旅》に出ていたことから成長株といえよう。彼はシリアスな場面も軽妙な場面もしっかり歌い分け、レポーレとならび拍手を多くもらっていたことにも納得がいった。
比較的見る機会が少ない演目なので観られただけでも幸運であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月11日 (火)

《ルクレシアの陵辱》

ベンジャミン・ブリテンのオペラ《ルクレシアの陵辱》を観た(グラインドボーン)。

このストーリーの大元は古代ローマに起こった史実とされる事件。リウィウスが『ローマ建国史』に書いている。ローマはある時期までエトルリア人の王によって支配されていた。最後のエトルリア人のタルクィニウスは暴虐な王で、この話はその息子の王子タルクィニウスがルクレシア(ルくレティア)という人妻を犯してしまうという事件にもとづいている。
これをきっかけにローマ人がエトルリアの王を追放したことになっていて、そのためかこの逸話はその後、絵画の主題になったり、シェイクスピアが物語詩にしたり、ヘンデルが曲をつけたりしている。
ブリテンのこのオペラの場合はシェイクスピアを原作とせずにフランスのアンドレ・オベイの戯曲にもとづいてロナルド・ダンカンがリブレットを書いた。オベイが導入した重要なポイントは男性の合唱と女性の合唱がいることで、ただしそれぞれ一人なのである。この1人合唱は、ナレーションや登場人物の心理を説明したりする役割を果たしている。
ストーリーは男達が、戦争などに出かけていると妻が何をしているかわからないということから、ルクレシアだけは貞節だということがわかり、それに妙な刺激をうけた王子タルクィニウスが留守宅のルクレシアを訪れて泊めてもらい、犯してしまう。翌日、ルクレシアは夫を呼び寄せ、事の顛末を打ち明ける。夫はお前に罪はないといって赦すのだが、ルクレシアは自殺してしまう。
ストーリーだけ書くと非常に嫌な後味の悪い話なのであるが、このオペラがもたらす心の揺さぶりは、どこから来るのかなかなか一言では説明しがたいものがある。ルクレシアを歌ったクリスティーン・ライスの特に低声部の存在感の見事さは賞賛に値しようし、フィオナ・ショーの演出(考古学の発掘現場で、古代ローマの登場人物を掘り出しているといった枠組み)も説得力があった。特に、初演で評判の悪かったキリスト教的な説教的な文句がこの上演では説得力のあるものに響いたのだ。ブリテンとダンカンはかなり無理筋なことを書き加えたわけで、下手をすれば、そこだけが浮いてしまうだろう。しかし、それは逆に言えば、演劇としては可能性をひめた裂け目だと言えることが立証された上演だった。
また、この《ルクレシアの陵辱》は《ピーター・グライムズ》の直後に書かれたのであるが、《ピーター・グライムズ》がおおがかりなフル・オーケストラのために書かれているのに対し、こちらはわずか13人の演奏者(オケ)のために書かれている。ピアノも含まれてはいるが。13人ではあるが、劇場の音響がいいせいもあって、音量的にも音色としても不足はなかった。むしろ興奮した早いパッセージは迫力にみちていた。イタリアオペラを聴き慣れているものにとっては単調なメロディーが繰り返される時がややつらい時があるが、全体としては予想以上に素晴らしい演奏で感銘をうけた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《スペインの時計》、《子供と魔法》

ラヴェルのオペラ 《スペインの時計》と《子供と魔法》の二本立てを観た(グラインドボーン)。

《スペインの時計》は、時計屋の女房が亭主の留守の間に、恋人を連れ込もうとするという話。女房のコンセプシオンの恋人は詩人で、時間がないと言っているのに、へぼなソネットなどをつくってなかなか事をいたさなくて、彼女はじれてしまう。
そもそも時計屋には、ラバ曳きのラミロが時計をなおしてくれとやってきていたので、彼女は彼に大きな時計を二階に運んでくれと言って、恋人との愛を交わすチャンスをつくろうとしていたのだ。
次には銀行家のドン・イニゴがコンセプシオンを口説きにやってきて。。。といった具合に、かなり艶笑話的なストーリーが展開するがこれは20世紀初頭に書かれた季節はずれのオペラブッファなのである。初演は1911年のオペラコミック。
それから15年ほど経過した1925年に上演されたのが《子供と魔法》で、タイトルだけ聞くと子供のためのオペラかと思うが、音楽的にもリブレット的にもこちらのほうが一段と充実したオペラだという印象を受けた。
まず、子供が宿題をやっていて(いや、机には向かっているが全然やっていなくて)、母親にしかられる。子供は、まわりのティーポットや壁紙や辞書に八つ当たりをする。その後、夢の世界となり、椅子が口をきいて、あの子にもう座られなくてせいせいした、とか、やぶられた壁紙に描かれていた羊飼いたちが登場したりして、子供を責める。子供はついに怖くなって母親を呼んで幕。
夢の中にはいろいろなものが子供を責めるが、動物や植物も出てくる。しかしそこで傷ついたリスに手当てをしてやる。すると動物たち、植物たちは、この子にも優しい気持ちがあるんだといって態度をやわらげる場面がミソとなっている。
精神分析の出現以降であるから、当然、夢というのが深層心理、無意識の世界を想起させる。子供は、利己的な世界観から、深層世界に降りて行って、ある成長をなしとげて帰ってくるという物語とも解釈できるだろう。何より、音楽の使い方が《スペインの時計》以上に洗練されているし、むしろこちらのほうがユーモラスな響きに満ちている。
20世紀のオペラはヴェリスモで徹底的にリアリズムを追求したのちは、アレゴリカル(寓意的)なものに可能性を見出した面がある。プッチーニの《トゥーランドット》がそうである。ラヴェルの《子供と魔法》もそういうものとして捉えることができるかもしれない。
演出は、《子供と魔法》では巨大な机にむかって巨大ないすの上にちょこんとすわった子供がいるという場面からはじまり、擬人化されたティーポットなど不思議の国のアリスをおもわせる世界で大いに楽しめた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月10日 (月)

《サウル》

ヘンデルのオラトリオ《サウル》を観た(グラインドボーン)。

オラトリオとは言うものの、歌手は舞台衣装を身につけ、合唱団も舞台衣装を身につけ、それぞれに演技をするのでオペラとして楽しめた。おそらく、オラトリオの上演はもっと演奏会形式に近い形の上演もあることと思う。
ヘンデルは周知のように、後半生をイギリスですごしているが、イギリスでの活動の前半はオペラが中心で、後半はオラトリオが重要な活動だったと言ってよいだろう。オペラの場合はイタリア語台本に作曲していたが、オラトリオの場合は英語台本に作曲した。今回の《サウル》も英語のリブレットにヘンデルが作曲したものだ。劇場では英語字幕がつけられていた。
オペラとの違いで気がつくのは、合唱がギリシア劇のコーラスのようにナレーションのような語りが入るところだ。演出家はそういう部分が退屈にならないように、群衆を身振り手振りをつけて動かし、踊りのようなことをさせたりしていた。
話は旧約聖書にもとづいていて、サウルというイスラエルの王がいて、ちょうどダヴィデが巨人ゴリアテをやっつけた時の王なのである。サウルは喜ぶべきなのだが、彼はダヴィデが自分を脅かす存在に成長するのではないかと怖れの気持ちを抱く。サウルの息子ヨナタン(ジョナサン、サウルも英語だとソールだが、旧約聖書の登場人物なのでここでは英語読みにはしないでおく)は、ダヴィデと仲が良いし、ダヴィデに邪心があるとは思っていないのだが、父からダヴィデを亡きものにするよう命じられて苦悩する。
やがて、サウルもヨナタンも滅び、ダヴィデが王の地位を継承するというのがストーリーだ。これはプログラムの解説によると、当時のイギリスの政治状況と重ね合わされて享受されたらしい。当時のイギリスはジェームズやチャールズの子孫が王権に復帰することをカトリック国と結びついて画策している一方、ハノーバーからきたジョージ1世およびその子孫が王位についていたわけである。とくにジョージ1世はほとんど英語も話さなかったらしくイギリス人にとっては外国人の王様なのだ。王権に対して立場によってまったく異なる見方がなりたちうる時代に、旧約からこの場所が選ばれて劇化されたわけである。
音楽もそれにふさわしいもので、堂々とした部分、叙情的な部分、ヘンデルはもうお手のものという感じだ。当日の演出は最初にゴリアテの巨大な首がごろっと転がっていてびっくりするがこれはストーリー上必然性があり違和感はない。ダヴィデとの結婚を命じられたサウルの娘が喜ぶシーンなどユーモアに富んだ場面にもことかかず、大いに楽しめた。オラトリオはこうやって演じれば、決してカビ臭くも、説教くさくもなく、むしろまさにドラマティックなのだということを教えてくれた上演だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年7月 | トップページ | 2015年10月 »