松村禎三《沈黙》
松村禎三作曲オペラ《沈黙》を観た(初台、新国立劇場)。
とてもすぐれた舞台であったと思う。原作は、遠藤周作の小説『沈黙』。原作は小説であるから、オペラの中にすべてのエピソードを盛り込むことは最初から不可能である。この作品では松村禎三氏の妻と松村氏が何年もかけてリブレットを作成した。遠藤周作は、リブレットにするにあたっては自由にやってくださいと寛大な態度を示したという。
音楽的には、不協和音、いかにも現代音楽的な響きが炸裂する部分と、祈りの場面、村人の間のやりとりなど相対的に静かで古典的な美しさが聞かれる部分とが、入れ替わり現れるので、バランスが良い。
不協和音、前衛的な響きも、キリシタンへの弾圧や宣教師たちの苦渋にみちた心の内という必然性が感じられるので違和感がない。相対的に古典的な響きの部分も、それが村人の祈りであれば、これまた必然牲があるので、音楽の表情はかなり大胆に変わるのだが、そこにストーリー上の要請が自然に感じられる。
オーケストラはフルオーケストラであり、天上的な音楽のときにはハープやチェンバロなどが効果を発揮する。
舞台上には、大きな十字架が斜めに舞台に突き刺さっており、床には段差のある木が敷き詰められている。ときどきは後方のスクリーンが用いられ、シンプルで力強く、説得力のある演出であったと思う。
独唱者の日本語は聞き取りやすく、また、合唱も音楽的にも、言葉の発声も秀逸であった。オーケストラも力演で、これは大きなホール、フルオーケストラがふさわしい作品だと思った。沈黙という原作が歴史の転換点にしっかりと食い込んでいるし、それにふさわしい大柄の音楽が構築されている。むろん、中間部には、村人のカップルの可憐な愛の物語も埋め込まれているし、その部分の音楽はそれにふさわしいものとなっている。
村人たちの祈りのときには「おうら、ぷろのうびす」(やや記憶が曖昧で正確さを欠いているかもしれません)と書かれていたものが、最後に宣教師が転ぶ、踏み絵を踏む場面では「オーラ・プロノービス」となっているのは効果的だが、これはアヴェ・マリアのいち部分であり、オーラ・プロノービス・ペッカトーリブスうんぬんと続き、罪人であるわれらのために、今も、臨終のときも祈ってくださいと聖母マリアにお願いする祈りの一部である。そのことがわかっていた方が、理解が深まると感じた。
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