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2015年5月 3日 (日)

《幸せの椅子》

イタリア映画祭が始まった(4月29日〜5月5日)。
マッツァクラーティ監督の遺作《幸せの椅子》を観た(有楽町、朝日ホール)。
作品自体、十分楽しめるものであり、彼のメッセージは明快で、寓意性の強いものと受けとめた。
ここでは、マッツァクラーティが仕掛けたオペラがらみの遊びについて記しておきたい。主人公は3人いて、そのうちの1人はネールアーティスト(イザベッラ・ラゴネーゼ、来日し舞台挨拶と質疑応答があった)で、女性の囚人のネールを塗っている際に、彼女が財宝を自宅の椅子に隠したと聞くが、その囚人は亡くなる。その女性の囚人を演じているのは往年の名ソプラノ、カティア・リッチャレッリである。そして囚人の名前はノルマ(周知のごとく、ベッリーニの傑作と同じ名前だ)。
そればかりではない。財宝をもとめて、競売されてしまい行方がバラバラになった椅子たちを3人が追いかけることになるのだが、そのうちの一人は神父。なんだかあやしげな神父(バッティストンが演じている)で、映画の後半で彼はヴィデオポーカーで借金をこしらえていたことが明らかにされるが、どこか憎めない。そう、マッツァクラーティの映画に出てくる人物は、決して「立派」ではないのだ。むしろ人間的「弱さ」にあふれている。《聖人の舌》の主人公の中年男(ヴェンティヴォリオが演じていた)もそうだった。その神父が、椅子のありかを知るために頼るのが降霊術師の女性なのだ。その降霊術師の名前がアルミーダ。ロッシーニのオペラ《アルミーダ》の女主人公である。ロッシーニのオペラでは、彼女は魔女で、十字軍の騎士を色仕掛けで誘惑する。
他にも気づかなかった仕掛け(遊び)があるのかもしれない。
マッツァクラーティの演出するオペラを観てみたかった、と思わずにはいられないのだった。

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