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2015年3月23日 (月)

The MET Chamber Ensemble

The MET Chamber Ensamble のコンサートを聴いた(カーネギーホール)。

カーネギーホールといってもこれはJudy and Arthur Zankel Hall という中くらいのモダンな感じのホールで開かれた。
オペラではないのだが、言葉が絡む曲が多い。詩を朗読したり歌ったりする曲が多かったのだ。
最初の曲は器楽曲だった。ストラヴィンスキーの管楽器のための8重奏曲(1922-1923)で、新古典主義の傾向が顕著な曲だ。
次はチャールズ・アイヴズの「スケルツォ:歩道の上で」。これも器楽曲だが、エドガー・ヴァレーズを思わせる響き。
3曲目がエリオット・カーターの「アメリカの崇高」。これはアメリカの詩人ウォレス・スティーヴンス(1879−1955)の5つの詩に曲を付したものだが、その詩は朗読されたり、ある部分は歌われたり、あるいはその中間であったりで、言葉と音楽のコラボレーションという点では、オペラとの共通性もある。ただし、根本的に異なるのは、登場人物の対話という構成いはなっていないところである。また、音楽劇ではないので、当然であるが、舞台装置や舞台衣装はない。
休憩をはさんで、ジョン・ケイジのAtlas eclipticalis .ケイジの作品にはままあることだが、曲を構成する部分の演奏順があらかじめ決められていない曲。ただ、当日の演奏では、あまり自発性にとんだケイジらしい自由でユーモアに富んだ感じが乏しいと感じた。
最後はチャールズ・ウーリネンの It happened like this. この曲だけは作曲家により指揮された。James Tate の7つの詩が朗読されたり、歌われたりする曲なのであるが、Tate の詩はユーモアや不条理にみちている(たとえばある男がキャンディーショップにきてステーキを注文する)。それは現代音楽の不協和音や不規則なリズムと相性がいいと思った。言葉と音楽の関係についていろいろ考えさせられる音楽会であった。

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