« 『ピエタ』 | トップページ | メッセニアの神託(つづき) »

2015年3月 1日 (日)

ヴィヴァルディ《メッセニアの神託》

ヴィヴァルディのオペラ《メッセニアの神託》を観た(桜木町・神奈川県立音楽堂)。

この曲については少し説明が必要かもしれない。この曲は最晩年のヴィヴァルディが、まずヴェネツィアで上演して、その後、ウィーンにおもむき、手を加えた版を上演するつもりだったが、ヴィヴァルディがウィーンに着いてすぐに、頼りにしていたカール6世(マリア・テレジアの父)が急死し、上演が不可能になってしまう。ウィーン版は、ヴィヴァルディの死後1742年のことだった。

残念なことに、《メッセニアの神託》の楽譜は、ヴェネツィア版もウィーン版も残存していない(あるいはいまだ発見されていない)。ただし、リブレット(脚本)は残っている。また、いくつかの状況証拠から、このオペラはパスティッチョであったらしい。パスティッチョ・オペラというのは、いろいろな人の曲を寄せ集めて、まとめたオペラである。ストーリーは一貫しているのだが、作曲者はばらばらなのだ。今回の《メッセニアの神託》は、指揮者のファビオ・ビオンディが、リブレットをもとに、ヴィーン版はこうであったろうと再構成したものである。

これがどの程度、確実なものなのかは判断しようがない。ファビオ・ビオンディは、演奏の前に30分ほどプレトークをしたが、日曜日は晩年のヴィヴァルディについてだった。晩年のヴィヴァルディは、いくつかの不運が重なって、彼ほどの天才が、なんの注目をあびることもなく、客死して、墓の場所すらわからないのである。ビオンディは淡々と語っていたが、ヴィヴァルディの無念に思いをいたしているのがひしひしと感じられた。一言で言えば、ビオンディのヴィヴァルディへの愛が、このパスティッチョを再構成せしめたのではないだろうか。

演奏は、歌手もオーケストラも最高だった。
歌手は7人。彼らが録音したCDのメンバーと4人が重なっている。
ポリフォンテ(メッセニアをのっとった悪役)はテノールのマグヌス・スタヴラン。
メロペ(ポリフォンテから言い寄られているもともとのメッセニアの女王)はメゾの鞠アンヌ・キーランド。
エピーティデはメロペの息子でクレオンと名をいつわって登場するが、歌っているのはメゾのヴィヴィカ・ジュノー。
エルミーラは隣国の王女で囚われの身。メゾのマリーナ・デ・リソ。
メッセニアの宰相トラジメーデは、ソプラノのユリア・レージネヴァ。彼女は、超絶技巧の持ち主で、きわめて技巧的でむずかしいアリアを完璧に歌い、観衆の圧倒的な支持を得た。この日の歌手は7人とも水準が高かったのだが、レージネヴァは若いのだが、その超絶技巧で飛び抜けていた。
リチスコ(エルミーラの家臣)は、メゾのフランツィスカ・ゴットヴァルド。
アナッサンドロ(ポリフォンテの命令で王殺しをした)は、メゾのマルティナ・ベッリ。

オケは、キタローネ(大きなリュート)、チェンバロ、バルブやピストンのないホルンなどバロック期のオケそのものである。

ビオンディの軽快なテンポとダイナミックなリズムにのせられ、また、作風がさまざまなのでまったく飽きることがない。むろん、ノリノリの曲だけでなく、しみじみした曲もある。

ファビオ・ビオンディのきわめて有意義な実験的試みに立ち会えた歓びは深い。神奈川県立音楽堂60周年の催しにふさわしい素晴らしい公演だったと思う。

公演について  About

公演について 写真

<オペラ「メッセニアの神託」作品情報>

台本:アポストロ・ゼノ(1711 年) RV 726
作曲:アントニオ・ヴィヴァルディ、ジェミリアーノ・ジャコメッリほか 1738 年 12 月 30 日ヴェネツィアのサン・アンジェロ劇場にて初演1742 年のカーニヴァルで、ケルントナートーア劇場にてウィーン版初演

※今回の上演はファビオ・ビオンディによる上記ウィーン版の再構成版となります

|

« 『ピエタ』 | トップページ | メッセニアの神託(つづき) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144339/61215928

この記事へのトラックバック一覧です: ヴィヴァルディ《メッセニアの神託》:

« 『ピエタ』 | トップページ | メッセニアの神託(つづき) »