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2015年2月13日 (金)

ヘンデル《アレグザンダーの饗宴》

ヘンデル作曲の《アレグザンダーの饗宴》を聴いた(浜離宮朝日ホール)。

オペラではない。カンタータであるが、ヘンデル自身は、オードと呼んだようだ。その理由は、歌詞の原作がジョン・ドライデンのオードであるからだ。そのOde は 'Alexander's Feast, or, the Power of Musick. An Ode in Honour of St. Cecilia's Day' である。Musick というのは打ち間違いではなく、英語のスペリングもシェイクスピアの時代はもちろん、ドライデン(1631−1700)の時代でも現代と異なる場合があった。
そのドライデンのオードをニューバラ・ハミルトンという人が、区切りをつけ、ここは合唱、ここは独唱と割り振り、ほんの少し言葉を変え、終曲ように自分の詩を付け加えて歌詞が出来上がった。
歌手は、ソプラノ(広瀬奈緒)とテノール(辻裕久)とバス(牧野正人)および混声合唱。オペラと異なり、歌手は、状況の叙述をすることが多い。歌詞のもとになったものが、お芝居ではなくて、オード(頌歌ーほめたたえる歌)なのだから当然といえば当然なのだ。
ヘンデルの音楽は多弁で雄弁で豊穣だ。楽器による音色の変化をとてもうまく使うし、テンポの緩急も自在で、退屈することがない。今回は、歌詞にちなんだ箇所で、ハープ協奏曲とオルガン協奏曲が挿入された。もともとの《アレグザンダーの饗宴》だけでなく、途中でヘンデルの他の協奏曲を挿入するというのは、ヘンデル生前からの慣習である。
浜離宮朝日ホールは響きがよく、バロック楽器だからと言って音がやせることはない。とはいえ、バロック楽器の中でも、たとえばチェンバロと比較しても、バロック・ハープやリュートは音色の繊細な表現は言うまでもないのだが、音量という点ではかそけきものだということを改めて認識した。

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