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2014年10月19日 (日)

歌舞伎

歌舞伎座で十七世中村勘三郎、十八世中村勘三郎の追善の芝居を観た(東銀座、歌舞伎座)

恥ずかしながら、歌舞伎座が新しくなってはじめて入った。きれいになったのは当然だが、二階席も見やすい。足元も十分余裕があり快適である。休憩時間のお弁当もおいしい。ご飯がすくなく、野菜などが多いので眠くならないというところも気が利いていてうれしい。
肝心の芝居だが、夜の部を観た。寺子屋(菅原伝授手習鑑)、吉野山(道行初音旅)、鰯売恋曳網(売るも恋も旧字体です)。
寺子屋は、菅丞相(菅原道真)と藤原時平の対立が背景にある。菅丞相の息子をあずかった夫婦を勘九郎と七之助が演じている。菅丞相にご恩がありながら、時平についた憎き敵松王丸を仁左衛門。菅丞相の子、菅秀才の首を出せと言われ、その日寺子屋に入門した見知らぬ子を身代わりに殺してしまう。首実検をする松王丸。事が終わったあとで、松王丸は身代わりになったのは自分の子だと明かす。子の母千代は玉三郎という豪華な顔ぶれ。
歌舞伎や文楽では、主君のために、自分の子を身代わりにする話が多いなあと思う。その部分はややわだかまりが残るものの、心打たれるのも事実。演技として気がついたのは、歌舞伎や文楽では、動きが様式にのっとっていてきれいに決まるが、動かぬときはぴたっと動かぬことだ。けっしてのべつまくなしチョコチョコ動き回ることはない。最近のオペラの演出では、歌ってるときでさえ動き回っていることが少なくないが、いかがなものかと思う。文楽では三人の人形遣いがしっかりひかえていながら動かない時間、別の登場人物の話に耳を傾けている時間は結構ある。それでよいのだ。歌舞伎でもそうで、ストップモーションもきれいに決まっているのである。動くことだけが演技ではない、と思う。
吉野山は、静御前と佐藤忠信(実はキツネの源九郎)の道行。踊りがあって目を楽しませる芝居。静御前は藤十郎。忠信が梅玉。忠信は人間の心持ちの時と、キツネの心持ちが交錯する。キツネが強く出ているときには手つきが丸くなってくるし、身のこなしも飛び跳ねたりする。
最後は三島由紀夫の新作歌舞伎(といっても初演は昭和29年だが)で、鰯売りが大名にばけて傾城のところへ行くという話。人情味たっぷりのコメディ。初演は17世勘三郎と歌右衛門。近年は18世勘三郎と玉三郎が演じた。今回は勘九郎と七之助である。
つくづく三島という人は器用で巧い。様式感があり、笑わせどころも心得ている。盛り上がるところはもりあがるし、全体もきれいにまとまる。今少し生きていたら、きっとオペラのリブレットも書いたであろうと思わずにはいられない。
勘九郎と七之助は、それぞれにいい味を出していた。獅童が博労(馬引き)の役でコミカルな味を出していた。比較するのも気の毒ながら、歌舞伎の役者と、オペラで歌手が演じている演技では、様式感の決まり方が異次元のレベルだと思った。人の心は不思議なものだ。日常そのものをリアルに追求するよりも、ある様式の型やリズムにのせられた方がむしろその心情の真実を感じることがある。音楽というものもそうだ。たんに泣き喚いたり、怒鳴ったりするのでは、悲しみや怒りを音楽として伝えることはできない。歌舞伎を見て、あらためて、リアルと様式の関係、虚実皮膜の間に思いを馳せた。
勘九郎は姿も声も勘三郎に似ている。栄光であり宿命であろう。七之助は遊女を演じても品がある。あっぱれなる兄弟の芸であった。感服しました。

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