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2014年8月26日 (火)

《リナルド》

Rinaldo. Glyndebourne Festival 2014. Almirena (Christina Landshamer). Photo: Robbie Jack.ヘンデルのオペラ《リナルド》を観た(イギリス、グラインドボーン)。

これは前に記事としてあげたロッシーニの《アルミーダ》と原作は同じで、トルクワート・タッソの『解放されたイエルサレム』である。

ただし、いくつか異なる点がある。

1.ヘンデルの方にはリナルドの婚約者アルミレーナが出て来るがロッシーニには出てこない。

2.それゆえ、ヘンデルではリナルドをめぐり魔女アルミーダとアルミレーナ(ゴッフレードの娘)の間に三角関係があり、アルミーダは手下を使ってアルミレーナを誘拐したりする。この三角関係はロッシーニにはない。

3.ヘンデルではリナルドはアルミーナとの愛におぼれることはない。ロッシーニではその愛の園のシーンが長々とある。

4.オペラの終わり方であるが、ヘンデルでは、アルミレーナとリナルドが結ばれて終わるのに対し、ロッシーニでは棄てられたアルミーダが復讐を誓って終わる。

ヘンデルの時代の上演からそうであったのかどうかは不明だが、今回のカーセンの演出では《リナルド》は随分コミカルに演じられていた。たとえばアルミーダがリナルドが自分の意のままにならないので殺そうかと思うのだが、あまりにハンサムなので殺せない、という字幕が出るところでは観客は爆笑なのであるし、リナルドにはその気がないのに、魔女アルミーダが強引に迫るという点をコミカルに舞台上でも仕立てているのである。

ロッシーニの場合は、アルミーダとリナルドの愛は、魔法が介在しているにせよ、まったく茶化す要素はない。だからこそ、棄てられたアルミーダの悲しみ、憤怒が爆発するのである。今回のロンコーニの演出でも微笑みをさそうことはあっても、笑い声が沸き起こることは皆無だったし、それを意図していたとも思えない。ロッシーニはオペラブッファは面白おかしいが、オペラ・セリアは笑いを求めていないのだと思う。

その点ヘンデルや初演当時の人たちはどう考えていたのか興味のあるところだ。

キャストは

Conductor Ottavio Dantone
Director Robert Carsen
Revival Director Bruno Ravella
Designer Gideon Davey
Movement Director Philippe Gireaudeau
Lighting Designers Robert Carsen and Peter Van Praet

Cast includes

Rinaldo Iestyn Davies
Goffredo Tim Mead
Eustazio Anthony Roth Costanzo
Almirena Christina Landshamer
Armida Karina Gauvin
Argante Joshua Hopkins
A Christian Magician James Laing

Orchestra of the Age of Enlightenment

で、指揮者のオッタヴィオ・ダントーネとオーケストラ・オブ・ジ・エイジ・オブ・エンライトンメントは素晴らしかった。オケが活き活きとしたリズムをはじけるように奏する。管楽器も古楽器の豊かなニュアンスを活かしつつテンポはきびきびとしているのである。

この《リナルド》はすでに2011年の上演のものがDVDになっているが、今回大きくことなるのはタイトルロールが女性ではなくて、カウンターテナーのIestyn Davies が歌っていることだ。カウンターテナーが4人も出ているのである。リナルドもよかったし、アルミレーナの父ゴッフレードのティム・ミードも弱音の透明感まで含めて実に見事な表現だった。

カーセンの演出は、中学生か高校生のいじめにあっている少年が十字軍を夢見るというもので、学校の制服を来た女子高生のかっこうで出て来るし、黒板があったり、自転車置き場があったり、最後はサッカーがあったりという構想で、かなり宗教色を脱色している。DVDで観た時にはあまりピンとこなかったが、実際に見ると笑えて楽しい。

ロンコーニの場合は騎士をシチリアの人形劇の人形(これはシチリアでのイスラム教徒対キリスト教徒の戦いを描いた人形劇で使用される)が大きな箱のなかに並べられているし、歌手たちも人形そっくりのメイクをしているので、生々しい形ではなく伝統的なシチリアの人形劇というフィルターを通してはいるが宗教色(十字軍はもともとそのカタマリとも言えるわけだー無論他の要因も複合的にあったにせよ)は抜けていない。こちらはセリアとしての格調を感じる演出で、個人的には審美的に納得のいくものだった。

しかしながら、どちらかと言えば、リナルドが他の十字軍騎士2人がやってきて愛の園から抜け出すところからは、ロッシーニは明らかにアルミーダに深い感情表現を与えている。ほとんどロマンティックといってもよいせつない音階、音型があらわれ、さらに、それが何段階がまえで感情がもりあがるように作られている。リナルドは未練を残しつつもあっさりと2人の騎士に連れ去られるように「正気」の世界に戻って行く。

ロッシーニの場合、女性の役はアルミーダだけで、当時の大歌手イザベラ・コルブラン(おそらくそのころロッシーニと親密な関係になった)のために書いている。

一方、ヘンデルの《リナルド》で一番有名な「泣かせてください」はアルミレーナがアルガンテ(本来はアルミーダの恋人なのに、アルミレーナに惚れてしまう)に迫られるがそれを拒絶して歌うアリアだ。

両者の聞き比べ、見比べは非常に興味深かった。いろいろ疑問がわいてくるが、すぐに答えが思い浮かばないものも多い。どちらのオペラも単独でももちろんそれぞれ楽しめるものだし、大いに堪能した。


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