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2014年8月 6日 (水)

ヴェルディの生家は、生家でない?

ヴェルディの生家と呼ばれている家は、ヴェルディが1830年以降に住んだ家であるらしい。

John Rosselli によるヴェルディの伝記に、アメリカ人研究者Mary Jane Phillips-Matzの研究が紹介されている。それによると、ヴェルディの両親がヴェルディが生まれた1813年に住んでいたのは、現在生家とされているよりも大きな家で地元ではcasa padronale (豪邸というのも大げさだが、立派な家くらいの意味か)と呼ばれていた家で、9部屋もあり、納屋などもあった。
ヴェルディの両親は農地を所有し、人を雇っていて耕作させていたのだが、農業危機が続き、1830年に賃料延納のため所有者の教会から立ち退きをもとめられ、現在、ヴェルディの生家といわれている宿屋に引っ越したのである。計算するとヴェルディはその時点で17歳になっているので生家とは言えないことになる。
なぜこのような誤解が生じたかと言えば、ヴェルディ自身が、その家が生家だという意味のことを言っていたからだ。彼は、最初の妻と子どもたちの死亡に関しても、実際には約2年間の間に起こったことなのだが、3ヶ月の間に立て続けに起こったと証言している。
記憶の上書き更新なのだろうか。子どもたちと妻の死亡の場合には、立て続けにということを強調してそういう表現になっているのかもしれないし、生家の場合は、親が立ち退きにあったということを言いたくなかったのかもしれない。また、自分の出自を単なる農民と言いたがる面がヴェルディにあったこともたしかだ。実際には、当時の一般の農民は読み書きができなかったし、ヴェルディが受けたような教育を受けることはなかったのであり、ヴェルディはブルジョワ階級出身ではないけれども、当時のごく一般的な農民の出身とも言い難いのである。
そもそも当時のイタリアは統一もされておらず、ということは統一市場も形成されていないこともあって、資本主義の発展がイギリスやフランスのようではなく、ブルジョワと呼べるような階層はミラノには見られたが、ヴェルディの住む地域には階層として形成されるにはいたっていなかったのだ。

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