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2014年8月26日 (火)

グラインドボーンの決算

グラインドボーンの最終日には、慣例で、創設者の子息クリスティ氏が来年のプログラムを発表するのだという。

観客はそのことを周知の人が多いらしく、席を立つひとはいない。幕がおりてすぐにクリスティが登場し、今年の座席は98%が埋まり大変良好な売り上げであったこと。
若者向けの価格を抑えた公演(チケット?)をかなりの数用意して好評であったこと。それは次世代のグラインドボーンのサポータを育成することでもあるという認識を示した。
また、グラインドボーンのライブビューイングが始まることも告げられた。これを観たひとが実際にグラインドボーンに足を運ぶかどうかはわからないが、何人かは来るでしょうとクリスティ氏。
(メディアとの連携はROF でも問題になっており積極的に取り組まれている。グラインドボーンのホームページも作品のあらすじや、解説が充実しているし、たとえば《リナルド》では演出のカーセンとドラマトゥルグの対談が音声で聞けるし、さらにヴィデオで語っているシーンもアップされている。大胆な演出(時代設定を原作から変更する場合など)はなぜそういうことをするのかは、こういった形で演出家自ら
最低限は語る必要があるだろう。それをごく一部の内部関係者や専門誌の読者だけが知る状態では一般のチケット購入者には欲求不満がたまるであろうからだ。
来年の演目としては、ドニゼッティの《ポリウート》とブリテンの《ルクリースの陵辱》が記憶に残った。紙が配布されるわけではなく、メモをとったわけでもないので他はすぐに記憶がとんでしまった。
最後は、クリスティ氏の母上の名前を冠したバラ園ができること(彼女が1950年代から庭を手塩にかけていたとのこと)、上下階の往来を楽にするためにエレベーターをつけることがアナウンスされた。たしかに足が悪い人や高齢者はかなりいると思う。
最後はみなが起立してゴッド・セイブ・ザ・クイーン。少数の人は歌ってもいた。
ROFでは初日も千秋楽にも国歌は演奏されない。ただし、イタリア創立150周年の2011年には国歌 Inno di Mameli がROF でもトリノ歌劇場でもフェニーチェ歌劇場でも演奏されていたので、おそらくイタリア中の歌劇場で演奏されていたことだろう。

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《リナルド》

Rinaldo. Glyndebourne Festival 2014. Almirena (Christina Landshamer). Photo: Robbie Jack.ヘンデルのオペラ《リナルド》を観た(イギリス、グラインドボーン)。

これは前に記事としてあげたロッシーニの《アルミーダ》と原作は同じで、トルクワート・タッソの『解放されたイエルサレム』である。

ただし、いくつか異なる点がある。

1.ヘンデルの方にはリナルドの婚約者アルミレーナが出て来るがロッシーニには出てこない。

2.それゆえ、ヘンデルではリナルドをめぐり魔女アルミーダとアルミレーナ(ゴッフレードの娘)の間に三角関係があり、アルミーダは手下を使ってアルミレーナを誘拐したりする。この三角関係はロッシーニにはない。

3.ヘンデルではリナルドはアルミーナとの愛におぼれることはない。ロッシーニではその愛の園のシーンが長々とある。

4.オペラの終わり方であるが、ヘンデルでは、アルミレーナとリナルドが結ばれて終わるのに対し、ロッシーニでは棄てられたアルミーダが復讐を誓って終わる。

ヘンデルの時代の上演からそうであったのかどうかは不明だが、今回のカーセンの演出では《リナルド》は随分コミカルに演じられていた。たとえばアルミーダがリナルドが自分の意のままにならないので殺そうかと思うのだが、あまりにハンサムなので殺せない、という字幕が出るところでは観客は爆笑なのであるし、リナルドにはその気がないのに、魔女アルミーダが強引に迫るという点をコミカルに舞台上でも仕立てているのである。

ロッシーニの場合は、アルミーダとリナルドの愛は、魔法が介在しているにせよ、まったく茶化す要素はない。だからこそ、棄てられたアルミーダの悲しみ、憤怒が爆発するのである。今回のロンコーニの演出でも微笑みをさそうことはあっても、笑い声が沸き起こることは皆無だったし、それを意図していたとも思えない。ロッシーニはオペラブッファは面白おかしいが、オペラ・セリアは笑いを求めていないのだと思う。

その点ヘンデルや初演当時の人たちはどう考えていたのか興味のあるところだ。

キャストは

Conductor Ottavio Dantone
Director Robert Carsen
Revival Director Bruno Ravella
Designer Gideon Davey
Movement Director Philippe Gireaudeau
Lighting Designers Robert Carsen and Peter Van Praet

Cast includes

Rinaldo Iestyn Davies
Goffredo Tim Mead
Eustazio Anthony Roth Costanzo
Almirena Christina Landshamer
Armida Karina Gauvin
Argante Joshua Hopkins
A Christian Magician James Laing

Orchestra of the Age of Enlightenment

で、指揮者のオッタヴィオ・ダントーネとオーケストラ・オブ・ジ・エイジ・オブ・エンライトンメントは素晴らしかった。オケが活き活きとしたリズムをはじけるように奏する。管楽器も古楽器の豊かなニュアンスを活かしつつテンポはきびきびとしているのである。

この《リナルド》はすでに2011年の上演のものがDVDになっているが、今回大きくことなるのはタイトルロールが女性ではなくて、カウンターテナーのIestyn Davies が歌っていることだ。カウンターテナーが4人も出ているのである。リナルドもよかったし、アルミレーナの父ゴッフレードのティム・ミードも弱音の透明感まで含めて実に見事な表現だった。

カーセンの演出は、中学生か高校生のいじめにあっている少年が十字軍を夢見るというもので、学校の制服を来た女子高生のかっこうで出て来るし、黒板があったり、自転車置き場があったり、最後はサッカーがあったりという構想で、かなり宗教色を脱色している。DVDで観た時にはあまりピンとこなかったが、実際に見ると笑えて楽しい。

ロンコーニの場合は騎士をシチリアの人形劇の人形(これはシチリアでのイスラム教徒対キリスト教徒の戦いを描いた人形劇で使用される)が大きな箱のなかに並べられているし、歌手たちも人形そっくりのメイクをしているので、生々しい形ではなく伝統的なシチリアの人形劇というフィルターを通してはいるが宗教色(十字軍はもともとそのカタマリとも言えるわけだー無論他の要因も複合的にあったにせよ)は抜けていない。こちらはセリアとしての格調を感じる演出で、個人的には審美的に納得のいくものだった。

しかしながら、どちらかと言えば、リナルドが他の十字軍騎士2人がやってきて愛の園から抜け出すところからは、ロッシーニは明らかにアルミーダに深い感情表現を与えている。ほとんどロマンティックといってもよいせつない音階、音型があらわれ、さらに、それが何段階がまえで感情がもりあがるように作られている。リナルドは未練を残しつつもあっさりと2人の騎士に連れ去られるように「正気」の世界に戻って行く。

ロッシーニの場合、女性の役はアルミーダだけで、当時の大歌手イザベラ・コルブラン(おそらくそのころロッシーニと親密な関係になった)のために書いている。

一方、ヘンデルの《リナルド》で一番有名な「泣かせてください」はアルミレーナがアルガンテ(本来はアルミーダの恋人なのに、アルミレーナに惚れてしまう)に迫られるがそれを拒絶して歌うアリアだ。

両者の聞き比べ、見比べは非常に興味深かった。いろいろ疑問がわいてくるが、すぐに答えが思い浮かばないものも多い。どちらのオペラも単独でももちろんそれぞれ楽しめるものだし、大いに堪能した。


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2014年8月24日 (日)

ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの集客数

ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(以下ROFと略する。ROF の呼称は当該団体もしばしば用いているものである)の集客数が少し落ちた(地元紙、8月23日による)。

今年はロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの35年目であったが、集客数は、全部で1万5250人。売り上げは94万6000ユーロ。
前年は、集客数が1万7000人で売り上げが120万ユーロだったので減少している。
ROFによれば、観客の63、5%が外国人。最も多いのがフランス人とドイツ人で、日本人は、イギリス人を追い越して第三位に浮上した。
近年急速増えているのはロシア人(30%増)で、アメリカ、オーストリア、スイス、ベルギー人も好調である。
各国のジャーナリストも130社にのぼる。劇場関係者も訪れている。イギリスのRoyal Opera House, 日本の日本オペラ振興会(藤原歌劇団)、アントワープのDe Vlaamse Opera, ベルリンドイツオペラ、バイエルン国立歌劇場、リヨン国立歌劇場、
ストラスブルクのOpera National du Rhin, Opera Nice-Cote d'Azur, ローマ歌劇場、リコルディ(出版)、Agis など。

2014年はこれまででもっともメディアとの関係が密接だった。《アルミーダ》
の第二回目の上演が翌日にRAI 5で放送された。RAI Radio3 はすべての演目を放送した。さらに3つのオペラはオンラインで直接世界中のファンが聞いたし、8月18日から23日まではRAI Radio3で録音放送を聞くことができた。

またROF でははじめて演奏された《小荘厳ミサ曲》は衛星技術のおかげで直接ストリーミングされた。3つのプラットフォームで500人のコンタクトがあった。
3つの公演のハイライトはこの秋にRAI3の番組《Prima della prima》で放送されるし、この番組はまるまる一回を《アルミーダ》特集にあてる。
またアメリカのシカゴのWfmt Radio Network は、350のアメリカのラジオ局と提携して、Rof の特集番組を11月末に2時間放送する。
すでにRof は2015年に向けて仕事を開始している。
プログラムは《湖上の美人》、《新聞》、《バビロニアのチーロ(キュロス)》である。


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2014年8月23日 (土)

《パルミーラのアウレリアーノ》

《パルミーラのアウレリアーノ》で今年のロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルは幕を閉じた(ペーザロ・ロッシーニ劇場)。

1回だけ観ると、たとえば指揮が固い、テンポの緩急が遅いときは遅いし、早くするときはじょじょに盛り上げるのでなくいきなり早くなるといった不満が気になる。あるいはアルサーチェの歌手のビブラートが強すぎるとか音程が不安定なところがあり、そのためジェシカ・プラットとの二重唱がうっとりするものにならないと言ったことなどが気になった。
しかし、複数回聞くとすでにそのことは既知のことになるので、より楽曲や芝居に集中できるようになる。マルトーネの演出は、舞台装置という点では半透明の紗幕を縦横にならべて(というかピアノ線のようなもので吊ってある)迷路というか通路として使っているが、照明および主要人物、合唱(民衆や兵士たち)の衣装が美しく、つねに舞台上の人物の配置が絵画的に美しい調和を示していることに気がついた。また、女王のゼノービアはたっぷりとした布とドレープ、顔のメイクで、ジョットの絵画の人物のような威厳と気品を感じさせるものになっていた。歌手の動き、ジェスチャーもそれを補強していたと思う。
この日の演奏は、第一幕のなかばで大きな喝采を受けたあと、ジェシカ・プラットが燃え上がったようで、しっかり声が出ていたし、細かい表現も入念に歌っていた。ローマ皇帝のスパイアーズもそれに匹敵する熱唱だった。彼の上から下までの広い広い音域を駆使する声は声質も含めて独自の色、ニュアンスを表現することができる。
皇帝の慈悲で、皆丸くおさまるというとってつけたような終わりの部分に字幕が出るのはやはりどうかと疑問を感じたが、史実とは異なるということが言いたかったのだろう。この最後の部分(皇帝の寛大な赦し)がストーリの上でもとってつけたようなのだが、字幕がでて、なおかつ指揮がテンポが遅めなのでわっと盛り上がって終わるという感じにならないのが、少し残念だった。
とはいえ、全体としては《パルミーラのアウレリアーノ》が様々な魅力に富んでいることはよくわかった。単に《セビリアの理髪師》に使い回されたメロディや序曲をもともと使ったオペラというだけではない。このオペラ独特の魅力はこれからも上演されるたびに知られていくことだろう。

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2014年8月22日 (金)

小荘厳ミサ

ロッシーニ作曲小荘厳ミサ曲を聞いた(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。

 

原題は Petite Messe Solennelle でフランス語である。周知のように、ロッシーニは後半生をフランスで過ごした。曲は友人で銀行家の Alexis Pillet-Willに委嘱されて作ったものだ。当初は編成も小さく、2台のピアノとリードオルガン(armonium)、12人の歌手(4人のソリストと8人の合唱)のために作曲されたのだが、後世に他人がオーケストレーションするよりはということで、ロッシーニ自らオーケストラ版も作った。

 

この日演奏されたのはROFの芸術監督であるアルベルト・ゼッダ指揮によるオーケストラ版。ボローニャ歌劇場管弦楽団と合唱団。ソリストはソプラノがオルガ・センデルスカヤ、メゾがヴェロニカ・シメオーニ、テノールがディミトリ・コルチャック、バスがミルコ・パラッツィである。オーケストラ版は当然ながらオケの人数も合唱の人数も多いので重厚な響きがする。音楽そのものも、ロッシーニの最晩年の曲のせいか、念入りに書かれてはいるのだが、あふれるようにメロディーが沸くという印象ではない。同じ宗教曲でも「スターバト・マーテル」の方が、軽やかな歌に富んでいると言えよう。

 

とはいえ、マエストロ・ゼッダはまったく年齢を感じさせぬ生き生きとした棒。というより、ゼッダは世代が違うから、カラヤン風の縦の線をそろえることに重きを置く(置きすぎる)という弊をまぬがれており、中年以下の世代より、かえって自由で風通しのよい音楽が聞けるのだ。それが日本でもゼッダの指揮が人気を博している大きな理由の一つではないかと筆者は考えている。

 

ミサ曲であるから、神をたたえる歌詞なのは当然だが、終曲のmiserere の痛切な響きを聞くと、神に魂の救いをもとめる気持ちが晩年のロッシーニには強かったのかと推測される。むろん、合唱が軽やかにかけあいをするテンポの早い曲もあるのだが。

 

プログラムによると、1865年6月にロッシーニはリストに手紙を書いている。晩年のリストは叙階を受けて(司祭となって)、ヴァティカンに住んでいたのだ。リストに仲介してもらい、教皇に、教会内で女性が歌うことの禁止を解除してもらおうと考えたのだ。このときの教皇はピオ9世。リストとのやりとりがあり、やがて教皇大使フラヴィオ・キージを介して、ロッシーニが直接、教皇に手紙を書く。が、結局、女性が教会で歌う許可はおりなかった。

オーケストラ版も充実した響きだが、ピアノ版も実演を聞いてみたいと思った。

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来年のROF

来年のロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(ROF)についてマリオッティ総裁が語っている(8月14日、Il resto del carlino紙による)。

来年は1演目につき5回の上演にする(今年を含めここ何年かは1演目につき4回上演となっていた)。以前は5回だったので5回に戻すということになる。
予算に関しては、文化関係への課税免除による恩恵をこうむれることを願っている。フランチェスキーニ大臣に期待したい。ヨーロッパの諸国ではそうなっている。しかし、そうならない場合には予算をきりつめる工夫をいろいろしている。去年の《アルジェのイタリア女》と《なりゆき泥棒》は装置を部分的に使い回していて、一晩のうちに解体してまた組み立てることをしていた。
来年の演目だが、《湖上の美人》、《新聞》と、《ボルゴーニャのアデライーデ》ではなくて《バビロニアのチーロ》をやる。《アデライーデ》はテクニカルな問題が生じたため取りやめた。

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2014年8月21日 (木)

小荘厳ミサ曲の同時上映

ロッシーニの小荘厳ミサ曲にまつわることについて書く(ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)

この曲はロッシーニ劇場で演奏されるが、同時中継で町のポポロ広場で上映される。9日の前夜祭でも、1984年のクラウディオ・アッバード指揮の伝説的名演の《ランスへの旅》を上映したのとならんで、ペーザロ市民、あるいはペーザロに来た海水浴客にもロッシーニの音楽に接する機会を提供している。
熱心なファンは劇場に足を運び、ちょっと見てみようかなという人にも機会を提供するのは素晴らしいことだと思う。たとえば子連れや犬連れの人も、劇場に比べればはるかに遠慮がいらないだろう。
この他にも今回、ロッシーニの生家では《セビリアの理髪師》にちなんで実際にヒゲをそってもらうサービスを有料で提供していた。これは、ロッシーニ生家にあるマヨルカ焼きのアンフォラを修復する資金集めのためだそうだが、何とも気がきいているではないか。今年のフェスティヴァルの主要演目の一つが《セビリアの理髪師》であったのだから。しかし、単に、気が利いているかどうかの問題ではなく、こういう募金活動もそれを通じて関心の広がり、つながりを求めているのだと思う。ロッシーニは、オペラファンのためだけの存在なのではなく、ある種の文化遺産なのだということをペーザロ市民、イタリア人、その他の人々に知ってもらうというねらいもあると思った。

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エヴァ・ポドレス、リサイタル

エヴァ・ポドレスのリサイタルを聞いた(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。

彼女はアルトのベテラン歌手で2年前のROFで《バビロニアのチーロ》のタイトルロールで絶賛をはくした。この日はロッシーニ劇場で、Filarmonica Gioachino Rossini というオーケストラの伴奏。
ROF で最も中心的なオーケストラはボローニャ歌劇場の管弦楽団で、今回も《アルミーダ》と《セビリアの理髪師》を担当している。その他に Orchestra Sinfonica  G. Rossini というオケがあって、こちらも2001年から主としてオペラ・ブッファの伴奏を担当しているが、今年は《パルミーラのアウレリアーノ》を担当している。Orchestra Sinfonica G. Rossini はペーザロおよびウルビノ県のオーケストラである。
そこへ新たに Filarmonica Gioachino Rossini というオケが2013年に出来たというわけだ。今回はこのリサイタルと、《ランスへの旅》を担当している。
Orchestra Sinfonica G.Rossini から Filarmonica Gioachino Rossini が分裂したのだという噂も耳にしたが、情報源は確認していないので、あくまでご参考までに記しておく。
さて、ポドレスであるが、《チーロ・イン・バビロニア》の時にも痛切にかんじたが、この人の声は音域がアルトというに留まらず、独特の迫力、存在感がある。何オクターブでるのかという音域の広さがあるのだが、そこを歌う音色も変幻自在で、普通に歌っているかと思うと裏声になったり、地声になったり、くるくる変わるのだが、それが不思議なことにちぐはぐではない。朗々と歌うのと、パルランテ、レチタテイーヴォ風の表現も一瞬で入れ替わる。はい、ここからはレチタティーヴォといった切り替えでは決してない。融通無礙(むげ)に音色、表現法が変わるが、全体としての歌のフォームが崩れない。あんなにいろんなことが切り替わったら、もたもたしてテンポが遅くなってしまうかというと、そういったこともない。
 《チーロ》からの歌やポロコフィエフのオペラ《アレクサンダー・ネフスキー》のカンタータもそうであったが、悲しみの表出になると音色、子音のアタックなどが見事でこちらもその悲しみにひきこまれるのだが、ポルタメントやテンポ・ルバートを過剰にもちいてこちらをうんざりさせることは決してない。表情は深く、しかし歌の形は崩れない。
 会場は特にグルックの《オルフェとエウリディス》の「私はエウリディスを失ってしまった」やロッシーニの《チーロ》の「不幸なチーロ」では万雷の拍手喝采だった。
 今回のROFで最高の歌手だったという(喜んでいいのか、悲しむべきなのか)声も聞かれた。
 ポドレスは1950年代前半の生まれで、若いとは言えないし、失礼ながら輝かしい美貌の持ち主、いわゆるDVD受けする容姿とは言えない気がする。しかし今回のROFでこれほどブラーバの声が飛んだ歌手がいるだろうか。ROFの観客は、声の表現に対して厳しいし、逆にその表現が卓越していれば、惜しみない拍手を送るのである。

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ガテル・リサイタル

ホアン・フランシスコ・ガテルのリサイタルを聞いた(ペーザロ・アウディトリウム・ペドロッティ)。会場のアウディトリウム・ペドロッティはロッシーニ音楽院の講堂にあたる建物だが、ここではロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの早い時期にはオペラも上演された。

この日のリサイタルはピアノ伴奏(ベアトリーチェ・ベンツィ)。
曲目はロッシーニの Peches de vieillesse (Peches の2つのe の上にアクセント記号)、モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》からドン・オッターヴィオのアリア‘Della sua pace'. その他、ベートーヴェンの4つのアリエッテ、ドニゼッティの《ドン・パスクワーレ》のエルネストのアリア‘Sogno soave e casto', グノー、
ドニゼッティの《愛の妙薬》から「人知れぬ涙」などが披露された。
アンコールはスペイン語の歌、ピアソラの曲、チレアのアリアが歌われ、彼のレパートリーの広さが示された。《セビリアの理髪師》でアルマヴィーヴァ伯爵(リンドーロ)を歌っているわけで、アジリタもあるのだが、正直、最後の大アリアは苦しそうである。アジリタが超絶的でないと、全体のテンポを遅くせざるをえないので、長いアリアが余計長く聞こえる。彼はもしかするとロッシーニほど超絶技巧を要求されないモーツァルトやドニゼッティ、ヴェリスモものに可能性があると自分でも感じているのかもしれない。そう思わせるプログラムの組み立てでもあった。

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2014年8月19日 (火)

《パルミーラのアウレリアーノ》(作品として)

若き日のロッシーニと若き日のフェリーチェ・ロマーニによるオペラ・セリア《パルミーラのアウレリアーノ》はよく聞いてみると魅力に富んでいた。

前の項で記すべきだったかもしれないが、アルサーチェ(ペルシアの王子)を初演したのはジョヴァンニ・バッティスタ・ヴェッルーティというカストラートだった。クラッチフィールドの講義にあったように、彼はロマン派を先取りするような独自のフィオリトゥーラ(装飾音)を付けてうたう相当の歌手だったようだ。
この作品は、あまり成功しなかったためか、いくつかの曲が《セビリアの理髪師》に再利用されている。序曲はそのままだし、《セビリアの理髪師》でアルマヴィーヴァが歌う‘Ecco ridente in cielo' やロジーナの歌う‘Io sono docile, son rispettosa'などのメロディーがあっと驚くほど違う状況で、戦争におもむく戦士の歌として歌われる。
しかしよくよく考えてみれば、ロジーナもリンドーロと結ばれるかどうかは一生をかけた戦いで、最大限に知恵を絞っているからこそ、経験も豊富で知恵もあるフィガロの一枚上手を行くことが出来たのではなかろうか。外見の違いこそあれ、自分の命運をかけた戦いという点では共通している(それがオペラセリアであれ、オペラブッファであれ)ということにも注目してよいだろう。
だからこの曲を観る、聞く楽しみの1つは《セビリアの理髪師》との比較と言わざるをえない。最初はへえ、こんなところであのメロディーがと思うからだ。しかもそのメロディーは装飾音の付き方が違っている。ヴェッルーティの項目のところで説明したように、1。ロッシーニが《パルミーラのアウレリアーノ》に書いた旋律がシンプルで 2.それにカストラート歌手のヴェッルーティがはなやかに装飾音を付けた
3。《セビリアの理髪師》を書く時点でのロッシーニはヴェッルーティの付けた装飾音を自作にかなり取り入れた ということがクラッチフィールドにより推測されている。クラッチフィールドは、今回、《パルミーラのアウレリアーノ》の校訂版を作り、それに基づいて自ら指揮をしている。研究と興行がまさに車の両輪となっている。
しかし、《パルミーラのアウレリアーノ》の楽曲の魅力は《セビリアの理髪師》との比較がメインではない。
皇帝や女王の凛とした気品にみちた歌、メゾ(ズボン役)とソプラノ(女王)の愛の二重唱、主要人物はそれぞれの複雑な思いを吐露するアリアを持っているし、また、第二幕には合唱で羊飼いたちがでてきてまさに牧歌的な曲が歌われる。実にチャーミングなメロディ、勇壮なリズム、愛の歌が次から次へと繰り広げられるのだ。
しいて難点を言えば、史実に忠実であることを重視しすぎたロマーニが、似た場面を繰り返し書いてしまったことだろうか。どこがクライマックスなのか判然としないし、最終場面もローマに忠誠を誓えばゆるそうという場面が演奏のせいか曲のせいか盛り上がりに欠けたまま終わるのである。曲によってはコンチェルタートとかで全員でもう一回り大きく歌い上げて終わることもあるので、なぜこの作品はあっさり終わるのかは一考の余地がありそうだ。
とはいえ、部分、部分は実に魅力に富んだ音楽が山盛りなので、機会があればぜひまた観てみたいと思う作品であった。

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《パルミーラのアウレリアーノ》(演奏評)

今回の上演の配役は、アウレリアーノがマイケル・スピアーズ(テノール)。彼はテノールだが、低いほうもバリトン並みにでる特殊な声で、音域が非常に広く、しかも一瞬でオクターブ以上離れた音にぽーんと飛ぶことを楽々こなしているように聞こえる。なかなか立派な皇帝だった。

パルミーラの女王ゼノービアはジェシカ・プラット(ソプラノ)。彼女は、非常に舞台映えがする人で、以前にリサイタルで素顔をみると普通のオーストラリア人女性に見えるのだが、2年前の《バビロニアのチーロ》や今回のゼノービアのように、舞台でしっかりとメイクをして、時代劇の衣装をまとうとまったく別人で威厳もあるし、身のこなしも堂々としていて、顔の表情も気品すら感じる美しさをたたえている。歌唱も立派だが、オペラというものが劇でもある以上、身体的な外見も重要だと思う。ただし誤解しては困るのだが、筆者は昨今ともすればDVDに収録されるオペラで採用されがちな細身の女性歌手がよいと言っているのでは決してない。ジェシカ・プラットは決して細身でもやせてもいない。堂々たる身体から力のある声を発している。やはり、たっぷりとドレープのついた衣装とか《チーロ》のときのように白黒でバビロニアの衣装といった現代とは別世界の衣装をつけると、身体の大きさ、豊かさは舞台映えするということを強く感じた。
主要歌手で一番弱かったのはアルサーチェを歌ったレーナ・ベルキーナである。彼女はやや小柄で(というかスピアーズとプラットが大きいのかもしれないが)、そのためアルサーチェとゼノービアが母息子のように見えてしまうという難があったが、しかしそれは大した問題ではない。問題だったのは彼女の発声で、いつもビブラートがつきまとっているのである。それと音程がぴしっと決まらないことがままある。そのため一人で歌っているときはまだ紛れるのだが、ジェシカ・プラットとの二重唱がきれいにはもらないのだ。二重唱は和音をかなでながらレガートに音が移行していくこともあるし、小鳥がさえずるようにスタッカートでパッパッパッパといくところもあるのだが、聞いていてもう少しのところで不完全燃焼してしまうのだ。惜しいし残念である。
プブリアのラッファエッラ・ルピナッチは出番こそ少ないが安定した立派な声だった。
神官(バス)のディミトリ・プカラツェ(正確な発音不明です)も迫力のある低音を響かせていた。
指揮のクラッチフィールドは遅いところはなぜというくらい遅く、いきなり早くなると早い。合唱などが出て来てフォルテになるとフォルテのまま猛進して肩に力がはいりすぎた印象をうける。ロッシーニは力強さと同時に軽さが必要だ。楽しくわやわややっているかと思うと、その勢いが止まらなくて狂気の寸前までいくような迫力も時にはある。しかし、力を入れるべきところと柔軟性がはっきされるべきところ、テンポもアッチェレランドをふくめ沸き立つようにテンポが早くなっていくところなどが欲しい。
演出は映画監督でもあるマリオ・マルトーネ。衣装は時代衣装であったが、舞台装置は半透明の紗幕が縦横にならんで迷路のようjになっている。それが場面が展開すると、ピアノ線で幕が一枚、一枚引き上げられるといったのがメイン。照明によって床は朱色や緑色に染められたりはするし、舞台奥に月らしきものが出たりもする。
趣味が悪いところはないし、意味不明の読み替え演出でもないが、すべてがミニマムに切り詰められていて、予算が厳しいことを反映しているのだなと多くのひとが思ったことだろう。
オペラの最終場面で長々と字幕がでて、史実ではアウレリアーノやゼノービアはこうこうだったと出て来たのは僕には賛成できなかった。音楽に集中できなくなるし、それはむしろプログラムに書いてくれればよいことではなかったか。あるいはあまりに演出がやれることが切り詰められたので、最後に理屈を述べたくなったのだろうか。サイードの『オリエンタリズム』を引用していた。

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《パルミーラのアウレリアーノ》

ロッシーニの《パルミーラのアウレリアーノ》を観た(ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)・

このオペラはロッシーニのオペラ・セリアの中でも上演されることが非常にまれなオペラで、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルでも初登場である。上演が今までなかったのは批評校訂版がなかったことにもよる。
なじみの薄い作品なので、あらすじから順々にゆっくり紹介したいと思う。
ストーリーは単純といえば単純で、古代ローマ時代の史実に基づいている(無論、多少、色どりは添えてある)。
主要人物は3人で、ローマ皇帝のアウレリアーノ(アウレリアヌス)、パルミーラ(今のシリアあたり)の女王ゼノービア、ペルシアの王子アルサーチェである。アウレリアーノはゼノービア(未亡人)の美しさに惹かれる。しかし、ゼノービアはアルサーチェと相思相愛なのである。そこでアウレリアーノはアルサーチェを打ち負かすたびに命は助けてやるからゼノービアをあきらめろとか、ゼノービアに対しては、アルサーチェをあきらめれば領土は安泰だと言うのだが、二人(ゼノービアとアルサーチェ)の愛の絆は強く、アウレリアーノの思うようにはいかない、というのが一番主要な筋だ。
第一幕はイシデ(イシス)の神殿で、パルミーラとアルサーチェの連合軍がローマと戦うので勝利を祈願している。しかしペルシア軍は敗れアルサーチェは捕虜となる。ローマ皇帝アウレリアーノはアルサーチェにゼノービアをあきらめるよう説得するが失敗。一方、ゼノービアはアルサーチェを解放してもらおうと財宝をもって皇帝に会いにくる(そこで皇帝はゼノービアの美しさに一目惚れ)。皇帝はゼノービアに降伏をすすめるが彼女は拒絶。投獄されたアルサーチェはゼノービアとの面会をゆるされ、そこへアウレリアーノがきて、アルサーチェに対して、ゼノービアをあきらめれば釈放すると持ちかける。がアルサーチェは拒絶し、ゼノービアは皇帝に戦いを申し出る。
第二幕 ゼノービアは敗戦。そこへアウレリアーノがやってきて、アルサーチェをあきらめるか、ローマへ連行されるか、と迫るが、ゼノービアは拒絶。アルサーチェ逃亡の知らせが入る。
場面は変わり、ユーフラテス河のほとりの羊飼いたち(この日の舞台には本物のヤギが何頭も登場した)が平和な暮らしを歌う。そこへアルサーチェがやってきて羊飼いはここに留まるように進める。が、そこにゼノービアが皇帝アウレリアーノに捕らえられたとの情報がはいる。アルサーチェは再び戦いにおもむく。
ここで今まで紹介していなかったが実はプブリアという王女がいる。前皇帝ヴァレリアーノの娘で、彼女もアルサーチェを慕っている。だから、アルサーチェを中心に考えるとゼノービアとプブリアで三角関係が成り立ち、
ゼノービアを中心に考えると、アウレリアーノとアルサーチェで三角関係が成り立つのである。
プブリアはアウレリアーノに無駄ですよと告げるが、アウレリアーノはまたもゼノービアに和解すれば、女王の位を保証すると申し出る。そこへアルサーチェの進軍の報せ。アウレリアーノは出陣し、アルサーチェは大敗を喫す。
アルサーチェとゼノービアは再開し、二人とも死を覚悟する。そこにアウレリアーノが登場。二人の愛の強さに感服する。
プブリアはアルサーチェへの思慕を断念し、アルサーチェの助命をアウレリアーノに嘆願する。アウレリアーノはローマへの忠誠を条件に二人が元通りに故国の統治をすることを認め、めでたしめでたし。
このリブレット(台本)は、若いころのフェリーチェ・ロマーニによるもので、同じような場面(アウレリアーノが条件をだしてゼノービアを自分のものにしようとするが拒絶される)が何度も出て来る。言葉遣いはきれいなのだが、構成としてはやや弱いために、これが傑作として残ることがなかったのではないかと推察した。

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2014年8月18日 (月)

ROFの挑戦

経済危機の時代にオペラをどう作るかをROF (ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)の総裁ジャンフランコ・マリオッティが語っている(Corriere Adriatico, 8月13日)。

ROFは、ニューヨーク・タイムズによれば、イタリアに欠かすことのできない2つの音楽祭で、1つはヴェローナのアレーナのオペラ、もう1つがROFであるという。
しかしながら、2001年と比較すると予算は実質的に半分になっている、と総裁は語る。「2001年の予算は約700万ユーロだった。いまは500万だ。インフレを小考慮に入れると半分以下だよ」。
「ではどうするか?アイデアを出して、新たな道を切り開くのだ」

「《セビリアの理髪師》では、ウルビーノの美術学校の生徒が演出、舞台装置、衣装、ヴィデオを担当したが、最高のロッシーニ歌いをそろえて、ロッシーニ劇場では喝采がわきおこった」

「たしかに演出家や舞台監督や衣装家がいるプロダクションより安上がりだが、節約のためにそうしたのではない。美術学校の生徒とは何年も前から協力していて、今回はすっかりお任せした。ROFは監視していただけだ」

監視という言葉は妙に響くかもしれないがROF の鉄則として、どんな演出をしてもよいが歌詞(リブレット)に手を加えてはならないというのがある。見かけは時代を変えてもよいのだが。こうして、若いエネルギーが発散し、生徒たちはヘルメットをかぶった黒子として舞台装置を動かす役も果たしていた。

ROF を報道する新聞・雑誌は130にのぼるが、そのうち70%は海外のものだという。ウルビーノ大学の研究によると、メディアの注目は、800万ユーロの広告をただでやってもらったことに相当するという。さらに総裁は語る「活動の80%は市内でのものだ。フェスティヴァルに使われた1ユーロは7倍になってかえってくる」。しかもROFの代金は変わっていない。「聴衆は質に厳しいが、保守的ではなく、考えさせることをもとめる聴衆だ」。

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《セビリアの理髪師》(つづき)

ROFの《セビリアの理髪師》の続きである。

今回の演出では、まなざしというものが前景化されていると思う。いくつかそう思わせる要素はあるのだが、1つはモック役、すなわち、全く歌わないし、台詞のない男がずっと舞台上にいる。彼は舞台で展開する事態をずっと観ているわけだ。
また、第一幕の終わりのコンチェルタートの部分では舞台上方にあるスクリーンに人間の目が最初は2つうつしだされ、交互に瞬きしている。やがてめが3つになったり、瞬きが激しくなったりして混乱を示す。その時点では音楽も渦をまくような激しいものとなっており、世界あるいは秩序が揺らいでいることが示唆されている。
思えば、《セビリアの理髪師》も原作者はボーマルシェなわけで、フランス革命前夜の作品である。ロッシーニの曲も、オペラ・ブッファと思ってリラックスして聞くのもよいのだが、案外、密かに不穏な動きが埋め込まれていると思って聞くのも悪くないのだと思う。目が周り、安定した秩序は崩壊の寸前までいくのだ。崩壊のぎりぎり寸前でとどまるのがロッシーニの時代であり、性格である。思えば、ロッシーニのオペラに嵐の場面が多いのも、革命の時代の轟きを示唆しているのかもしれない。
演出や装置にお金をかけなくても創意工夫に富み、歌唱力が充実していれば観客は評価する。3回目の公演は売り切れで、券求むと書いた紙を掲げている人もいた。ROFの補助金カットのつづくご時世へのチャレンジは見事な勝利をおさめたと言ってよいだろう。

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Giovanni Battista Velluti

ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴェッルーティについての講義・コンサートを聞いた(ペーザロ・ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)。

ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルは大学の音楽学の教授や、ロッシーニの楽譜の校訂者がレクチャーをするが、それは無料で一般市民にも開放されている。ロッシーニ財団はロッシーニの楽譜やオペラのリブレットの校訂版やロッシーニの書簡を編纂し出版しているし、また毎年論文集も刊行している。その活動とその校訂版が完成するとその楽譜を用いて実際にコンサート形式で演奏したり、オペラとして上演することがロッシーニのとりわけオペラ・セリアに対する認識を更新し続けている。
その意味でROF (ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)は単なる音楽祭ではなく、ロッシーニの研究・楽譜校訂といった歩みと車の両輪となっている活動でもあるのだ。また、アカデミアでは若手にロッシーニはどういった歌唱法、様式で歌うのかを教育している。ここではマエストラ・ゼッダが直々に若手歌手にアドバイスを与え叱咤激励している。だから研究だけでなく、教育活動そして新人発掘の機会(《ランスへの旅》の上演)を提供もしている。オペラという活動のあらゆる面に関わっていると言っても過言ではないと思う。
さて表題のジョヴァンニ・バッティスタ・ヴェッルーティだが、この人はロッシーニと同時代のカストラート歌手で、オペラ《パルミーラのアウレリアーノ》のアルサーチェを創唱(初演の時に歌った)した。この日の講師は、今回、《パルミーラのアウレリアーノ》の批評校訂版を編纂し、このオペラの上演にあたって指揮を担当しているウィル・クラッチフィールドである。
彼がピアノの弾き語りでヴェッルーティがロッシーニその他のメロディーに付加した装飾音符について説明し、いくつかの実例を若手の女性歌手が実際に歌ってきかせた。
取り上げられた曲はジュゼッペ・ニコリーニの《カルロ・マーニョ(カール大帝)》、フランチェスコ・モルラッキの《テバルドとイゾリーナ》、ジョン・フェインの《フェードラ》、ロッシーニの《タンクレディ》から、である。歌手はラッファエッラ・ルピナッチ、イザベル・ロドリゲス・ガルシア、脇園彩(敬称略)である。
会場は200人ほどのホールなので、ロッシーニ劇場よりずっと小さいため、歌手の声がずっと大きく聴こえる。
クラッチフィールドの主張によれば、ロッシーニや同時代の作曲家は旋律をシンプルに書いている。カストラート歌手はそれに装飾音をつけて歌った。ヴェッルーティはとりわけ7度や9度といった音程を装飾音のなかに積極的にとりいれロマン派を先取りしている。たしかに、ピアノで弾くのをきくとヴェッルーティの作った装飾音符はショパンの装飾音に似ているのだ。時代の順番から言えば、ショパンがそういった歌唱法の影響をピアノ曲を作曲する際に取り入れたということになるのだろう。
ヴェッルーティがどう歌ったかということがそれだけ詳しく残っているということ自体が驚きであった。クラッチフィールドによれば、《パルミーラのアウレリアーノ》にあって、後に《セビリアの理髪師》の中でロジーナのアリアになるものがあるが、それはロッシーニが最初に作ったメロディーに、ヴェッルーティが装飾音をほどこし、その装飾音つきのヴァージョンをロッシーニがほぼそのまま《セビリア》に取り入れた可能性が高いという。
水谷彰氏の著作でもたびたび触れられていることだが、ロッシーニ当時の作曲というのは歌手のことを抜きにして作曲家だけを独立して考えるのは間違いなのだと痛感した。

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《ランスへの旅》


ロッシーニのオペラ《ランスへの旅》を観た(ペーザロ、ロッシーニオペラフェスティヴァル)。


この曲は、1984年にクラウディオ・アッバードによってここで復活上演され、今も語りぐさとなっている。今われわれが《ランスへの旅》を普段観ることができるのはこの時の上演および上演に向けての様々な尽力があってのことなのだ。

今年はロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの前夜祭として8月9日にこの30年前の上演の録画を、町の中心の広場ピアッツァ・デル・ポポロで上演したそうだ。それをご覧になった方の話では、それを観るだけでもペーザロに来たかいがあったとのこと。今年亡くなったアッバードへのオマッジョである。

さて、それとは別にペーザロでは毎年、新人をあつめてアカデミアを開き、その卒業生に《ランスへの旅》を上演させている。ちなみにイタリア人はタイトルを(イル・ヴィアッジョ・ア・レイムス)つまりランスをイタリア語化して発音している。これは英語人がフィレンツェをフローレンスと言ったり、イタリア人がロンドンをロンドラと言ったりするのと同様で特に問題とすべきことではないのだが、ランスとだけ言ってもイタリア人には通じないことが多いので念のため。

今年の新人公演《ランスへの旅》はレベルが高いとの評判であった。これに日本人歌手が2人参加していることを紹介したい。一人はメリベア侯爵夫人という大きな役をもらった脇園彩(敬称略、以下同様)。もう一人はモデスティーナという小間使いの役柄の丸尾有香。他には、様々な外国人のまねをする愉快なアリアを歌うドン・プロフォンドの役を中国人のYunpeng Wang が歌い喝采を浴びていた。Wang はバリトンとのことで、通常はこの役はバスが歌うので珍しかった。

脇園彩は、メゾらしい深い声であり、高音も雑味なくきれいな声で、アジリタもきっちりまわる。会場でも高い評価を得ていたように思う。丸尾有香のモデスティーナは登場場面は多いのだが、単独で歌う場面は少なく声がどうということは判りにくいが、堂にいった演技であった。

指揮のイバン・ロペスーレイノーゾは、安全運転というか変わったことはやらないという感じで、リズムのきれも今ひとつであった。演出は毎年おなじみのもので10年以上変わっていないとのこと。ということは、これを観る人は演出に左右されることなく、新人歌手の力量を聴きにくる、観にくるわけで、新人発掘の場なのである。今年のフェスティヴァルのメインのプログラムでも《アルミーダ》のなかのテノールの一人ランドール・ビルズ(ゴッフレードとウバルドの1人2役)は2年前の《ランス》でベルフィオーレを歌っていて、今回抜擢されている。
脇園彩はスカラ座の研修所へ、Wang はニューヨークのメトの研修所へ行くことが決まっているようだ。今後の活躍を期待したい。


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2014年8月17日 (日)

ロッシーニの6つのソナタ

ロッシーニの弦楽四重奏曲に関するレクチャーと演奏を聞いた(ペーザロ、ロッシ二・オペラ・フェスティヴァル)。

お断りしておけば、レクチャーと演奏は別の日に行われた。レクチャー(incontroとここでは呼んでいる)をしたのは、ロッシーニの弦楽四重奏曲の楽譜の編纂をしたマッテオ・ジュッジョリで、この曲を考えるうえでの問題点をいくつか指摘してくれた。
1つは成立時期で、この作品はロッシーニの最初(期)の作品であり、知人のためにつくってロッシーニ自身は第二ヴァイオリンを担当した。
またこの曲は4つの弦楽器からなるが、第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリンとチェロとコントラバスで構成されている。通常の弦楽四重奏曲であれば、ヴィオラがはいるところだがヴィオラはない。通常ははいっていないコントラバスが入っているので、低音に厚いクァルテットである。
成立時期についてはロッシーニが所有していた楽譜に書き込み(訂正)があり、12歳となっているがもとは16歳と書かれていた。またいまはソナタとかかれているがもとはクワルテットと書かれていたのである。12歳に訂正したのは、本当にその頃作曲したからである可能性もあり、また、ロッシーニが自分を早熟の天才と見せたかったからである可能性もあるという。
6つの四重奏曲のなかでとくに興味深いのは6番目の三楽章はテンペスタ(嵐)と名付けられていることだ。他の四重奏曲はアレグロなどと書かれている。
このテンペスタは後のオペラにしばしば出て来る嵐の場面と比較すると短いが、曇ってきて嵐が起こってやがて雨がやむといった感じを出している点では共通している。嵐の最中は早いパッセージが繰り返されるが、転調しながら繰り返されるので、目が回るような印象を与える。
ロッシーニの場合、若書きであるし気質の問題もあるが、ベートーヴェンのように苦悩を通じて歓喜へという作風ではない、曇ったり晴れたり、苦悩しまくって解決に到達して歓喜が訪れるというよりは、ふと雨がやんで薄日がさしてくるのだ。こういう音楽がもの足りないと感じる人もいるだろうし、重くなくてさわやかで心地よいと感じる人もいるかと思う。
演奏は第一ヴァイオリンがサルヴァトーレ・アッカルド。贅沢なものだ。第二ヴァイオリンはラウラ・ゴルナ。チェロはチェチリア・ラディッチ。この人は確実なサポートで好感が持てた。コントラバスはフランコ・ペトラッキでアッカルドと同年輩。若手とベテランが2人ずつのクワルテットであった。堪能した。

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2014年8月16日 (土)

《セビリアの理髪師》

Grandi voci (maschili) per Il barbiere di Siviglia (Foto Amati Bacciardi)ロッシーニ作曲の《セビリアの理髪師》を観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。


ロッシーニの作品中もっとも有名で上演回数も多いオペラだが、今回の上演は《パルミーラのアウレリアーノ》上演に合わせたものだろう。というのも、この2作品は序曲が同じだし、ロジーナのアリアなどもほとんどメロディの同じものが《パルミーラのアウレリアーノ》に存在するからだ。

作られたのは《パルミーラのアウレリアーノ》が先なので、オペラセリアに使ったメロディーや楽曲をオペラブッファで使い回したことになるのだが、その説明を知ったうえで聞いても不思議なほど違和感がない。

この上演では Accademia delle Belle Arti (日本でいう高専くらいに相当するのだろうか。ただし美術系の学校である)の生徒たちが演出や装置を作った。装置は本当に最小限なのだが、いろいろな工夫があって面白い。たとえば、登場人物はたいてい平土間の客が出入りするところからやってくる。フィガロの「俺は町の何でも屋」のアリアは、フィガロが客席にすわっていて歌い始めるので皆びっくりして、笑い声もあがっていた。この上演ではフィガロやリンドーロ(アルマヴィーヴァ)は背広なので、客席にすわっていても気がつかないのだ。客席で歌いはじめて、歩いて舞台にあがり続きを歌う。そのアリアのなかでフィガロ、フィガロと連呼する部分になると、桟敷席の羽目板にFigaro という文字がレーザー光線で照射され、それが次々に増殖していく。

平土間だけでなく、桟敷席の羽目板も舞台空間の一部なのだ。フィガロがカネをもらうと元気が出るという歌のときも、舞台上で彼は怪しげな人物に注射をされる。すると舞台の上方に中くらいのスクリーンが3つあって、なんだか麻薬の効果を暗示するような図形の動きがしめされ、やがて黄色の不定形の染みが桟敷席の羽目板のあちこちに照射され増殖する。フィガロの金銭欲による興奮はフィガロだけのものではないというわけだ。

音楽教師のドン・バジリオは神父の姿で出て来る。金で買収されるなんとかの沙汰も金次第の坊さんというわけだ。このあたりも皮肉にとんだしぐさのやりとりがバルトロとの間にあって笑わせる。ドン・バジリオを演じ歌うのはエスポジト(昨年はアルジェのイタリア女で歌って踊るムスタファ役を怪演した)で、バルトロはボルドーニャ。彼もいくらでも早口の場面で口がまわる。こうしたこれ以上ない配役が脇をかためた上で、フィガロは若手のサンペ(発音は本人に確認しました、サンペに訂正します)。フランス人だと思われる。声も豊かで演技も余裕たっぷりで観ていて楽しい。
ロジーナはアマル。彼女も綺麗にアジリタが転がり、お茶目でしたたかという表情をうまく出していた。指揮はサグリパンティでイタリアの若手。きびきびした指揮だが、曲によってはものすごくゆっくりはじめてどんどん加速していくという組み立てにしていた。そんな場合でも歌手との息があっていた。

観客もなじみの曲ということもあるが、この決してお金をたっぷりかけたわけではないが、創意工夫に富んだ演出、いきのいい演奏を堪能したようだった。


 

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2014年8月14日 (木)

《アルミーダ》

MUSICA: ROF AL VIA CON L'ARMIDA DI RONCONI (foto: ANSA)

ロッシーニ作曲のオペラ《アルミーダ》を観た(ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル、アドリアティック・アレーナ)。

今年のロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの最初の演目である《アルミーダ》を観た。この作品の原作はタッソの『解放されたエルサレム』という長大な叙事詩である。トルクワート・タッソは日本ではなじみが薄いが、イタリアではもちろん、ヨーロッパの大詩人であり、生きていた時期(1544ー1595)はイギリスのシェイクスピアやスペインのセルバンテスと重なる。
オペラの世界で言えば、シェイクスピアがロマン派以降にオペラ化されたのに対し、タッソの作品はバロック時代から様々な作曲家によってオペラ化された。オペラではないがモンテヴェルディはマドリガーレに作曲しているし、ヘンデルの《リナルド》をはじめとしてヴィヴァルディ、ヨンメッリ、グルック、ハイドンらがオペラ化しており、そしてロッシーニも《アルミーダ》という作品を書いている。
ロッシーニの《アルミーダ》は、上述のように原作はタッソの叙事詩『解放されたエルサレム』だが、リブレットを書いたのはジョヴァンニ・シュミットで、すでにオペラ《エリザベッタ》で共作の経験がある。
シュミットは古典主義者だったので、場所の一致が守れないことや、コンチェルターティ(重唱)のために、レチタティーヴォの量を少なくせざるをえないこと、第二幕にバレエの長い場面があり、やはり台詞を少なくせねばならないことを嘆いていた。
曲に関して言えば、この曲には女性が一人しかおらず、男の人物もテノールが多いということだ。これはアルミーダをイザベラ・コルブランが歌うことを前提にあてがきしたのだと考えてよいだろう。また、この当時のナポリのサンカルロ劇場は3人もテノール歌手を抱えていたという。
音楽は十字軍の戦士にふさわしい勇壮な音楽の部分と、アルミーダがリナルドを誘惑したり、愛の二重唱を歌ったりする。終わりのほうでは、アルミーダの愛の園で愛欲に溺れているリナルド(シラグーザ)を別の2人の戦士が救出にやってくる。リナルドが逃げたのを知って、アルミーダは追いかけ、追いつき、せつせつとリナルドに訴える。ここはソプラノの聞かせどころで、たっぷりとロマン主義的な感情が盛り込まれている。音楽的にはロッシーニ的ロマンティシズムとでも言うべき様式観の整ったしかし音楽的には盛り上がるところである。
この日の上演は、指揮がカルロ・リッツィ。めりはりが効いていて、しかるべきところではスイングもして気持ちがよい。演出はルカ・ロンコーニ。十字軍の騎士たちは、シチリアの人形劇の人形を模している。人形はもともとは実際の戦士を模したのであろうが、それをさらに人間が模しているという面白さがある。アルミーダ(カルメン・ロメオ)やその叔父のイドラオテ(カルロ・レポーレ)は、カラスのような真っ黒な衣装でお尻の部分や腕に羽根が生えていたりするので、敵味方は一目瞭然であるし、劇画的な面白さがある。この台本はそもそもが美女の魔女が十字軍の騎士を色香でまどわせ、愛の園でとりこにするというストーリであるから、こういう劇画調の演出はピッタリである。
演奏に関して言えば、シラグーザは絶好調だったし、他のテノール(ディミトリ・コルチャックやランドール・ビルズ)もよかった。ビルズは抜擢であり、一人で歌うと立派だが、シラグーザ、コルチャックと一緒に歌うとまだ若いということがうかがえた。
一番問題だったのはカルメン・ロメウのアルミーダだ。この役は、美貌を求めていてそれは十二分に叶えられていた。もう一方で圧倒的な声をロッシーニの曲は求めているがその点に関して観客は満足できない人もいて、ブーイングも一幕の終わりおよび終演時に出た。リナルドが愛の園から離れようとするときに切々と訴えるその時の歌には聞き手の期待も大きく高まる。美貌だけでは満足できないのだ。声で圧倒されたいという願望が満開になる瞬間がロッシーニの音楽にはあるのだということを痛感した。

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2014年8月12日 (火)

《カルミナ・ブラーナ》

オルフ作曲の《カルミナ・ブラーナ》を聞いた(アレーナ・ディ・ヴェローナ)。

周知の如く、《カルミナ・ブラーナ》はオペラではない。19世紀にドイツで発見されたラテン語や中高ドイツ語などで書かれた詩編に20世紀の作曲家オルフが作曲した世俗カンタータである。
アレーナ・ディ・ヴェローナでのオペラ上演が101年目、新しい世紀に入ったことを記念して新たな試みとしてこの曲がはじめてアレーナで上演された。
指揮は地元出身のアンドレア・バッティストーニ。独唱者はアルトゥール・ルチンスキー、ナディーネ・シエッラ、ラファエーレ・ぺであった。ルチンスキーはマイクの使用が目立つ使いかただったが、ヴァラエティーに富む表情付けと裏声もふくめた幅広い音域をかけめぐる歌唱を表情豊かにきかせた。独唱者はいずれもマイクおよびPAを用いているのだが、ソプラノのシエッラが声質のせいかもっともマイクが気にならなかった。
アレーナで上演する工夫として素晴らしかったのは、背景の光のショーである。曲によって背景に描かれる照明による模様がかわる。時には月のような白い円が徐々に大きくなっていくし、あるときは背景が赤く染まる。花模様のような時もある。最後には仕掛けてあった装置から火柱が上がり興奮をいっそうかきたてた。
この上演は大成功だったと言ってよいだろう。ただし、今年の《カルミナ・ブラーナ》の演奏はこの一回だけである。

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2014年8月10日 (日)

《仮面舞踏会》

ヴェルディのオペラ《仮面舞踏会》観た(アレーナ・ディ・ヴェローナ)。

指揮はアンドレア・バッティストーニ。演出は今年の新演出でピエル・ルイジ・ピッツィ。
いくつか前の記事に記したように、《仮面舞踏会》のストーリーはもともとはスウェーデン王グスタフ3世の暗殺事件にもとづいたスクリーブの戯曲が原作だった。
スクリーブは暗殺事件に、新たにグスタフ王とその忠実な部下の妻との恋愛(不倫関係だが、プラトニックなまま)という要素を付け加えている。
当時の検閲の圧力によってこれをボストンの総督に変えたのである。
あらためて、ヴェルディの音楽の圧倒的な劇的迫力を感じた。単に劇の流れを雄弁に音楽が語っているだけではない。気がついたことをいくつか記しておく。
1.重唱の複雑さが極度に達しているのだが、それが劇をわかりにくくするのではなく、むしろ劇の緊張をたかめている。この芝居は、ボストンの総督の治世に対し、満足している者と、彼に不満を抱いて暗殺を狙っている連中がいる。だから、合唱が出て来たときに、単にテノールやバスやソプラノがいるというのでなく、合唱は主人公であるリッカルドに対しての姿勢の異なる2グループからなっているのだ。
 重唱の場面は多い。リッカルドと忠実な家臣レナート、その妻アメリア。別の場面ではそれにウルリカ(女占い師)が加わる。様々な立場からの台詞がその台詞に応じた形の音楽でかなでられ、それに合唱がかぶってくることさえあって、舞台の音楽的進行は非常に複雑であるのだが、理解しにくいことはまったくない。これはヴェルディが《リゴレット》の重唱でやってみせたことをさらに複雑にさらに精妙にやってみせているということだろう。しかもこの重唱は息が長いものが多いのだ。
2.これはあまりというかほとんど言われていないことだが、《仮面舞踏会》はオペラセリアの要素、オペラセリアの伝統を引き継いでいるということだ。無論、リッカルドとアメリアの道ならぬ恋というものが前景化されているので、二人のロマンティックな感情とそれを抑えねばという切ない気持ちが音楽的に聞き所、演技的に見せ所であるのは言うまでもないし、だからこそ、二人の密会がレナートの眼の前で発覚したときに、レナートは忠臣から逆にリッカルドの暗殺者へと180度立場を変えるわけである。そのドラマが《仮面舞踏会》の中心的ドラマであることは言うまでもない。
 しかしながら、そのことを断ったうえでいえば、リッカルドは実に立派な君主なのである。アメリアに惹かれながらも、一線を越えぬように抑制している。それどころか自分を暗殺しようとするものがいるという警告を何度も受けながら、そのものたちの逮捕や弾圧に走ろうとする気配が微塵もないのだ。
 レナートの誤解にもとづいて、仮面舞踏会で彼に刺され死ぬ間際も、アメリアの潔白を説き、レナートをゆるしている。これは君主の美徳が示されておわるオペラセリアのパターンではないか。ただし、伝統的なオペラセリアでは君主は暗殺されるのではなく、暗殺未遂があってもゆるしたり、戦争などで死にいくきわに寛容の美徳を示したりすることが多いのであるが。
 そう考えると、レナートが第一幕であなたなしでは祖国はどうなるでしょうという歌もきわめて納得がいく歌である。
 ヴェルディが偉大なのはこういうオペラセリアの伝統を踏まえ、かつ引き受けつつ、不可逆的とも言える大胆な変質、変化を加えてもいることだ。レナートの第一幕の歌も、別方向から考えれば、彼のリッカルドに対する態度が180度転換することで一層劇的な緊張を激しいものにしているからだ。
 
 この日の演奏はそうしたヴェルディの音楽の高みにふさわしいものであった。バッティストーニの指揮はいつもながら冴えわたっているし、リッカルドのステファノ・セッコは発音も発声も音楽的表情も素晴らしかった。レナートのルカ・サルシも力演、力のこもった歌だった。両者と比較するのは酷なのかもしれないが聞きおとりしてしまったのはアメリアのヴィルジニア・トーラ。ウルリカはElena Gabouri. オスカルはナタリア・ロマン。
 演出のピッティは劇の展開の理解を助け、なおかつ見て美しい。基本的にアメリカ総督の線で組み立てている。
 ヴェルディの成熟した音楽技法、劇的緊張を心ゆくまで堪能した。

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《カルメン》

ビゼー作曲のオペラ《カルメン》を観た(アレーナ・ディ・ヴェローナ)。

アレーナのオペラでは《アイーダ》が名高いが、《カルメン》もそれに迫る勢いで大勢のエキストラ(町の人々、ジプシーの踊り子たち、官憲などなど)が登場する。
舞台には実際の馬やロバも複数登場するし、子どもたちの合唱も出て来る。
カルメンはエカテリーナ・セメンチュクだが、歌唱は悪くないのだが、もう少しお色気があってもよかったかと思った。ドン・ホセがミカエラという純情な婚約者をすてて、カルメンに走る必然性が歌と演技で納得できることがこのオペラの肝心な部分だと考えるからだ。
ミカエラはロシオ・イグナシオ。純情娘を熱唱。ドンホセはマリオ・マラニーニ。エスカミリオは Dalibor Jenis.
指揮はヘンリク・ナナシ。若手できびきびしていたが、《カルメン》でその力量をうんぬんするのはむつかしい。《カルメン》という曲は、耳あたりのよいおなじみのメロディーが次々に出て来るのだが、そのメロディー間の有機的連関とか、そのメロディ同士の関係というのが見えにくく、オペラ全体を指揮者がどう捉えているかと行いったことよりも場面、場面がストーリにそって展開していくことに身をまかせていればよい音楽であるからだ。
誰が見ても、聞いても楽しめるオペラであり、実はビゼーがそれまでの慣習をやぶって冒険しているということが見えにくくなっているのだが、そんなやかましいことを言うのも野暮なオペラかもしれない。

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《ポントの王ミトリダーテ》

モーツァルト作曲オペラ《ポントの王ミトリダーテ》を観た(ストックホルム郊外、ドロットニングホルム宮廷劇場)。
指揮デイヴィッド・スターン、演出フランシスコ・ネグリン。配役は王ミトリダーテがPeter Lodahl (テノール)。この人はやや荒い歌い方だった。王妃であり、かつ王の息子二人から言いよられるアスパジアはMiah Persson. 地元スウェーデンのソプラノ歌手だが国際的に活躍しており、安定した歌唱だった。
息子の1人ファルナーチェ(敵方ローマと通じている)はカウンタテノールのクリストフ・デュモー。もう一人の息子シファレ(実は王妃アスパジアと相思相愛)は、ソプラノ、ラファエッラ・ミラネージで様式観のある歌唱であり、めりはりのきいた演技だった。
なんといっても魅力的だったのは、モーツァルト初期の音楽をバロック音楽寄りに、しかも20数名のオーケストラ、歌手、指揮が様式をそろえて演奏していたことだ。
《フィガロの結婚》や《ドン・ジョヴァンニ》とは異なる軽やかに走り抜け、かつ、劇的な部分では容赦なく楽器のエッジをきかせるモーツァルトの音楽だった。
考えてみれば、モーツァルトとバッハやヘンデルは一世代しか違わない。
われわれは、少し前までロマン派よりの演奏でのモーツァルトに聞きならされていたのかもしれない。無論、それもゆえなきことではなく、モーツァルトはロマン派的な深い感情表現を器楽曲であれ、オペラであれ切りひらいた面がある。
しかしその一方で、今回のようにモーツァルトが14歳で書いた初期のオペラは、異なった音楽的表情と魅力を備えている。
装飾音と一体化した高音部の旋律を効く快感、ロッシーニのオペラセリアと共通する快感に満ちている音楽なのである。
演出は簡素な装置だが、劇の展開を邪魔しないし、服装も厳密なものではないが、宮廷風と言えなくもないものだった。
もともとの原作はラシーヌであり、作品はストーリー面でも、音楽面でもきわめて大きい。もっともっと上演されてよいオペラであると確信した。

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ドロットニングホルム宮廷劇場

ドロットニングホルム宮廷劇場を見学した。

ドロットニングホルムはスウェーデンのストックホルム郊外にあり、船に乗って1時間弱だが電車とバスを乗り継いでいくことも可能だ。ぼくは帰りはバスでストックホルム中央駅に戻った。
ドロットニングホルム宮殿(王宮)と宮廷劇場は同じ敷地ない歩いて3分ほどのところにあるので、ひとまとめに見ることが出来る。ただし王宮のほうは入場券を買って、自由に見てまわる(ただし撮影禁止)のに対し、宮廷劇場のほうはガイドによるツアーのみである。
この宮廷劇場は1762年に一度火災で焼失し、それを建て替えたものだ。再建がなったのが1766年6月12日。これを建てたのは、グスタフ3世の両親(母はロヴィザ・ウルリカ)。
1790年代にグスタフ3世は暗殺されるが、子どもはオペラに熱心ではなく、この劇場は放置された。20世紀になって、再発見され、18世紀の劇場が手つかずに残っている貴重な歌劇場となった。劇場は大きくはなく、座席は長椅子。ロウソクをおもわせる電燈、シャンデリアが用いられており、18世紀と同様、座席は幕があがってからも明るい(といっても、ロウソクを思わせる電燈なのでまぶしい明るさではない)。
舞台は歌手からみて前方に傾斜しており、かつ透視図法的に奥が狭くなっている。舞台転換は独特で、横にスライドする装置が一斉にいれかわる。

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2014年8月 6日 (水)

ヴェルディの生家は、生家でない?

ヴェルディの生家と呼ばれている家は、ヴェルディが1830年以降に住んだ家であるらしい。

John Rosselli によるヴェルディの伝記に、アメリカ人研究者Mary Jane Phillips-Matzの研究が紹介されている。それによると、ヴェルディの両親がヴェルディが生まれた1813年に住んでいたのは、現在生家とされているよりも大きな家で地元ではcasa padronale (豪邸というのも大げさだが、立派な家くらいの意味か)と呼ばれていた家で、9部屋もあり、納屋などもあった。
ヴェルディの両親は農地を所有し、人を雇っていて耕作させていたのだが、農業危機が続き、1830年に賃料延納のため所有者の教会から立ち退きをもとめられ、現在、ヴェルディの生家といわれている宿屋に引っ越したのである。計算するとヴェルディはその時点で17歳になっているので生家とは言えないことになる。
なぜこのような誤解が生じたかと言えば、ヴェルディ自身が、その家が生家だという意味のことを言っていたからだ。彼は、最初の妻と子どもたちの死亡に関しても、実際には約2年間の間に起こったことなのだが、3ヶ月の間に立て続けに起こったと証言している。
記憶の上書き更新なのだろうか。子どもたちと妻の死亡の場合には、立て続けにということを強調してそういう表現になっているのかもしれないし、生家の場合は、親が立ち退きにあったということを言いたくなかったのかもしれない。また、自分の出自を単なる農民と言いたがる面がヴェルディにあったこともたしかだ。実際には、当時の一般の農民は読み書きができなかったし、ヴェルディが受けたような教育を受けることはなかったのであり、ヴェルディはブルジョワ階級出身ではないけれども、当時のごく一般的な農民の出身とも言い難いのである。
そもそも当時のイタリアは統一もされておらず、ということは統一市場も形成されていないこともあって、資本主義の発展がイギリスやフランスのようではなく、ブルジョワと呼べるような階層はミラノには見られたが、ヴェルディの住む地域には階層として形成されるにはいたっていなかったのだ。

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《仮面舞踏会》のリブレットの改訂

前の記事でヴェルディの《仮面舞踏会》が検閲によってリブレットを改訂せざるをえなかったことと、原作とどう変わったかを記した。それは最初と最後であって、中間のプロセスがあるので記しておく(この項、John Rosselli のThe life of Verdi による)。

ストーリーがスウェーデン国王グスタフ3世暗殺という1792年に起こった史実に基づいているのはすでに述べた。グスタフ3世は絶対君主的な面と啓蒙専制君主的な面の両面をもっていたが、貴族階級の特権を剥奪したことで貴族階級からは疎まれていたことが暗殺事件の背景にある。
この事件をもとにフランス人のスクリーブが1833年にパリでオーベールのために『グスタフ3世』という台本を書いた。
国王暗殺(未遂)のテーマがタブーなのは、ヴェルディも《リゴレット》の時に経験ずみなので、彼とリブレッティスタのソンマは、ナポリの検閲当局の要請に応じることにした。
ここで注意されたいのは、ナポリの検閲の方針が途中で変わったということ。当初の要求は、王の代えて支配者としての公爵。政治の話や、成就した不倫は無し。ピストルもなし、というものだった。
ところがここで、現実に暗殺未遂事件が起こってしまったのだ。イタリアの貴族フェリーチェ・オルシーニらがパリのオペラ座前でナポレオン3世の馬車に爆弾を投じたのである。ナポレオン3世夫妻は軽傷ですんだが、死者も複数でた。オルシーニはナポレオン3世がイタリア統一問題に積極的に関与することを訴えるために事をおこしたのだった。
この事件をうけてナポリの検閲はより厳しくなる。支配者はだめ、友人の妻に恋をしてはだめ、中世以降の時代ではだめ(当初は17世紀の想定だった)、暗殺者を選ぶくじびきはだめ、舞踏会はだめ、仮面もだめ、舞台上での殺人もだめ。これでは《仮面舞踏会》のストーリーとは全く異なったものになるのは明らかだろう。ナポリの劇場側はフィレンツェの中世の共和制の時代を舞台にすることを申し出る。
が、ヴェルディは《リゴレット》の上演の時も、ナポリはヴェルディに断わりなく別作品と思えるような改ざんをほどこしたことを思い出す。ヴェルディは作品を引き上げ、翌年にローマで上演することを考える。
ナポリの劇場側は怒りヴェルディを訴えた。ヴェルディの反論。ソンマの元のリブレット884行に対し、劇場側が提示した改訂リブレットは297行が変更されている。カットもあるし、あらたな付け加えもある。
 元のリブレットと改訂リブレット(劇場側が検閲要求にあわせたもの)を比較すると、
 タイトルは? 違う
 リブレット作者は? 違う
 時代設定は? 違う
 場所は? 違う
 登場人物は? 違う
 状況は? 違う
 くじびきは? 違う。
 舞踏会は? 違う。
これだけ変更されてしまったら別作品だから芸術を尊重するマエストロ(ヴェルディ)としては応じられないというわけだ。
 こうしてこの後、ローマでボストン総督リッカルド、17世紀というところで折り合いをつけるのである。

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グスタフ3世

グスタフ3世といえばヴェルディの《仮面舞踏会》である。グスタフ3世は歴史上実在のスウェーデンの王で、仮面舞踏会でアンカーストレム伯爵にピストルで打たれ死亡した。

その史実をもとにスクリーブが戯曲『グスタフ3世または仮面舞踏会』を書いたのだ。ただし、そこにはグスタフ3世とアンカーストレム伯の妻の間の恋愛関係など歴史的な事実というよりはファンタジーが付け加えられていた。

ヴェルディはスクリーブの戯曲をもとにしたアントニオ・ソンマのリブレットに作曲をしたわけである。しかし、王の暗殺というテーマは初演の1850年代にはあまりに過激なものだったので、ナポリでは上演できず、ローマに変更したが、それでも内容をグスタフ3世の暗殺から、アメリカのボストン総督リッカルドの暗殺に変えることを余儀なくされた。グスタフ3世は、実際には恋愛沙汰ではなくて、むしろ貴族階級との対立から暗殺されたとのことである。ロシアと開戦したのだが、貴族たちの同意をとりつけなかった。伝統的にはそれがルールであったのだが、グスタフ3世はむしろ貴族階級の特権を剥奪するクーデターを挙行した王だったのだ。

芸術を好んだ人で、彼が兇弾に倒れたのが仮面舞踏会であったのも彼らしいとも言える舞台だった。彼の遺品が見られるのは王宮の一隅にある王家武儀博物館(Livrustkammaren)で、そこには彼と王妃の結婚式の衣装も見られるし、彼らが用いた馬車も展示されている。いずれもロココ趣味にいろどられたものであり、彼はヨーロッパの中心部の流行に敏感なお洒落な王様だったのだが、王妃との関係は冷え冷えとしたものだったようだ。

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2014年8月 5日 (火)

《偽の女庭師》(つづき)

Nardo (Gyula Orendt) & the ensemble, La finta giardiniera, Festival 2014, Photo: Tristram Kenton《偽の女庭師》の第二幕。アルミンダ(市長の姪)はベルフィオーレをサンドリーナの件で責める。ナルド(サンドリーナの従者)は小間使いセルピエッタを口説くがうまくいかない。サンドリーナは自分の正体(本名はヴィオランテ)を認めないが、そこへラミーロがやってきてベルフィオーレが殺人犯だと糾弾するので、自分の正体を明かすことで、ベルフィオーレが殺人を犯していないことを証明する。しかし、その後で、あれはベルフィオーレを救うための虚言だったと言って、ベルフィオーレは正気を失う。サンドリーナも正気を失い逃げさる。このあたりは演出によってストーリーが変わってくるようで、あらすじを書く人によって食い違いがみられる。いずれにせよ、暗闇が一種の狂気を表す空間となっているのが興味深いし、そこでの登場人物たちの交錯、相手の認識のずれ具合をどう演出するかも演出の工夫のしがいがあるところだろう。

第三幕はサンドリーナとベルフィオーレが正気を取り戻しむすばれ、アルミンダとラミーロがむすばれ、セルピエッタとナルドが結ばれ、市長が残る。

三組の恋人、あるいは7人の登場人物が複雑に思いを寄せたり片思いだったりするのは、最初は理解しにくいが演出が巧みであればそれほどフォローしにくくはないということが判った。また、これはセルピエッタなどはペルゴレージの《奥様女中》を想起させるように、階級をとびこえて玉の輿をねらっているわけだが、最終的にはみなそれぞれ階級のつりあったカップルが形成される。階級意識や、無意識や狂気への示唆はあるが、それを正面から取り上げてこれぞテーマとするほど過激ではないのだが、それだけに演出しだいで予定調和にも相当挑発的にもなりうるドラマである。

この劇のリブレット(脚本)は、モーツァルトより前にパスクワーレ・アンフォッシという作曲家に提供されたもので、モーツァルトのリブレットにはリブレッティスタの名は記されていないのだが、上記のことからジュゼッペ・ペトロセッリーニが書いたものとされている。ゴルドーニがそもそもの原作とのこと。もっともっと上演されてしかるべきオペラであると強く感じた。


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《偽の女庭師》

Ramiro (Rachel Frenkel), Arminda (Nicole Heaston) & Count Belfiore (Joel Prieto), La finta giardiniera, Photo: Tristram Kentonモーツァルト作曲《にせの女庭師》を観た(イギリス、グラインドボーン)。


オペラファンには有名なグラインドボーン音楽祭であるが、ロンドンのヴィクトリア駅(ここからグラインドボーンの最寄り駅ルイスへの電車は出る)のごく近所のホテルのコンシエルジュもタクシーの運転手もグラインドボーンもルイスも通じないので、オペラはやはり享受する階層が限定されている娯楽なのであり、イギリスは階級社会なんだということを再認識した。
モーツァルトが19歳になる直前に、ミュンヘンで初演されたこのオペラブッファは、モーツァルトの8番目のオペラだというから早熟さにあらためて驚く。
上演のまえにレクチャーがあったので聴いてみた。イギリスの大学の先生が解説をしてくれる。毎回あるわけではないが、今回は折よく聴くことができた。彼によれば、このオペラは初演はイタリア語台本なのだが、モーツァルトの生前にドイツ語版が作成され、そちらも何度か上演されている。長らく、第一幕はイタリア語版が紛失状態のため、ドイツ語版でしか上演ができなくなっていた。1970年になって第一幕のイタリア語版が発見され、イタリア語版が上演可能になった。このグラインドボーンでもイタリア語上演であった。
上演は、演奏も演出も素晴らしいもので、大いに楽しめた。ただ残念だったのは、女主人公サンドリーナが第二幕でおそらくは舞台装置につまづいて転び足を怪我をしてしまったことだ。そのため一時演奏が中断。しばらくしてアナウンスがあり、サンドリーナは舞台の端に椅子にすわって歌うことになった。万来の拍手で演奏再開は迎えられたが、そういう事情で第二幕の途中以降は、不完全な形でしか演出は理解できなかった。
グラインドボーンは周知の如くもともと貴族のカントリーハウスの中に建てられた私的な劇場で、近年建て替えられたのだがそれでも大都市の劇場と比較すればひとまわり小さい。それがモーツァルトのオペラブッファには心地よい空間となる。歌手も音量のために無理をすることが最小限ですむし、歌手の顔の表情やしぐさもよく見えるので、演出も小技が効くのだ。
このオペラのストーリーはかなり複雑だ。幕があがる前のストーリーがあって、サンドリーナ(実は侯爵令嬢だが、身をやつして今は市長の家で庭師をしている)は、ベルフィオーレ伯爵に嫉妬のあまり刺される。ベルフィオーレはサンドリーナを殺してしまったと思っている。この上演ではこの場面を黙劇で序曲の間に演じていた。ごく妥当な解決方法だと思う。
第一幕は市長がサンドリーナに惚れてしまい、サンドリーナは実はいまだにベルフィオーレを思っているので困惑している。セルペッタという小間使い(演技もコミカルでうまかった)がいて、市長をねらっており、市長がサンドリーナを口説くのを何かと邪魔をする。一方で、サンドリーナにつきしたがってきたナルドという使用人はセルペッタに惚れている。
市長の姪アルミンダは、新たな求婚者を紹介するが、これがベルフィオーレなのだ。サンドリーナは驚愕するし、ベルフィオーレもサンドリーナを見てまさかと思う。アルミンダには別にラミーロという求愛者がいて、ラミーロはアルミンダのことをあきらめきれない。
つまり、3組ほどのカップルが入り組んで複雑に交錯している。これがどうほどけて、サンドリーナとベルフィオーレおよびその他のカップルが結ばれるかというお話である。
今回の上演では、舞台装置も衣装も18世紀的な様子で、第一幕で市長がズボンを降ろすというおふざけはあったが、複雑なストーリーがうまく観客の頭のなかですんなりと整理される工夫がなされていたし、何よりユーモアのセンスがあって良かった。
指揮のロビン・ティッチャーティもきびきびとした演奏でもたつかず、歌手もそれぞれ人情の機微を軽やかに歌い、サンドリーナ歌手の怪我は本当にお気の毒であったが、全体としては、とても楽しめる演奏であった。ダ・ポンテ三部作以外にも、こういう傑作があったのだと知った貴重な機会に個人的には感謝したい。



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