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2014年8月18日 (月)

Giovanni Battista Velluti

ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴェッルーティについての講義・コンサートを聞いた(ペーザロ・ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)。

ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルは大学の音楽学の教授や、ロッシーニの楽譜の校訂者がレクチャーをするが、それは無料で一般市民にも開放されている。ロッシーニ財団はロッシーニの楽譜やオペラのリブレットの校訂版やロッシーニの書簡を編纂し出版しているし、また毎年論文集も刊行している。その活動とその校訂版が完成するとその楽譜を用いて実際にコンサート形式で演奏したり、オペラとして上演することがロッシーニのとりわけオペラ・セリアに対する認識を更新し続けている。
その意味でROF (ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)は単なる音楽祭ではなく、ロッシーニの研究・楽譜校訂といった歩みと車の両輪となっている活動でもあるのだ。また、アカデミアでは若手にロッシーニはどういった歌唱法、様式で歌うのかを教育している。ここではマエストラ・ゼッダが直々に若手歌手にアドバイスを与え叱咤激励している。だから研究だけでなく、教育活動そして新人発掘の機会(《ランスへの旅》の上演)を提供もしている。オペラという活動のあらゆる面に関わっていると言っても過言ではないと思う。
さて表題のジョヴァンニ・バッティスタ・ヴェッルーティだが、この人はロッシーニと同時代のカストラート歌手で、オペラ《パルミーラのアウレリアーノ》のアルサーチェを創唱(初演の時に歌った)した。この日の講師は、今回、《パルミーラのアウレリアーノ》の批評校訂版を編纂し、このオペラの上演にあたって指揮を担当しているウィル・クラッチフィールドである。
彼がピアノの弾き語りでヴェッルーティがロッシーニその他のメロディーに付加した装飾音符について説明し、いくつかの実例を若手の女性歌手が実際に歌ってきかせた。
取り上げられた曲はジュゼッペ・ニコリーニの《カルロ・マーニョ(カール大帝)》、フランチェスコ・モルラッキの《テバルドとイゾリーナ》、ジョン・フェインの《フェードラ》、ロッシーニの《タンクレディ》から、である。歌手はラッファエッラ・ルピナッチ、イザベル・ロドリゲス・ガルシア、脇園彩(敬称略)である。
会場は200人ほどのホールなので、ロッシーニ劇場よりずっと小さいため、歌手の声がずっと大きく聴こえる。
クラッチフィールドの主張によれば、ロッシーニや同時代の作曲家は旋律をシンプルに書いている。カストラート歌手はそれに装飾音をつけて歌った。ヴェッルーティはとりわけ7度や9度といった音程を装飾音のなかに積極的にとりいれロマン派を先取りしている。たしかに、ピアノで弾くのをきくとヴェッルーティの作った装飾音符はショパンの装飾音に似ているのだ。時代の順番から言えば、ショパンがそういった歌唱法の影響をピアノ曲を作曲する際に取り入れたということになるのだろう。
ヴェッルーティがどう歌ったかということがそれだけ詳しく残っているということ自体が驚きであった。クラッチフィールドによれば、《パルミーラのアウレリアーノ》にあって、後に《セビリアの理髪師》の中でロジーナのアリアになるものがあるが、それはロッシーニが最初に作ったメロディーに、ヴェッルーティが装飾音をほどこし、その装飾音つきのヴァージョンをロッシーニがほぼそのまま《セビリア》に取り入れた可能性が高いという。
水谷彰氏の著作でもたびたび触れられていることだが、ロッシーニ当時の作曲というのは歌手のことを抜きにして作曲家だけを独立して考えるのは間違いなのだと痛感した。

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