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2014年7月14日 (月)

『オペラは手ごわい』

image岸純信著『オペラは手ごわい』(春秋社、2800円)を読んだ。

なかなか複雑で、かつ、独特の味わいに富んだオペラ本である。一番大きな特徴は、これまで、あまり論じられることのなかったフランスオペラを中心にとりあげ、その魅力を著者が全力で伝えようとしていることだろう。
フランスオペラという中には、フランス人作曲家がフランス語の台本に作曲したものばかりでなく、ドニゼッティやベッリー二、ヴェルディといったイタリアを代表するオペラ作曲家がパリで発表した作品も含まれる。ロッシーニ晩年の傑作《ギヨーム・テル(ウィリアム・テル)》もそうだが、ドニゼッティの《連隊の娘》、ヴェルディの《ドン・カルロス》はオリジナルがフランス語台本なのである。
しかし、なんといっても、この本で熱がこもっているのはマイヤーベーアやトマやグノーといったフランスの作曲家、およびその作品を紹介する筆致だろう。著者が愛してやまない作品であるにもかかわらず、世の中での上演頻度は少ないからだ。なんとかその魅力を多くの人に伝え、上演の機会を増やしたいという熱い思いが伝わってくる。
そういう思いと深く関わっているのだろうが、この本のもう一つの特徴は、著者が、個々のオペラの上演でどの場面にどう感動したかが詳細に語られていることだ。個人的なエピソードは、案外豊富に語られていて、11歳の著者がバスの中で老人に席を譲ったところ、あなたに席を譲っていただいたのは二度目です、という驚くべき返事をもらい、実はその人が旧華族であったということなのだが、この話は、ヴェルディの《椿姫(ラ・トラヴィアータ)》の貴族たちを語る際に出てくる。彼の個人的な経験が、オペラを観るさいにどう活かされているのかがうかがえる仕組みの叙述である。
もう一つ著者には執念といえる楽譜へのこだわりがある。たしかに、オペラであれ、文学作品であれ、本格的に調べたり研究対象にしようとすれば、版(エディション)の違いに無関心でいるわけにはいかない。そのことへの認識が共有されるようになったからこそ、重要な作曲家の批評校訂版(クリティカル・エディション)が出版されるようになったわけだ。そういう意味で、岸氏の楽譜へのこだわりは批評の王道なのである。
しかしながら、先に述べた個人的な経験や歌手とのインタビューのエピソードが惜しげもなく紹介されるので、学術書にともすればありがちな無味乾燥とは無縁の書である。むしろ、著者の静かな情熱に圧倒される思いがするのは私ばかりではあるまい。
《カルメン》、《タイス》などのように既に観たオペラもあったが、まったく一度も観たことのないオペラもあり、しかもその魅力を詳細に語ってくれ、こちらの好奇心と探求心を大いに刺激される一冊であった。

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