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2014年5月17日 (土)

ゼッダ、東京フィル、定期公演

アルベルト・ゼッダ指揮で東京フィルハーモニー交響楽団(以下、東フィル)の定期演奏会を聴いた(六本木、サントリーホール)。


最初はシューベルトの交響曲第三番。シューベルトがわずか18歳の作曲であるが、シューベルトにせよ、ロッシーニにせよ、20歳になるかならぬかで後世に残る傑作を書いている。才能は年齢ではないのだ。

われわれは、未完成やグレートを聞き慣れているので、その面影(先取り)を聴いてしまう。しかし、この曲にはそのどちらとも違う魅力、若さにあふれるチャーミングな魅力がある。ゼッダの指揮は、シューベルト特有の延々と繰り返す音型から沸きおこる歓びの爆発や、あるいは転調により表される心のかげりを余す所なくフレッシュな棒で伝えていたし、オーケストラはその棒に実に敏感に応えていた。

東フィルには脱帽するしかない。たとえば、コントラバスもドソドソとゆっくりオケを支える時は、風邪のように柔らかい音、ごそごそっとうごめく時にはアタック音をきかせ、表情といいリズムといい実に音楽していて気持ちがいい。

2曲目がロッシーニのカンタータ『ジャンヌ・ダルク(イタリア語ではジョヴァンナ・ダルコ)』。現代作曲家シャリーノ(昨年であったか、ポリーニの企画でイタリア現代音楽を紹介するシリーズでも紹介されていた作曲家である)の編曲によりメゾソプラノとオーケストラに編曲された版。原曲はピアノ伴奏らしい。Youtube などで何種類かの演奏を聴くことができるが、オーケストラ伴奏のものと、ピアノ伴奏のものと両方ある。

この日歌ったメゾは、テレーザ・イェルヴォリーノという25歳の若手だが、すでにして、自分のスタイルを確立し、堂々たるロッシーニを聴かせた。メゾソプラノなので低音が実に気持ちよく響くのであるが、高音も輝かしく、アジリタ(早いパッセージの細かい動き)も安心して聴いていられる。今では随分知られるようになってきたが、ロッシーニは、オペラブッファだけでなく、本格的オペラセリアを数多く書いているが、このカンタータはそちらに近い。おおまじめに勝利を歌いあげている。イェルヴォリーノの歌でぜひロッシーニのオペラセリアなりオペラブッファ全曲を聴いてみたいと思った。

全曲を聴いてみたいと強く思ったのは、後半のオペラ《ギヨーム・テル(ウィリアム・テル)》の中のバレエ曲2曲を聴いたときだ。ダンサー、あるいはバレリーナの姿が目に浮かぶ音楽だが、オーケストラだけで鳴っている。ここまで東フィルの音楽が充実しているのだから、ぜひ、ロッシーニのオペラセリアの全曲通しの上演を聴きたいと思う。

マリピエロ(1880年代生まれのイタリア20世紀の作曲家)の交響曲第2番。第二楽章がバーバーを想起させるものがあったが、調べてみるとマリピエロの作曲が早く、逆にバーバーがマリピエロの影響を受けたのかもしれない。マリピエロは、12音技法は用いず、むしろ18世紀以前の様々な旋法や音楽語法を現代的にアレンジして用いている。ヴァイオリンなりヴィオラなりのパーツをとると、古風なのだが、その組み合わせが不協和音になっていたり、ティンパニーの刻むリズムが変則的であったりするのだ。

締めは、セミラーミデ序曲。立派な演奏であった。管にとっての難所でもテンポを緩めることなく前進していくのは爽快である。ロッシーニの場合、単に楽譜に忠実に丁寧に(ゆっくりと)なぞるのでは音楽が活き活きしない。オーケストラ全体がスイングし、ノって来てこそである。序曲の演奏はまさにそうであった。深い満足を得た一夜だった。感謝。



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