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2014年3月 4日 (火)

『名作短編で学ぶイタリア語』

関口英子+白崎容子編訳『名作短編で学ぶイタリア語』(ペレ出版、2500円)を読んでいる。

初級で一通り文法は終わった中級の学習向けの本であると思うが、扱っている作家が、19世紀のヴェリズモ(真実主義、フランスなどの自然主義のイタリア版)の作家カプアーナから20世紀のモラヴィア、最近亡くなったタブッキ、現役のステファノ・ベンニをはじめとして、ボンテンペッリ、パピーニ、ブッツァーティ、デレッダ、ピランデッロと豪華な顔ぶれであるし、なかなか対訳で読む機会のない作家ばかりだ(ただし、ピランデッロに関しては、『エンリーコ4世』の小林勝氏による対訳本が大学書林から出ている。戯曲である)。
本書はタイトルにあるように、短編ばかりなので、一息に一篇を読み切ることはさほどむつかしくない(と思う)。なおかつ、語法について、むつかしそうなところは、丁寧に註がほどこされているし、その部分は本文がグレーになっているので、単に数字が付してあるだけよりぐっとわかりやすい。
一人の作家を読み終わると、文法ポイントがまとめてある。たとえば、句読点についてや、ジェルンディオ(英語の分詞構文に相当するものです)についての説明が、作家の文例をひいて説明されている。そういってはなんだが、初級者向けの文例とは味わいが違う(初学者向けの本のなかでは、理解しやすいように、要素をシンプルにし内容単純な例文にするのはやむをえないとは思うが)。
また、短編ごとに難易度が星印で1つから5つまである。ピランデッロは5つ星である。
冒頭にあるカプアーナはヴェリズモの作家と言ったが、ここで取り上げられているのは、民話口調の「こま娘」というおとぎ話で、こまと合体した人形が、こまがまわっている間は口をきき、その人形に王子が恋をするという話で、ヴェリズモではまったくないのは愉快なアイロニーだ。文学史や音楽史を書いたり、読んだりするうえでの整理としてなになに主義は便利だが、一人の作家の音域、表現の幅は、すぐれた作家になればなるほど、一口ではくくりきれないということか。
ステファノ・ベンニだけ2つの短編がとられているが、片方がおじいさん(複数)が主人公で、もう一方はおばあさん(複数)が主人公。おじいさんは、車の多い通りがなかなか渡れない。おばあさんはバールにやってきて他人の病気の話ばかりしているのだが、彼ら、彼女らを描写する筆はちょっとブラックなユーモアに満ちているし、ときに漫画チックでさえある。
読み進めていくと、作家による文体、作品世界の雰囲気の違いも自然にわかる。章ごとに付されたイラストも楽しい。

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