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2013年12月 4日 (水)

《鼻》

ライブビューイング(映画館での録画上映)で、ショスタコーヴィチのオペラ《鼻》を観た。

何十年も前(いったい何十年前だったのか)ゴーゴリの短めの小説『鼻』を読んで衝撃を受けた。主人公の鼻がとれて、その鼻は独立した人格を持ってしまう。これが書かれたのが1830年台というのも驚きだ。カフカや安部公房よりずっと早いのは言うまでもない。
不条理であり、おとぼけな可笑しさにあふれた話を、ショスタコーヴィチは諧謔、諷刺の味わいに満ちた音楽、時に大胆なリズムや不協和音を駆使して描いていく。
今回の上演では、演出ウィリアム・ケントリッジのアニメをふんだんに用いた演出が効果的だった。登場人物鼻は、人間の大きさできぐるみでも出てくるし、アニメとしても出てくる。
鼻がとれてしまうコワリョフは、パウロ・ジョット(バリトン)。警察分署長はアンドレイ・ポポフ(テノール)。どちらも素晴らしかった。鼻がとれてしまった後、ジョットの鼻をどうするのか(メークなど)と思ったが、まったく普通に鼻はあり、特殊メークなどはない(そんなことをすると歌いにくいのかもしれない)。
スターリニズムの時代には演奏されなかった演目である。若い時のショスタコーヴィチは意欲的な作品を書いていたのに、じょじょに、自分の書きたいものは書けなくなっていく。

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