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2013年9月15日 (日)

《リゴレット》

公演画像ヴェルディの《リゴレット》を観た(NHKホール)。

 一言で言えば、ヌッチの一人舞台である。観客の反応からすれば、ヌッチのファンが多いのであろう。たしかに、ツボを心得たうまさがあるのはたしかだが。こちらとしては、それは踏まえたうえで、何か新しい良さを見いだしたいところだ。
 指揮はドゥダメル。テンポを動かすのはいいのだが、変わり目が時に機械的で、せっかくのスカラ座のオケの精妙さがそこなわれる部分があったのと、《リゴレット》というオペラの全体の息をもつかせぬ推進力よりは、部分、部分で整理している印象を受け、ヴェルディの音楽に心身ともに圧倒される感じは薄い。合唱が悪くはないのだが、指揮者が一種の楽器として鳴らしている感じで、言葉をはっきり響かせようという意志が感じられなかった。スカラ座に対してはこちらも期待度が高くなる。当然ながら、素晴らしい演奏なのだが、あえてもう少しここがというところを述べた。
 公爵はジョルジョ・ベッルージ。ジルダはマリア・アレハンドレス。高音が特にビブラートが特徴的な声で、ジルダに向いているのかは疑問。ドゥダメルのテンポも遅すぎて音楽の流れがゆるやかすぎるように思えるところがあった。
 感銘を受けたのは舞台だ。これが1994年のプロダクションであると思うと、20年前はこういう舞台がつくれたわけだが、ヴェルディ年の今年、ミラノで観た《マクベス》の舞台(装置)はさみしい限りであった。
 イタリア経済の回復を祈るのみであるし、スカラ座の総監督がリスナーからペレイラに変わった時に、指揮者の起用がどう変わるのか期待したいところだ。

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2013年9月 9日 (月)

《ファルスタッフ》

ファルスタッフ舞台写真

ヴェルディのオペラ《ファルスタッフ》を観た(上野・東京文化会館)。

ミラノ・スカラ座の来日公演である。指揮はハーディング。モーツァルトを振るときとは異なり、テンポは普通で、オーケストラの細かいテクスチャーには気を配っているが、舞台での歌唱が2つあるいは3つのグループに別れるときには、苦労しているようで、この曲は愉快な曲ではあるが、演奏をする側にはなかなか難しい所が何カ所もあるとわかった。
ファルスタッフはマエストリ。堂に入ったものである。女性陣は豪華。フォード夫人アリーチェがバルバラ・フリットリ、メグがラウラ・ポルヴェレッリ、クイックリー夫人がダニエラ・バルチェッローナ。三者三様に美しくエレガントである。声の質も同じメゾでもポルヴェレッリとバルチェッローナは性格が異なる。ポルヴェレッリは軽やかな声だし、バルチェッローナは深く響く声だ。バルチェローナはコケティッシュな演技、コミカルな演技も実に見事。会場からも何度も笑いが起こっていた。
演出はカーセン。非常にすっきりとした演出。モダンな家のキッチンであったり、レストランが舞台になったりする。かと思えば、水の中に落とされたあとの幕では、
ファルスタッフは馬とご対面。本物の馬が飼い葉を食んでいるのには驚いた。
ファルスタッフはヴェルディの演目の中では上演頻度が少ないせいか、フライングの拍手が何度かあった。最後の場面は演出の関係で客席を明るくして、観客に向かってあなたがたもこの世界という劇場のコメディの登場人物なんですよと指さす部分でフライングがあったのは残念だった。
カーテンコールで指揮者のハーディングがオリンピックの旗を持って来たのは(東京開催が決定したことへの祝意)ご愛嬌だった。
ハーディングの指揮ぶりは、例えば、トスカニーニやカラヤンのように、指揮者が中心になってぐいぐいと音楽に構築していくというよりは、カーセンの演出を最大限にいかすようサポート役にまわるという感じで、むしろ遅めのテンポの箇所ではオケの音色の変化には敏感に反応して描き分けていく。ただ、性格の描き分けに関しては歌手の歌い回しにやや依存していると思った。
そもそもが、《ファルスタッフ》というオペラはヴェルディの最後のオペラだというだけでなく、オペラ・ブッファの流行が完全におわってから書かれたオペラ・ブッファというオペラ史上でも特殊な位置にある。しかも、ヴェルディの曲の書き方が、《オテロ》以降は、アリアとレチタティーヴォを分けないものになっているので、音楽は登場人物の個々の感情を描出するというよりは、その時々の状況を描き出すという色合いが強くなっている。
そのため、フェントンのアリアをのぞけば、感情移入を求める音楽というよりは、状況に対して距離をもって突き放して観ることを求める音楽になっている。しかも、本来のオペラブッファはクルマで言えば、排気量が小さくて、小回りのきくクルマがカーブを器用にまわってあっと言わせる動きを見せるという感じだが、晩年のヴェルディは重量級のセダンなのに意外なほど細やかに動き、意外な驚きを感じるという体なのだ。
歌手たちはカーセンの演出にのって歌うことを楽しんでいるように見えたし、われわれも多いにこの御芝居を楽しむことが出来た。

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