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2013年8月13日 (火)

《ギヨーム・テル》

ロッシーニのオペラ《ギヨーム・テル》を観た(ペーザロ・アドリアティック・アレーナ)。

ボローニャ歌劇場管弦楽団、指揮はミケーレ・マリオッティ。
《ギヨーム・テル》は、日本ではウィリアム・テルという名前でより知られているかもしれないが、ウィリアムという名前は、フランス語ではギヨーム、イタリア語ではグリエルモとなる。このオペラはフランスでフランス語で初演されたので《ギヨーム・テル》であり、イタリア語版の歌詞のものは《グリエルモ・テル》となる。
今回ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルで上演されたのは、初演のフランス語版であり、《ギヨーム・テル》である。通常、アドリアティック・アレーナでの上演では原語(イタリア語)字幕が掲示されるのだが、今回は字幕がなかった。
《ギヨーム・テル》は、周知の通り、ロッシーニ最後のオペラ作品(まだ彼は37歳だったのだが)であり、上演時間は5時間を越える。この日の上演は午後6時にはじまり、25分ずつ2回の休憩をはさんで、終演は11時半頃だった。
マリオッティは格別の情熱をもって序曲を振った。彼の指揮がこれほど熱っぽかったのは僕は聞いたことがない。歌がはじまってからも、いつものマリオッティの指揮ぶりどおり、非常に丁寧に独唱、重唱、合唱に表情をつけていくのだが、時々おどろくようなテンポでダッシュするのに驚いた。新たなマリオッティ、マリオッティの新境地が出て来たのではないかと思う。《ギヨーム・テル》のような大曲とがっぷり四つに取り組むことで、彼の音楽観、指揮ぶりが成長する、変化するということは起こりうることではないかと想像した。
演出はグレアム・ヴィック。中世のスイスの世界が、20世紀を思わせる世界になっており、幕があくと民衆が土をこすったり拾ったりしている。ストーリーとしては、支配されている民族と支配する民族の話であるから、構図は明確だ。
ヴィックはあざといほどに、支配民族が被支配民族に嫌がらせや、セクハラ、パワハラを炸裂される様子を暴きだす。被支配民族の怒りが爆発する時には皆が赤い布を持っている。幕のもようは赤の地に怒りの拳である。民衆の怒りは、時に社会主義革命や19世紀のヨーロッパにおけるいくつかの革命を想起させ、支配者の横暴は、19世紀的であったり、場面によってはナチスを思わせるといった具合だ。
しかしそういったヴィックの演出がどうというよりも圧倒的だったのは、ロッシーニの音楽である。マリオッティとボローニャ歌劇場管弦楽団は渾身の演奏を展開しており、また、テルのニコラ・アライモ、テルの子どもジェミーのアマンダ・フォーサイス、恋と祖国の間にひきあかれるアルノルドはホアン・ディエゴ・フローレス(言うまでもないことかもしれないが、彼目当ての観客は多く、この演目は何ヶ月も前から売り切れて切符が入手困難であったと聞く)、アルノルドと恋仲の王女マティルデのマリーナ・レベカ、悪代官のようなゲスレルのルーカ・ティットート、ヴァルテルのシモン・オルフィーラ、漁師のセルソ・アルベロ、そしてボローニャ歌劇場合唱団といった面々はいずれも熱唱で、こんな声の饗宴、音楽の充実を聞くと、ロッシーニ観が根本的に変わる人もいるだろう。
ROF(ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)がずっと取り組んできたことではあるが、ロッシーニの傑作は決して《セビリアの理髪師》のようなオペラ・ブッファだけではない。《セビリアの理髪師》が傑作であることは論をまたないが、19世紀の後半から忘れ去られていったロッシーニのオペラ・セリアには数々の傑作があり、その集大成が《ギヨーム・テル》と言ってもよいだろう。
《ギヨーム・テル》はロマンティック・オペラが登場した時代に書かれた影響もあって、オーケストレーションも分厚く充実している。それだけ歌手への負担も大きい。ストーリーからして、政治的なテーマと恋愛のテーマが絡み合っているし、親子・家族の情愛もしっかり描かれている大作だ。そして上演に5時間以上かかる大作なのだが、まったくだれるところがなく、音楽が充実しきっている。音楽の充実に見合った形で、扱われるテーマも他国の支配からの独立や恋愛、家族の情愛と多岐にわたり、かつそれぞれが見ごたえ、聞きごたえのあるものとなっている。
こうした大作を最高度の声、歌唱で聞ける機会はここでしかないと思われる。この演奏に接しられたことを感謝するほかはない。

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