« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013年8月30日 (金)

《ナブッコ》

ムーティがローマ歌劇場首席指揮者就任

ヴェルディ作曲のオペラ《ナブッコ》を観た(ザルツブルク、祝祭大劇場)。

観たというよりは、聴いたと言ったほうが良いかもしれない。コンサート形式での演奏であったからだ。舞台装置はなく、歌手も男はタキシード、女はドレスを着ていて、ナブッコの時代を思わせる衣装、装置は何もない。
壇上には、ローマ歌劇場の管弦楽団と、その奥に同歌劇場の合唱団、手前に独唱の歌手たちが並んでいる。
独唱はナブッコがルチッチ、アビガイーレが急遽交代で、アンナ・ピロッツィ。この人はナポリの人であるが、体格もよく声量もあった。直前の交代であったため、彼女だけが譜面をみながらの歌唱であった。フェネーナはガナッシ。ガナッシは声量はないが発声はきれいで、様式感がきちんとでる歌唱。イスマエーレがフランチェスコ・メーリ。ザッカリアがベロセルスキー。
冒頭でベロセルスキーが声を張り上げたせいか、メーリも負けじと張り上げ、微妙な表情を練り上げるというよりは、壮大な声の饗宴といった感じだった。オケや合唱も一部をのぞいては、かなり鳴らしまくってシンバルなどは、普段のオケピットから聞こえて来る音と異なり舞台から直接なので、音量が大きすぎるくらいの派手さだった。
ムーティもローマ歌劇場管弦楽団を要所要所でおさえる感じの指揮で、たとえばパッパーノがドン・カルロでウィーン・フィルに対してみせた精妙なコントロールとは異なる感じだった。昔のスカラ座と演じた《ナブッコ》とも当然異なる大柄な感じのナブッコであるが、ここが肝心の場所となると、ムーティの身体が前傾したり、激しく揺れ動くのが興味深かった。
また、歌手は自分の出番以外では、椅子にこしかけて待っているわけだが、序曲や自分の出番が来るまで相当緊張しているのがわかった(僕の席は前から3列目の向かって左はじ)。通常のオペラであれば、衣装をつけているし、出番でなければ舞台には出ていないから、歌手にとっても少し勝手が違って来るだろう。
観ているほうも、ザッカリアがフェネーナを捕まえてこの女(ナブッコの娘)を殺すぞ、と言っている時に、演奏会形式のため、ザッカリアはフェネーナと指揮者をはさんで反対側におり、腕すらつかんでないし、それをとめに入るイスマエーレも最初からずっとザッカリアの脇にいて、割って入るといった動きもない。だから、字幕(例によってドイツ語と英語)によって舞台進行の内容を確認はできるのだが、感情移入はしにくく、いわば声という楽器を用いた協奏曲のような感じと、通常のオペラの中間のような具合であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月28日 (水)

ベルリンフィル・コンサート

Simon Rattle, © Jim Rakete

サイモン・ラトル指揮のベルリンフィルハーモニーの演奏会を聴いた(ザルツブルク、祝祭大劇場)。

会場は満員。会場にはイタリアの政治評論家のジュリアーノ・フェッラーラやスカラ座総裁のリスナーの姿もあった。ジュリアーノ・フェッラーラはもともとは共産党系の活動家だったのだが、1990年代にベルルスコーニ支持に変貌をとげた人である。
最初の曲はシェーンベルクの《清められた夜》。通常の弦楽六重奏ではなく、弦楽合奏版である。
この曲はデーメルという詩人の詩《浄められた夜》につけられた曲だ。といっても歌があるわけではなく、いずれの版にせよ器楽曲なのであるが。詩の内容は、二人の恋人が夜、月夜の森を歩いている。女性がお腹の子はあなたの子ではないと告白する。男は僕らは冷たい海をさまよっているが、僕は君のぬくもりを感じている。その気持ちがお腹の子を浄化してくれる。僕の子として産んでほしい、二人は澄んだ月明かりの中を歩いて行く、というような内容である。
内容からしても、もともとの発想からも弦楽六重奏がふさわしいとは思う。また弦楽合奏にしても小編成ならばともかく、この日のベルリンフィルにはコントラバスだけで6人も7人もいる分厚い編成だった。音がピアニッシモになると、大編成がうそのようにかそけき音となりしかも産毛のような柔らかい音が聞こえて来るのはさすがであった。曲は後期ロマン派的な嫋々たるもので、詩の内容にふさわしい。後の12音技法のシェーンベルクとは様相がまったく異なる。
次はアルバン・ベルクのヴォツェックからの3曲で、調べてみると、ベルクがオペラ《ヴォツェック》を初演する前に、この3曲を演奏会形式で発表したらしい。ヴォツェックになると、後期ロマン派的な退廃的叙情性と、それだけではすまない世界との違和感、自分自身との違和感、不条理性が前景化される。それは音にも表れていて、オーケストラが一体となって動くのではなく、金管と弦が異なった調性やリズムで進行するぎくしゃくとした感覚が独特の表現力であり魅力となっている。ベルクは管弦楽法が精妙なため、つんざくような音がするときも、やかましいのではなく、むしろ官能的なテクスチャーを持っている。
歌はバーバラ・ハンニガン(ソプラノ)。表現力はあるが、線が細い。特にオーケストラがピットでなくて、壇上にあがっていると大音量なので、より大きな声量が欲しくなる箇所もあった。
休憩をはさんでストラビンスキーの《春の祭典》。もともとはバレエ音楽であるが、管弦楽曲としての演奏。珍しいことではない。今回の演奏を聞いておやっと思う箇所、きいたことのないフレーズやここはもう少し長かったのではと思う箇所があったので調べてみると、《春の祭典》には8つもヴァージョンがある。僕がその昔、繰り返し聞いたレコードはアンセルメ、スイス・ロマンド管弦楽団の演奏だったので、おそらく1923年版である。当日ラトルが演奏したのは1947年版とプログラムに記されているので、僕の記憶と違っている箇所があって当然であったのだ。
ラトルの指揮は、テンポは一定の枠に落とし込んでおいて、その中で音色の変化や強弱のダイナミクスをつけていくので、安心感が高い演奏であるし、はじけきらないと言えばはじけきらない演奏である。ベルリン・フィルの合奏能力が高いのは言うまでもないが、特に、無音の状態になる瞬間がぴたっと一致するのは驚異的だった。数日のうちにウィーン・フィルと両方を聞いたので違いもわかって面白かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月27日 (火)

オラトリオ《アレクサンダーの饗宴》

ヘンデルのオラトリオ《アレクサンダーの饗宴》を聴いた(モーツァルテウム、ザルツブルク)。

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮、モーツァルテウム管弦楽団の演奏、独唱者は、ソプラノがハナ・モリソン、テノールがマウロ・ペーター、バスがコンスタンティン・ヴォルフ。

この曲はオラトリオだが世俗オラトリオで、くだけて言えば、ヘンデルはイギリスでイタリア語台本のオペラをずっと書いてきたのだが、なぜかそれが流行が下火になったので、英語でオラトリオを書いてあたったのである。
世俗的オラトリオは登場人物はいるし、合唱はいるので、乱暴に言えば、演奏会形式のオペラ上演みたいなものと思ってもいいかもしれない。

これは原作はジョン・ドライデンの詩で、ジョン・ドライデンといえばイギリスでは17世紀の大物中の大物詩人なのだが、日本では一部の英文学者をのぞいては敬遠されがちで、英文学者ですら読まない人がおおいのが実情である。原題は、「アレクサンダーの饗宴、あるいは、音楽の力」と副題がついている。

この詩の内容は、アレクサンダー大王がペルシャと戦いペルセポリスに進軍して、そこで愛人のタイスと宴会を催している。そこでティモテウスが竪琴をかきならし、アレクサンダーの心にはいろいろな思いが去来するが、最終的には戦いに倒れた兵士への復讐としてペルセポリスの破壊を決意するというものである。

このドライデンの詩をもとにニューバー・ハミルトンが台本を書いたのが英語版の「アレクサンダーの饗宴」。今回はカール・ヴィルヘルム・ラムラーのドイツ語台本による上演であった。ドイツ語版がどういう経緯で出来たのかは筆者は知りません。

曲は序曲があって、レチタティーヴォありアリアあり合唱ありで、構成としてはオペラとの共通点が多い。英語版では、歌詞がたとえば、
Bacchus' blessings are a treasure,
Drinking is the soldier's pleasure:
という風に行末のtreasure と pleasureが韻を踏んでいる。例にあげたもののように2行で同じ韻をふむカプレットも多用されているし、韻の形がABBA となるような4行の連やそれがくずれて5行になっているものなどもある。

ドイツ語の版は意味をとって訳したものらしく韻は踏んでいない。英語版(オリジナル)を聴けば、韻を踏んでいるところで、音楽はどう歩調を合わせているか、メロディーをそろえているか、リズムをそろえているのか、音型をそろえて移調しているかなどがわかるだろうが、今回は不明。

モーツァルテウムは祝祭大劇場やモーツァルト劇場と比べると小ぶりであり、オーケストラも小編成である。それもあって、対位法で旋律が受け渡される(第一ヴァイオリンから第二ヴァイオリンへ、ソリストから合唱団へ、第一ヴァイオリンから管楽器へ、など)のが音によっても、視覚的にも大変よくわかり、ヘンデルの曲作りの巧みさを堪能できた。

ヘンデルは早い情熱的なパッセージとゆったりとしたテンポで朗々と歌わせる部分の交え方が巧みで、こちらも気持ちよく緊張したりリラックスしたりしながらこの劇(オラトリオ)の世界に入って行くことが出来る。

ガーディナーと指揮はいかにも手慣れたもので、安心感をもって聴くことができた。ソリストたちも、よく様式感を表現しており、合唱団も含め全体の表現が非常によくまとまっていた。

観衆の拍手に応えて、ガーディナーは最終曲をアンコールとして演奏した。





























| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月26日 (月)

《ノルマ》

ベッリーニ作曲のオペラ《ノルマ》を観た(ザルツブルク、モーツァルト劇場)

モーツァルト劇場というのは祝祭小劇場ともモーツァルト・ハウスとも呼ばれ、祝祭大劇場の並びにある劇場である。当然ながら、祝祭大劇場と比べると1まわりも2まわりも小さい。

ノルマを演じるのはチェチーリア・バルトリで、この人はアジリタ(早く転がすようなパッセージ)の超絶的な技巧を持っているのだが、声量はあまり大きくないのでこの劇場を選んでいるのではないかと思う。バルトリは、出演のオファーが来ても、自分の喉に合わない劇場や演目では歌わず、めったに上演に接する機会のない名歌手なので、この日の切符も早くから完売であった。筆者はたまたま現地でインターネットで予約した切符を引き換える際に、もしかしてこれこれの切符はありますかと尋ねると1枚だけあると言われ、すぐに買った。一列目の一番端なので、バルトリの声量がどうのということはまったく問題にならず、顔の表情も演技も、声の微妙な変化もことこまかに窺えたのは幸運であった。

バルトリは大変知的に自分をコントロールして、着実にキャリアを積み上げてきた人だと思う。CDの出し方を見ても、名曲ヒットメドレー的なものではなく、むしろバロック期の埋もれた(無論、周知の名曲も混じってはいるが)名曲をとりあげたり、ヴィヴァルディやロッシーニの世にあまりしられていないオペラのアリアを取り上げたりして、自分ならではの活動、活躍の仕方をしてキャリアを築いてきた。彼女のような人がザルツブルク聖霊降臨祭の芸術監督になったのはふさわしいことであろうし、そこで選んだのがこの《ノルマ》の上演だった。夏の音楽祭はその再演というわけである。

彼女のキャリアからするとベッリーニは相当時代がくだっている、現代に近いものである。《ノルマ》をロマンティック・オペラと呼んでしまってよいかどうかは、議論の別れるところだろうし、イタリアオペラにおけるロマン派とは何かを論じる場でもないので、暫定的に、《ノルマ》はロッシーニに代表されるベルカント・オペラとロマンティック・オペラの架け橋になるような作品と言っておこう。

そういった作品が今回どう上演されたか。まず音楽的に。指揮者のジョヴァンニ・アントニーニは、イタリアのバロック合奏団ジャルディーノ・アルモニコの創設者である。そこでは彼は指揮もするし、フルートやリコーダーを演奏したりもする。彼はザルツブルグには昨年のヘンデルのオペラ《エジプトのジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)》でデビューしている。

オーケストラはラ・シンティッラ。このオケは、チューリッヒ歌劇場でアーノンクールの薫陶を受けてバロック奏法をマスターした人たちが中心となって1996年に立ち上げられた。

以上の紹介から推察できるように、ベッリーニの演奏スタイルは従来のものを大きく革新している。打楽器や金管楽器が炸裂する。その驚きは、50年ほど前にはバロック音楽が聞き心地のよい心を乱すことのない音楽と受けとめられていたのに対し、バロックこそ激情のほとばしる劇的音楽なのだとアーノンクールたちが大きくバロック観を変革した動きとパラレルに考えてよいだろう。これまで、ベッリーニの音楽は、優雅でエレガントな旋律、しかし、どこまでもエレガントなために刺激に乏しく時に退屈してしまうといった感じの演奏が多かったのだが、今回の演奏は、ある時はロッシーニの勢いを思わせ、ある時にはヴェルディの軍楽調を思わせる響きがひんぱんにあらわれ、カスタ・ディーヴァのようなあくまで清澄に美しいメロディーとのコントラストが活きていた。

つまり、これまでの優美さ一辺倒ではなく、激しい時にはあくまでも激しい、音響的に刺激的な音がするベッリーニとなっていた。

それと相まって効果をあげていたのが、時代設定の変更である。ノルマ(バルトリ)は古代ローマ時代にガリア(今のフランス)でローマ人に占領されているドルイッド教徒の巫女であるが、禁を犯してローマ人の将校ポッリオーネ(ジョン・オズボーン)と男女の仲となってしまう。二人の間には密かに子どもが二人いるのだが、ポッリオーネは若い巫女アダルジーザ(レベカ・オルヴェーラ)へと心変わりし、ノルマへの愛は冷めている。

ところがこれを、今回の舞台では、ナチス占領下のフランスで、ノルマや周りの人たちはレジスタンス(抵抗運動)の人々という描かれ方をしている。時代劇の時代設定を現代にもってくるのは普段なら食傷気味なのであるが、今回の場合、音楽の演奏スタイルが斬新に革新されているので、時代設定の現代化も抵抗がなかった。むしろ積極的・肯定的に評価したい。

演出はモシュ・ライザーとパトリス・コリエという2人組の演出家で、昨年の《エジプトのジュリオ・チェーザレ》でザルツブルクへのデビューを飾っており、バルトリとは8年以上仕事をしている間柄である。

歌手はアダルジーザが線が細く、やや弱かったが、ノルマの父オロヴェーゾのペルトゥージは見事なバスを披露した。ペルトゥージはもうペーザロ(ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)には出てくれないのか、出て欲しいと思わずにはいられない。

こうしてバロックの側がらよりドラマティックに生まれ変わったベッリーニは会場の満場の拍手につつまれた。このプロダクションは演奏史に残る上演であると高く評価したい。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月25日 (日)

《ニュルンベルクのマイスタージンガー》


Szene aus "Die Meistersinger"

ワーグナーのオペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を観た(ザルツブルク、祝祭大劇場)。

筆者は、ワーグナーに関してのみ楽劇という言葉を用いることはしていません。なぜなら、バロック時代のオペラやモーツァルトのオペラもオペラと呼んでいるのは後世の人間であるからです。たとえば、オペラ・ブッファという言葉も総称にすぎず、オペラ・ブッファに分類されそう呼ばれる当の作品がオペラ・ブッファと名乗っていることは珍しいからです。オペラという言葉はその作品の自称が何であれ、総称として分類の便宜のために用いられてきたし、当ブログでもそういう意味合いにすぎません。

上演は11時に始まった。途中に2回の休憩があった。最初は1時間(たぶん、昼食を食べる人のことを配慮して長いのだと思う)。2度目は30分。終演は5時。

ワーグナー歌手というのは、別物だなと思った。こんなにオーケストレーションが厚く書かれていて、そこを突き抜けて聴かせねばならないし、しかも演奏は休憩をはさむとはいえ、6時間にも及ぶのである。まさに超人的。

この日はハンス・ザックスのミヒャエル・フォッレが大活躍。演出も、このオペラ全体がザックス親方の見た夢という演出であった。だから、舞台が進行する時にも登場人物がのっている台のようなものが巨大な本であったり、巨大なインク壺があったりする。ザックス親方の書き物机から転移してきているのだ。

指揮はダニエーレ・ガッティ。ドイツ系の指揮者とは、ためるところが違うというか、ほとんどためない。メローディアスなところでは、テンポをゆっくりめにしてたっぷり歌わせる。そんな点が新鮮と言えば新鮮だし、軽い違和感をおぼえる人もいたかもしれない。

イタリアものと比べて、ワーグナーは歌詞の量が多いということに気がついた。歌詞の内容も理屈っぽいのである。長い歌詞で次々に変わっていくので、英語字幕だと読み切れないことがしばしばあった。単に上演時間が長いだけでなく、一人一人の個々の台詞も長台詞が多いのである。いろいろな点で興味深い上演であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《コシ・ファン・トゥッテ》

モーツァルトのオペラ《コシ・ファン・トゥッテ》を観た(ザルツブルク、モーツァルト劇場)。

指揮が変更になってエッシェンバッハ。ひさしぶりに聴くウィーン・フィルの響きは、モーツァルトの音楽に実によくあう。古楽器・ピリオド楽器による演奏もよいのだが、やはりウィーン・フィルの響きは別格である。無論、ウィーン・フィル自体にまったく変化がないというつもりはないが、弦楽器の柔らかさ、ホルンなどで古い楽器を使うことによる独特の響きは他に見いだし難い。

ストーリーはご存知の方も多いと思うが、フェッランド(マーティン・ミッテルツナー)とグリエルモ(ルカ・ピザローニ)が自分の婚約者の操の固いことを自慢しあっていると、中年のおじさんドン・アルフォンソ(ジェラルド・フィンリー)がからかう。2人は怒って、ドン・アルフォンソと賭けをする。2人は急に軍隊に招集されたことになり、別れの愁嘆場を演じる。その後、ドン・アルフォンソの指示にしたがって、トルコ人とおぼしき姿でやってきて(他人になりすまし)、相手方の婚約者をくどく。

無論、最初はまったく受け付けないのだが、ドン・アルフォンソは侍女デスピーナ(マルティーナ・ヤンコヴァ)の助力をえて、最初はドラベッラ(マリー・クロード・シャピュイ)ついでフィオルディリージ(マリン・ハルテリウス)が陥落する。二人のトルコ人と結婚式をあげようというところへ、元の婚約者が突然帰宅する。大騒ぎになるが、結局もとのさやに戻る。

最近はこのもとのさやに戻るというところをどう演じるかが変化してきていて、今回の上演でも元のさやに戻っていない、気持ちがすっきり戻っていないという演出である。おそらくは、トルコ人に扮した男たちが口説くときに散歩にいくのだが、そこでどこまでのことが起こったのか、またそれが彼らの心にどれほどの影響を及ぼすのかが演出の解釈の違いになってくるのだろう。下世話な話で恐縮だが、それぞれが別の相手と肉体関係までできてしまったとするなら、そう簡単にもとのさやに戻れるのだろうか、ということだ。

従来は、オペラ・ブッファとして上演されてきたのだが、最近は悲劇でも喜劇でもない問題劇として描かれているのだと思う。また、脚本(リブレット)自体にそういった読みを可能にする要素がある。単なるオペラ・ブッファをはみ出してしまった、逸脱してしまった劇と言えよう。

ただし、一方では、このオペラは、きわめて人工的なオペラであって、そもそもが男ども2人は舞台で、最初と最後を除けば、異国からやってきた別人を演じている。いわば芝居のなかで芝居をやるメタシアターなのである。また、状況も、いかにも作り事めいているし、1日のうちに女性2人ともが陥落してしまうというのも極端な話であろう。これは結局、恋愛をめぐる思考実験的なお遊びの劇とも言える。それを体現しているのはモーツァルトの音楽で、あくまで優雅で、美しいのであるが、他のダ・ポンテ3部作と比して、すこぶる二重唱が多い。極端に言ってしまえば、ドラベッラとフィオルディリージは2人で1セットの人格、フェッランドとグリエルモも2人で1セットの人格といった感じなのである。

後半になると、先に陥落するドラベッラとフィオルディリージの言動が別れてくるし、男たちも自分の婚約者が心変わりしたか、しなかったかでおおいに反応は別れてくる。

モーツァルトとダ・ポンテがこんな極端な話で描きだしてしまったものは、婚約や婚姻関係といった最も重大な人間関係も単なる約束事にもとづいているのだ、ということではないだろうか。

フランス革命が身分に関する約束事をひっくり返したように、《コシ・ファン・トゥッテ》は男女の関係に関する約束事をひっくり返す可能性を僕らにちらっと見せているのだ。だから、19世紀の観客はこのオペラを不道徳であるとして、長年上演しないでふたをしてしまったのだろう。

歌手は、ドン・アルフォンソのフィンリーが歌も演技も達者。デスピーナのヤンコヴァは演技が巧みで会場の拍手をさらっていたが、イタリア語の発音が不明瞭なところが時々あった。むろん、デゥピーナはナポリなまりのイタリア語を話すわけで聞き取りが困難になる要素はあるのだが。

フィオルディリージとドラベッラは決して強い声ではないが、モーツァルトの二重唱の心地よさを堪能させてくれた。

エッシェンバッハは第一幕はかなりのスピードできびきびとした棒であったが、1幕の終盤から通常のテンポとなり、二幕はほんの少しだれるところもあった。舞台はガラス張りの温室といった設定でそれなりに美しく、全体としてはモーツァルトの味わいに富んだ世界を十分堪能できた。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月17日 (土)

マチェラータ音楽祭の収支

Sferisterio durante la Traviata degli Specchi

マチェラータのオペラフェスティヴァルの今年の収支が報告されているので紹介する(Corriere Adriatico, 8月12日)。
マチェラータのオペラ・フェスティヴァルのみでなく、どこのオペラ・フェスティヴァルでも、さらにはどこのオペラ劇場でも経営の問題は非常に厳しいという声をしばしば聞く。
以下、記事の要約。
7万ユーロの増収。2013年マチェラータ・オペラ・フェスティヴァルは、プライヴェット・セクターからの収入が、2012年の収入23万5000ユーロに対し、30万5000ユーロに増加した。
このオペラ・フェスティヴァルを後援しているのは、イタリア文化省、マルケ州、マチェラータ商工会議所、カリマ基金、スフェリステリオ協会のほか、マルケ銀行やジョヴァンニ・ファビアーニである。
音楽祭の芸術監督はフランチェスコ・ミケーリ。今年は去年より出し物の数が減ったが、観客数は増加した。一晩の平均は1924人。2万6369人が入場した。去年は全体の入場者は3万89人であったが、出し物の数が多かったので、一晩あたりの入場者数は1885人と少なかった。
また、昨年は無料券が6、1%あったが、今年は5%に削減した。
予算としては2006年のオペラ・フェスティヴァルが330万ユーロであったのに対し、2013年は220万ユーロになっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《ランスへの旅》

ロッシーニのオペラ《ランスへの旅》を観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。
いつもの演出で、新人の登竜門となる演目である。
今年は日本人が2人出ている。
Ueda Seiji さんとKusuda Mai さんである。
Ueda さんはこの日はアントニオ役(13日はドン・アルヴァーロ役)、Kusuda さんは両日ともモデスティーナ役で、最後の場面で記念写真を撮る役柄だった。
指揮のダニエル・スミスは、歌手に自由を与える部分と、自分のペースで進むところの使い分けがよく、ロッシーニらしい自由闊達な楽しさを味わえた。








| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月16日 (金)

マイケル・スピアーズのリサイタル

マイケル・スピアーズのリサイタルを聴いた(ペーザロ、アウディトリウム・ペドロッティ)。
この人は去年のROF では《バビロニアのチーロ(キュロス)》でバルダッサーレを歌った。不思議な声で、バリトンのような低めの響きを持ち、かつ低い音までしっかり出るのだが、高い音も出る(ごくまれにくるしそうな時もある)。       
曲目は次の通り。

A.Stradella – “Se i miei sospiri”
A.Scarlatti – “Già il sole del Gange”
A.M.Mazzoni – Antigono “Tu m’involasti un regno…”
W.A.Mozart – Così fan tutte “Un aura amorosa…”
G.Rossini – La scala di seta “Vedrò qual sommo incanto…”

G.Rossini – Otello “Ah! sì per voi già sento…”
F.Boieldieu – La dame blanche “Viens gentille dame... »
G.Verdi – Rigoletto “Ella mi fu rapita!...parmi veder…”

アンコールでは、リゴレットからもう一曲と、ナポリのカンツォーネでカルーソのために書かれたという1曲(僕ははじめて聴いた)が披露された。スピアーズはアメリカ人だが、大変発音がきれいで、高度のテクニックを駆使して、ベルカントの醍醐味を味あわせてくれた。彼の特殊な声質に最もあうレパートリーは何であるのかなどと考えながら聴いていた。                                                                            
スピアーズは、自身の公式ホームページを持っている(上の曲目もそこからコピーしました)。そこには彼がこれらの曲についての考えや解説が書かれているので、興味のある方はご参照ください。   
http://www.michaelspyres.com/?site=events&id=37                      
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月15日 (木)

《アルジェのイタリア女》

《アルジェのイタリア女》を再び観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。

こちらは、相変わらず芸達者なエスポジトをはじめとする踊って歌える歌手陣の演技と歌唱がはじけていた。
興味深かったのは、リヴェルモ−ルは細かく演出に変更を加えてきたことだ。
1.初日には男性合唱団(ムスタファの部下たち)がみな銃を持っているのに一人だけ持っていない部下がいて、まわりの人間もそれを指摘する仕草をするのだが、それが何を意味するのか判らなかった。2日目(再演)の舞台では、全員が銃をもっていてこの場面での合唱団のなかでの動きはよりシンプルになっていた。
2.ムスタファが、ヴァイアグラを飲みながら歌う場面。1錠飲んではうたい、また1錠飲んで歌いという場面のあと、パンツのなかから煙が出て来る。ヴァイアグラの飲み過ぎで、ペニスが炎上してしまったというジョークで会場は笑いの渦につつまれた。これは初日にはなかった演出である。
以上の2点だけではないかもしれないが、リヴェルモールは、初日の舞台、それに対する観客の反応をフィードバックして修正・変更を加えたのではないかと思う。演出家によっては、いったん出来上がった演出は変えない人もいるだろうが、こういう積極的に笑いを取りに行く演出では、細かく変えていくのも悪くないアイデアだと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《ギヨーム・テル》

《ギヨーム・テル》を再び観た(ペーザロ、アドリアティック・アレーナ)。

ロッシーニの最後の作品の音楽的充実は喩えようがない。ドニゼッティは1幕、3幕、4幕はロッシーニが書いたが、2幕は神が書いた、とまで言ったそうである。
たしかに、音楽は優雅な部分、激しい部分、ロマンティックな部分がありながら、どれかの要素が過剰になって破綻をきたすことはなく、充実しつつ均整を保っている。
二回観ると、ヴィックの演出意図がかなり理解できるようになった(気がする)。第三幕で長いバレエのシーンがあるが、ヴィックはこれをオーストリア人(支配者側)が舞踏会を開いており、そこにスイス人のしもべをはべらせているという形で描いている。たんにしもべであるだけでなく、そこに性的な従属を色濃く示唆している。
スイスのある若者は、同性愛者のオーストリア人の貴族・紳士に無理矢理せまられ、顔を下腹部に押しつけられる。スイスの女性たちも、オーストリア人の貴族・紳士たちに足蹴にされおびえている(やはり性的暴力の示唆がある)。他にもあるのだが、観客の反応がまったく異なった。
初日は、この場面のあとで拍手がおこったのだが、2日目には相当なブーイングが起こった。バレエ音楽は、音楽としては優雅な均整のとれたと音楽として書かれているのだが、この日のものはモダン・ダンスであり、振り付けも身体を激しくけいれんさせるタイプのもので、優雅さを目指したものではない。それどころか、前述のように、政治的な支配・被支配の関係を、性的従属の関係に置き換えて、暴きだそうというもので、違和感を抱いた人が多数いたのもうなずける。
ただし、ロッシーニの読みに関しては、なんの制限も設けない、あらゆる可能性の追求を認めるのがROFの伝統なのである。変えていけないのは、リブレットと楽譜だけなのだ。演出は何でもありなのである。
こうして様々なアプローチが試行錯誤的に試みられ、ロッシーニにひそむ現代性も古典性も明らかになっていくのだろう。その各々の試みに対して、観客も好悪、賛否を示す権利があるのは言うまでもない。それこそが、制作者と観客の健全な関係なのだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月14日 (水)

《なりゆき泥棒》


ロッシーニのオペラ《なりゆき泥棒》を観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。

ジェン・ピエル・ポネルが1987年にROFのためにつくったプロダクションの再演である。当時、ポネルの助手だったソニア・フリゼルが演出にあたっている。

このオペラはファルサというジャンルに属している。ファルサは、上演時間が60分から90分ほどの1幕もののお笑いオペラである。

このオペラでは2人の紳士が旅の途中で、ある宿屋でカバンを取り違えてしまい、ドン・パルパルメニオーネ(デ・カンディア)は、相手のかばんから美しい女性の肖像がでてきたことに心を動かされ、相手になりすましてその女性に求婚しようというところから混乱が生じる。

女性のほうは女性のほうで、侯爵令嬢のベレニーチェ(ツァラゴヴァ)は親の決めた結婚に納得がいかず、相手の愛をたしかめるために侍女のエルネスティーナと衣装を交換する。

こうして2組の男女が正体を入れ替え、相手のアイデンティティーを取り違えたまま好意をもったり、失礼な発言をしたりするのだが、最後は2組の愛するカップルが誕生してめでたしめでたし。

ポネルの演出では、召使いのマルティーノ(ボルドーニャ)を狂言まわし役に使っている。ボルドーニャは、最初、ロッシーニとして舞台に登場するのだ。指揮者に楽譜をわたし、出演者に楽譜をわたし、数分後には自分が召使いになりすます。芝居が進行する途中でも、区切れめで、彼はストーリーの進行具合をチェックしているしぐさをする。

写真をみていただくとわかるが、衣装や装置は、いかにも時代劇である。ただし、家は壁や窓は大きな布地に描かれたもので、普通のセットではない。何枚もの布が上がったり、降りたりして、その組み合わせによって情景が変化するのである。全体の演出としても、虚構性(この話はロッシーニが作っているのだということ)を強調する仕組みだが、布のドアへの出入りでも、舞台が虚構であることをわざと露呈させる仕草が何度かある。

デ・カンディアやボルドーニャは芸達者なのだが、あまり笑いが起こらない。

会場で、ポネルの生前にポネルの演出でこのオペラを観たY氏の話では、演出は似て非なるものになっているとのことであった。ポネルの演出では、はるかに歌手がいきいきとしていたというのだ。

僕は、指揮の具合も関係しているかと思った。ファルサであるから、しんみりとした場面も、さらっと流したほうが良いと思うのだが、かなりテンポを落としてじっくり歌わせてしまう。そこで落ち着いてしまうと、笑いの世界のにぎわいへと移行するのがしんどくなる。そもそも、ファルサは状況設定も人工的で、ある種のゲーム、お決まりの要素の順列組み合わせのようなお芝居である。リアルな感情、リアルな心情を追求するよりは、リズムやこんがらがった糸がほぐれて、きれいに解決する図式的な解決、その開放感を味わうべきものであろう。

それにはテンポのノリの良さ、はじけるようなリズム、軽快なスイング感などが、観客の身体的リズムを共振させ、快感と笑いへといざなうのではないだろうか。

指揮者の Yi-Chen Lin は2年前に《ランスへの旅》で ROF にデビューしたばかりの若手だ。これからの成長を期待したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月13日 (火)

来年の Rossini Opera Festival

来年のロッシーニ・オペラ・フェスてシヴァル(ROF)のプログラムが発表になった。
日程は2日早まって、8月8日から21日。演目は3つ。
《パルミーラのアウレリアーノ》が映画監督のマリオ・マルトーネによる新演出。マルトーネは昨年の《マティルデ・ディ・シャブラン》の演出もしていた。
《幸福な間違い》はグレアム・ヴィックの演出で、1994年の再演。
《アルミーダ》はルカ・ロンコーニによる新演出である。他では観ることがきわめてむずかしい演目がそろっていると言えよう。《アルミーダ》は、テノールが6人も出て来るという演目である(実際には1人2役などして4人かもしれないが、それでも驚くべき演目である)。

Business Logo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《リゴレット》

ヴェルディのオペラ《リゴレット》を観た(ヴェローナ・アレーナ)。

レオ・ヌッチ主演の舞台。指揮はリッカルド・フリッツァ。ジルダがクルザク。スパラフチーレがアンドレア・マストローニ。マッダレーナがアンナ・マラヴァージ。
2幕が終わったところで、舞台装置が倒れるハプニングがあり、30分ほど休憩時間が延びたが、観客はウェーブをするなど、楽しみながら過ごした。
ヌッチは出だしこそ疲れがあるのかと思ったが、観客の熱い拍手もあるのか次第に調子をあげ、熱のこもった演技・歌唱となり、最後は会場の観客はヌッチへの応援団と化したかのようだった。
ヌッチもカーテン・コール(カーテンはないが)では、舞台からさらに観客のいる石段の席までのぼっていって観客と握手するなどサービス精神満点だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《ギヨーム・テル》

ロッシーニのオペラ《ギヨーム・テル》を観た(ペーザロ・アドリアティック・アレーナ)。

ボローニャ歌劇場管弦楽団、指揮はミケーレ・マリオッティ。
《ギヨーム・テル》は、日本ではウィリアム・テルという名前でより知られているかもしれないが、ウィリアムという名前は、フランス語ではギヨーム、イタリア語ではグリエルモとなる。このオペラはフランスでフランス語で初演されたので《ギヨーム・テル》であり、イタリア語版の歌詞のものは《グリエルモ・テル》となる。
今回ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルで上演されたのは、初演のフランス語版であり、《ギヨーム・テル》である。通常、アドリアティック・アレーナでの上演では原語(イタリア語)字幕が掲示されるのだが、今回は字幕がなかった。
《ギヨーム・テル》は、周知の通り、ロッシーニ最後のオペラ作品(まだ彼は37歳だったのだが)であり、上演時間は5時間を越える。この日の上演は午後6時にはじまり、25分ずつ2回の休憩をはさんで、終演は11時半頃だった。
マリオッティは格別の情熱をもって序曲を振った。彼の指揮がこれほど熱っぽかったのは僕は聞いたことがない。歌がはじまってからも、いつものマリオッティの指揮ぶりどおり、非常に丁寧に独唱、重唱、合唱に表情をつけていくのだが、時々おどろくようなテンポでダッシュするのに驚いた。新たなマリオッティ、マリオッティの新境地が出て来たのではないかと思う。《ギヨーム・テル》のような大曲とがっぷり四つに取り組むことで、彼の音楽観、指揮ぶりが成長する、変化するということは起こりうることではないかと想像した。
演出はグレアム・ヴィック。中世のスイスの世界が、20世紀を思わせる世界になっており、幕があくと民衆が土をこすったり拾ったりしている。ストーリーとしては、支配されている民族と支配する民族の話であるから、構図は明確だ。
ヴィックはあざといほどに、支配民族が被支配民族に嫌がらせや、セクハラ、パワハラを炸裂される様子を暴きだす。被支配民族の怒りが爆発する時には皆が赤い布を持っている。幕のもようは赤の地に怒りの拳である。民衆の怒りは、時に社会主義革命や19世紀のヨーロッパにおけるいくつかの革命を想起させ、支配者の横暴は、19世紀的であったり、場面によってはナチスを思わせるといった具合だ。
しかしそういったヴィックの演出がどうというよりも圧倒的だったのは、ロッシーニの音楽である。マリオッティとボローニャ歌劇場管弦楽団は渾身の演奏を展開しており、また、テルのニコラ・アライモ、テルの子どもジェミーのアマンダ・フォーサイス、恋と祖国の間にひきあかれるアルノルドはホアン・ディエゴ・フローレス(言うまでもないことかもしれないが、彼目当ての観客は多く、この演目は何ヶ月も前から売り切れて切符が入手困難であったと聞く)、アルノルドと恋仲の王女マティルデのマリーナ・レベカ、悪代官のようなゲスレルのルーカ・ティットート、ヴァルテルのシモン・オルフィーラ、漁師のセルソ・アルベロ、そしてボローニャ歌劇場合唱団といった面々はいずれも熱唱で、こんな声の饗宴、音楽の充実を聞くと、ロッシーニ観が根本的に変わる人もいるだろう。
ROF(ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル)がずっと取り組んできたことではあるが、ロッシーニの傑作は決して《セビリアの理髪師》のようなオペラ・ブッファだけではない。《セビリアの理髪師》が傑作であることは論をまたないが、19世紀の後半から忘れ去られていったロッシーニのオペラ・セリアには数々の傑作があり、その集大成が《ギヨーム・テル》と言ってもよいだろう。
《ギヨーム・テル》はロマンティック・オペラが登場した時代に書かれた影響もあって、オーケストレーションも分厚く充実している。それだけ歌手への負担も大きい。ストーリーからして、政治的なテーマと恋愛のテーマが絡み合っているし、親子・家族の情愛もしっかり描かれている大作だ。そして上演に5時間以上かかる大作なのだが、まったくだれるところがなく、音楽が充実しきっている。音楽の充実に見合った形で、扱われるテーマも他国の支配からの独立や恋愛、家族の情愛と多岐にわたり、かつそれぞれが見ごたえ、聞きごたえのあるものとなっている。
こうした大作を最高度の声、歌唱で聞ける機会はここでしかないと思われる。この演奏に接しられたことを感謝するほかはない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月12日 (月)

《アルジェのイタリア女》

ロッシーニのオペラ《アルジェのイタリア女》を観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。


演出はダヴィデ・リヴェルモ−ル(Livermore はイギリス系イタリア人)。彼は昨年は、ここで
《バビロニアのチーロ》を、無声映画の世界に擬して演出していた。

今回も映像的な要素がたっぷりとある演出であり、オペラ・ブッファであるせいか、映像の中にかなり漫画的な要素を入れこんでいる。たとえば、序曲の間に登場人物リンドーロ(石倚潔)が出て来ると、イザベッラ(アンナ・ゴリャチョヴァ)への思いを寄せているのだが、リンドーロの後ろの画面に吹き出しがでて、その吹き出しの中にイラストのイザベッラが出てくると言った具合。

古女房をイタリア人の召使いリンドーロに押しつけて、あらたにイタリア女性を妻にしようとたくらむ横暴な君主ムスタファ(アレックス・エスポジト)は、封建領主というよりは、現代の石油王として描かれる。彼がバイアグラを愛用している場面からもそのことは判る。

原作も面白おかしい話であるが、誇張もまじえて現代化して、このオペラをはじめて見る人にも予備知識なしに楽しんでもらおうというサービス精神が横溢した舞台であった。

さらには、音楽に合わせたジェスチャーやダンスが多く、歌手たちは、歌って踊れることを求められており、大変要求度の高い演出であったと思うが、エスポジトをはじめとする歌手たちは元気はつらつとその要求に応えていた。

大活躍だったのは、ムスタファ役のエスポジトで歌に踊りに芸達者なところを見せた。タイトルロールのアンナ・ゴリャチョヴァは、スタイルの良さを遺憾なく発揮し、ヴォリュームを誇る声ではないが、メゾソプラノの魅惑的な響きを聞かせていた。リンドーロの石(YIJIE SHI)は、澄んだ声のテノールで、1昨年は《エジプトのモーゼ》に出演していたが、さらに芸に磨きがかかり、アジリタ(早いパッセージ)の部分でも、明晰な発音を聞かせており、会場から惜しみない拍手を受けていた。彼は、中国人であるが、日本の東邦音大で学び卒業し、ヨーロッパでさらに研鑽をつみ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルをきっかけにヨーロッパ各地の歌劇場でキャリアを積んでいる。

指揮者はスペイン人のホセ・ラモン・エンシナール。テンポが劇的に変わる。アッチェレランドで徐々に早くするのではなく、瞬間的に変えるので、ところどころ合唱団とうまく合わないところもあったが、おおむねきびきびとした演奏であった。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月 7日 (水)

アレーナ100周年(3)

アレーナと《アイーダ》の関係について(地元新聞アレーナ8月6日)

1913年のアレーナでは《アイーダ》が上演されたが、その後は別の演目が演奏され、第二次大戦までには、1920年、1927年、1936年の三回だけだった。

第二次大戦後1946年にアレーナのオペラが再開される。戦後、《アイーダ》の上演が増えてくるのは1951年くらいからで、力量の高い歌手が次々出て来たためと考えられる。

1980年代から、《アイーダ》がアレーナの定番化してくる。演出はジャンカルロ・スブラージャで、装置はヴィットリオ・ロッシ。ロッシは、アレーナの装置を作った人でもっともすぐれた人であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月 6日 (火)

アレーナ100周年(2)

Arena1913_7

アレーナでの1813年の公演に関する数字をひろってみよう(新聞アレーナ、8月4日、5日ーーここでの話題とまぎらわしいが、ヴェローナの地元新聞はアレーナという名前なのである。厳密に言えば、定冠詞がついたラレーナである)
《アイーダ》の公演は1ヶ月つづき総費用は15万リラだったが、初日に5万リラを稼いでしまった。
当時の新聞によると初日の公演の観客は約3万人。ヴェローナの市民や近郊の人もいたが世界中のオペラファンもいた。
当初の予定では公演は5回の予定だったが、大成功だったので、8月21, 23, 24 日の公演を追加した。初日は8月10日の日曜日だった。
装置を担当したフォジョーリは8つの巨大な柱をつくったが、高さは7メートル、直径は1、2メートルもあった。
初日の賓客。作曲家のピエトロ・マスカーニ、ジャーコモ・プッチーニ、アッリーゴ・ボイト(ヴェルディのリブレットを書いたし、作曲家でもあった)、ルイジ・イッリカ(プッチーニのリブレッティスタ)、作曲家のイルデブランド・ピッツェッティなどがいた。
第三幕が終わると、観衆の興奮は絶頂に達した。指揮者セラフィンは、一歩進んで手で合図をすると会場は静まり返った。彼は叫んだ「ヴィーヴァ、ヴェルディ」(ヴェルディ、万歳)。会場の人々も次々にこの言葉を繰り返し、会場に響き渡った。
こうして今につづくアレーナでのオペラ公演ははじまったのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アレーナ100周年(1)

アレーナ・ディ・ヴェローナでオペラを上演するようになって今年は100年目の節目の年である。

そのため地元の新聞アレーナでは、100年前の最初の上演(演目は《アイーダ》)がどのようなものであったかを紹介している記事があったので紹介しよう。

アレーナで《アイーダ》を上演することを言い出したのはジョヴァンニ・ザナテッロというテノール歌手であった。むろん、ヴェルディ生誕100年を記念することが目的である。彼がプロデュースをし資金集めもした。歌手そのたの手配をしたのはオットーネ・ロヴァート。

指揮はトゥリオ・セラフィン。舞台装置はエットレ・ファジョーリ。ファジョーリの装置に関しては資料が残っていたので、それを元に去年も今年もそれを復元したいわば1813年版の演出による《アイーダ》も上演している。

ザナテッリ自身がラダメスを歌い、彼のパートナーであったマリア・ガイ。アイーダは、エステル・マッツォレーニ。





| | コメント (0) | トラックバック (0)

《ナブッコ》

ヴェルディのオペラ《ナブッコ》を観た(アレーナ・ディ・ヴェローナ)。数日前の《ナブッコ》と演出や指揮は同じなので同じものを観たとも言えるが、歌手がナブッコ、イスマエレ、ザッカリアの3人もが変わっているので異なる《ナブッコ》を観たとも言えるかもしれない。

歌手中心に考えればまったく異なる公演と言えよう。無論、全員が異なるのではなく、アビガイーレのガルシアやフェネーナのリナルディは同じである。しかし、タイトル・ロールを含め男性の主要人物が3人入れ替わっている。

アレーナは同一の出し物を何ヶ月にもわたって(《ナブッコ》の場合6月から9月まで)演じるので、各登場人物が時期によって4人から5人で入れ替わるのだ。今回はナブッコがヴラトーニャ、イスマエーレがベッルージ、ザッカリアがレイモンド・アチェートとなった。

ザッカリアのアチェートは存在感も声も発音も見事であった。ナブッコのヴラトーニャもなかなかの迫力。ヴェルディはやはりバリトンやバスがいいと舞台がしまるし、それによって女性の高音も引き立つ。

《ナブッコ》は有名な合唱曲ヴァ・ペンしエーロは例外的に音型がなめらかであって、他の盛り上がるところはたいていが狂おしいリズムや音型で、抑えきれない情熱がほとばしっている。これこそがイタリアのロマン派だと僕は考えている。しかし、それが題材としては、聖書の物語であるところがいかにもイタリア的である。ナブッコもアビガイーレも体制を越えようとする個人だ。アビガイーレは母が奴隷だったという出自を越えようとするし、ナブッコは王を越えて人民の神になろうとする。それがそれぞれに失敗におわるという物語である。

こういう反逆者とその失敗という点でもロマン派にふさわしい。

この日の演奏は数日前のものより音楽的に充実した演奏であった。ザッカリアやナブッコが充実した歌をきかせるとアビガイーレも力がはいるように見えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月 4日 (日)

《アイーダ》

ヴェルディのオペラ《アイーダ》を観た(アレーナ・ディ・ヴェローナ)。

《アイーダ》は毎年のようにアレーナ・ディ・ヴェローナで上演されるが、演出はさまざまである。今年は2種類の演出の《アイーダ》が日を替えて上演されている。僕が見たのは、新演出でカルルス・パドリッサとアレックス・オジェおよびラ・フラ・デルス・バウスという演劇集団。カルルス・パドリッサはこの演劇集団に6人いる演出家の一人。こうした情報は、アレーナ・ディ・ヴェローナのホームページにアップされていて誰でも見ることができる。また演出の意図についても、プレスに発表したものがアップされていてダウンロードできるようになっていてこの音楽祭は情報の提供の仕方については大変親切である。個々の指揮者や歌手についても、クリックすれば、略歴を知ることができる。

これはかなり変わった演出で、まず音楽が鳴りだす前に舞台で人が動いているのだが、それはどうもエジプトで発掘調査をしている人たちが何かを発見したということらしい。発掘されたものを組み立てる作業が展開されたりするのだが、プレス資料によるとあたかもフラッシュバックのようにアイーダやラダメスの時代が展開されるというのだが、2つの作業塔(写真参照)は最初から最後まであるし、そこでアクロバットのように宙づりで踊りを踊ったりするのでスペクタクルではあるのだが、意味はあまりわからない。

未来指向的なピカピカ光る衣装をアムネリスもアイーダも着ている。宇宙服のようでもあるし、形は古代風でもある。単なる古代の物語に大人しくおさめたくはないという演出意図は感じられるが、それがどう組織化されて新たな物語を提出しているのかは不明だった。

指揮はウェルマーというイスラエル人の若手指揮者。ロシア・ドイツ系とのこと。大降りで明快な指揮。きびきびしたテンポであるが、テンポや強弱の指示ははっきりしているのだが、フレージングや音色に対するこだわりはあまり感じられず、いつものアイーダの響きであった。

アイーダはダニエラ・デッシ。アムネリスがカゾッラ。ラダメスがカルロ・ヴェントレ(2幕終了後、体調不良だが続行するというアナウンスがあった)。ランフィスがマルコ・スポッティ。アモナズロはリナーレス。

凱旋行進の場面は、ダンサーではなく、機会仕掛けのラクダや象にのった人物(巨大な仮面をつけている)が登場し、音楽のテンポは早かった。

総じて言えば、演出が大変に奇抜だが、音楽は伝統的なアイーダ演奏の枠におさまっていた。そのことが不思議といえば不思議であった。好みがはっきり別れそうな《アイーダ》である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月 3日 (土)

《椿姫》

ヴェルディのオペラ《椿姫》を観た(アレーナ・ディ・ヴェローナ)。

指揮はアンドレア・バッティストーニ。演出・装置はウーゴ・デ・アナ。

まずは舞台装置に度肝を抜かれる。バッティストーニがFacebookで画像をあげていたので、ちらっとは観ていたのだが、画面が小さいためになんだか良く判らなかった。舞台の上に大きな大きな額縁があって、本来絵のある部分が傾斜していてそこに登場人物がいるわけだ。中央の額縁が最も大きく、左右にはそれよりは少し小さい額縁がある。ここでダンスをしたりしている。

面白いのは、この額縁は可動式になっていて、角度が変化するのである。一幕の終わりなど、額縁に座った(よりかかった)ヴィオレッタが、額縁がどんどん立ち上がって、ヴィオレッタは空中で歌うことになる。

《ラ・トラヴィアータ》の世界、その登場人物は、額縁の中から出て来た人たちという解釈ができるような仕組みだ。絵空事というが、まさに絵の中から(物語の中から)出て来た人たちというわけで、オペラの虚構性を前景化、すなわち、強調している。というと理屈っぽいのであるが、これほど巨大な額縁の上で人が動いていて、その額縁が動いたりすると、単純にスペクタクルとして面白いのである。

しかし、何より素晴らしかったのはアンドレア・バッティストーニの指揮だ。彼の指揮ぶりを見ていると、優れた指揮者は、手あかにまみれたようなあまりに頻繁に演奏される曲に、自らが感動する能力と、その感動を形にして伝える能力を兼ね備えているのだと思う。感動するというのは、言い換えれば、名曲が名曲となってしまった状態ではなく、あたかも曲が作られた時の新鮮さがどこにあったのかをつかみ取るということだ。

言い換えると、ヴィオレッタとアルフレードの間に、あるいは、ヴィオレッタとアルフレードの父ジェルモンの間のドラマが音楽としてどういう形で描かれているのか、それを単に感情表現というレベルでなく、音楽的な構造をもった音楽自身のドラマとしても描き出すことが、バッティストーニには出来るのだ。

彼が振ると、彼が歌詞(リブレット)をすべて覚えていることもあって、合唱の言葉、アクセントの置き方が明確で、響きが立ってくる。合唱はダラダラと歌うと歌詞が聞き取りにくく響きも平板になりかねないが、バッティストーニの演奏では決してそうならない。合唱指揮アルマンド・タッソの貢献も大きいのだろう。オーケストラも、たとえば不安をかき立てるところは、低音部のフレーズを音型を明確にして聞かせたり、不協和音は不協和音であることをはっきりさせて、音楽としての表情をきわだたせる。それによって、登場人物のメロディーがより三次元的な人人間として感情の動きがメロディーだけでなく伝わる。

つまり、歌手とオケの関係が、単にメロディーと伴奏ではなく、互いに様々な音色とリズムと言葉によって共同で「一場の絵」を描いているのだ。彼の手にかかると三拍子も出て来るたびごとに表情が変わる。

歌手たちも彼の意図を大部分は理解していたが、会場が大きいせいか、ここがクライマックスというところで、息切れしてしまうこともまれにはあった。バッティストーニの形成する音楽は息が長いので、こういう会場では要求として歌手にはきついかもしれない。

ヴィオレッタはラナ・コス。アルフレードはポレンザーニ。父ジェルモンはカピタヌッチ。この独特な舞台にみな適応し、熱唱だった。後半で、ヴィオレッタとアルフレードがパリに帰って賭けの場面は、非常に早いテンポであった(説得力はきわめて大きい)が、歌手もよくそのテンポで歌っていた。無論、フレーズのところどころで、リタルダンドするのではあるが。

全体として、非常にレベルが高く、ヴェルディ生誕200年にふさわしい《椿姫》の新たな魅力を引き出して感じさせてくれた公演であった。





| | コメント (0) | トラックバック (0)

展覧会WERDI VAGNER

veve

ヴェルディとワーグナーに関する展覧会を観た(ヴェローナ、Gran Guardia)

Gran Guardia はアレーナのあるブラ広場から道を一本渡ったところ。ヴェルディとワーグナーのVとWをわざと入れ替えてある。本来どちらもヴェやヴァの音なのであるが、ドイツではヴをWであらわすし、イタリアではVで表す。それを二人を比較する展覧会なのでスペルを入れ替えているのである。

入り口のところで、コインのようなものを渡される。表と裏にヴェルディとワーグナーの肖像画が描かれている。それを最後のところで、どちらの作曲家がいいか投票(投コイン)する。投票すると、画面が変わり、現在の投票分布が出る。ちなみに、8月2日時点では4分の3近くがヴェルディだった。おそらくこの比率は、イタリアでこの催しが開催されていることが最大の原因であろう。

この展覧会はマルチメディアを積極的に駆使している。
建物の1階では1813年がどんな年であったかを映画で紹介している。1813年にヴェルディもワーグナーも、そしてヴェローナの音楽祭も誕生したのだが、他にどんなことがあったかが紹介されている。

2階に行くと、部屋ごとにテーマがあって、愛であるとかヒーローであるとか死であるとかのテーマについて2人の作曲家がどう取り組んだか、どう表現したかが彼らの言葉、あるいは同時代人(ボードレールなど)の言葉が紹介されている。

さらに映像資料で、さまざまな20世紀の演奏が紹介されている。面白かったのは、タンホイザーの序曲を、カラヤンやバレんボイムなど複数の指揮者の演奏で、まったくポーズをおかずにつないでいるフィルムだ。ヴェルディの運命の力の序曲もそれをやっている。アバド、カラヤン、チェリビダッケなどが切れ目なく次々に入れ替わって演奏するという現実にはありえないフィルムの編集でのみ可能な光景・演奏でこれは大変面白かった。ビデオなので、指揮者の表情もわかる。いかにも重々しそうに深刻ぶって振るカラヤン、辛口でインテンポで前へどんどん進むトスカニーニ、楽員の自発性を引き出している感じのアッバード。単に録音の新しい、古いだけでなく、音の表情が違うのがはっきり判る。

部屋によっては何人もの演奏家が観て聞けるようになっており、ヘッドフォンが置いてある。さっとみて1時間ほどかかる。学術的な本で得られる情報というよりは、画像や音響をその場で見聞きできるという特性を最大限に生かした展示であり、オペラあるいはオペラ作曲家という素材にふさわしい展示の仕方だと感じた。



















| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月 2日 (金)

《ナブッコ》

ヴェローナのアレーナでヴェルディの《ナブッコ》を観た(8月1日)。


デ・ボジオの演出、リナルド・オリヴィエーリの装置は、《ナブッコ》が原作通り古代のアッシリアで展開する物語であることを示してくれる。こういう以前なら当たり前のことを記すのは、今年、グレアム・ヴィックの演出で、現代のショッピング・センターが舞台の《ナブッコ》を観たからで、こういう読み替え演出は近年ますます増える一方だからだ。

それに対し、ヴェローナのアレーナでの上演は、ほとんどが舞台や時代設定が原作通りの「伝統的」な演出である。この巨大な舞台、巨大な観客席には、時代ものは、時代衣装を着て大がかりな装置をしっかりと据え付けるのがふさわしい。また、ここはヨーロッパ中あるいはアジアからも観光客が観に来るところなので、スペクタクルとしての要素がマーケティングの観点からも重要視されているものと思われる。

というと、観光客用のおざなりな演奏という誤解が生じるかもしれないが、そうではない。この会場の響きは独特だ。舞台の幅があまりに大きいので、合唱団は右手と左手に大きく別れることが多い。だから席によっては合唱のあるパートが直接的に聞こえ、各パートが渾然とは溶け合って聞こえない。それは聞き慣れた曲だと新鮮な発見をもたらすこともある。

また、指揮者や歌手のレベルも相当高い。今回は指揮者はコバチェフ、ナブッコはイヴァン・インヴェラルディ、イスマエルはロレンツォ・デカーノ(少し声が弱かった)、ザッカリアはヴィタリ・コワリョフ(迫力があり良かった)、アビガイーレはルクレツィア・ガルシア、フェネーナがロッサーナ・リナルディ。

《ナブッコ》は、バス、バリトンの人数、出番が多いが充実していた。アビガイーレのガルシアも最初はやや声が出にくそうだったが、中盤から調子をあげた。

それより何よりこの曲のリズムの特異さにあらためて驚いた。個人的には、僕は、《ナブッコ》によってイタリアオペラにロマン派が誕生したのだと思う。ロッシーニにも要素としてはわずかにあったし、ドニゼッティやベッリーニにもさらにロマン派的要素があった。しかし彼らはあまりにも過去の素養をも身につけていたため折衷的であったのだ。

イタリアの場合は文学でもそうだが、レオパルディはロマン派の時代なのだが、古典的な均衡美を有しているので無条件にロマン派といえる有力な文学者は少ないのだ。イタリアにおけるロマン派とは何であるのか。極端な人になればイタリアにはロマン派は存在しなかったのではないかと言う人さえいるほどだ。

僕は、イタリアにおける真正のロマン派はヴェルディの《ナブッコ》によって誕生したと考えるのである。これについては場所をあらためて論じることにしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »